いちご大福の遺品
夏美に見せてもらった景色と実際のエクシアーノは少しばかり異なった。尖った建物は変わっていないものの、随分と発展を遂げた感じである。
諒太は王城の貴賓室へと通されていた。ここで彼女たちが戻るのを待つだけだ。しかし、調度品が並ぶ豪華な部屋は何だか落ち着かない。実際の時間よりも長く待たされているように感じてしまう。
「待たせたな……」
ようやくセシリィ女王が戻ってきた。王女殿下のロークアットも一緒である。
「これが我が夫いちご大福が残した指輪だ……」
早速と本題に入る女王陛下。差し出されたのは素っ気ない鉄色のリングである。これは完全に予想外だ。王族にまで上り詰めたいちご大福が質素なアイテムを愛用していただなんて思いもしないことである。
【??? 全パラメーター二倍】
しかし、アイテムの効果を見て諒太は察している。ステータス値の倍増は完全に出鱈目な効果だ。そのようなアイテムが存在しているなんて初耳である。攻略ページでは見た記憶がない。
「このアイテムには名前がないのでしょうか? それにこの効果は……」
見た感じで指輪であるのは分かった。しかし、未確定アイテムである。鑑定が必要な場合はハテナの隣にリングと表示されるはずなのだが、この指輪はなぜかハテナマークが三つ並んでいるだけだ。
「効果は国宝級を通り越している。これが何であるのか、また彼がどこでこれを手に入れたのかは謎なんだ……」
「聞かなかったのですか? 閣下の愛用品だったのですよね?」
何とも不可解だ。タンクであった彼はこのリングにより無双していたはず。力の源であったリングについて誰も尋ねないだなんてあり得ない。
「実は愛用品かどうかさえ分かっていない。ただ結婚前に持っていなかったのは確かだ。今となっては問うことすらできない。大福は既に失われてしまったのだから……」
寿命だったのだろうか。いちご大福が戦闘によって失われるとは考えられなかった。指輪の効果は勇者補正よりもずっと高かったのだから。
「閣下はどうして失われましたか? 不動王とも呼ばれた彼が戦闘で失われるとは思えませんけれど……」
失礼かと感じるけれど、気になって仕方がない。無礼を承知で諒太は尋ねている。
束の間の沈黙。躊躇うセシリィ女王の姿に諒太は誤った質問だったと推し量れている。
「ああ、それはな……」
質問を変えようかと思った矢先、小さく返答があった。重い口ぶりから語られる話は間違いなく好ましい話ではないだろう。
「彼は行方不明なのだ――――」
諒太は息を呑む。よく分からない話に。行方不明とは一体どういう意味だろうかと。
「行方不明? 突然にいなくなったということですか?」
「その通りだ。あれは結婚して六年目の朝だった……」
続けられる内容を聞いて良いのか分からない。それは恐らくスバウメシア聖王国民すら知らない話であるはず。
「私が目覚めると、隣にいたはずの彼は忽然と姿を消していた。衛兵の誰も彼が部屋から出て行く姿を見ていない。彼は突然に消えてしまったのだ……」
諒太はようやく理解できた。それは恐らくログアウトだろうと。当然のこと毎日していたと思うけれど、ログインしなくなった日との境目は明確な情報として残ってしまったらしい。
「ふと私は小指に違和感を覚えた。就寝時には何もつけていなかったというのに異物感があったのだ。小指を擦ると違和感はなくなり、代わりに指輪が抜け落ちた。この指輪はどうしてか装備品に表示されない。しかし、効果は有効なのだ。装備すると消えてしまう不思議な指輪。私は彼が残してくれたのだと考えている……」
いちご大福は結婚をして王配になったことで、一応の達成感を得たのだろう。私生活が忙しくなったか、或いは他のゲームを始めてしまったのか。いずれにせよ運命のアルカナは止めてしまったのだと諒太は推測する。
「そうですか……。行方不明とは残念です……」
「まあ気にするな。ロークアットは健康に育っているし、彼の血は失われていない」
聞けばいちご大福は子供が生まれたことをセシリィ女王よりも喜んだという。ならば、せめて子供が大きくなるまで続けられなかったのかと諒太は考えてしまう。
「これは有り難く使わせてもらいます。必ずお返ししますので……」
「ああ、よろしく頼む。君は失われないでくれ……」
今もまだセシリィ女王は諒太にいちご大福の面影を重ねているのかもしれない。彼の遺品はこの指輪しかないのだ。娘に頼まれたからといって、縁もゆかりもない諒太に協力する理由はそれくらいしか考えられなかった。
「リョウ様、わたくしは父の顔を覚えていません。黒髪に黒い瞳。優しさに満ちた笑顔の持ち主だと聞いております。加えて貴方様のような芯の強さを持っていたと……」
ロークアットもまた諒太に父親を重ねているのかもしれない。諒太を見つめる彼女の瞳はそう感じずにいられないものであった。
「わたくしからはこれを……」
言ってロークアットは青い宝石が装飾されたネックレスを手渡してくれる。持った感じから魔道具の一つであると理解できた。
「これはなに?」
「それは誓いのチョーカーと呼ばれる魔道具です。離れていても対となるチョーカーを持つ者と思念通話が可能となります。わたくしに手伝えることがございましたら、遠慮なく仰ってください」
見るとロークアットの首元にも同じデザインのネックレスがあった。ただし、諒太のチョーカーとは異なり、彼女の宝石は赤色である。
どうしてかクックと笑ったのはセシリィ女王だ。何やら嫌な予感を覚えてしまうけれど、Lv80というロークアットの助力を得られるアイテムである。躊躇われたものの、やはり断るのは惜しいと思う。
「リョウ、君が只者ではないのは分かっている。遠慮するな。勇者ナツの紋章を鎧に刻む君なのだ。彼女への恩を返すのは我らエルフの悲願でもある。どうかもらってやってくれ」
戸惑う諒太の背中を押したのはセシリィ女王だった。どうやら諒太の装備が勇者ナツの紋章入りだと彼女は分かっていたらしい。いちご大福の指輪を貸与してくれたのも、それが理由かもしれない。だとすれば遠慮は不要というわけである。
「ありがとうございます。必ずや戻りますから。吉報と共に……」
言って諒太はエクシアーノ聖王城をあとにした。人目のないところまで駆けていき、リバレーションを唱える。苦戦したオツの洞窟へと彼は戻っていく。
「眠気は完全に吹っ飛んだな。腹一杯食べたから存分に戦えるし……」
何より力が溢れていた。謎の指輪の効果なのか、先ほどまでとは明確に異なっている。
眠気よりも戦いたいと思う。どれほど強くなったのかをゲーマーとして確かめずにはいられなかった。
ダンジョンに入って早速と現れたのはリトルドラゴンである。先ほどまではスキルを八回要していた魔物。可能なら半分くらいにならないだろうか。ステータス値が倍増しているのだから、期待してしまうところである。
「ソニックスラッシュ!」
先手を取り、諒太はスキルを発動。流石に一撃では仕留められないようだが、リトルドラゴンはのたうち回っている。初手であるにもかかわらず効いている感じだ。
「追撃っ!!」
隙を突いてもう一撃。今度は確かな手応えがあった。切っ先は抵抗なく振り抜けており、リトルドラゴンの首をあっさりと切り落としてしまう。
「これならいけるぞ……。十分に戦える!」
このあとも諒太は戦闘を続けた。突如としてイージーモードへと変貌を遂げたダンジョンに強敵となる魔物はもういない。ひたすら倒すだけ。諒太はレベルを上げていくだけだ。
携帯食料を食べつつ、諒太はダンジョンに籠もっていた。既にダンジョンボスであるグリフォンも八回討伐している。
気付けばもう日曜の20時だ。若さにものを言わせて諒太は二徹していた。
「一度もハピルはエンカウントしていないけど、もうレベルは82。目標は達成できそうだな」
光明が差してきた。今日も明け方まで戦い続けたのなら、レベル85程度にはなれるはず。早ければ明日にでもリッチに挑めるかもしれない。
「リッチのドロップ率が期待できないんだ。早ければ早い方がいい」
全ステータスが二倍になったため、余計に幸運値の低さが目立ってしまう。INT値は400に迫るというのに、ようやく二桁に乗ったところだなんて。
「幸運値を少しでも上げておきたいな。今はレベルを上げるだけだ……」
ボスを討伐するや、ダンジョンに入り直す。
諒太は戦い続けていた。二徹目からは眠気がなくなり、逆に昂ぶっているという感じである。
何度目かの踏破のあと、メニュー画面の時計を確認すると既に日が変わっていた。今日は学校がある。流石に少しくらいは眠っておかねばならない。
「レベルも85になったし、ログアウトするか……」
そう思うと欠伸が出てしまう。今まさにログアウトしようとした瞬間、
「マ、マジか……」
メニュー画面の向こう側に光る物体を発見する。見慣れたリトルドラゴンでもゴーレムでもない。それは夏美に聞いていたレアモンスター。諒太はここにきてハピルに遭遇していた。
「ログアウト前に嬉しいエンカウントだ……」
レベル70台だと三つは上がると夏美は話していた。だから今はそこまで期待できないのだが、きっと一つくらいはレベルが上がるはず。
【ハピル】
【特殊モンスター Lv90】
ハピルを見てみると、夏美がレベル90までオツの洞窟で戦った理由が分かる。魔物のレベルが自身を下回ると、補正が働き格段に入手経験値が下がってしまうのだ。よって、そこからはハピルとはいえ、あまり期待できない。リトルドラゴンもレベル85であり、ハピルの経験値が美味しくなくなるのならオツの洞窟に籠もる理由はなくなる。
「さてと、頂きます!」
期待を込めて剣を振る。すると一瞬にしてハピルは弾け飛んだ。ボーナスキャラだと分かっていても、流石に弱すぎではないかと感じてしまう。
【レベルが88になりました】
鳴り響く告知音に諒太は唖然と息を呑んだ。一つ上がるだけと考えていたのに、なぜか諒太は三つもレベルアップしている。
「どうしてだ……?」
そういえば成長速度が上がったような気がする。今までは敵を倒しやすくなったからだと考えていたけれど、よくよく考えればたった二日の徹夜でここまで強くはならないだろう。たとえ効率の良いダンジョンをピンポイントで攻めていたとしても。
「俺自身の変化はあれだけだ……」
明確に変わったのはステータスが倍増したこと。謎の指輪によってステータスが強化されただけである。
「HPの持ちも良くなった気がする。ソニックスラッシュをあれだけ使ったのに、俺はまだポーションを余らせているんだ……」
考えられる原因は一つしかない。それは恐らく諒太が勘違いをしていたことだ。
【全パラメーター二倍】
ひょっとしてこれは、とんでもない効果なのかもしれない。謎の指輪の効果はステータス以外にも及ぶ。全ての数値を向上させている可能性があった。
「全パラメーター……?」
恐らくはHPやMPだけでなく、成長速度まで二倍になっている。夏美の話と食い違うハピルでのレベルアップはそう考えるに十分な結果であった。
「何てものを残したんだ。彼は……」
何だか恐ろしくなってしまう。夏美のSランク装備であっても、ここまで壊れていないはず。レベル上げを再開した頃、リトルドラゴンを二撃で倒せたことも全ては指輪のおかげかもしれない。
「指輪の効果はアタック値だけじゃなく攻撃力にも直接影響している……」
そうとしか考えられなかった。八回かかっていたリトルドラゴンが二度のソニックスラッシュで倒せるだなんて。ステータスが倍増したその上に、攻撃力が倍化しているはず。単純に四倍以上は強くなっていたはずだ。
しばし悩むように立ち尽くしていたが、諒太はログアウトを選択する。呆然としていても解決しないのだ。諒太は夏美に確認してみようと思った……。
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