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立ち塞がる強敵

 諒太は書物を閉じて何度か首を振った。世界について考えるのはまだ先のことだ。最優先事項を見誤ってはいけない。今はアーシェを救うことが第一目標であり、リッチを討伐した上で不死王の霊薬をドロップさせることだけである。


「日曜の夜まで父さんたちは出張だと言ってた。ずっとセイクリッド世界にいたとしても問題はない……」

 タイミングとしてこれ以上はなかった。父と母は同じ会社に勤務していたけれど所属部署が異なっている。まるで神が助勢してくれているかのように思う。二人共が現場視察という出張に向かう予定となっていたのだ。


 アーシェを救うため諒太は食事を最低限に減らして戦うつもりである。金曜の夜から両親が帰宅するまで。ぶっ通しで戦うと決めた。


 ペナムに到着した諒太は夏美のマップを思い出しながらペンダム遺跡を目指す。アップデート後であるし、恐らく街道を西へ向かえば新設されたペンダム遺跡があるはずだ。

 ペナムから歩くこと三十分。ようやくと諒太はペンダム遺跡へと到着している。アップデートのメインである新ダンジョンは彼がレベリングするのに最適な場所であった。


「ミノタウロス狩りを始めるか……」

 ミノタウロスはソニックスラッシュにてほぼ一撃であることが分かっている。また他の魔物がいたとしても、夏美のプレイ状況から判断すると複数いたとして問題はないだろう。

 早速とミノタウロスの群れ。緻密な作戦はなかった。諒太は全てを切り裂いていくだけである。


「ソニックスラッシュ!」

 高難度ダンジョンであろうと知ったことではない。悠長にレベリングしている暇などなかった。自分のせいで誰かが失われてしまうなんて絶対にあってはならない。諒太は無茶を承知で果敢に斬り掛かっていく。


 ペンダム遺跡は想像以上に魔物が湧いた。幾ら倒そうとも次から次へと魔物が押し寄せてくる。高難度ダンジョンであるのは分かっていたけれど、実際に踏み込んでみるまで難易度は想像でしかなかったのだ。


「あいつら強すぎだろ……」

 二人であることを割り引いても夏美たちは強かった。魔法士がいないパーティであったというのに、二人は回復することもなくペンダム遺跡を踏破していたのだ。

 一方で諒太は三階層への階段を前にして息切れしている。これは体力が減少しているサインだ。ソニックスラッシュを使いすぎたことにより瀕死へと近付いていた。


「レベルは49まで上がったけど……」

 回復ポーションは多めに買ったつもりだが既に尽きかけていた。月曜の朝まで戦い続ける覚悟であったというのに一晩すらも戦えないだなんて想定外である。


 諒太は作戦変更を余儀なくされていた。複数を相手にスキルを温存するのは不可能である。ただでさえここは高難度ダンジョン。夏美たちのように強くもなければ、剣技だけで戦える装備を持っていないのだ。魔法によってレベリングする手もあるのだが、最終目標であるリッチには魔法耐性がある。少しでも剣術の熟練度を上げておく必要があり、諒太はその方法を選択できなかった。


「装備さえあればまだしも……」

 思わず溜め息を漏らしてしまう。夏美とは異なり諒太の装備は騎士団の汎用品である。業物の武器でもあればスキルを使わずとも倒せるかもしれないというのに。

 絶望的かと考えていた諒太だが、ふとある事実を思い出していた。

 諒太にも戦える装備があったこと。月曜の朝まで戦い抜く術が残されていることを。


「ナツの倉庫……」

 ペンダム遺跡があるのだから同じアップデートによって建てられた夏美の倉庫もきっと存在する。その場所はペンダム遺跡から更に西へと向かったところだ。


「確かナツは倉庫内から移動魔法を唱えていた。スバウメシア聖王国に行ったあと、そのままペンダム遺跡へ向かったはず……」

 予想と現実は往々にして差異が生じているものだ。理想と現実ともいうべき違いが少なからずある。しかし、諒太は問題ないと考えていた。彼の希望と現実は一致しているはずと。


「今なら防護結界はない――――」


 夏美が結界を張る様子はなかった。元より倉庫内にいたのだ。彼女はスバウメシアを早く見せたいと考えるばかりに防護結界を張り忘れたはず。しかも夏美はペンダム遺跡に籠もったままだろう。三百年前の最新データが結界を張っていないのだから、今ならば結界は存在していないはずだ。


 諒太は直ぐさまダンジョンを出て西を目指した。道中には魔物も出現したけれど、最後のポーションを飲んでソニックスラッシュにて撃退している。

 どれだけ歩いただろうか。月明かりはあったけれど夜道は視界が悪い。マップを確認しながら諒太は慎重に進んでいく。


 夏美の倉庫に到着すれば即座にログアウトだ。リバレーションを使えるほどMPは残っていないだろうし、到着さえすれば一応の目的は遂げられる。

 ちょうど月が真上に昇った頃、諒太は前方に黒い影を発見していた。マップを見る限りはこの辺りだ。その影が夏美の倉庫であってくれと願うばかりである。


「あった……」

 徒労になる可能性はあったけれど、やはり今もセイクリッド世界は改変され続けているようだ。予想通りに夏美の倉庫はこの世界にも存在していた。


「急ごう。体力もMPも尽きかけている。もう一戦も戦えない……」

 諒太は夏美の倉庫目指して走り出した。けれど、もう目と鼻の先というところで、急に地面が揺れ始める。

 直ぐ脇の地面が割れ、立っていられないほどの揺れが諒太を襲う。地震があるなんて聞いていないし、攻略ページにも載っていないというのに。


「ここまできてナツの倉庫が倒壊するなんてないよな?」

 激しい揺れは一抹の不安を覚えるものだった。しゃがみ込む諒太は夏美の倉庫が無事であることを祈っている。

 ところが、諒太の心配は的外れであったらしい。憂慮すべきは倉庫の無事ではなかった。なぜなら彼自身が危ない。かといって地震という自然現象によってではなく、生命の危機は明確な形で訪れていた。


「嘘だろ……?」

 愕然と立ち尽くす諒太。想定外の出来事に身動きできなくなっていた。

 割れた地面から大木のようなものが飛び出していたのだ。それは瞬く間に地面から伸びて、既に見上げるほどの高さに達している。


【グレートサンドワーム】

【Lv100】

【物理(強)・火(弱)・水(強)・風(微弱)・土(強)】


 出現したのはミミズが巨大化したような魔物だった。初めて見るその魔物は巨木のように頭部を持ち上げ諒太を威圧している。


 グレートサンドワームはこれまでに調べた情報にないものだ。しかもそのレベルは100。とてもじゃないがLv49の諒太に太刀打ちできる相手ではない。


「アップデートで追加されたのか……」

 ここまできてレアモンスターを引き当ててしまうなんて。つくづく自身の不運が恨めしい。

 一瞬のあと、グレートサンドワームが激しく咆吼する。まるで戦闘開始を告げる合図であるかのように。


「マジかよ!?」

 突進を始めたグレートサンドワームからは明確な殺意が感じられた。ログアウトするために、慌ててメニューを開こうとするも諒太は回避を優先。もし仮にログアウトにタイムラグがあれば、その時点で失われてしまうからだ。

 素早く体当たりを避け、そのまま走り出す。咄嗟に考えた作戦はメニュー画面を開きながら、夏美の倉庫へと駆け込むことだった。


 運命のアルカナにおける設定の一つを頼りにして全力で突っ走る。街や建造物には魔物除けの術が施されているという設定。セイクリッド世界がゲームに影響を受けているならば、建物内へと逃げ込めばやり過ごせるかもしれないと。


 しかし、それは大きな賭けだ。夏美の倉庫にまで魔除けの術が施されているのか分からないし、そもそも夏美が防護結界を施していないとは言い切れない。最悪の場合は倉庫を眼前にしてログアウトだ。タイムラグがないことを祈りながら実行するしかなかった。


「行くっきゃねぇぇっ!」

 万が一にも勝てる見込みはない。体力も魔力も残り僅かとなった諒太はログアウトの準備をしながら、夏美の倉庫へ向かって懸命に走り続ける。

 グレートサンドワームの咆吼に臆することなく走るだけ。当然のことグレートサンドワームは猛追してくるけれど、全力疾走で逃げ切るだけだ。

 倉庫に防護結界がないことを祈る。今もペンダム遺跡でミノタウロス狩りをしている幼馴染みが結界の張り忘れに気付いていないようにと。


「ナツ、頼むっ!!」

 幼馴染みの間抜けさに縋るとか何とも馬鹿げた話である。けれど、諒太は夏美のやらかしを信じてドアノブへと懸命に手を伸ばした。防護結界に弾かれないようにと祈りを込めながら……。


 緊張の一瞬であったが、諒太の手は難なくドアノブに触れた。直ぐさま力一杯に扉を開き彼は倉庫へと飛び込んでいる。

 荒い息を吐きながらメニュー画面のログアウトボタンに手をやる。加えて外の様子を窺うように耳を澄ませた。

 まだ倉庫が攻撃を受けた感じはない。グレートサンドワームの咆吼が聞こえるだけだ。


「やはり設定通りか……?」

 油断はできなかったものの、恐らくはゲームの設定が反映されているのだろう。グレートサンドワームが大人しくしているのは夏美の倉庫にも魔除けの術が施されているからに違いない。

 もしも結界があったなら危ないところである。ログアウトのタイミング次第で諒太は死んでいたかもしれない。


「残念な幼馴染みに感謝だな……」

 夏美らしい凡ミスであるが、諒太にとっては命の恩人である。幼馴染みが完全無欠の生徒会長キャラであったとしたら彼はもう存在していないのだから。


「ひょっとしてグレートサンドワームは俺が出てくるのを待っているのか?」

 窓からグレートサンドワームが見えた。よほどご馳走に見えたのだろう。まだ去っていく雰囲気はなく、ウネウネと倉庫を囲むようにしている。


「襲ってくる気配はない。とりあえずは安全ってことか……?」

 攻撃を仕掛けてくる心配はなくなったと考えて構わないだろう。一定の距離を置くグレートサンドワームは魔除けの術に抗えない様子。ゲーム内設定が世界の理となった今では神により生み出されたルイナーでもない限り従うしかないらしい。


 ぐるりと見渡すも倉庫内は夏美の家で見たままだ。整頓する気は少しもないようで乱雑にドロップアイテムが置かれている。


「整理整頓はできないくせに……」

 よく見ると盗難防止なのか一部の装備品はカスタムされていた。とはいえ魔法がかけられているなんてことではなく、【なつみ】と平仮名で大きく名前が書いてあるだけだ。カスタム品は加工者にしか変更できないことから、見た目を気にしなければ盗難防止策として有効かもしれない。


「たく、小学生かよ……」

 嘆息する諒太であるが、ふと気付いた。山のように積まれた装備品。名前があるものだけ明らかに高性能であることを。


「これは助かるな。ナツが残念な女で良かった……」

 これにより一つずつチェックする必要はなくなった。夏美が盗まれたくないものこそ有能な装備品。諒太は再び幼馴染みの残念さに感謝するしかないようだ。


「リッチには魔法が効かない。だとすれば物理攻撃アップか体力アップの特殊能力が付与されてるものがいいな」

 流石は廃プレイヤーである。どれも諒太の装備よりずっと強かった。たとえ名前の記入がない装備を選んだとしても今より数倍は強くなれるだろう。だが、妥協してはいけない。特殊能力付きの高性能装備を見つけ出すまで諒太はここを去るつもりなどなかった。


「これは……?」

 探すこと数分。諒太は箱に詰め込まれたドロップアイテムを発見していた。かといってそれは装備品じゃない。だが、諒太には宝の山にしか見えないものだ。


「Sランクスクロール……」

 ゴクリと諒太は息を呑む。それは詠唱文を記したものであり、Bランク以上の魔法を唱えるのに必須となるものだ。夏美は純粋な剣士であって友人である彩葉もまた剣士。レアスクロールがゴミのような扱いとなっているのは単純に夏美にとって価値がなかったからだろう。


「すげぇ……。触れられるってことは未使品だろ……」

 アップデートによりドロップアイテムの譲渡が可能となり、スクロールに関する取り決めが追加された。Bランクである★3以上のスクロールは未使用品でなければ譲渡できず、また未使用品でなければ他者は触れることすらできなくなっている。


【火属性魔法インフェルノ】

【レアリティ】★★★★★

【威力】極大

【消費】極大

【範囲】大


「火属性魔法インフェルノ……」

 このスクロール名を諒太は確かに覚えている。攻略ページの過去ログに記載されていたはずだ。

 インフェルノのスクロールは現在入手する術がない。イベントボスから超低確率でドロップする以外に入手方法はなく、そのイベントは超高難度であった上に一日だけしか行われていなかった。故に地獄の業火と呼ばれるインフェルノのスクロールは幻とさえ呼ばれている。


「マジかよ……。あいつ必要ないのにドロップさせたのか……」

 必死でトライした同胞の魔道士たちに同情してしまう。きっと夏美は数度の挑戦でドロップさせたに違いない。ゴミ箱に突っ込んでいる現状から察するに苦労なんて少しもしていないはずだ。


「これは後で回収しておくか……」

 スクロールよりもまずは装備である。思わぬボーナスは後で受け取るとして、さっさと装備を決めて諒太は王都センフィスへと戻らねばならない。

 引き続き諒太は乱雑に置かれた装備品を物色し始める。どれも素晴らしい性能だったが、決め手に欠けていたのも事実だ。ステータス値が高い装備だと特殊効果がイマイチ。その逆もまた然りである。


「どれも一長一短だな……」

 性能と効果の両立を諦めかけたそのとき、ふと一つだけ棚にしまわれた鎧を諒太は発見する。鮮血を浴びたかのような真紅をした割と目立つ鎧だ。また肩のところには例によって例のごとく【なつみ】とある。


「これって、よく使うから別にしてんのか?」

 ゴミのように積まれた鎧とは明らかに扱いが異なる。これこそが夏美のとっておきではないかと思う。一番は夏美が装備していたものとして、この鎧こそが二番手なのではないだろうかと。


【灼熱王オルフェウスの鎧】

【ATK+30】

【DEF+40】


 やはり性能は悪くない。防御力だけでなく、物理攻撃まで上昇するなんて脳筋戦士である夏美には最適だといえた。さりとて上昇の数値はハイレアというには物足りない気もする。


「あれ……?」

 ところが、特殊効果の欄は諒太の予想を否定していた。戦士系である夏美にはメリットのない効果が並んでいたのだ。


【効果】

火属性魔法効果二倍

MP消費半減

HP消費微減


 どうやら諒太は勘違いをしていたらしい。よくよく考えると夏美は頻繁に使用する鎧をその都度片付けるような完成された人ではなかった。


 オルフェウスの鎧は物理攻撃だけのキャラクターには微妙な効果しかないようだ。つまり、これは使わないからこそ棚に置かれている。恐らくこの鎧は一度も使ったことがないのだと予想できた。


「魔法剣士である俺には最適じゃないか……」

 物理攻撃系の夏美からすれば、魔法効果の二倍だとかMP消費などは無駄でしかない。加えて物理攻撃系に最も重要な効果であるHP消費が微減であるのは選択肢から外れる理由として十分だった。


「剣も魔法も使う俺には完全な壊れ装備だ……」

 灼熱王オルフェウスの鎧に決定となる。早速と装備しようと諒太はアイテムボックスに鎧を放り込む。直ぐさまメニューを開き、装備品に指定しようとしたその瞬間、


【ピーー!】


 突として脳裏に告知音が届く。一体このタイミングで何の告知だろうかと小首を傾げたものの、このあと諒太は重大なミスを犯していたことを知らされてしまう。


『ジョブが【勇者】から【盗人】に変化しました』


 諒太は完全に忘れていた。アルカナの設定がこの世界の理となっていたことを。プレイヤーの行動によりジョブは変化する。所有者の許可なく物品をしまえば、それはもう立派な盗人行為であった。

 即座に装備を取り出すも時すでに遅し。盗人となった諒太のジョブは元の勇者に戻らなかった。


「マジかよ……。ステータスが三割近く低下した……」

 諒太は強くなろうと考えて夏美の倉庫に来たはずだ。なのに結果は三割減。鎧の性能が跳ね上がったおかげで明確に弱くなったとは言い難いけれど、それでも全体的なステータスを見ればマイナスとなる部分が大きい。


「これはマズイ……」

 意図せず変化してしまったジョブ。盗人だなんて最悪である。せめて上級職の盗賊であれば、もう少し強かったのではないかと思う。


「もっと盗めば盗賊にならないだろうか?」

 思い付きだが試してみる。灼熱王の鎧をアイテムボックスへとしまい込み、続いて物理攻撃1.5倍という【無双の長剣】を手に入れた。それでもまだジョブは盗人のままであり、諒太はインフェルノのスクロールにMPやHPの回復ポーションを纏めてボックスへとしまい込んだ。

 しかし、ジョブは盗人から変化しない。盗賊にランクアップすることはなかった。これにより諒太は作戦の変更を余儀なくされてしまう。


「レベルはあと1つで50だ。そうなると叡智のリングにある経験値三倍は得られなくなってしまう。次に倒す敵は無理をする程度に強い魔物が良かったんだけど……」

 装備を一新し強敵と戦えたのなら一気に五つくらいは上がる可能性があったというのに、減少したステータスでは倒せる魔物の強さは先ほどまでと変わらないだろう。


「いや、ちょっと待て……」

 全体的なステータスは減少していたけれど、圧倒的に向上したものがある。それを上手く活用さえすれば先ほどよりも確実に強くなれるはず。


「火属性魔法効果二倍……」


 諒太は可能性を見出していた。オルフェウスの鎧にある火属性魔法効果二倍は魔法の基礎値が高ければ高いほど威力を増す。ファイアーボールではしれているけれど、幻と呼ばれるSランク魔法なら効果は絶大であるはずだ。


「もし仮にインフェルノを詠唱できたのなら……」

 Sランク魔法を効果二倍で唱えられたのなら、INT値が突出している諒太は絶大なダメージを叩き出せるはず。しかし、それには問題がある。


「消費MP極大ってどれくらいだろう……」

 運命のアルカナにはHPやMPの明確な数値は存在しない。それらの減少は体調で推し量るしかなく、MP値がゼロになれば気絶してしまうし、HP切れはそのまま死を意味する。


「MP切れの気絶は死と同義だ。殲滅可能な場合でも避けるべきこと……」

 HPやMPの詳細が分からなければ、呪文の必要MPすら分からない。MP値が呪文の必要数に足りない場合は即MP切れとなり、魔法は発動せずに術者は気を失う。


「夏美の倉庫に俺が期待するものはあるのだろうか……?」

 命を懸けるに相応しい武器。もしも諒太が考えるような武器がここにあるのならば、諒太は一世一代の大勝負に打って出るべきだ。アーシェを救うには早急な成長が必須。ならば難しく考える必要はない。彼女のために無茶をしようと決めたのだ。決意通りに諒太は前へと進むしかない。


 部屋の隅に幾つも立てかけられていた武器は杖である。諒太はその中から理想の杖を見つけ出さねばならない。


「土属性効果二倍……」

 求めるものとは異なった。実際問題として威力よりも必要な要素がある。それさえクリアしているのならば、他にどのようなマイナス効果があろうと諒太はそれを選ぶつもりだ。

 流石に逸品揃いである。勇者ナツの倉庫は肩書きに恥じない品揃えだった。何十本と確認した末、諒太はようやく目的の杖を見つけている。


「賢者レブルスの杖……。消費MP半減……」

 しかもINT値三割増とある。賢さの値は魔法威力の基礎値となっており、INT値の上昇は属性効果が増すよりもダメージを期待できた。

 賢者レブルスの杖はまさに諒太が求める杖である。消費MP半減だけでも良かったというのに、ボーナスともいえるINT値上昇効果まであるなんて。


「これで消費MPは四分の一だ。極大の消費量が小程度にまで落ちていないだろうか?」

 消費量極大がどの程度なのかは分からない。けれど、四分の一という消費量は希望を抱かせるに十分だ。


「ミノタウロス狩りを続けたとして一週間でLv95は難しいだろう。それなら経験値が三倍である今のうちに俺は無茶をしてでもレベルを上げておくべきだ……」

 自分のせいで誰かが死ぬなんて絶対に許されない。今後の人生でずっと悔やみ続けるくらいなら、諒太は命を賭してでも戦うべきである。


 グレートサンドワームは獲得経験値三倍の最後を締めくくるに相応しい相手だ。幸いにもグレートサンドワームの弱点は火属性。これらの完璧なお膳立ては、まるで神が背中を押しているような気さえする。


 小窓から外の様子を窺うとグレートサンドワームは今もまだ倉庫を囲むようにしていた。その巨大で不気味な軟体動物はメインディッシュが配膳されるそのときを待っているかのようだ。

 遠巻きに様子を窺うようなグレートサンドワームだが、倉庫を一歩出てしまうと恐らく襲いかかってくるだろう。何しろ魔除けの効果は建物内だけなのだから。


「やっぱゲームはヒリヒリしてないとな……」

 かつてフレアが言っていたのだ。諒太をセイクリッド世界に存在させるために召喚術士は失われるのだと。諒太の魂は召喚術士が失われたからこそ存在できるってことを。だとすれば、その空席に入り込んだ諒太はゲームキャラクターであろうと実体に他ならない。


 心臓が激しく脈打っていた。プレイヤー自ら戦闘を選択してしまえば対象モンスターの活動エリアを出るまでログアウトは選べなくなる。つまりは今この時点で再考しなければ逃げるという選択肢を諒太は失う。


 インフェルノが発動しない時点で気絶するはずだ。従ってエリア外まで逃げ切るなんて不可能であり、インフェルノによって一撃で倒せなかった場合もまたグレートサンドワームに虐殺されてしまうだろう。


 作戦は至ってシンプルだ。夏美のMPポーションにて回復をし、倉庫の中で詠唱を済ませておく。あとは飛び出すや否やにインフェルノを放つだけ。発動も与えるダメージも未知数であるけれど、得られる経験値を考えればログアウトは選べない。


「じゃあ、命懸けてやんよ……」

 圧倒的に時間が足りないのだ。だからこそ諒太は強敵にも立ち向かう。一人の人間を救うためならば、彼は勇気を振り絞れるはず。


「覚悟しやがれ、クソミミズ……」

 ようやく決心は固まった。低レベルクリアは得意であったが、論なくそれはゲームでの話だ。まさか現実で同じような無茶をするなんて少しですら考えていなかったというのに。


「奈落に燻る不浄なる炎よ……幾重にも重なり烈火となれ……」


 スクロールを読み始めると、どうしてか落ち着けた。極限を超えてしまったのだろうか。既に恐怖も不安もなくなっている。


「可否は問わず……ただ要求に応えよ……」


 詠唱が進むにつれ魔力を失う感覚があった。同時に杖を持つ左手と掲げた右手へ力が集中していくのが分かる。


「獄炎よ……大地を溶かし天を焦がせ……天地万物一片も残すことなく灰燼と化すのみ」


 ここで諒太は扉を蹴り開けた。もう後戻りはできない。再び相対するグレートサンドワームに向かって手をかざし、諒太は開戦の号令とばかりに詠唱を終える。


「インフェルノォォオオオオッ!!」


 急激にMPが失われていた。だが、まだ発動しない。嘔吐しそうになるけれど諒太は歯を食いしばる。絶対に発動させるつもり。必ずやこの強敵を焼ききってやるのだと。


「発動してくれぇぇっ!」

 徐々に目が霞んでいく。ただ意識は保てた。なぜなら指先から激痛が走ったから。両手にある全ての指先から血が噴き出していたのだ。

 グレートサンドワームが咆吼のあと突進を始めた。このままインフェルノが発動しなければ諒太はその攻撃をまともに受ける羽目になるだろう。


 どうしても救いたい人がいる。失われてはならない人がいた。だから力をくれと一心に願う。彼女を救うためならば、諒太はこの命を捧げても構わないとさえ思った。


「絶対に引き下がれねぇんだよォォッ!!」


 諒太が絶叫した瞬間、指先から流れていた血が放射状に飛散した。それはまるで手の平に集中していた力が一度に爆発したかのように。


 一瞬にして視界を覆い尽くしたのは赤い光だ。ただし飛び散った血液ではない。

 望んだままの光景が眼前にある。天にまで届こうかという巨大な火柱がグレートサンドワームを飲み込んでいた……。


 今もまだ垂れ流すように諒太の魔力が失われていく。けれど、魔法の効果が最大に達する瞬間まで諒太は絶対に意識を留めなくてはならない。


「焼き尽くせぇえええっっ!」


 刹那に炎の勢いが増した。巨大な火柱は詠唱文通りに全てを焼き払う。空も大地も、その瞬間に存在した全てを……。

 まるで真紅の塔が天までそびえ立っているかのよう。爆ぜるような音を幾度も響かせながら炎はグレートサンドワームを焼き続けた。


 轟々と燃えさかったあと、やがて火柱は霧が晴れるかのように淡く消えていく。諒太の瞳にはまだ強烈な光が焼き付いていたけれど、インフェルノを撃ちきったことだけは理解していた。


「やったのか……?」

 徐々に視界が回復していく。諒太は呆然と立ち尽くしている。

 脅威は既に去っていた。そこには消し炭と化したグレートサンドワームが残るだけである。まるで雷に打たれた大木のようにそびえ立っているだけだ……。


「本当に……勝てた……?」

 にわかには信じられなかった。レベル差は二倍以上もあったはず。ただ僅かですら動かないグレートサンドワームを見る限りは一撃で焼き殺したと考えても良さそうだ。


 威圧的に諒太を見下ろすグレートサンドワームの亡骸。諒太はどうしてか近付けなかった。足が竦んだわけでもなかったというのに一歩として動けないでいる。


「あれ……?」

 グレートサンドワームを倒した可能性は極めて高かったのだが、ステータス画面にあるログアウト機能はどうしてか復帰していない。


「まだ戦闘状態が解除されていない?」

 インフェルノを撃ち終わってしばらく経つというのに。グレートサンドワームはオブジェであるかの如く動きを失っていたのだが……。

 すると次の瞬間、突如として脳裏に告知音が響く。またそれは鳴り止むことなく続いた。けたたましく知らされるのはレベルアップの通知に他ならない。


「っ!?」

 初めてハイオークを倒したときのようだ。壊れてしまったのかと感じるくらいにレベルが上がり続けている。グレートサンドワームがもたらす三倍の経験値は諒太が考えるよりも遥かに高かったらしい。


【リョウ】

【勇敢なる神の使い(盗人)Lv69】


 脳裏に静けさが戻ると諒太のレベルは20も上がっていた。盗人に変化はなかったものの、勇敢なる神の使いという称号が与えられている。


「特に何も変わっていない気がする……」

 称号はジョブほどではないけれど、ステータスなどに変化をもたらす。以前の軟派なという称号でも隠しステータスである魅力が向上するのだ。よって勇敢なる神の使いも隠しステータスに影響を与えていることだろう。


 諒太がこのあとについて考えていると、急にグレートサンドワームが消失し始めた。どうやら剥ぎ取り部位はないようだ。スクリーンショットを撮る時間を与えただけで失われてしまう。


「やはりまだ生きていたのか……?」

 レベルアップの告知があって直ぐに消失したこと。加えて動かなくなってからレベルアップまでにかなりの時間差があったこと。よくよく考えるとグレートサンドワームはまだ生きていたのではないかと思える。


「もしかしてインフェルノが……?」

 グレートサンドワームが何らかの攻撃を残していた可能性は高い。討伐に歓喜するプレイヤーを失意のどん底に叩き落とす何かを隠していたのではないかと。

 あの獄炎が動かなくなった時間も内部を焼き続けていたような気がしてならない。


「ドロップアイテムはなしか……」

 グレートサンドワームが泡のように消え去ると、巨体があった場所には宝箱ではなく大きな魔石が転がっていた。

 レベル100という強敵であったから、レアなドロップアイテムが期待できたはず。けれど、諒太はドロップが確実な魔石しか入手できなかったようだ。


「この魔石をアーシェの魔法陣に使えないかな? これだと交換の必要はなさそうだけど……」

 通常の魔物がドロップする魔石は小石程度だ。しかし、グレートサンドワームの魔石は岩と表現する方が適切であった。もしも魔法陣のエネルギーに使用できるのなら諒太は喜んで進呈したいと思う。


「ひとまずログアウトしてから騎士団に行ってみよう……」

 諒太はログアウトを選択する。どうせアクラスフィア王城から始まるのだ。軽く夕飯を食べてから騎士団に行こうと決めた。

 ログアウトをしてヘッドセットを外す。だが、ベッドから起き上がろうとした瞬間、諒太は異変に気付いた。


「予想はしていたけれど……」

 指先が血で汚れていたのだ。確かにインフェルノを唱えたあと爪の間から血が噴き出していた。けれど、それは説明するまでもなくセイクリッド世界でのことである。


「ベッドに血痕はない……」

 派手に飛び散っていたはずである。従って世界間が同質化していたのなら、シーツに少しも血の跡が残っていないのはおかしいように思う。


「ひょっとして俺は……」

 飛躍しすぎかもしれない。けれど、全ての指先から血が流れていて、尚且つベッドシーツに血がついていないだなんて偶然では片付けられないだろう。


「プレイ中に身体は存在しないのか……?」

 ログイン中に諒太がこの世界から消えているという推論。夏美によるとログイン状態も分からなかったのだ。ならば諒太は魂だけでなく肉体までもをキャラクター【リョウ】に預けていることになる。


「これは検証が必要だな……」

 両親が帰宅するのはまだ先である。夕飯代わりにと朝食用の食パンにハムを挟んでかじりつく。空腹さえ満たせたのなら何だって良かった。今は一秒でも惜しいのだ。


「スマホの録画機能を使ってみよう。もしも俺が消えているのなら、父さんたちが帰ってからは対策しなきゃいけない」

 ベッドにある補助灯を一杯まで弱くしてヘッドセット脇にスマホを立てた。部屋の電気は消し、睡眠中であることを装ったあと諒太は録画を開始する。


「上手く行くと良いけど……」

 諒太は再びセイクリッド世界へ。一人の女性を救うため、彼は戦いの場へと赴いていく。アーシェを救うことしか諒太は考えていなかった……。

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