当日のスケジュール
【依頼者】ナツ――――。
諒太は唖然と息を呑んだ。どうしてここで夏美の名前が出てくるのだと。夏美はオリハルコンを見たことがないと話していた。加えて金欠であるのだと。
「いや、これは……」
今現在の夏美にこの依頼を願うのは不可能だ。明らかに現状と異なるそれを依頼できるはずもない。
「金欠だった夏美が五十万ナールを用意した? 所有していないフェアリーティアを用意できた?」
矛盾しかないように感じる。けれど、諒太には思い当たる節があった。記載された内容は彼の記憶と重なっていたのだ。
「白金貨5枚……」
高額取引であれば通常はギルドカードで決済するはずだ。しかし、支払いは白金貨5枚。それは諒太が知るものに違いない。夏美の金欠を解消させたものとは……。
「ロークアットの白金貨だ――――」
都合良く白金貨なる現金相当の高額アイテムを夏美が五枚も用意したとは思えない。それは恐らく諒太が悪徳商会に支払った製作依頼料と同じものだ。
「これは決定した未来なのか……?」
もしも諒太がエチゴヤからオリハルコンと依頼料を返却され、それをそのまま夏美に送ったとする。アイテムを受け取った夏美はフレンドである越後屋に盾の製作を依頼するだろう。そのあとは越後屋がブレイブシールドを完成させる。それも一日という特急仕事で。
ゴクリと唾を飲み込む。これらは偶然というより全てが決定事項であるとしか思えないものだ。
「エチゴヤさん、オリハルコンとフェアリーティアを返してください」
もう迷いはない。諒太は夏美に素材と白金貨を渡す。それだけで問題は解決するのだ。たった一日で越後屋はブレイブシールドを完成させてくれるはず。
「良い依頼だったが仕方ないの。依頼料と素材は返すぞ」
エチゴヤに礼を言い諒太は急いで路地へと向かう。人目を気にしつつもリバレーションを唱え、夏美の倉庫前へと転移していた。
「一応は埋めたけど、ナツは戦闘中かもしれんな……」
スナイパーメッセージを起動し、夏美に連絡を取る。きっと夏美は今もスキル習得のために戦っている最中であろう。
『もしもし? どったの?』
少しばかり緊張していたのだが、夏美はいつも通りだ。妙な話を聞かされて動揺していたのは諒太だけであったらしい。
「ああ、オリハルコンはゲーム内で加工しろ。こっちの悪徳商会では依頼できなかった」
『あらま。じゃあ、越後屋さんに頼んでみる。でもお金がないし、イベントに間に合うかも分からない……』
まあそう思うだろう。けれど心配無用である。全ては歴史に刻まれているのだ。依頼料も製作期間も気にする必要はない。
「倉庫前にオリハルコンとフェアリーティア、それに白金貨五枚を埋めた。代わりにディバインパニッシャーと交換ってメモをくれ」
装備に関してはその場で夏美にもらったから問題などない。だが、ディバインパニッシャーに関してはまだ所有者不明であった。よって諒太はここで一筆もらうことにしている。
『おお、サンキュ! 白金貨とか超レアじゃん! たまにイベントでもらうくらいだよ』
「急いで依頼しろ。絶対に間に合う。一日でできるはずだとごねろ」
『リョウちんはホント悪魔だね? まあ頼んでみる。事情が事情だしね!』
言って夏美は通話を切った。もう既に掘り返している頃かもしれない。
しばらくして諒太は埋めた箇所を掘り返してみる。やはり夏美はもうオリハルコンを受け取ったあとだ。そこには一枚のメモが残されているだけだった。
【リョウちん、ありがと。素材とお金はディバインパニッシャーと交換します。あたしはいつだってリョウちんを頼りにしてるよ】
普通の文面なのだが、どうしても含みのある内容に見えてしまう。隠された意図はないだろうが、諒太は過剰に意識していた。
顔を振って余計な思考を終わらせる。今すべきことは幼馴染みとの関係について考えることじゃない。これから勃発する二つの戦争について考えるべきであり、現状の諒太に何ができるのかということだ。セイクリッド世界側の準備は万端であるとして、アルカナのイベントに諒太はどう関われるのか。
「やはり俺はアルカナの世界に入り込めるかもしれない……」
それは前々から考えていたことだ。レシピに残っている内容が真実であれば、諒太は出張データとしてアルカナというゲームに存在できるような気がする。
譲渡人不明のレアアイテムが何の工作もなしに見つかっていない事実。またミノタウロスの石ころを諒太はサーバーデータに介入することなく夏美に送った。当時は深く考えていなかったのだが、いちご大福がBANされた今となっては非常に危険な行為だったと思わざるを得ない。けれど、今も夏美は普通にプレイしており、不正扱いは受けていない。そこから想像できることは譲渡人不明のままじゃなく、譲渡人が判明しているという話だ。
「セイクリッドサーバーにはリョウという架空のプレイヤー枠が存在する?」
恐らくリョウというプレイヤーはサーバー内に存在している。そしてそれは間違いなく諒太だ。石ころを送った瞬間から、諒太はアルカナの世界に介入しているはず。
「いや、俺である必要はないか。セイクリッド世界やセイクリッド神が矛盾を解消した可能性も……」
夏美のアカウントが今も停止させられていない現状は何かしらの力が働いている証拠である。夏美がセイクリッド世界に影響を与えるように、諒太の行動はゲーム世界に介入しているはずだ。
「かといってナツのイベントには参加できそうにない……」
やはり無茶なアイデアである。イベント前の移籍は許可されていない。つまり出張データが許可されるはずもないのだ。事前に参加意思を問われるイベントに諒太が参加できるとは思えなかった。
「ナツはきっと一人でも戦える。勇者に相応しい最強の盾を手に入れるんだ……」
レシピにある製作期間はイベントに間に合ったと予感させるもの。ならば諒太は夏美の奮闘を期待するだけであり、世界線の移行を願うだけである。
「他に準備すべきことは……」
金剛の盾の習得や防具の製作は既に諒太の手を離れている。イベントの協力者についても彩葉に話をつけた。もう諒太が夏美のイベントに関与できる事項はなさそうである。
「じゃあ、ウォーロックでの戦争はどうなる……?」
明日に迫ったセイクリッド世界での戦争を考えてみる。フレア率いる騎士団は既に王都を発ったはず。盾の製作次第であるけれど、幾ら思考したとしてもセイクリッド世界側の準備は一通り終わっているような感じだ。
「あれ……?」
ここで諒太は失態に気付く。明日であるのは分かっていたのだが、準備以前に重要な情報が抜け落ちていた。
「戦争の開始時間が分からない……」
明日は金曜日だ。土曜日のゲーム内イベントは土曜の夜九時から十時と決定しているけれど、セイクリッド世界の戦争は時間が判明していない。もしも授業中に戦争が始まってしまえば諒太は参戦できなくなり、人族の完全敗北が決定してしまう。
「マズいな……。ゲーム内イベントと同じように考えてしまった……」
今日の段階で気付けたのは良かった。今ならまだ何とかできる。既にスバウメシア聖王国軍も進軍を始めているだろうが、諒太には何の問題もない。
諒太には心強い協力者がいるのだから……。
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