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ラズーン 7  作者: segakiyui
4.白亜燃ゆ

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2070000ヒット、ありがとうございました!

 それは封じられた物語のはずだった。


「ラシル!」

 悲痛にも聞こえる叫びが、『氷の双宮』の門扉の前で震えながら待っていた父親の喉から搾り出される。

「こっちよこっち! 早く!」

「お母さん、お父さん!」

「お前、なんてことをお前!」

 門の外から泥だらけになりながら駆け込んできた幼い少女は、片足が千切れた布の人形を抱えている。

「ごめんなさいごめんなさい、でもどうしても、アサドちゃんのものだから!」

「ああああ!」

 悲鳴を上げて母親が少女を掻き抱く。少女の手から滑り落ちかけた小さな人形は、今にもばらばらになりそうで、あちらこちらに血の跡がある。

「落としちゃったの、お椀は溝に、落としちゃった!」

 安全な場所で、温かな父母の腕に抱えられて、無力を嘆く少女は気づいていない、自分がどれほど幸運だったのか。そのささやかな幸運さえ手に入らず、この門に辿り着けずに果てた命のことを、少女が思い及ぶのはいつだろう。数日後か………それとも数十年後か。


『ラズーン内壁の中はもう戦場だ』

 門の際に立ち、人々と『運命リマイン』を選別し終えたアシャのことばに、誰もが凍りついて彼を眺めた。

 まさか、と微かな声が広がる。

 まさか、そんなことが。

 まさか、あなたが、そう言うなんて。

 だがそのざわめきは、不安の色を濃くする。

 『金羽根』が門の中へ戻り始めたのを見たからだ。

 なぜだ。

 問いは酷い答えを返す。

 既に、この門の外に守るべきものはいない。

 人々は沈黙したまま、俯きがちに項垂れて門の中へ入ってくる『金羽根』を見つめる。

 美しい『銀羽根』は? 誠実な『銅羽根』は? 武勇に優れた『鉄羽根』は? ラズーン外壁に敵さえ寄せ付けない『野戦部隊シーガリオン』は?

 いない。

 もういない。

 もう誰も、この門の外で守りを固めて戦うものはいない。

『これより先、再びこの門が開かれることがあるのか、それとも、もう二度と人の世に戻れないのか、誰にもわからない』

 『氷の双宮』の奥で『太皇スーグ』が招いてくれていると、一時の安堵に緩みかけた心を引き絞る、冷徹で静かな声だった。

 ラズーンの光の王子と呼ばれていた青年が、明るい希望の象徴だった存在が、自分達の命を容赦無く秤にかける、そんな冷ややかな断罪者だったなんて。

 静かに視線を投げるアシャに、怯えた顔で両親は幼い子どもを抱え込み、引き下がり、その視線に触れぬように我が子を背後に庇った。

 食い入るように見上げる瞳を、アシャは無表情に見返し、呼ばれたように視線を上げる。

 『双宮』の彼方に、水を満たさぬ噴水の向こうに、佇む一人の老人を認めた。

 穏やかな表情のまま、『太皇スーグ』ゆっくりと頷く。

 行くが良い。

 アシャも頷き返す。

 参りましょう。

「アシャ!」

 思わずびくりと体が震えた。

「俺達も戻ってるぞ、アシャ!」

「…イルファ…」

「俺達が必要か!」

 野太い声は響き渡った、沈み落ちる人々の上に。

「……必要だ」

 アシャは掠れた声で返した。

「この先の世界に、必要だ」

「……お前もだ!」

 イルファが一瞬、胸が詰まったような顔で淀み、すぐに言い放った。

「お前も、この先に必要だ!」

 違う。

 アシャの呟きを察したのだろう、イルファの顔が赤らむ。側に立ち竦むレスファートの頬に次々と涙が伝わっている。敏感で繊細なレクスファの王子には、アシャが何に成り果てるのか、気づいてしまうのだろう。その側に、やはり凍りついたように立つレアナの顔は青白く、かつて見た柔らかさも朗らかさもない。

 それが正しい、この世界の『人』ならば。

 破滅のありかを察したならば、覗き込もうとさえしないはず。

「帰って来い!」

 イルファが吠える。

「帰って来るんだ!」

 お前は、俺の、アシャだろう!

「…相変わらず」

 苦笑いをアシャは浮かべる。

「どうしようもないことを」

 くるりと背中を向ける。視線は背中に叩きつけられている。憎悪と恐怖と懇願と悲哀に満ちた、『人』の視線。

 歩みを止めるな。

 言い聞かせながら、アシャは開いた門を離れていく。

 立ち止まるな。

 既に全ての流れは崩壊に向けて動き始めている。

 背後で重々しく音を響かせながら、『氷の双宮』の門が閉まる。

 アシャはようやく振り返った。

 聳え立つ、白く清冽な、守りの壁。

 『人』の命を保持し、『運命リマイン』の命を断ち切るシステム。

「……本当は、ずっと昔に」

 アシャは雨が止んで深く澄み上がり始めた空を見上げる。

「ずっと昔に、滅んでいたはずなんだ」

 最後の因子の俺が消えれば、全てが終わるはずなんだ。

 体から金色の光が舞い上がった。見る見る光度を上げ熱を帯び、広げた掌から踏み締めた足元から、乱れる髪と呼吸に弾む体から、炎が立ち上がり白い壁に這い寄っていく。

 やがて壁に炎は辿り着いた。あっという間に壁を伝って範囲を広げ、世界を焼き焦がしていく。

 

 それは封じられた記憶の中に宿る光景そのものだった。

 かつて繁栄の限りを尽くした人類という生命体が、己の欲望から自らを焼き尽くす業火を生み出し、世界を崩壊させていく光景だった。

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