装備の製作状況
帰宅すると諒太は直ぐさまクレセントムーンをクローゼットから引っ張り出す。
夏美について考えるのはひとまずやめた。今すべきことは世界線の改善及び元の世界線にできる限り近付けることだ。その準備は今しかできないことであり、あとで悔いが残らないように何よりも優先すべきことである。
セッティングが終わるやセイクリッド世界へと。諒太はいつもの石室に転移していた。
「そういやフレアさんは知っているのか? 明日スバウメシアが攻めてくることを……」
昨日の段階で二日後とロークアットは言っていた。だから北東の交易都市ウォーロックは明日戦禍に見舞われてしまう。
直ぐさまクラフタットへ移動しようと考えていたけれど、諒太は先にフレアと会うことにした。一人でも諒太は戦うつもりだが、やはり両勢力が揃っていなければ駄目だ。争うより取り組むべき問題がセイクリッド世界にはあることを再確認してもらうためにも。
諒太は騎士団本部に駆け込んでいた。昨日と変わらず陰気な雰囲気である。戦争を控える兵たちの詰め所だとは思えないほどに暗い。
「リョウじゃないか……」
この様子だとフレアは戦争が勃発すると知らないのだろう。若しくは完全に気持ちが切れているかのどちらかだ。
「フレアさん、知っていますか? スバウメシア聖王国は明日ウォーロックへ進軍するみたいです」
「リョウも知っていたのか。私も一応は斥候の報告を受けている。ドナウに兵が集結しているとの報告を……」
意外にもまだアクラスフィア王国の軍隊はまだ機能している感じだ。詳しい日時は知らないようだが、ある程度の情報は掴んでいるらしい。
「それで明日というのは確かな情報か? 本当であるならば急いで向かわねばならない。我らは戦うのみ。どのような窮地にあろうと王国民を守る立場だ……」
溜め息を吐きつつもフレアは決意を語る。勇敢であり、頑固なところは世界線が変わっても同じであるみたいだ。
「リョウも戦線に赴いてくれるのだろう? 我らと共に行くか?」
「俺はまだ準備に時間がかかります。けれど、必ずや戦地へと向かいます。ワイバーンを一騎残してもらえれば助かるのですけど……」
ウォーロックなる街へは行ったことがない。よって諒太はリバレーションにて転移できなかった。もしもワイバーンが貸与されなければ、フレアたちの行軍に加わるしかない。
「そうか……。君だけが頼りだ。ワイバーンは裏の竜舎に残しておく。君には世界を救う役割があると分かっているけれど、どうかアクラスフィア王国のために戦ってくれ」
アルカナにおける夏美の戦いが先であったならと考えてしまう。もし仮に世界線が戻っていたのなら、憔悴しきったようなフレアを見なくて済んだはず。また世界線の移行が分からぬ現状は参戦以外の選択肢を失う。諒太は戦争に割って入って両国の橋渡しをするしかなかった。
「了解です。ただ戦場では俺の指示に従ってもらえますか? 一人の犠牲も生まない戦いを俺は望んでいるのです」
「そんな絵空事を……。まあリョウが軍を率いてくれるのなら我らは従おう。ただし、降伏なんて許さんぞ? エルフに従属するなんて死んだ方がマシだ……」
ここまで関係がこじれてしまうなんて。フレアの台詞には憎しみが込められていた。
再び友好関係を築けるのか不安である。諒太とロークアットが婚約したとして、三百年という期間に蔓延した憎悪を取り除けるのか確証はない。
ただ諒太は分かりましたと答えている。恐らく彼が取る行動は裏切り行為に当たるだろう。またも勇者がスバウメシアに寝返ったと考えられてもおかしくはない。だが、他に目指すべき方角が分からない諒太にはその未来しか選べなかった。自身が疎まれることで、せめて誰も死なないでくれればそれでいいのだと。
フレアと別れた諒太はクラフタットへと飛ぶ。一応は納期の確認をしておかないことには何も始まらないのだ。
急いでウルムの工房へと入り、奥にある作業場まで駆けていく。
「おう、誰かと思えばリョウか……。慌ただしいやつだな?」
「ウルムさん、早速ですけど進捗状況はどうなのでしょう?」
「まあ順調だ。もらったフェアリーティアは最高品質だったよ。おかげでこの難素材も問題なくカットできている。俺の方は失敗作になる可能性はかなり低いはずだ」
有り難い話である。しかし、気になる話が続く。俺の方はというのは一体どういう意味なのか。加えて失敗作になる可能性とは……。
「もしかして製作は失敗する可能性があるのですか?」
聞かずにはいられない。せっかくのレア素材がゴミと化す可能性があるなんて。生産職について調べていない諒太は不安に苛まれている。
「もちろん失敗する可能性はどの工程にもある。素材により器用さの最低値が決定しているんだ。当然、リョウが持ち込んだ素材はどちらも超一級素材。生半可な職人ではちょっとした加工すらできないだろう。俺の方はスキルもステータスも問題なかった……」
幾度となく口にする『俺の方』という話。繰り返し聞かされると諒太にも予測できてしまう。
「ひょっとして問題があるのは悪徳商会でしょうか?」
きっと諒太の想像通り。どちらも超一級素材と言ったウルムは、もう一方の問題を暗に語っているはずだ。
「察しが良くて助かる。先ほど連絡があったんだ。悪徳商会の誰にもあの幻金属を加工できないらしい……」
やはりオリハルコンが問題であったようだ。どちらかというと諒太の装備よりも夏美の方を優先したかったというのに。
「それなら悪徳商会に行ってきます。ウルムさんは引き続き製作の方をお願いしますね?」
任せとけという頼りになる返答をもらい諒太はカモミールをあとにした。
予定は未定とはよく言ったものだ。カモミールと比べ何倍も大きな悪徳商会側が製作不可だなんて考えもしない事態である。
大通りを走り抜け、諒太は悪徳商会に飛び込んでいた。
「すみません! 責任者を呼んでください!」
落ち着いて話をする状況ではない。大きな声で工房の責任者を呼ぶ。一介の職人では話になるはずもないと。
「儂が悪徳商会のエチゴヤじゃが……」
工房の奥から髭もじゃのドワーフが現れた。三百年が過ぎて店主も代替わりしているはずだが、現当主もエチゴヤを名乗っているらしい。
「エチゴヤさん、俺はカモミールから代理依頼をしたリョウといいます。製作できないと聞いたのですけど……」
「ああ、君がリョウか。すまんなぁ。儂は悪徳商会の四代目なんじゃが、ミスリルの加工までしかできん。ぶっちゃけステータス不足だ。しかし、何も儂だけの話ではない。幻金属の加工は初代越後屋にしか無理じゃろう……」
エチゴヤによると鍛冶スキル【鍛錬】は作業時に成功確率が表示されるらしい。四代目エチゴヤでは1%と表示されるらしく、とても作業できる数値ではないとのことだ。
「鍛冶は器用さに加えて力や集中力、幸運まで必要となる。申し訳ないが儂らは全ての数値が不足しているようじゃ」
「カモミールではそんな話をしていませんでしたよ? ウルムさんにも同じような素材の加工をお願いしたのですが……」
「ウルムさんの腕は達人級じゃからな。それに神から愛されたようなステータスを持っておる。フェアリーティアの錬成を完璧にこなす職人はあの人しかいない」
工房は小さかったが、どうもウルムは町一番の職人のようだ。四代目エチゴヤも一目置く存在らしい。
「初代であれば製作可能じゃが、あるときを境に工房を離れられたらしい。初代は人族じゃし、生きてはおらんじゃろうな……」
「製作可能って初代なら確実に加工できるってことですか?」
どうやら四代目エチゴヤはプレイヤーの血を引いていない感じだ。初代越後屋の子孫であれば圧倒的なステータスを受け継いでいるはずである。
「それは間違いないぞ。何しろレシピが残っておるからな……」
「レシピ……ですか?」
意外な話になる。ゲーム中に存在するオリハルコンであるから可能性はあると思う。しかし、トッププレイヤーである夏美や彩葉ですらまだオリハルコンを見たことがないという。現状のセイクリッドサーバーにオリハルコンは一つも存在しないはずだ。
きっと今よりも未来の話であろう。そのうちに誰かがドロップし、初代越後屋に依頼したのだと考えられる。
「これがそのレシピじゃ。今朝から書類をひっくり返して見つけたものじゃよ」
エチゴヤからレシピを受け取り目を通す。だがそれは確認と言うより興味本位である。越後屋がオリハルコンを加工し、どのような装備を作ったのかと。
【ブレイブシールドのレシピ】
【材料】オリハルコン・ミスリル
・魔法耐性粉・フェアリーティア
【製作日数】一日(特急)
【支払い】白金貨5枚(50万ナール)
【製作工程】まずミスリルを…………。
レシピには材料から金額、製法まで細かに記されていた。製作日数が僅か一日というのにも驚いたが、それ以上に諒太を驚愕させた内容がある。
とんでもない記述を諒太はレシピの最後に見つけていた。
【依頼者】ナツ――――。
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