暴虐と破壊の暗黒竜ルイナー
諒太たちは一瞬にして北部の街ノースベンドに到着している。早速と騎士団の支部へと向かうつもりが、どうしてか二人は立ち尽くしていた。
「でけぇ……」
巨大な黒竜が上空を旋回していたのだ。月明かりに浮かぶその影は想像していたよりも遥かに大きい。また至る所で炎が上がっており、街は破壊され尽くしている感じだ。
「リョウちん!?」
「ああ、騎士団の支部へ行こう。場所は分かるか?」
「街並みは少し違うけど、同じ場所だったら大丈夫……」
ワイバーンを借りるしかない。地上からではルイナーに触れることすら叶わないのだ。
地理を知る夏美の案内で支部に駆け込む。中はごった返しており、訪問者である二人に構う余裕はなさそうだ。
「ナツ、お前は三百年前の勇者。既に偉人なんだから、名前は適当に誤魔化しとけよ?」
「ええ! 本当に? あたしってこの世界で知られてるの?」
諒太はセイクリッド世界の状況を夏美に伝えた。夏美が勇者として崇められていること。三百年前にルイナーを封印した人物であることを。
「なんか超アガる! めっちゃ名乗りたいんだけど!?」
「やめろ。世界が混乱する。歴史に影響がでないようにしろ」
興奮する夏美を宥めながら、諒太は騎士団員に声をかける。
「冒険者のリョウといいます。フレア騎士団長より任務を承りました……」
無論のこと訝しむような目で見られてしまう。諒太たちは騎士団員ではないのだ。彼らにとって怪しい存在なのは間違いないだろう。
「君は何ができる? 正直に冒険者であっても力を借りたい。ただし、役に立たないのであれば避難してくれ」
「ちょいとお待ちを! あたしならルイナーを追い払える。予習済みだから!」
「おい、ナツ! 予習済みって何だよ!?」
できれば夏美には喋らせたくなかった。勇者ナツだとバレるのは問題だし、夏美なら間違いなくおかしなことを口走るはず。また諒太の懸念通りに彼女は妙な話を口にしていた。
「ルイナーはまだ回復しきっていないの。彼女は休眠中であったのに、心ない冒険者が矢を放ったのよ。だから少し痛めつけてあげれば直ぐに巣へ帰るはず」
それはゲーム内での設定である。ルイナーが休眠を中止し街を襲った理由は冒険者が目覚めさせたというものらしい。
「嬢ちゃんは何者だ? 君はルイナーを追い払えるとでもいうつもりか?」
流石に問いを返す騎士団員。知ったように語る夏美に疑問を抱くのは当然と言えば当然である。
「あたしはナツ……ミ! ルイナーの頭部にダメージを叩き込めば彼女は去って行く。もちろん、頭部への攻撃は非常に困難だけど……」
訝しむような騎士団員に対してだが、夏美は気にすることなく説明をした。先ほど経験したままを彼女は口にしている。
「ねぇ、ワイバーンを貸してよ。あたしがルイナーを叩き斬ってあげる!」
最後に正気とは思えない発言が続く。満面の笑みを浮かべる夏美に騎士団員は無論のこと困惑している。聞けば彼は支部長であるらしく、本部に救援を求めた人物であった。
若干の間があったけれど、ゴクリと唾を飲み込んだ彼は再び問いを返す。
「できるのか……?」
藁をも掴むかのような表情である。本部からの救援はまだ到着しておらず、こんな今も街が攻撃を受けているのだ。
その問いには笑みを大きくする夏美。自信満々に彼女は返している。
「できないのなら言わないよ――――」
どうしてか支部長は少女に圧倒されてしまう。見た目はとても小柄で可愛らしい感じ。しかし、彼女に怖じ気付いた様子はなく、あろうことか笑みさえ浮かべている。
通常の判断であれば間違いなく却下だ。けれど、少女は騎士団員の誰よりも大きく見え、そして自信ありげに語っていた。
しばらく悩み続けるのかと思いきや、意外と早く支部長は決断を下す。
「一騎で構わないか? こちらも余裕がない」
「十分。あと上空にいる兵は全て撤退して。あたしたちが思い切り戦えない」
少女はまるで勇者のような印象を受けた。立派な鎧を着込む彼女には伝説的な勇者が舞い戻ってきたという雰囲気がある。
支部長は少女の要請を全面的に受け入れていた。騎士団員たちでは束になってかかろうが敵わなかったのだ。自信溢れる少女に縋ってみたくなっている。
「さあリョウちん、行こうか! ルイナーを追っ払おう!」
「てかお前、ワイバーンを操舵できるのか?」
剣を抜く夏美に諒太が返す。ロークアットとは異なり、科学文明に生きる二人がワイバーンを操れるとは思えない。
「ゲームと同じなら余裕だって! 念じるだけで動いてくれるからさ。ちなみにあたしは剣を使うから、操舵役はリョウちんだよ?」
「マジでか!」
ワイバーンは諒太も乗った経験があるけれど、彼はしがみついていただけだ。そんな諒太がいきなりワイバーンを操れるはずもなかったが、夏美は諒太が操舵手であると言う。
ことあとは併設された竜舎へと向かい、二人に一騎のワイバーンが貸与された。役割は変更されず諒太が手綱を持ち、夏美は彼の後ろへと座る。
正直に操れるとは思わなかったけれど、今は躊躇などしていられなかった。一刻も早くルイナーを追い払うべきであり、夏美と問答する暇はない。
「ワイバーン、飛べ!」
諒太が声に出すと、ワイバーンは指示通りにその大きな翼を広げる。バッサバッサとゲームで聞いたような音を立てて、ゆっくりと大地を離れていく。
「おおお!?」
諒太は割と興奮していた。翼竜を意のままに操れるなんてゲームの主人公になれた気がする。細かな操縦は手綱を使うしかないらしいが、高度であったり方角であったりと念じるだけで自由自在に動いてくれた。
「ナツ、命中するか分からんが、俺は魔法で援護する。基本的にダリヤ山脈へと追いやれば良いんだろ?」
「ルイナーは別に触れられないわけじゃないよ? 効かないだけ。だから魔法を撃って誘導するのは間違っていない。現にゲームではそうやって街から遠ざけたんだもの」
手綱を握る諒太は剣を扱えない。どうせ効果がないのだから杖も必要なかった。威嚇できればそれでいい。MPの限りに彼は撃ち続けようと思う。
「じゃあ、魔法だけで何とかできないか? 接近するのはリスクが高いだろ?」
「無理だって。誘導はできるけど、ルイナーにダメージを与えられるのは神聖力だけ。リョウちんに神聖力があるのなら可能かもしれないけど……」
全サーバーで勇者は夏美しかいないのだ。恐らくどのようなプレイスタイルだろうと、神聖力は攻撃に付与されるはず。けれど、サンプルがない現状は検証すらできなかった。
リッチを倒して諒太はレベル90に到達していたけれど、彼女が話す通りにまだ神聖力を得られていないのだ。恐らく夏美は彼のステータスを覗き見たに違いない。
「とりあえず俺はファイヤーボールを当てて街の外へと誘導していく。隙を見て突っ込むつもりだが、それで良いか?」
「ふふん、任せておきなって! 新米勇者はあたしの動きをしっかり見ておくことね!」
調子に乗るとろくな事がない。少なくとも過去ではそうだった。従って諒太は夏美が図に乗らぬよう監視しながらワイバーンを操る必要がある。
グルリと旋回し、ルイナーの正面へと入った。まだ距離があるというのに流石の威圧感である。けれど、たじろいではいられない。
「当たれ! ファイヤーボール!」
ダメージは入っていないとのことだが、顔面に受けたルイナーは驚いたように見える。騎士団が放つ魔法よりも高火力であったのは明らかだ。
「おお、すごい! めっちゃ火力あんね! でも正面には入らない方が良いよ。ルイナーは火球を吐くから……」
「先に言えよな!?」
確かに街には火の手が上がっている。ゲームと同じ仕様であるのなら、ルイナーは火球を吐き街を破壊しているはずだ。
「まあ、あたしは属性攻撃半減を持ってるし……」
「俺が死ぬじゃねぇかよ! 生け贄にするなっ!」
残念な幼馴染みはこの現実を見た今でさえも、この世界がまだゲームだと勘違いしているのではないかと思えてならない。
このあと続けざまにファイヤーボールを撃ってみるも効果はなかった。二度目からは驚くことすらなく、ルイナーは振り返りすらしない。暴虐と破壊の暗黒竜という二つ名に相応しく街を破壊し続けるだけだ。
「近寄れねぇ……」
「ゲームではあらゆる方向から攻め立てたんだけど……」
近付こうとすれば流石に火球を吐く。加えて火球は考えていたよりも大きかった。接近時に火球を吐いてこようものなら避けきれる気がしない。
諒太は一旦街の上空を離れ、距離を取ることにした。もしかすると自分たちのあとを追ってくるかもしれないと。
「あんま、くっつくなよ……」
「役得でしょ? 美少女天使に抱きつかれるなんてさ!」
「そのキャッチコピーはやめろ……」
まるで緊張感のない夏美。けれど、諒太は感謝していた。強大な暗黒竜に立ち向かっているのだ。身体が強ばることなく戦えるのは夏美のおかげであると思う。
「残念だが、俺にはとびきりの美女免疫がある。つい先ほどエルフの姫君に抱きついたところだ。お前如きの色香に惑うことなどない」
「ほう、その辺りを詳しく!」
「聞いて驚けよ? 何とスバウメシア聖王国のロークアット殿下だ……」
第一王女殿下に誓いのチョーカーをもらったのは秘密である。からかわれる未来が目に見えていることまで口にする気はない。
「えっ? ロークアットって……」
「うんまあ、いちご大福の娘だよ……」
ロークアットに関しては話しても構わないと判断している。いちご大福は夏美のフレンドであるし、その後について彼女は知りたいはずだ。
「ゲームが三百年前だっけ? 流石はエルフだなぁ……」
「ちなみにセシリィ女王も健在だぞ?」
「嘘っ!? 会いたい! あたしのこと覚えてるかな!?」
「まあそのうち。今はルイナー嬢に集中しようぜ。どうやら俺たちは彼女の眼中にないらしいからな……」
残念ながらルイナーは距離を取る諒太たちを追いかけてこなかった。よほどノースベンドに恨みがあるのか、或いは全く相手にされていないのか。ルイナーは取り憑かれたかのように街の破壊を続けている。
「リョウちん、あそこ!」
グルリと旋回をして向き直るや夏美が指さす。月明かりに照らされる影はワイバーンである。またその背中には騎士と思われる人影があった。
「おい、撤退指示を無視したのか!?」
「マズいよ、アレ!」
諒太たちでさえ相手にならないというのに、アクラスフィア王国の人間に対処できるはずもない。諒太は急いでワイバーンを操る。騎士に攻撃が向かないよう戦わねばならない。
「ウィンドカッター!」
目先を変え、諒太は風魔法を選択。火属性魔法より威力は劣るけれど、彼の初級魔法では二番目の威力を誇る。ルイナーが少しばかり怯んだその隙に騎士団員へと近付いた。
「撤退してください! 貴方では相手になりません!」
声をかけるだけで問題ないだろう。素直に撤退してくれるはずと諒太は考えている。
ところが、諒太はすっかり忘れていた。すれ違った人が自身の指示を聞くはずもないこと。頑固な彼女が逃げ出すはずもないってことを……。
「フレアさん!?」
現れた騎士は王都を発ったフレアであった。単騎でノースベンドまで乗り込んで来たのは間違いなく彼女である。頑固な彼女がこの窮地に現れていた。
この状況には愕然とする諒太。ラスボスと対峙する局面でフレアを守り抜ける気がしない……。
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