表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/227

三百年後のスバウメシア聖王国へ

 帰宅中に決定した勇者ナツの召喚。諒太としては避けたかったことであるが、夏美の機嫌を戻すには同意するしか手がなかった。


「今後はお前もフルフェイスヘルメットを装備しろよ?」

「ははん、リョウちん焼いてんだ?」

「馬鹿か? 面倒ごとを避けるためだ……」

 雑談を交わしつつ二人は夏美のクレセントムーンを梱包し、諒太の家へと向かう。実をいうと夏美が水無月家に来るのはこれが初めてである。


「おばさんたち元気にしてる?」

「そりゃあもう。息子が異世界で頑張ってるのにも気付かんくらい仕事してるよ」

「そっかぁ。三年経っても変わんないものもあるんだね……」

 少しばかり感傷的になる夏美。恐らく変わったのは二人だけであろう。一般的に思春期と呼ばれる年頃の二人。夏美の言葉には自然と成長していく自分たちの姿が重ねられているはずだ。


「ここが俺んちだ。何とナツの家よりも新しい!」

「ちょっとだけじゃん! 全然変わんないよ! あたしんちは綺麗に使ってるし!」

 家の築年数ですらマウントの取り合いである。変わったようで変わっていないと感じてしまうのは二人の共通認識であろう。

 夏美を部屋へと案内する。やはり少しばかり緊張してしまう。幼馴染みではあったけれど、自分の部屋を持ってから夏美は初めて招く女性である。


「おお広い! でもテレビはあたしの圧勝だね!」

「クソッ……。自慢するなら召喚してやらんぞ?」

「嘘だって! 実に可愛いテレビだ。ちっこくて!」

 本気で放置してやろうかと考えてしまう。既に機嫌も直ったようだし、連れて行く意味合いはなくなったも同然である。


「早く早く! 時間がないんだから!」

 さりとて夏美とゲームをすると考えれば悪くない話であった。この状況は三年前と同じなのだ。放課後にあった至福の時間。まるで騒がしかったあの夏のよう。


「とりあえず夏美はベッドに横になれ。身体が消えるから座ったままじゃ本体が落下して壊れるかもしれん」

「ええ? それじゃあ制服にリョウちんの匂いがつくじゃん?」

「うるせぇ。身体に染み込ませて帰りやがれ……」

 ひと笑いしたあと、諒太もベッドに横になった。シングルベッドでは流石に狭い。落下を恐れた諒太は夏美の身体を壁際に押す。


「まさかリョウちん、発情しちゃった!?」

「馬鹿いうな。真ん中に寝るんじゃねぇよ……」

 何だか久しぶりである。昔はよく二人で並んで昼寝をした。意図せず諒太は昔の記憶を思い出している。


「ふむ、この鼻につく臭さも懐かしい」

「鼻につく言うな……」

 まずは諒太がログインし、アクラスフィア王国史の巻末にある召喚の祝詞を読み上げていく。

 瞬時に石造りの薄暗い部屋に召喚陣が光を放つ。また祝詞が進むたびにその輝きは目映さを増している。よもや失敗するはずもなかったけれど、諒太は鼓動を早めていた。手順通りに祝詞を唱え、前回と変わらず召喚陣が反応していたというのに。


 真っ白な光が部屋中に満ちた。だが、それは徐々に薄くなっていく。また輝きが失われる代わりとして人影が浮かび上がる。それは三百年前の偉人。勇者ナツの姿に他ならない。


 再び目にする白銀に輝く立派な鎧。美しい紋様があしらわれた長剣。装備に不似合いな容姿をした勇者がまたもこの地に降り立っていた。

 ようやく諒太は気付く。鼓動の高鳴りは心配していたのではなく、ただ興奮していたのだと。勇者ナツの召喚を彼自身が待ち望んでいたことを。


「うげぇ、気持ち悪い……」


 諒太の感動を台無しにする第一声。少しばかり格好いい台詞を口にしてくれたならば、感動もひとしおであったはずなのに。

「そのうち慣れる。それでどこへ行く? 危ない場所は駄目だぞ?」

 本日はレベリングを休むことにする。夏美の気が晴れつつ、危険が伴わない冒険をするつもりだ。今は根を詰めてやるような窮地ではないのだから。


「リョウちんに希望はある?」

 問いを返された諒太はふと思い出していた。そういえば、まだ未踏の地があるってことを。

「ガナンデル皇国……」

 スバウメシア聖王国と敵対するドワーフの国。エルフの王女殿下と仲良くしている都合上、ガナンデル皇国に行くのを躊躇っていた。だから夏美のリバレーションにて連れて行ってもらえたのなら、誰にも気付かれずに移動できるはず。


「いいけど、ガナンデル皇国は通行証を持っていないと逮捕されるよ?」

「通行証? 誰でも行けるってわけじゃないのか?」

 おかしな話である。既にプレイヤーも多く在籍しているはず。移動に許可がいるなんて考えたこともなかった。


「ガナンデル皇国は最後に解放されたエリアだからね。新規ユーザーが戦うには強すぎるんだよ。だから通行証がないと入れない」

 聞けば通行証は関所で発行されているらしい。レベル50から買えるらしいが、販売価格が百万ナールというとんでもない設定のようだ。購入は一度だけでいいらしいが、諒太の所持金では絶対に買えない値段である。


「借金するっていう方法もあるけど、利子を払わなきゃいけないし、借金するくらいならクエストを地道にこなした方がいいよ。通行証はギルドカード決済だから、クエスト報酬や戦利品の買い取りは全てプールしとかないとね。あとから入金すると手数料がいるからさ」

 少しずつダンジョンやエリアが増えたこと。古参プレイヤーは割の良いクエストもなく、レベリングや金策に苦労したらしい。


「ナツ、換金率が良いアイテムってなんだ?」

「それを聞いてどうするつもり? もしかして、あたしのアイテムに期待してるの?」

 夏美にアイテムをもらえたなら速攻で解決できる問題である。諒太はどうしてもガナンデル皇国に行ってみたくなっていた。


「お前なら高く売れるアイテムを持ってそうじゃないか?」

「戦闘系プレイヤーは概ね金欠なんだよ? レア装備は売りたくないし、不要アイテムの買い取りは二束三文だから。たまにイベントで配られる白金貨は一枚10万ナールだけど、戦闘系プレイヤーなら直ぐに使っちゃうね。最近はエクストラポーションが高騰してるし、あたしも慢性的に金欠なの。武器や防具の修繕費もかさんでる……」

 期待した夏美の財布だが、どうも脳筋戦士である夏美は回復手段に収入の大半を費やしているらしい。


「なるほどな。地道に稼ぐしかないってことか……」

「そゆこと! 通行証が買えたら連れて行ってあげるけどね。無許可で侵入して逮捕されちゃうのは嫌でしょ?」

 もう二度と悪落ちはしたくなかった。勇者補正を失ってしまうし、何より移動魔法が使えなくなるのは最低である。


「それでリョウちん、その首飾りって誓いのチョーカーじゃないの?」

 諒太はうっかりしていた。召喚前に誓いのチョーカーは外しておくべきであったと今さらながらに後悔している。以前の召喚は夜であったから気付かれなかったのかもしれない。

「それってアーシェちゃんにもらったの?」

「ああいや……」

 目を泳がす諒太に鋭い視線が突き刺さる。別にやましいことなどなかったけれど、適切な弁解ができるとは思えない。


「リョウちん、それって夫婦が持つやつだって知ってる? 誰にもらったのよ?」

「知らなかったんだって。遠隔通話の魔道具だと聞かされたから、普通に受け取ってしまっただけだ……」

 問い質す夏美に言い訳を始めるも時既に遅し。夏美はアーシェ以外の誰かに好意を示されていると気付いてしまう。


『リョウ様、今日もお疲れさまです!』


 不意に念話が届いた。それもこれ以上ない最悪のタイミングである。

 言わずもがな相手はロークアットだ。彼女は諒太に誓いのチョーカーを贈った当人であった。

「ナツ、スナイパーメッセージが届いた。少し待ってくれ……」

 咄嗟に念話を誤魔化す。誓いのチョーカーをもらった相手だとは言い出せない。

 加えてロークアットへの対応。どうしたものかと悩むも流石に無視はできなかった。ロークアットは諒太が世界に存在することを感じ取れるのだから。


『ロークアット、今日は戦う予定じゃないんだ』

『それでしたら是非、聖王国にいらしてください! お待ちしております!』

 諒太の用事も考えずにそんなことをいう。ロークアットのことだけは隠し通さねばならないというのに。何しろ諒太が好意を持たれているのは夏美のフレンドだったいちご大福の娘であるのだから。


『いやあ、ツレといるからまた今度な……』

『それでしたらお連れ様もご一緒に! 盛大に持て成しますから!』

 ロークアットはログインのたびに諒太を誘ってくる。とても有り難い話であるのだが、誓いのチョーカーが持つ意味を知ってしまった諒太は断り続けるしかない。


「ねぇ、リョウちんまだなの!?」

 念話に痺れを切らせた夏美が話に割り込む。これにより諒太は念話と現実の両面から催促を受ける羽目に。

「ああその、ナツ……」

 夏美とロークアットを会わせて良いものかどうか。諒太は思案していた。

 百歩譲ってロークアットとの関係がバレるのは仕方がない。しかし、母親であるセシリィ女王は勇者ナツを知っているのだ。諒太が勇者であると見抜いた彼女は夏美についても違和感を覚えるはず。それにより歴史が改変されてしまう可能性を諒太は危惧していた。


『リョウ様、わたくしは既に貴賓室で待機しております! 一週間もお会いしていないのです。どうかスバウメシアにお越しください……』

 確かに諒太は一週間もはぐらかしていた。移動魔法さえ見つかっていなければ言い訳もあったけれど、瞬時に移動できることを彼女は知っているのだ。


「おいナツ、お前はスバウメシアに行きたいか? 身分を隠すと誓えるなら連れて行ってやる……」

 諒太は決断していた。できる限り勇者ナツであることを隠す。世間を騒がすような事態に発展しなければ、歴史は問題ないと信じて。会う人を制限しておれば、改変は最小限に抑えられるだろうと。

「スバウメシア聖王国!? 行きたい! 早く行こう!」

 予想通りの反応である。セシリィ女王にはいずれ紹介せねばならないこともあるだろう。諒太たちはルイナー討伐という大きすぎる目標を掲げているのだし、助力を求める機会に不審者が同行するなんて無礼を働けるはずもない。


『ロークアット、今から向かう。人払いを頼むな……』

『もちろんです。準備は抜かりありません!』

 スバウメシア聖王国はエルフの国だ。長寿である彼らは直に勇者ナツと会っている可能性が高い。スバウメシアに行くことは決定しても、危機管理として夏美の素顔はできる限り隠す必要があった。


「ナツ、顔を隠す装備をしろ……」

 夏美はヘルメットを装着していない。頭部にはイヤリングを装備しているだけだ。よって諒太はフルフェイスタイプの装備を勧めた。

「ええ!? せっかく美少女天使なのに顔を隠す装備なんて持ってないよ」

「顔を隠さないから身バレするんだろうが……」

 夏美は何も学んでいないようだ。実際のゲーム画面ではプレイヤーの多くが素顔を隠していたというのに、彼女は髪色まで現実のままである。


「とにかくスバウメシア聖王国では駄目だ。適当に顔を隠せ。連れて行かんぞ?」

 武器となる台詞を口にすると夏美は渋々とアイテムボックスを開いている。ヘルメットを持っているのかどうか不明だが、指示通りにしてくれるようだ。

「こんなのしかない……」

 装備した夏美に諒太は言葉を失う。なぜなら夏美が装備したものは呪術的な怪しい仮面。呪いを受けそうな見た目をした【ドワーフの奇面】というアイテムだった。


「お前、それ完全にヤバいやつだぞ……」

「だって必要なものしか持ち歩いてないもん! これは魔法耐性が高いし、呪術耐性が一番優れてるから使うとこがあんの! 好きで持ち歩いてるんじゃない!」

 逆ギレするところを見ると、痛い格好であるのは夏美も分かっているみたいだ。

 夏美の自尊心はともかくとして、これで顔バレの心配はなくなった。心置きなくスバウメシアへ移動できるというものである。


「じゃあ、行くぞ?」

 パーティ申請するのも面倒なので諒太は夏美の手を取る。別に諒太が唱えなくても良かったのだが、そこは現勇者として案内するのが筋だろう。


 これより勇者ナツがスバウメシア聖王国へと舞い戻っていく……。

ブックマークと★評価にて応援よろしくお願い致しますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ