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『氷の双宮』に入った『金羽根』は、周囲を囲む壁の向こうで上がった火の手に息を呑んだ。
「おい、なにっ」
「どういうことだ」
バルカとギャティが互いの顔を見やる。
「ひょっとして俺達、罠にかかった?」
「リヒャルティ諸共?」
「兄貴諸共、ってか? それはねえよ」
リヒャルティが難しい顔で、呆然と炎を見やるセシ公を眺める。
「確かに今はちょっとおかしいがな」
いつも小綺麗にしている姿は見る影もない。ジーフォ公の戦死を知ってから、覇気が一気に抜けたようだ。それでも、『四大公セシ公』がこんな程度で我を失うはずはないと信じている。それともやはり身内の欲目でしかなかったのか、とぼつぼつ怪しみ出したところで、相手がのろのろと視線を合わせてきた。
「さて、こっからどうすんだ、兄貴?」
尋ねて挑発するように片眉をあげてみせた。
「何か策があるんだろ?」
周囲の民衆はただただ狼狽え怯えている。座り込むこともできずに、地面に根が生えたように、口を半開きにして焦げる夜空を見上げている者が大半だ。
けれど、セシ公は違うだろ。
いや、違っていてくれ、そうであって欲しいと願っている自分に気付かぬふりで、リヒャルティはおどける。
「今なら何でも暴き放題だぜ? 命令してくれよ、せっかくこんな奥深くまで入り込めたんだし?」
頼むよ、兄貴。こんな世界の崩壊を目の当たりにして、動けねえなんて聞かせねえでくれ。
願った声が聞こえたのかどうか、セシ公は瞬きし……やがて薄く笑った。
「その通りだな、リヒャルティ」
やった、そうだろ、そうこなくちゃ。
踊り上がりたい気持ちを抑えて、わくわくと尋ねる。
「で、何をする?」
「まずは、食事だろう」
「へ?」
「へ、じゃない。この中にどれほどの食糧があるのか、私達は知らないぞ? 炎はこちらには広がってこないが、あれを見れば籠城するしかないとわかる。このまま飢え死にしたいのか?」
「あ、ああ、そう、そうだよな」
当たり前すぎて脳みそが止まってしまっていた。壮絶な光景に呆気にとられていたが、なるほどこれは籠城策、食糧に水、それから生活のあれこれを確保しなければ、せっかく守った命が散ってしまう。
「わかった。手分けして状況を確認して来る………が」
リヒャルティのことばの先を、セシ公は的確に予想した。
「『太皇』にこれからのことを伺ってくる」
「了解! おいバルカ、ギャティ! 聞いてたな!」
「聞いてましたよ、両の耳で!」
「考えましたよ、少ない頭で」
にやりと笑って応じる2人に力を得て、『金羽根』を動かし始めるリヒャルティは気づかなかった、セシ公の震える足に。今にも倒れそうに揺らめいた体に。
「さすが兄貴だぜ!」
振り返って快哉を叫ぶ弟に、セシ公は笑みを広げて、『太皇』の姿を求めて、『氷の双宮』に歩み入った。




