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阿藤の要求

 いつもより一層惚けた表情で授業を受ける夏美を諒太は横目で見ている。本日に限っては居眠りすることなく、寧ろ妙に目が冴えていた。

 終礼のあと夏美と二人して自転車置き場に。少しばかり気を遣ってしまうのは再会を果たした二週間前と同じである。


「それでお前、阿藤に何を言われた?」

 いつまでも話し出さない夏美に痺れを切らし、諒太は彼女が悩める理由を聞く。かといって諒太はその内容を推し量っていたのだけれど。


「え? ああうん、相談しようと思ってた……」

 相変わらず重い口ぶり。こんな夏美は初めて見る。諒太の記憶にある夏美には存在しないシリアスな表情だった。


「何でも聞いてやるよ。恋愛に関しては俺も経験値を得たところなんだぜ?」

 冗談っぽく話し、夏美の話を促す。諒太の経験は全て異界におけるものであったが、好意を寄せられているのはとびきりの美女。それも二人であるのだから、諒太はきっと良いアドバイスができると安易に考えていた。


「そういや、リョウちんは告られたんだっけ……」

 夏美には相手が誰であるのか伝えていない。だから盛大に誤解しているだろうが、そこに触れるつもりはなかった。諒太は話しやすい雰囲気を作るだけである。


「実は阿藤君にさ……」

 溜め息混じりの夏美に改めて思う。彼女は告白されたのだと。

 とても奇妙で新鮮な感覚である。いつもゲームをして一緒にはしゃいでいた幼馴染みが異性に好意を示されるなんて。


「結婚しようって――――」


 夏美の返答に諒太は絶句していた。驚愕どころの騒ぎではない。あらゆる段階をすっ飛ばした話には困惑するしかなかった。


「いやお前、結婚を真剣に考えてたのか……?」

 阿藤も大概であるが、真面目に考えてしまう夏美もまた残念極まりない。どうやら諒太は夏美を過大評価していたようだ。ここまで馬鹿ではないと考えていたというのに……。


「だってフレンドなんだよ!? ずっと一緒に戦ってきたんだもの!」

 続けられた話は難解な内容へと変わっていく。フレンドとか戦ってきたとか意味不明である。さりとて夏美とは長い付き合いだ。過剰に端折られた話でも何とか諒太は内容を把握している。


「アルカナ内の結婚ってことかよ。まあゲーム内なら良いんじゃね? 恩恵があるのかどうか知らないけど……」

「リョウちん、真面目に考えてよ! 凄く悩んでるんだから!」

 一度に緊張感が失われていた。やはり夏美は諒太が知るままだ。彼女はゲーム好きな女子高生であり、少しばかり美人に成長した幼馴染みに他ならない。


「俺は結婚とかそういうの調べてないからさ。意見しようがない。メリットは何だよ?」

「メリットはパーティーを組むとステータス値が上昇するの。あと子供はNPC扱いで、夫婦以外のプレイヤーは戦いに連れて行けない。それで子供は一般的なNPCと違ってレベルキャップがないし、戦闘に連れて行けばどこまでも成長するの……」

 聞けばそれほど悪い話ではない。ステータスが上昇するだけでなく、子供を育成できるなんて。上限なく成長するNPCであるのなら育て甲斐もあるように感じる。

「へぇ、割と良いじゃん?」

「でも子供は戦いで死んじゃったら復活しないし、同じ相手とは一人しか生まれないの」

 子供はあくまでサブ的なメリットだろう。何人も生まれるようではMMOというゲームの趣旨が変わってしまうはず。


「じゃあ、デメリットは何だよ?」

 ここまでの話を考えると特に問題なさそうだ。長くフレンドであるのなら、迷う必要はないとさえ思う。

 もし仮に勇者ナツが結婚したとすれば、諒太がプレイするセイクリッド世界にも影響を与えるだろう。かといって二人は既にフレンドらしいので、過度な改変は起こらないような気がする。少しばかり強力な子孫が現れるだけではないかと。


「いやそれが……」

 アルカナの運営がデメリットを用意しているとは考えられない。結婚という選択を用意しているのだから、させないようにするはずがないのだ。つまり言い淀むのは夏美の問題である。彼女が思い悩むのは夏美自身にデメリットがあるからだろう。


「現実でも付き合って欲しいって……」


 やはりそうかと諒太。ゲーム内で結婚するだけならば、わざわざ渡り廊下まで呼び出す必要はなかった。

「阿藤とはフレンドだったんだろ? 現実の阿藤を見て気付かなかったのか?」

 アルカナは基本的に自分自身がキャラクターである。だからフレンドであるならばとっくの昔に顔バレしているはずだ。

「いやだって、ゲームではフルフェイスマスクをつけてんだもん! 阿藤君がラリアットさんだなんて知らなかったの!」

 どうして妙な名前ばかりがフレンドなのだろうと思わざるを得ない。類は友を呼ぶとの意味を諒太は幼馴染みによって知らされている。


「じゃあ偶然にクラスメイトってわけだな。つまり夏美はフレンドだから断りにくいってことか?」

「そうなの! ラリアットさんは聖騎士だし同じ騎士団に所属してるから。断るとギスギスしそうで……」

 基本的に夏美はゲームのことしか考えていないようだ。断る前提で悩んでいる様子から、残念ながら阿藤はフラれてしまうことだろう。


「まあ気にすんなよ。所詮はゲームだし、フラれるなんてのは現実でもよくあるだろ?」

「そいや、リョウちんは断ったんだよね? どうやったの?」

 マズい展開になってきた。夏美は諒太が綺麗さっぱり完結させたと考えている。しかし、現実はまだ何も進展していない。自宅療養中であるアーシェには会っていないし、誓いのチョーカーをもらったロークアットについても真意に気付かぬ振りをしている。つまるところ諒太は両方を有耶無耶にしていた。


「まあそれな……」

 仮に模範的な解答があるのなら、諒太の方こそ知りたいと思う。だが、偉そうに語った手前、諒太は何らかの返答をしなければならない。

「要するに……。そのなんだ……」

 薄い目をした夏美の視線が突き刺さっていた。どうやら完全に見透かされている。立場が逆になったとして、幼馴染みに隠し事なんて通用しないようだ。


「リョウちん、ちゃんと返事してあげてっていったじゃん?」

「すまん。本当に忙しかったんだ。彼女は今も療養中だし……」

 もしもアーシェが元気であったとして、諒太が話を切り出せたのかは分からない。見舞いにも行っていない現状から考えると、口にしているのは明らかに言い訳である。


「もしかして、それってアーシェちゃんのこと?」

 口籠もる諒太に夏美は意外な鋭さを見せる。相手については一言も話していないというのに、夏美は好意を寄せる人物を言い当ててしまう。


「いやまあ、その通りだ……」

 現実世界でのモテ期だと偽っていたから流石に気まずい。相手が冒険者ギルドの受付嬢であるだなんて。

「んんー、リョウちんって意外とモテるんだね?」

「異世界限定だけどな……」

 どうやら夏美は諒太が断ろうとしているわけを察したらしい。住む世界が違うという理由。タイプであるのに断るしかなかった原因について。


 諒太の経験談が期待できないと分かった夏美は小さく溜め息を漏らしている。

「あーあ、どうしよう……。いっそ移籍しちゃおうかなぁ……」

「おい、お前はアクラスフィア王国の英雄なんだぞ? 移籍なんて絶対に駄目だ。セイクリッド世界がおかしくなってしまう……」

「でも、阿藤君がいたら気まずいって!」

 夏美の言い分も理解できるけれど、諒太は歴史を今以上に改変したくなかった。仮に移籍するとすれば、ガナンデル皇国かスバウメシア聖王国である。しかし、アクラスフィア王国の英雄である夏美が移籍するとなれば、歴史がひっくり返ってしまうだろう。


「ナツは阿藤と付き合うつもりが少しもないのか?」

 セイクリッド世界を現状のままに据え置くには阿藤と夏美が関係を保つしかなかった。だとすれば諒太は二人が上手くいくように働きかけていくしかない。


「どうしてそういうこというの? あたしは阿藤君と付き合うつもりなんてない!」

 なぜか夏美は頬を膨らませながらプイッと顔を背けてしまう。夏美の態度を見る限りは少しですら可能性はない感じだ。


「困ったな。阿藤がもう少しイケメンなら良かったんだが……」

「そういう問題じゃない! リョウちんってホント馬鹿で無神経だよね!?」

 普段は声を荒らげたりしない夏美だが、この件に関しては例外のようだ。あまり見たことのない反応は諒太を戸惑わせている。


「無理なら構わん。ただ可能性として聞いただけだ。強要するつもりはないし、解決策を探ろう……」

 夏美の真意が分かった以上は他の方法を模索するしかない。現状維持に努めながら、阿藤との関係を断つという難題の答えを。


「リョウちん!」

 諒太が方針を変えたというのに、今もまだ夏美は怒気を含んだ声を発している。何が気に入らないのか諒太には理解できない。

「あたしを怒らせた罰として、今日はあたしをセイクリッドに召喚しなさい!」

 ところが、その態度は口実であった。夏美は諒太が聞き流していた異世界召喚を受けさせるための理由にしている。


 魂胆は見え透いていたけれど、それは割と効果的だった。ここで断ろうものなら、またも夏美は怒り出すはずだ。

 宥める手段は他に思いつかない。アルカナにログインしたくないのは分かるし、鬱憤をゲームによって晴らしたいことも諒太は理解している。


「うちの親が帰るまでだぞ? 召喚時に肉体はなくなるんだから、それを承諾しない限りは無理だ。誰かの自転車があれば絶対に様子を見に来るからな」

 両親が戻るのは概ね夜の八時である。七時に解散するとして、残り時間は四時間もない。だとすれば夏美がやらかす時間も少ないということであり、それは異世界観光といった時間でしかないはずだ。


「それでいいよ! あたしの家に寄ってクレセントムーンを運ぼう!」

 ようやく夏美に笑みが戻った。不穏な空気は既に一掃されている。

 阿藤が妙な告白をしなければ面倒はなかったのにと思う。とはいえ阿藤に罪はない。夏美が意外にも美人に成長してしまったことや、素顔を晒してプレイする夏美自身に今回の原因はあるのだから。


 諒太は嘆息している。彼は再びセイクリッド世界へ勇者ナツを召喚しなければならなくなった……。

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