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召喚

 一抹の不安を覚えながらも、諒太は祝詞を唱え終えた。


 次の瞬間、部屋が目映く輝き出す。召喚陣の発する光が部屋中に満ちていった。部屋全体が完全に白く染められたあと、徐々に石室は元の暗がりへと戻っていく。

 こんな今も諒太の意識はちゃんとある。にわかには信じられなかったけれど、召喚の成否は明らかだった。


 光を失った召喚陣の中央。白銀に輝く鎧が見えた。それは勇者の鎧として世に知れ渡るもの。スバウメシア聖王国セシリィ女王が下賜したという逸品に他ならない。

 当然のこと白銀の鎧だけではなく、それを纏う者がいた。呆然と膝をつくようにしている彼女。セミロングの黒髪は現実と相違ない。


 召喚陣の中心にいたのは夏美だった――――。


「やった……」

 思わず声を上げる諒太。一方で夏美は何が起こったのか理解していない。


 自室にいたというのに、瞬時に薄暗い石室へと視界が変わった。またどうしてかパジャマではなく、鎧を身に纏っているのだ。ゲームキャラである勇者ナツが召喚されたなんて受け入れられるはずもない。


「ナツ、ここは俺が戦う世界だ……」

 まずは説明から始める。仮に夏美が無理だというのなら、諒太は一人でもフレアを追いかけるつもり。夏美に無理強いはしないと決めていた。


「ここって!? どうしてゲームの格好してるの!? どこなの、リョウちん!?」

 戸惑う理由は明白である。運命のアルカナの世界も十分に美しいけれど、この世界は現実感がまるで異なる。五感はもちろん表現しがたい現実にある感覚が間違いなく存在していた。ゲームとは明らかに異なる現状に夏美は困惑していることだろう。


「落ち着け……。ここはある意味ゲーム世界の延長にある。俺のクレセントムーンは嵐があった日におかしくなった。ゲームの要素を残すこの世界に俺は召喚されたんだ。プレイヤーは俺一人しかいないし、一応は勇者としてこの地にいる」

 夏美がどこまで理解できるのかは分からない。とはいえ一から説明しないことには前へと進まないだろう。彼女がどう考えるかは、その後の話である。


「戻れるの……?」

「ゲームの延長だと言っただろ? ログアウトできるし、スキルだってゲームのままだ。ただし、怪我を負った場合は現実にも同じ怪我をする。当然、失われようものなら……」

 デメリットを隠すわけにはならない。この世界では、やり直せないのだ。死は明確に人生の終わりを意味していたのだから。


「ナツ、悪いが俺は急いでいる。ルイナーがノースベンドを襲っているんだ。俺はお前なら撃退できると考えている。だからこそお前を召喚した。だけど無理強いはしたくない。お前に覚悟があるのかどうかを聞かせてくれ。ログアウトを選んでも構わないが、せめて俺をノースベンドへ送ってからにして欲しい」

 夏美であればアクラスフィア王国のあらゆる場所に移動できるはず。フレアに追いつくためには移動魔法リバレーションしか手がなかった。


 夏美は不似合いな表情で考え込んでいる。しかし、言葉を発するのに時間はかからない。


「リョウちん、あたしはゲーマーだよ……?」

 何を今さらと諒太は眉根を寄せる。そんな話は幼馴染みである諒太には分かりきっていることだ。

 一方で夏美はニッとした笑みを浮かべている。もう先ほどまでの不安げな表情は消え失せていた。


「リョウちん、あたしを舐めないで欲しいなぁ。ゲーム要素があるのなら問題ない。それにルイナー襲撃イベントはさっき経験したばかり。あたしが逃げると思う? うんにゃ、夏美ちゃんは戦いますよ! なぜなら、あたしは世界に一人の勇者だから!」

 壮大な釣りにも思える状況だが、夏美は諒太の話を信じてしまったらしい。深く考えないのは有り難いけれど、諒太は逆に心配してしまう。


「お前なら大抵の魔物は倒せるだろう。だが、これから戦う相手はルイナーだ。この世界における死は現実世界の死であることを踏まえて考えろ……」

「ルイナーの攻撃は十分に見た。それにあたしはリョウちんにもらった精霊石もあるし!」

 言って夏美はアイテムボックスから精霊石を取り出して見せた。

 ミノタウロスの石ころを磨き続けた結果が精霊石である。精霊石はゲーム内の死を一度だけ逃れられるレアアイテムに他ならない。


「お前、もう磨ききったのか?」

「ゲーマーを舐めないでって言ったでしょ? ずっと磨いてたら精霊石になったよ。だから、あたしは一度だけ死を回避できるはず。他のプレイヤーが助けてくれないのは大変だけど、ルイナーを追い払うくらいはできると思う」

 ゲームの効果は間違いなくセイクリッド世界に反映されている。不安はあるけれど、精霊石の効果説明にも攻撃による死を回避できるとあった。


「ナツ、本当に構わないんだな?」

「しつこい! 勇者ナツは逃げも隠れもしないの!」

 最終確認にも夏美は戦うことを選択。勇者は戦うだけであると豪語している。

 対する諒太は彼女の意気込みを有り難く感じていた。しかし、彼女にばかり無茶をさせるつもりはない。


「俺にはナツを頼ることしかできない。もし仮にお前が失われたならば、俺も一緒に死んでやる……。だからさ、気合い入れていこうぜ?」

「アハハ! 何だか、もの凄くサムいプロポーズみたいだね? いいよ、あたしは命を懸ける。もしもの場合はまた同じ世界に転生しようね?」

 どこまで腐れ縁なんだと思う。二人はどうしてか死後の話まで始めている。かといって諒太にとって悪くない提案だった。夏美とならば終末を迎えようとする世界であっても楽しく過ごせるに違いない。


「お前が深く考えない馬鹿で助かったよ。きっと次の転生時には哀れんだ女神様が思考能力を与えてくれるはず……。良かったな?」

「ひどっ! あたしはそこまで馬鹿じゃないって!」

「どうかな? お前は世界の半分を手に入れようとするクソ勇者だし……」

 懐かしい話を二人して笑い合う。さりとて決戦を前に迷いはなくなった。二人はいつも通りだ。たとえハードモードであろうともゲーマーは挑むだけである。


「さあリョウちん、行こうか! いざ決戦の地ノースベンドへ!」

 言って夏美が呪文を唱え出す。詳しい場所を聞くこともなく、彼女は詠唱を終えている。


「リバレーション!」

 まさか始めての共同プレイがラスボスとの対面だとは考えもしなかった。討伐ではなかったけれど、ミッションとしては最高難度であるだろう。


 かといって昂ぶっていた。諒太は初めて勇者ナツとパーティーを組む。間近に見る彼女の戦いをこの上なく楽しみに感じている……。


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