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思わぬ一日

 夏美をセイクリッド世界に召喚してから既に一週間が過ぎていた。勇者ナツによる強烈な一撃を受けたルイナーはダリア山脈へと戻り、セイクリッド世界も一応は平穏を取り戻している。

 諒太はというと連日に亘ってログインしていたものの、残念ながらレベルは殆ど上がっていない。夏美曰く最もレベリングが厳しいレベル帯のようで、諒太はかなり苦戦していた。謎の指輪による恩恵がなくなっただけでなく、最適なダンジョンもないでは停滞もやむなしである。


 今日も今日とて寝不足のまま諒太は学校へと向かう。それはいつも通りだが、明け方の夢が気になっていたのも頭が冴えない原因である。かなり寝ぼけ眼であったけれど、諒太は何とか自転車を走らせ学校まで到着していた。


 自転車置き場で諒太が大きな欠伸をしていると、

「リョウちん、寝不足で自転車を漕いでたら交通事故に遭うよ? 気付けば天界だったなんてシャレになんないから!」

 例によって例のごとく残念な幼馴染みが登校して来た。


「るせぇよ。そう簡単に転生してたまるか。それに異世界はもう間に合っている……」

 夢の内容を教えるわけにはならなかった。夏美がそういった思考を始める切っ掛けは口が裂けても言えそうにない。セイクリッド世界の大改変に繋がる話は全力で阻止せねばならない立場である。


「じゃあさ、そろそろセイクリッド世界に呼んでくれても良くない?」

 事あるごとに夏美は召喚を要求していた。セイクリッド世界に魅せられた夏美はプレイしたくて仕方がないらしい。


「まあ考えとく……」

「リョウちんばっかズルいよ! あたしは滅茶苦茶レベリングに精を出しているんだから、リョウちんは実践の場を与えてくれてもいいはず!」

 こんなにも熱心にプレイしている夏美が運命のアルカナを止めてしまうとは考えられなかった。やはり、ただの夢であるのかもしれない。そもそも自分が予知夢を見るだなんてあり得ないと諒太は思い直している。


 ルイナーの一件で夏美を召喚したのは結果的に正解だった。いつまでも隠していられるはずはないし、元祖勇者である夏美の助力が必要となる場面もあるだろう。


「そうそう! 今朝のニュース見た!?」

 ニュースとの言葉に眉根を寄せる。残念な幼馴染みは間違っても政治や経済に興味を持つ人間ではない。夏美に限って世界情勢などという高尚な話題ではないと諒太は確信している。


「ニュース? またアップデートでもあんのか?」

「アップデートじゃないけど、イベントをするみたいなの! まだ告知だけなんだけどね」

 予想通りにアルカナの話題であるようだ。やはり夏美は一般の女子高生とは一線を画する存在である。


「ガナンデル皇国移籍キャンペーンだって!」

 ガナンデル皇国といえばドワーフの国である。ゲームでも最後に解放されたエリアとのことで、遭遇する魔物が三国で一番強いらしい。


「どういうことだ? 俺はまだ行ったことがないんだけど?」

「元々、ガナンデル皇国はプレイヤーが一番少ないんだけど、それを強化しようってキャンペーンみたい。また戦争でもするつもりかなぁ……」

「恐ろしいことをいうな。戦争とか勘弁してくれ……」

 運営が何を考えているのかは分からない。しかし、イベントの意図は何となく理解できた。二週間前にあったスバウメシア聖王国でのクーデターイベント。ガナンデル所属のトッププレイヤーはこぞって死に戻っていたのだ。三国の力関係はアクラスフィア王国とスバウメシア聖王国の二強であり、ガナンデル皇国の一弱となっている。

 つまりはイベントに支障を来す状態であり、キャンペーンにてガナンデル皇国への移籍を活発化させるつもりであろう。


「妙な改変が起こらなきゃいいけどな……」

「リョウちんは切実だねぇ……。でもガナンデル皇国で戦うなら、あたしも協力するよ!」

 現実のバトルに味をしめた夏美。しかし、諒太としては今のところ召喚するつもりがない。急いでレベルを上げる必要がなくなった今、夏美を召喚するような事態は考えられなかった。


「召喚獣は大人しくレベリングしとけ……」

「召喚獣になった覚えはないよ! あたしは美少女天使だから!」

 つまらぬ雑談をしているうち、諒太たちは教室に到着していた。かといって席は隣同士である。きっと授業が始まるまでアルカナ談義は続くはずだ。


 しばらくは夏美と話をしていたのだが、諒太はふと肩を叩かれていた。

「水無月君、ちょっと良い?」

 実をいうと諒太はまだクラスに溶け込んでいない。休み時間は夏美と喋っているか、寝ているかの二択である。新生活早々疲れ果てていた彼は友達を作る時間を少しも設けていなかったのだ。


「えっと、誰だっけ?」

「僕はこれでもクラスメイトなんだけどな……」

 嫌味っぽく返したのは男子生徒である。申し訳ないとは思うけれど、諒太は本当に夏美以外のクラスメイトを知らない。夜間にある勇者業が忙しすぎたせいで学校生活は二の次となっている。


「ここじゃなんだから……」

 意味が分からなかったけれど、諒太は誘われるがまま彼のあとをついて行く。


 教室を出た二人は渡り廊下に来ていた。どうにも緊張してしまう。語られるのは恐らく面倒ごと。間違っても友達になりたいという話ではないだろう。

「それで何の用だ? 面識はないよな?」

 気まずそうな雰囲気を察した諒太は自ら要件を聞く。さっさと終わらせて残りの時間を睡眠に充てる方が有意義であると。


「僕は阿藤だよ。入学からもう二週間がすぎているというのに、クラスメイトの名前も覚えてないのかい?」

 彼は阿藤俊一というらしい。何事もなければ諒太も友達の一人くらいは欲しいと思っている。けれど、入学式以降の一週間は本当に大変だったのだ。クラス内のグループが形成される期間を寝て過ごした諒太は完全に出遅れた格好である。よってどのグループにも所属できずにクラスの輪から外れていた。


「いやすまん。まあでも阿藤に限らず誰の名前も知らないから安心してくれ……」

 自分のことながら気が滅入る話だ。冗談でも何でもなく切実な悩みである。夏美という存在がいなければ友達作りくらいは始めただろうが、話し相手に事欠かない現状は体力回復を最優先としてしまう。


「それは分かってる。九重さん以外の全員を君は知らない……」

 阿藤の言葉には明確な敵意が感じられた。この返しをどう捉えるべきなのだろうかと諒太は考える。単に皮肉であるのか、或いは別の意味合いがあるのか。


「ナツは幼馴染みだしな……」

 要件は夏美についてかもしれない。親しくしているのが気に入らないのだろう。ちんちくりんだった夏美も今では美少女天使を名乗る程度には成長しているのだから。


「幼馴染みって毎日一緒に登下校するものかな?」

 どうやら予感は当たっているみたいだ。阿藤は夏美に気がある。そうとしか思えない問いかけに諒太は確信していた。


「俺の知ったこっちゃない。朝は自転車置き場で出会うだけだし、帰りはナツが勝手についてくるだけだ……」

 阿藤なるクラスメイトが夏美に惚れたのかどうか。やっかんでいるところを見ると間違いないのだが、昔から夏美を知る諒太にとっては割と衝撃的な話である。


「じゃあ、水無月君は九重さんの彼氏じゃないのか?」

 徐々に踏み込んでくる阿藤に諒太は溜め息を漏らす。それはまさに危惧していたことである。一緒に下校すると噂されてしまうのは分かりきっていた。


「幼馴染みだと言っただろうが?」

「そうなんだね? それは良かった。ものはついでで悪いのだけど、九重さんを呼んできてくれないか? 僕は彼女に話があるんだ……」

 どうやら本格的に夏美は告白されようとしている。見た目だけで判断すると痛い目に遭う気がしないでもない。けれど、ただの幼馴染みと言い切った諒太にとやかくいう資格はなかった。


「最初から自分で誘えよ。ナツは俺の隣りにいたんだし……」

「ごめん。先に事実確認をしておきたくてさ……」

 しゃーねぇなと諒太。とはいえ別に呼び出すだけだ。諒太は呼び出しに関してだけ了承している。夏美が重度のゲーマーであることは伝えないことにした。


「了解だ……。とりあえず呼んでくるが、事後の話に俺は一切関与しないからな?」

「それで構わないよ! 水無月君、ありがとう!」

 クラスメイトに恩を売るつもりもないのだけれど、これによりボッチを回避できるかもしれない。しからば健全な精神を育成するため、諒太は夏美に一肌脱いでもらうことにした。


 阿藤と別れ、諒太は教室に戻っている。

 気になっていたのか直ぐに夏美と目が合った。

「リョウちん、何だったの?」

「いや、俺に用事じゃなかった。お前に話があるんだとよ。そこの渡り廊下で待っているから話を聞いてやってくれ」

「あたしに? 阿藤君とは喋ったこともないよ?」

 小首を傾げる夏美はこれから告白されるとも知らず、言われた通りに席を立つ。

 やたらと気になってしまうけれど、ここは我慢するしかない。夏美がどんな顔をして戻ってくるのか見物である。


 しばらくして予鈴が鳴り、夏美が先に戻ってきた。割と気になっていたのだが、夏美は何も言わずに着席している。

「リョウちん、今日の放課後って大丈夫?」

 素知らぬふりをしていた諒太に夏美が声をかけてきた。しかし、諒太が聞きたい内容とは異なり、夏美は放課後の用事を聞く。阿藤との遣り取りを彼は聞きたいと思っていたというのに。


「まあ構わんけど、また誤解されるんじゃねぇか?」

「誤解? 何それ?」

 きっと夏美ははぐらかそうとしているのだと思う。この態度は明らかにおかしい。長い付き合いである諒太にはお見通しである。


「おいナツ……」

 諒太が話しかけたところで、残念ながらタイムアップとなった。担任である飯島が登場し、ホームルームが始まってしまう。

 何とも間が悪い。まあしかし、放課後を一緒に過ごすつもりならば、そのときに聞き出してやろうと諒太は思い直している。


 とまあ、諒太は軽く考えていた。夏美が告白された話を聞くだけだと思っていたのだ。けれど、諒太は絶句させられてしまう。夏美が阿藤から告白されたことは正直に理解の範疇を超えていたのだ……。

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