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「シートス!」「隊長!」
周囲に満ちる剣戟の隙間からも、重なり合った2つの声は届いた。その一つが、奇跡的な救いに繋がると感じてシートスは振り返る。炎に彩られた道なき道を、躍りかかる敵を切り倒しつつ、ユカルの平原竜が近づいてくる。その背中に、もう一人。
「『星の剣士』!」
ほっと緩む胸を自嘲する。
なんて事だ、名だたる野戦部隊の長が、たかが一人の少女が駆け付けた程度で、万軍の支援を得たように安堵するとは。
「俺じゃないんですか」
むっとした顔のユカルに苦笑いして、その背後から飛び降りたユーノが駆け寄ってくるのを見下ろす。
「無事だったか」
「はい。『氷の双宮』への退避は済みました。『太皇』もご無事です」
ユーノの頬は煤で汚れ、あちこちに傷がある、が、黒い瞳は鮮やかに活気を宿し、覗き込むものに力を与える。アシャもどれほどこの瞳を望んだだろう、この気配を背中に戦いたいと願っただろう。それがどれほど叶わぬ夢か、存分に知っていただろうに。
「アシャは」
胸に巡らせていた面影の名を聞いて、目を見開く。
「『氷の双宮』に火を放ち」
「っ」
思わぬ一言に背筋が冷えた。
では、彼の方はついに一線を踏み越え、敵対の『魔』と化したのか。この剣で最後を刻まなくてはならないのか。微かに震えた腕の意味をユーノは的確に察した。
「違います」
言下に否定する。
「アシャは『氷の双宮』に火を放ち、『氷の双宮』からの脱出と『運命』からの防護を行っているはずです」
「何?……っ」「でえええいいっ!」
聞き返そうとした矢先、ユーノとシートスを囲い込んで伝達を守っていた周囲から、敵兵が溢れた。
「話は後だ! ユカル、キールの平原竜を『星の剣士』に!」
「っ、はっ! こっちだユーノ!」
「はいっ!」
一瞬凍りついたユカルは、同期のキールの末路を悟ったのだろう。厳しい顔でユーノを促し、ユーノもすぐさま身を翻して、近くの小屋の陰に蹲っていた平原竜に走り寄った。一言二言話しかける、や否や、身を震わせて立ち上がった平原竜に飛び乗り、ユカルの後を追って戻ってくる。
溢れた敵兵をいなし、また突き落としながら、朱房の槍の範囲を避けて巧みに戦線に加わっていくユーノに、冷えた背中が温まる気持ちがした。
周囲に群がっていたのは、南門近くの宙道から入り込んだのだろう、人と『運命』の連合軍だ。見知った鎧や装具のものも居れば、兵士というより戦乱に乗じた野盗崩れの男達も居る。難しいのは、数人に一人、『運命』によって強化されたのか、いくら傷つこうとも黒みがかった血を流しながら平然と立ち向かってくる者が居ることで、打っても切っても倒れてはまた起き上がる様が、敵には士気高揚となり、味方には無尽の軍勢と思わせて疲弊感を呼ぶ。
「怯むな! 一度で倒れぬなら二度三度向かえ! 一人で倒せぬなら複数で取り囲め!」
「数が!」
悲痛な声が応じた。
「数が多い!」
「無限じゃない! 一人倒せば生き残れる!」
すぐさまユカルが咆哮した。無限地獄の頭を切り替える優れた指示、圧倒的小数を今嘆いても屠られるだけ、思考は働いても身体が竦むのを気づいている。
「殺さなくていい!」
悲鳴が交差する戦場に、鋭い声が響いた。
「足を切り飛ばせ! 無理なら腕を切り落とせ!」
ユーノが一人、まるで白光を放つように戦線を切り崩していく。兵士の急所を狙っていない。一撃で殺そうとしていない。駆け抜けながら、閃光のような剣捌きで対する兵士の手足を切って地面に転がし叫ぶ。
「手足を奪え!」
はっとしてシートスも声を重ねる。
「動きを止めろ! 攻撃を封じろ!」
野戦部隊の主な武器は槍だ。遠くから痛烈な一撃を放てるが、躱されたり外したりすると二手目が難しい。ついつい兵を減らさねばと考えて、確実に仕留めようと頭を狙い胸や腹を狙うが、僅かなズレで相打ち覚悟で突進してこられると不利になる。しかも、今は守らなければならない領地も砦もない。平原竜を駆り、ラズーン内壁どこまででも戦場を広げられる。敵はほとんどが歩兵、機動力はこちらが上だ。
「くっそおおおおおお!」
幼子に策の未熟さを指摘されたような気がして、全身熱くなったのを、シートスは吠えて誤魔化した。
「平原竜を走らせろ! 戦線を分断して軍を潰せえ!!」
「オーダ・レイ!」「レイレイレイ!」
久々に仲間の呼応が響き渡る。竦んでいた体に血が滾り、眩んでいた視界に光が戻る。
「こっちだ、来い!」
獲物だと宣言して離れれば、面白いように騎馬を中心に兵が釣れる。数人同時に動き出せば、密集していた戦場は一気に崩れ始めた。止めようとする声も響いているが、向こうも一杯一杯だったとようやくわかる、倒せば勝利と必死になり、走れば負けだと気付かずに追ってくる。
「うぉおおおおお!」
シートスが平原竜を翻した瞬間、振り向いて対峙した兵達の血の気が失せた顔が見えた。前のめりに走った体が保てず、後ろから来た者の追突は避けられず、
「動くなああっ!」
薙ぐ朱房を避けられた者は居ない。
「ぎゃあっ」「うわあっ」「ひいいっ」
手足を切り飛ばされて次々転がる兵に、遅まきながら駆け付けた兵が絡む。悲鳴を上げて傷ついた手足で縋る仲間に押し倒されていく者さえ居る。哀れではあるが容赦はできない。身動きできなくなった者から屠っていく。
阿鼻叫喚が周囲を圧した。




