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三年を経て

 夕飯を食べたあと、諒太は夏美の家へと向かっていた。時間は夜の八時である。一応は到着したものの、インターホンを押すのを躊躇ってしまう。いつもとは違って夏美の両親がいると分かっていたからだ。


「いずれは会うことになる……」

 あの夏から三年。どんな顔をして二人に会えばいいのだろう。過去には恨んだことすらあった。どうして自分たちを一緒に遊べなくしてしまったのだと。


『はいはーい』

 インターホンを押すと軽い返事がある。だが、それは夏美じゃない。記憶に残るままの声は夏美の母親だった。


「あの、諒太ですけ……」

 応答を終える間もなく扉が開く。せっかちなところも変わっていないようだ。

「ああ、諒ちゃん! 男前になったわねぇ! ホント久しぶり! ねぇねぇ、おばさんのこと覚えてるかしら!?」

 無駄に高いテンションに諒太は圧倒されていた。目の前に立つのは紛れもなく夏美の母親、富佐子ふさこである。彼女は夏美よりも変化がないように思えた。


「お変わりないようで……。あの頃の記憶と一緒です……」

「そうなの! おばさんこれでも若く見られて仕方ないのよ! この前も二十代ですよねって言われたりしたわね! ああそうだ、先日はナンパされちゃって、夫も娘もいるとか断る理由を何とか絞り出したのだけど、それでも引き下がってくれなくて、おばさん本当に困っちゃったの! それでね……」

 富佐子は機関銃のように興味のない話を撃ち出してくる。聞いてもいないというのに一方的な話を……。


 何というか彼女は残念であるだけでなく面倒臭い。富佐子が話すように美人ではあるのだが、彼女は完全に夏美の上位互換。もちろん良い意味ではなく悪い意味である。


「諒ちゃんは格好良くなったわねぇ! 諒ちゃんならナンパされたとして、ついて行っちゃうかもしれない! いやでも、おばさんには夫も娘もいるし……」

 本当に変わっていない。矢継ぎ早に続けられる無駄話。やはり大人になると三年という期間は短く、彼女が変貌する時間には足りなかったのかもしれない。


「それで諒ちゃん、三年前はごめんねぇ。おばさんたちとしても苦渋の選択だったのよ」

 ふと会話はあの夏の話題となっていた。

 今さら謝られても困る。大人たちが決めたことであるし、子供が意見したとして、現状に変化がないことくらい諒太は理解していた。


「まだ幼かったでしょ? だから家の場所は教えないことにしたの。貴方たちは鍵っ子だし、家を知っていたら互いに行き来しちゃうでしょ? 危なっかしいってことで伝えないことにしただけ。おばさんたちを恨まないで欲しいわぁ」

 告げられた理由は諒太が考えていた通りだ。きっと諒太が夏美の家を知っていたのなら、どれだけ離れていようと学校帰りに向かっただろう。


「分かってます。少しばかり塞ぎ込んだ時期もありましたけど……」

 諒太の返答を予想していなかったのか、富佐子は表情を曇らせた。彼女が諒太の心情を慮るはずもなかったというのに。


「おばさんはあの別れが二人の成長に繋がったと思ってる。責任逃れかもしれないけれど、あの別れが夏美を自立させたと考えているわ。諒ちゃんだって色々と考えたでしょう? 互いに依存し合うだけじゃ駄目。一個人として考え、行動していくことが必要なの」

 稀に真っ当な話をする。この辺りも彼女は変わっていない。

 当時はこの説明を聞いたとしても納得できなかった。けれど、今となっては大人たちの判断が正しかったように思う。だが、あの夏のあとも同じような日々が続いたとして、二人の成長を阻害しただなんて考えられない。


「それでも辛かったですよ……?」

 引っ越ししたと聞いて諒太がどれだけ落胆したのか。理解されるはずもない気持ちを諒太はぶつけるしかなかった。富佐子に責任があるとは思わないけれど、自分自身の溜飲を下げるためにも口にしている。


「諒ちゃん、人生って一本道だと思う? 子供は環境に振り回されやすいけれど、わたしは子供たちに制限があるとは考えない。ある意味強制された生活の中でも未来は無限に拡がっているはず。子供たちはそれぞれが掴み取っていくのよ。葛藤し取捨選択を迫られながら、一つの未来を手に入れていく。おばさんはそれが人生であり運命だと思う。言葉にしなくても貴方たちはずっと望んでいたのでしょう? いつか再会できるんじゃないかって……」

 押し付けがましい大人の主張は嫌いだった。しかし、それは往々にして図星を指している。神様のように諭し、子供は納得せざるを得なくなるのだ。


「巡り会いなんて星の数ほどある。神様の気まぐれでしかないように思えて、その実は引き合うものであり、運命を手繰り寄せているだけ。全ての巡り合わせが偶然や奇跡を伴いながら、現実として成り立っていく。運命が本物であれば必ず導かれるの。現に貴方たちは偶然にも再会し、また同じような生活を手に入れた。おばさん驚いちゃったけれど、貴方たちの運命は本物だと思うわ……」

 運命とはまた大袈裟な話だ。国や県を跨ぐ別れではない。隣り合う小さな街であり、自転車で二十分ばかりの距離を二人は引き裂かれただけ。もしもそれを運命と呼ぶのなら、とても小さく些細な運命だ。諒太と夏美は決して多くない選択の中で正解を選んだだけである。


「それで、わたしも運命を引き当てたのよね! 夫との出会いはまさに奇跡よ! うららかな春の日差しが頬を撫でる季節。麗しい文学美少女であったわたしは芍薬にたとえられるような……」

 真面目な会話は長く続かない。またも自分語りが始まってしまう。自らを美少女だと話すところなど、夏美の遺伝子を汚染したという明確な証拠である。


「約束してますのでこれで。上がらせてもらいますね?」

「ああ諒ちゃん! まだ座れば牡丹にたとえられる女学生編が……!」

 続きは知っている。確か最後は歩けば百合の社会人編。思わず嘆息してしまったのは無駄な記憶を掘り起こしてしまったからだ。


 今は昔話に花を咲かせる場合ではない。夏美の側にいること。諒太がすべき唯一のことは彼女の不安を和らげることなのだから……。

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