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ズルい人間

 午前二時までレベリングをした諒太は、いつものように眠い目を擦りながら登校していた。


「リョウちん、おはよう!」

 意外にも晴れやかな表情で登校してくる夏美。まだ解決方法を考えただけであり、問題解消には至っていないはずなのに。


「おい、ナツ。まさかプレイ中に告白の返事をしたわけじゃないだろうな?」

「リョウちんに言われたくないよ。騎士団で会うし、有耶無耶にするよりキッパリ断った方がいいでしょ?」

 やはり夏美はゲームのプレイ中にフッてしまったらしい。次の日にまで問題ごとを持ち越す性格ではないと考えていたけれど、決定と同時に行動してしまうとは流石である。


「それでお前はスバウメシアに移籍したのか?」

「もちろんそうしたよ。セシリィ女王も歓迎してくれた。いきなり聖王騎士団長に任命してくれたの!」

 流石に昨日は騒々しかっただろうと想像する。勇者が移籍するなんて事態は運営も考えていなかったに違いない。


「阿藤はどうなった? まさかスバウメシアについて来たなんてことにはならなかっただろうな?」

「ないない! 全部断ったら分かったって言ってたし!」

 夏美の証言を聞く限りは大丈夫そうだ。しかし、それを述べているのは残念な幼馴染み。何かと問題を残していると考えた方が良さそうである。


 諒太は知らぬフリをしようと思う。阿藤との仲が険悪にならないように。夏美が阿藤の告白を断っただけ。それだけで解決すると考えていた。

 しかし、教室に入るや否に諒太は呼び出されている。直接、夏美に文句を言えば良いものを阿藤は諒太に対して話があるという。


 昨日と同じシチュエーションである。諒太と阿藤は揃って渡り廊下に来ていた。昨日と異なるのは要件を察していること。恐らく夏美が断る理由として諒太の名前を出したからだろう。

「水無月君、昨日はすまなかった……」

 予想に反して阿藤は咎めなかった。諒太としては有り難い話であるが、彼の追及がないとは考えていない。


「しかし、酷くないか? 九重さんは君のことが好きだと話していたぞ?」

 眉根を寄せる諒太。そんな事情になっているとは一言も聞いていない。どうやら夏美は断る理由として諒太の名を出しただけでなく、問題を丸投げするようにして断ったらしい。


 恐らくはしつこく問い質されたのだろう。諒太への迷惑なんて夏美は考えていないだろうし、彼女にとって諒太は迷惑をかけるに相応しい間柄である。

「それは知らなかった。許してくれ……」

「じゃあ、君は九重さんが告白してきたらどうするつもり?」

 阿藤は割としつこい性格のようだ。夏美が諒太の名前を出すしか断れなかったわけ。間違いなく阿藤が執拗に問い続けたからだろう。


 ここは完全に望みを絶っておくべきだ。曖昧な返事をしてしまうと阿藤なら再びアタックしかねない。夏美には貸しが一つあったことだし、諒太は一肌脱いでやろうと思う。


「えっと、告白されたら……?」

 なぜか心がざわついていた。回答は明確に決まっていたはずなのに、どうしてこんなにも動揺してしまうのか。諒太はかつてないほどに鼓動を早めている。


 結果として返答を終えるのに時間を要してしまう。嘘をついて乗り切るはずが、誤魔化すことを否定するかのように言葉が繋がらない。

「断る……理由はない……」

 端的であり目的がはっきりとしていたのに、諒太はなぜか弁明するような言葉を探し続けている。阿藤を黙らせるための嘘。それを肯定できる理由をただひたすらに。


「僕には分からないけど、異性の幼馴染みってそういうもの? 友達以上恋人未満って感じなのかな?」

 諒太が探していた最適解は阿藤が教えてくれた。

 間違いなく友達よりも確かな感情がある。しかし、恋人というには友達よりだ。諒太は今さらになって不安定な関係性に気付いていた。


「そうかもしれない……」

 今もまだ諒太は困惑したままだ。一度も向き合ってこなかった感情に対して戸惑うしかない。だけど冷静に考えてみると、夏美の存在は決して小さくないと分かる。

 三年前の夏に忽然と姿を消した幼馴染み。その喪失感を諒太は思い出している。再会した今は考えることがなくなっていたけれど、思い返してみるともう二度と味わいたくない感情であった。


「俺は夏美を失いたくない――――」


 自然と口を衝く。諒太は取り繕うだけで良かったというのに、心の奥底にある感情に従って言葉を並べている。

「なんだ、両思いだったのか。だとしたら始めから言って欲しかったね? 君はズルいよ。おかげで僕は無惨にも撃沈し、心を痛める羽目になった。君は僕を気遣ってくれたのだろうけど、本当に余計なお世話だ。君のせいで学校生活もプライベートも散々になってしまった……」

 プライベートとは恐らくアルカナのことだろう。ゲーム内でフラれ、挙げ句の果て勇者ナツはスバウメシア聖王国に移籍してしまったのだから。


「すまん……。ナツ次第だと考えていた。俺はナツの気持ちを知らなかったし、だからこそ俺が阿藤の告白を邪魔するなんてできなかったんだ……」

 胸に明確な痛みを覚えている。しかし、諒太はこの心情がどういったものであるのか分かりかねていた。友情とは違う。けれど、愛情とも異なる何か。まるでゴールのない迷宮を彷徨っているような気がしていた。


「僕は九重さんとの出会いを運命だと考えていた。ずっと気にしていた女の子がクラスメイトだなんて神様が巡り合わせてくれたとしか思えなかったんだ……」

 語られるのは阿藤の背中を押した奇跡について。幾つもサーバーがあり、各サーバーには一万人ものプレイヤーがいる。その中で一人の女性を好きになり、阿藤はその女性と同じ学校に入っただけでなくクラスメイトになった。


 運命と考えるには十分なシチュエーションである。しかし、諒太もまた神の力が働いたかのように夏美と再会していた。それも同じクラスとなっただけでなく、二人は座席まで隣り合っていたのだ。

「すまない……」

 諒太は謝るしかできない。正直に何も考えられなかった。夏美の真意は分からなかったのだが、彼自身は否定できなくなっている。夏美が大切な存在であることは中学時代に思い知らされたけれど、その感情が大きく成長していることに諒太は気付けなかったのだ。


 ここで予鈴が鳴り、諒太は救われている。阿藤の追求から難を逃れていた。

 本当に阿藤が話す通りである。どっちつかずの関係を望み、セイクリッド世界のためとはいえ道具のように夏美を扱っていた。結果として阿藤だけでなく夏美でさえも傷つけてしまったはず。

 重い足取りで教室へと戻る諒太は人知れず考えていた。


 きっと自分はズルい人間なのだろう――――と。

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