グレートサンドワーム亜種
グレートサンドワーム亜種との戦いを決めた諒太。まずは夏美の装備から決めようと思う。
「とりあえずナツは攻撃力より防御力優先だ。遠距離攻撃があったとしても物理攻撃だろう。このタイプの魔物は魔法なんて使ってこないはず……」
考えられる遠距離攻撃は石つぶてや砂嵐的なものだけだ。基本的に物理攻撃だと考えられ、防御力を強化しておれば十分に対抗できるはず。
「スキルはないのか? 金剛の盾とか……」
「盾役なんかしたことないって! 盾は攻撃力が下がっちゃうし!」
「ないなら習得しろ。三日後のイベントでは絶対に必要となる……」
夏美は嫌だと言わなかった。猪突猛進型である夏美はまどろっこしいことを嫌う。けれど、相手を傷つけない戦闘がこの先にあり、変えたい未来がある彼女は甘んじて諒太の指示を受け入れている。
「分かった。ならグレートサンドワーム亜種はお誂え向きだね? あたしは防御の特訓をするから、リョウちんが削って倒すこと!」
「そのつもりだ。とりあえずハンドシールドを試してみろ。大盾は敏捷性が損なわれるし」
ジッとしているわけにはならない。大盾は防御力が段違いであるけれど、重さ故に動き回れなくなってしまう。大勢の攻撃を避けながら防ぐには不向きな装備であった。
「俺はINT値強化だな……」
諒太も装備を一新することにした。ディバインパニッシャーは雷属性なのだ。火属性強化の鎧では意味がなかった。ならば全ての魔法威力に直結する賢さを上げるしかない。
「妖精女王のローブ?」
目に留まったそれは防御力こそしれていたけれど、装備するとINT値が二割増になるローブであった。
「ああ、それは良いものだよ! 妖精女王のイベントで手に入れたの!」
「妖精? それはどこにいるんだ?」
「最初はガナンデル皇国だね。皇国に妖精の国へ繋がる森があんの。最初のイベントをこなしたあとは他の国にも入り口ができるよ」
どうやら諒太にはまだ縁のない話であるようだ。ガナンデル皇国の通行証を持っていない現状では詳しく聞く必要がない。
「杖は以前と同じ賢者レブルスの杖だな。消費MP半減に加えてINT値三割増。杖については再考の余地すらない」
目下のところレブルスの杖は最強と評される杖だ。ゲームでは大魔道士たちがこぞってドロップさせようとしている激レアアイテム。トライすらしていない諒太が所有しているのは悪い気もするけれど、超超激レアという石ころと交換したのだから文句を言われる筋合いはない。兎にも角にも持つべきものは幸運に恵まれた幼馴染みである。
諒太は中級火魔法【ファイアーストーム】と中級風魔法【エアブラスト】を追加的に入手。中級魔法は今後の戦いで重要な役割を担うはずだ。このグレートサンドワーム戦で無詠唱まで育てたいところである。
「さあ、始めようか!」
本来の目的外ではあるけれど、未知なるスクロールの存在は諒太を昂揚させていた。一体どのような威力を発揮するのかと。邪魔くさいと考えていたグレートサンドワーム討伐だが、俄然楽しみになっている。
「待って! リョウちん、残りの石ころは磨ききった?」
ここで夏美が口を挟む。石ころとはミノタウロスの石ころに違いない。石ころのままでは何の効果もないアイテム。夏美の話は万全を期するための確認であろう。
「ああ、何とか磨き終わった。お前にやろうと思っていたんだけど……」
「とりあえずリョウちんが持っときなよ。万が一ってこともあるし」
確かにそうかもしれない。スバウメシア聖王国軍を相手に、一人も傷つけず大戦を終えるつもりなのだ。万が一の備えも必要であろう。
「じゃあ、預かっておく。もしも使わずに済んだのならナツに渡すよ」
「それで良いよ。リョウちん、死んじゃったらどうしようもないし」
夏美は死の意味を理解していないのか本当に軽く言う。肉体ごと召喚されるセイクリッド世界において、ゲーム内の死は現実の死と同義であったというのに。
何はなくともグレートサンドワーム亜種。逃げてしまわないうちに狩ることになった。
「ナツは防御に徹しろ。俺は中級魔法を無詠唱まで上げる」
「了解!」
二人はグレートサンドワーム亜種を甘く見ていた。それこそグレートサンドワームをほんの少し強くしただけだと。だから特に対策を講じることなく戦闘へと入ってしまう。亜種というネーミングを二人は鵜呑みにしていた……。
夏美とパーティを組んで倉庫を飛び出すと、グレートサンドワームは即座に咆吼し二人を威圧する。
「ナツ、打ち合わせ通りに!」
「任せといて!」
二人は互いのスキルアップを計画していた。夏美は盾の扱いを学び、諒太は中級魔法二つの熟練度を最低10まで上げること。レベル差がさほどもないと予想されるグレートサンドワーム亜種ならば最適な魔物であると考えていた。
「ナツ、一応は奇面を装備しとけ。攻撃が顔に当たったら血まみれだぞ!」
「心配してくれるんだ? リョウちんが望むのなら装備しとくよ!」
「顔に傷がついたら現実でも残ったままなんだぞ? 説明できんだろ?」
グレートサンドワーム亜種の攻撃は想定通りであった。モーションが大きい体当たりと砂塵を起こすだけである。ただし、砂塵であっても受けるダメージは二割増だと思えないほど威力があった。戦えないほどではないにしても、強すぎるように感じてしまう。
「盾が上手く使えるようになってきたよ!」
「俺もファイアーストームがレベル5になったぞ!」
予定よりポーションの消費が激しかったものの、一応は順調そのものである。期待したままの成果だ。このまま戦い続けたのなら、きっと目的は達成されると二人は信じていた。
「きゃあぁぁっ!」
遂に強攻撃である石つぶてを放ってきた。夏美は盾で防御したのだが、勢いに負けて後方まで飛ばされてしまう。
「ナツ、俺は無詠唱レベルまで上げられた! もうディバインパニッシャーで倒すか!?」
「まだ金剛の盾が覚えらんない! 覚えるまでやめる気はないよ!」
「出張データだろうが!? 何かこいつ滅茶苦茶強ぇぞ!?」
夏美は仮データだというのに、スキル習得に執着している。一つのことしか考えられないのは今も昔も同じらしい。
かなりの手数を与えていたはず。もう既に一時間以上は戦っていたのだ。けれど、ようやく強攻撃を始めたばかりであり、グレートサンドワーム亜種にはまだ余裕がありそうだ。
「リョウちん、思い出したよ!」
前衛に戻るのかと思えば、夏美は急に声を張る。この状況で一体何を思い出したというのだろう。
「αの最大値って二割じゃなくて二倍だった!」
「えええっ!?」
こんなところで残念機能を発動する夏美。二割と二倍では大違いである。仮にそれが事実であれば想定を遥かに超えるグレートサンドワーム亜種の強さも説明できた。
恐らく二人は不運にも最大値を引いてしまったはず。若しくは二倍に迫る強さであるのは明らかであった。
「二倍って別の生物じゃねぇかよ!?」
「だって弱い魔物が二倍になったとして気付かないじゃん!」
「言い訳すんな! もうログアウトできんのだぞ!?」
二倍であればレベル200という超強敵だ。幾らダメージを与えてもキリがなさそうである。
「リョウちんはディバインパニッシャーを撃って! グレートサンドワーム亜種のドロップアイテムは絶対に逃せないよ!」
「いやしかし、ナツがヤバいだろ!?」
「ルイナーを倒して世界を救うんでしょ? だったら超激レアアイテムは必須だよ。あたしのことなら心配ない。あたしだって勇者だもの。それに……」
夏美はこの先を見ていた。世界を救うという身の丈に合っていない大目標にも気後れすることなく、夏美は与えられた使命を純粋に受け止めている。
「リョウちんと一緒なら死んでも構わない――――」
夏美の決意を感じずにはいられなかった。ふと諒太は告白紛いの話を思い出してしまう。恥ずかしかったのか、らしくない小さな声。諒太は彼女の声を無視するなんてできなかった。
「しゃーねぇな。俺の気持ちも以前に語ったままだ。ナツがいない世界は楽しくない。それはもう十分に味わったから……」
中学生だった三年間を一言で表現するとモノクロームだ。色鮮やかな今と比べれば、どれだけ自分の世界が失っていたのか分かる。色味を失った世界に興味を抱けるはずもなく、楽しいと思うはずもなかった。
「ありがと、リョウちん。じゃあ絶対に勝とうよ!」
どういった感謝なのか分からないけれど、とりあえずは夏美が話すようにグレートサンドワーム亜種は倒しておこうと思う。最近なかなか上がらなかったレベルを上げるチャンスだ。加えてレアドロップも夏美がパーティにいるだけで期待できるというものである。
「しっかり防御しろよ? 詠唱文はかなり長い。絶対に仕留めてやるから……」
「任せて! 詠唱の邪魔はさせないよ!」
再び二人はグレートサンドワームに相対した。距離を取れば石つぶてや突進攻撃を繰り出してくる。ノーマルのグレートサンドワームは噛みつきばかりであったけれど、やはり多彩な攻撃バリエーションは亜種である由縁なのだろう。
「天に満ちし闇は神の怒り。茫漠たる雷雲を呼び寄せるものなり。天と地を引き裂く神の刃と化す……」
魔力が身体から抜けていく感覚があった。しかし、問題ないはずだ。インフェルノですら唱えられる自分ならば詠唱できると諒太は確信している。
「赫々たる天刃よ大地を貫け。存在の全てを天へと還す光。万物を霧消せし灼熱を纏う」
雷属性は多重属性かもしれない。神聖な光でありながら風の要素や火の要素まで詠唱文から感じ取れる。
「神の裁きは虚空を生み出す。神雷よ降り注げ……」
諒太は詠唱を終えた。杖の先へと力が凝縮するのを感じている。空には暗雲が立ち籠め、今にも発動しそうな雰囲気だ。
「ディバインパニッシャァアア!!」
一刻も早く夏美を助けたい。諒太はその一心だった。必ずしも明確ではない感情に従い全魔力を撃ち込むつもりで呪文を撃ち放つ。
やはり発動には時間を要した。こんな今も夏美は慣れぬ防御に徹していたというのに。
早く発動してくれと心の内に願う。恐らくはあともう少し。夏美が堪えている間に撃ち込もうと諒太は声を張る。
「くたばれぇぇえええっっ!!」
刹那に轟音を伴い閃光が走った。暗雲より落ちた一筋の光は一瞬にして周囲を目映く照らし出す。まさに瞬く間の出来事。神の裁きという稲妻は天より降り注ぎ、グレートサンドワームを貫いていた……。
グレートサンドワームの叫声にも似た咆吼が響き渡る。諒太はもう既に確信していた。間違いなくグレートサンドワームを葬っただろうと。
「嘘……だろ!?」
ところが、グレートサンドワームは息絶えることも苦しむことすらなく、激しく身体を震わせている。周囲に砂塵を撒き散らす様子が絶命したモーションであるはずもない。
再び耳をつんざく咆吼を轟かせるとグレートサンドワームが突進を始めた。左右に大きく頭を振りながら砂塵の中から諒太たちを襲う。まるで気が狂ったかのような無差別攻撃。やたらと速いだけでなく、伸びる身体はその強攻撃を広範囲に届かせていた。
「きゃあああああっっ!」
夏美は猛突進を受け止めきれない。一応は盾で防いだものの、夏美は敢えなく後方へと吹き飛ばされてしまう。大盾であれば違ったかもしれないけれど、生憎と盾は片手持ちであって業物でもなかったのだ。
「ナツ!?」
吹き飛ばされた夏美はピクリともしない。出張データであるけれど、それはゲームでの話だ。夏美の肉体はセイクリッド世界に召喚されており、ゲームデータはサーバーに残っても彼女自身は失われてしまうはず。
咄嗟に諒太は夏美を抱えて走り出している。急いで倉庫へと飛び込み、夏美を回復させなければならなかった。
「おい、ナツ! しっかりしろ!」
何とかまだ息がある。諒太はエクストラポーションを少しずつ与えて夏美の回復を待つ。
完全に失態であった。とんでもない強攻撃をグレートサンドワームは隠していたのだ。恐らくはボスキャラが死に際に使う大技であろう。
「リョウちん……精霊石使っちゃった……」
「そんなの構わん! そんなことより大丈夫なのか!?」
どうやら即死攻撃であったみたいだ。夏美にあげた精霊石が身代わりとなっている。
さりとて精霊石ならば問題はない。出張データである現在の夏美がサーバーデータに上書きされることなどなかったのだから。
「大丈夫……。でも滅茶苦茶痛かったよ……」
「そりゃそうだろう。即死攻撃だぞあれ……」
あの攻撃は避けようがない。それこそ本職の盾役でスキルを使わない限り、全ての体力を持って行かれてしまうはずだ。
「残念。リョウちんと一緒に死ねなかったなぁ……」
「冗談言うな。骨は折れてないか? 痛いところは?」
「優しいリョウちんは最高だね……。いつもそれくらい優しくして欲しいな……」
冗談を口にできるくらいにはエクストラポーションが効いているのだろう。ハイレアの薬だけあって効果は絶大である。
「まあでも収穫はあったよ。あたしのステータス見てみ?」
「ん? 収穫って精霊石がこの世界でも有効ってことじゃないのか?」
まるで分からない。諒太は言われるがまま夏美のステータスを閲覧してみる。
【盾スキル】金剛の盾
何と夏美はあの一撃によってスキルを獲得していた。出張データでしかない夏美はこのスキルを失ってしまうけれど、彼女は戦闘前の目的を達成している。
「次は防ぎきるよ。もう一度、ディバインパニッシャーを撃ってくれる?」
「マジか? 逃げても良いんだぞ?」
「ここまで来て逃げ帰るのは嫌。リョウちん、死ぬ時は前のめりだよ!」
どうにも頑固な幼馴染みである。夏美は撤退を容認しなかった。
「まあ、ぶっちゃけあと一撃だろうけどな……」
諒太は心配でたまらない。先ほどは本当に肝が冷えたのだ。
出張データである夏美はゲーム内の精霊石を所有したままだ。けれど、命だけは出張データだろうとどうしようもない。
「とりあえずは俺の精霊石を渡しておく。絶対に死ぬな……」
「はぇ、じゃあリョウちん死んじゃうじゃん? あたしはリョウちんが死んでも後を追う自信がないよ?」
「何だそれは? 俺には道連れを要求するくせに放置する気かよ……」
薄い目をして夏美を見る。間抜けな笑みを見ていると怒る気にもなれない。小さく息を吐いた諒太は溜め息交じりに夏美へと返した。
「ま、俺が死んだ場合は転生先がモテモテハーレムルートになるよう祈ってくれ。あと詠唱は倉庫の中で済ます。安全確実に仕留めよう」
「ええ!? このスキルを使いたいのに!」
「黙れ。無茶をする場面は今じゃない……」
諒太はもう夏美を危険に晒すつもりはなかった。嵌め技と罵られようがディバインパニッシャーにて倒そうと思う。必要ならば何度でも倉庫を出入りして……。
諒太は夏美を無視して呪文の詠唱に入るのだった……。
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