大いなる旅路に……
気が付くと諒太はベッドに横たわっていた。視界にはどうしてか運命のアルカナのタイトル画面が表示されている。いつもであれば、召喚陣が目に入っていたはずなのに。
慌てて飛び起きる諒太。しかし、次の瞬間には安堵している。
右手に握られていたのだ。ロークアットから貰った誓いのチョーカーが……。
「マジか……」
振り向くとクレセントムーンに召喚陣は浮かび上がっていない。
本当に召喚陣が消失していたのだ。セイクリッド神は諒太の願いを叶えている。
「んん?」
諒太は気付く。誓いのチョーカーに目をやっただけであるが、視界に入ったのは余計なものである。
「リナンシーの加護……」
世界間の繋がりが消えた今、飛び出してくることはないだろうが不吉に思えて仕方がない。神に匹敵する力を持つ妖精女王は世界線を越えていた。
「あいつ俺の魂を喰うとか話してたけど、俺は転生できんのか?」
今になって不安を覚えている。もし仮にリナンシーが魂を食べてしまえば、諒太は転生できなくなるかもしれない。
「ま、あいつよりセイクリッド神の方が格上だろ。残念だったな、リナンシー」
残念妖精の悔しそうな顔が思い浮かぶ。是非とも会って弄り倒したい。まだ死ぬつもりはなかったけれど、諒太はこの人生の終わりにも期待してしまう。
アルカナにログインする気にもなれず、諒太はそのまま眠ることにした。明日からまた学校が始まるのだ。月曜日という億劫に感じる一週間の始まり。新しい人生の如く、諒太は勉学にも力を入れようと思う。
夢を見ることすらなく、諒太は朝まで眠り続けるのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二週間が過ぎていた。今日は六月一日。待ちに待ったアルカナⅡの発売日である。
既に諒太は支払いを終えており、予約ダウンロードを済ませていた。家に帰れば、即座にログインする予定である。
今日も今日とて夏美と下校中。やはり話題はアルカナⅡが中心である。
「それでナツ、キャラメイクが終わったら連絡をくれ。お前と同じジョブじゃつまらんからな……」
「あいよ。それでリョウちんは何をアルカナⅡに持っていくの?」
聞けば夏美はブレイブシールドとドラゴンスレイヤーを持っていくらしい。武器を持っていくのは割と賭けであったけれど、夏美はアルカナⅡのステータスも同じ脳筋戦士だと信じているようだ。
「俺も王者の盾は持っていくつもりだ。後衛専門だったとしても、盾があると安心できるからな……」
「じゃあ、土竜叩きは置いていくんだ?」
「不遇装備だぞ? 低レベル時から使う武器じゃねぇな……」
アハハと笑う夏美。彼女も恐らく分かって聞いている。大槌には有用なスキルがないのだから、土竜叩きは選択肢に入らないのだと。
「それじゃ、あと一個は? もしかして誓いのチョーカーを持っていくの?」
NPCからもらった誓いのチョーカーは効果を引き継げる。夏美はアルカナⅡでも諒太がロークアットを攻略するのではと考えているようだ。
「いや、誓いのチョーカーは持っていかない。俺の魅力値はぶっ壊れてるから心配無用だし」
「リョウちんのステで決まってんのは不幸だけだって! 流石にアルカナⅠの魅力値みたいなことにはなんないと思うけど?」
確かにと諒太。かといって、ロークアットとの約束は来世の話だ。現状は一介の男子高校生であり、今は水無月諒太として人生を歩んでいくしかないと考えている。
「それで二つ目だが、俺は聖王国のプラチナカードを持っていくつもりだ……」
諒太は悩んだ結果、王者の盾とプラチナカードを持っていくことにした。残金が適応されるか分からなかったけれど、何かしらの要職に就けるはずだと。
「おお、その手があったか! あたしも聖王騎士団長のままがいいし、プラチナカードを持っていこう!」
即座に考えを改める夏美。幼い頃から彼女は何も変わっていなかった。
「ねぇ、リョウちん……」
ここで夏美が話題を変える。悪戯な笑みを浮かべながら、諒太に視線を合わせた。
「結婚しようよ!」
いきなりすぎる話に諒太は咳き込んでいる。唐突に何を口走るやらと思うも、彼女がいうところの結婚はアルカナの世界に違いない。
「今思いついたんだろ? まあでも、お前は顔出しでプレイするから、結婚しておくのは悪くないな」
「そゆこと! あたしって超絶美少女天使じゃん!? だからよ!」
何がだからだよと諒太。しかしながら、諒太としても面白そうだと思う。彩葉やチカの子供を見ていると、育成してみたくなっていた。
「絶対の絶対だからね! ローアちゃんにもらった誓いのチョーカーは移行しちゃ駄目だよ!」
「わぁってるって。俺は水無月諒太なんだから……」
夏美には諒太の返答を理解できなかったことだろう。
諒太はもう勇者ではない。魅力値が異様に高く、力だけでなく魔力にまで秀でた第二の勇者ではないのだ。異世界を救う使命も王女殿下との約束も水無月諒太の人生には存在しなかった。
「ナツ、次の人生は予約済みなんだか、生憎と水無月諒太はフリーだから安心しろ」
「リョウちん、年齢イコールのくせして、モテるみたいにいわない方が良いよ?」
「馬鹿め。俺は特定のところではモテモテなんだよ。ま、それは中二病を患ったような世界だけどな……」
晴れ渡った空を見上げて、諒太は笑みを浮かべている。
もう完全に吹っ切れた。自身が何者であるのか。何者であったかどうかなど、現在では何の意味も持たず、自分はどこまでも水無月諒太であるのだと。
二人はいつもの交差点で別れる。それこそ長話しているような暇はない。
「じゃあリョウちん、聖王国で会おう! 妻をあまり待たせるでないぞ?」
「タルトロールはやめろ。まあでも、俺はマジで楽しみなんだ。またナツとプレイできるのがさ……」
青信号になったというのに、夏美は自転車を漕ぎ出せない。諒太が妙な話をするものだから……。
「何それ? 二ヶ月間ずっとしてたじゃん?」
小首を傾げる夏美に諒太は小さく笑う。
説明したとして無駄だ。ロークアットに世界の真理を教えるよりも、ずっと高難度である。異世界の話をしたとして、馬鹿にされるのがオチなのだ。
「ま、気にすんな。中学時代を思い出してしまっただけだ……」
体の良い嘘であったが、中学時代の話を持ち出されては夏美も頷くしかない。それこそ別れの言葉すら夏美はかけられなかったのだ。
「リョウちん、前もいったけど、ずっと一緒にゲームしよう! 十年経っても二十年経っても、百年経っても!」
「俺はエルフでもドワーフでもねぇぞ?」
「んなことは分かってるけど、ずっと一緒にいようよ!」
よく分からない告白のようにも感じられる。だが、夏美らしいと諒太は思った。
彼女が側にいる生活は水無月諒太の人生において必要なもの。彼女が欠けていた三年間があるからこそ、余計にそう思う。
「なら手始めにアルカナの世界で甲斐甲斐しくしてみせろ」
「よおし、あたしができる女だってことを思い知らせてやる!」
何だか勝負事になってしまうが、二人にとってはこれが通常運転である。近すぎず遠すぎずの関係を続けていけばいい。
「とりあえずはアルカナⅡもよろしくな?」
「うん! 三つ指ついて待っててあげるよ!」
二人はここで各々が家へと向かう。既にダウンロードは終わっているはず。直ぐさまゲームを始められる状態である。
帰宅するや、諒太は真っ先に自室へと飛び込み、クレセントムーンの状態を確認していた。
「よっしゃ、ダウンロード終わってんじゃん!」
直ぐさまヘッドセットを被る。移行設定をしてから、諒太はアルカナⅡを起動。
この度は所属だけでなく人種まで選ぶことができる。間違えないように選択し、いよいよスキャンが始まった。
待っている時間がもどかしい。諒太はこのリスタートが楽しみで仕方なかった。急な嵐が起きることもなく、今度ばかりはまともにプレイできるはずだと。
キャラメイクが終わると待望のログイン。以前にあった気持ち悪さはなく、ただ普通にゲームが始まっていた。
この度もセイクリッドサーバーである。従ってオープニングは女神の話を聞くことになった。再びセイクリッド世界が危機に瀕していること。勇者の血を引く自分たちには世界を救う使命があるのだと。
諒太は割と感動していた。自身もよく知るセイクリッド世界。完全なゲームとなってしまったけれど、セイクリッド神の声はどうしてか諒太の記憶にあるままだった。
最後にセイクリッド神は口にしている。
冒険の始まりに相応しい、お決まりとなったあの台詞を……。
大いなる旅路に幸あらんことを――――――――。
☆☆ FIN ☆☆
気が付くと諒太はベッドに横たわっていた。視界にはどうしてか運命のアルカナのタイトル画面が表示されている。いつもであれば、召喚陣が目に入っていたはずなのに。
慌てて飛び起きる諒太。しかし、次の瞬間には安堵している。
右手に握られていたのだ。ロークアットから貰った誓いのチョーカーが……。
「マジか……」
振り向くとクレセントムーンに召喚陣は浮かび上がっていない。
本当に召喚陣が消失していたのだ。セイクリッド神は諒太の願いを叶えている。
「んん?」
諒太は気付く。誓いのチョーカーに目をやっただけであるが、視界に入ったのは余計なものである。
「リナンシーの加護……」
世界間の繋がりが消えた今、飛び出してくることはないだろうが不吉に思えて仕方がない。神に匹敵する力を持つ妖精女王は世界線を越えていた。
「あいつ俺の魂を喰うとか話してたけど、俺は転生できんのか?」
今になって不安を覚えている。もし仮にリナンシーが魂を食べてしまえば、諒太は転生できなくなるかもしれない。
「ま、あいつよりセイクリッド神の方が格上だろ。残念だったな、リナンシー」
残念妖精の悔しそうな顔が思い浮かぶ。是非とも会って弄り倒したい。まだ死ぬつもりはなかったけれど、諒太はこの人生の終わりにも期待してしまう。
アルカナにログインする気にもなれず、諒太はそのまま眠ることにした。明日からまた学校が始まるのだ。月曜日という億劫に感じる一週間の始まり。新しい人生の如く、諒太は勉学にも力を入れようと思う。
夢を見ることすらなく、諒太は朝まで眠り続けるのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二週間が過ぎていた。今日は六月一日。待ちに待ったアルカナⅡの発売日である。
既に諒太は支払いを終えており、予約ダウンロードを済ませていた。家に帰れば、即座にログインする予定である。
今日も今日とて夏美と下校中。やはり話題はアルカナⅡが中心である。
「それでナツ、キャラメイクが終わったら連絡をくれ。お前と同じジョブじゃつまらんからな……」
「あいよ。それでリョウちんは何をアルカナⅡに持っていくの?」
聞けば夏美はブレイブシールドとドラゴンスレイヤーを持っていくらしい。武器を持っていくのは割と賭けであったけれど、夏美はアルカナⅡのステータスも同じ脳筋戦士だと信じているようだ。
「俺も王者の盾は持っていくつもりだ。後衛専門だったとしても、盾があると安心できるからな……」
「じゃあ、土竜叩きは置いていくんだ?」
「不遇装備だぞ? 低レベル時から使う武器じゃねぇな……」
アハハと笑う夏美。彼女も恐らく分かって聞いている。大槌には有用なスキルがないのだから、土竜叩きは選択肢に入らないのだと。
「それじゃ、あと一個は? もしかして誓いのチョーカーを持っていくの?」
NPCからもらった誓いのチョーカーは効果を引き継げる。夏美はアルカナⅡでも諒太がロークアットを攻略するのではと考えているようだ。
「いや、誓いのチョーカーは持っていかない。俺の魅力値はぶっ壊れてるから心配無用だし」
「リョウちんのステで決まってんのは不幸だけだって! 流石にアルカナⅠの魅力値みたいなことにはなんないと思うけど?」
確かにと諒太。かといって、ロークアットとの約束は来世の話だ。現状は一介の男子高校生であり、今は水無月諒太として人生を歩んでいくしかないと考えている。
「それで二つ目だが、俺は聖王国のプラチナカードを持っていくつもりだ……」
諒太は悩んだ結果、王者の盾とプラチナカードを持っていくことにした。残金が適応されるか分からなかったけれど、何かしらの要職に就けるはずだと。
「おお、その手があったか! あたしも聖王騎士団長のままがいいし、プラチナカードを持っていこう!」
即座に考えを改める夏美。幼い頃から彼女は何も変わっていなかった。
「ねぇ、リョウちん……」
ここで夏美が話題を変える。悪戯な笑みを浮かべながら、諒太に視線を合わせた。
「結婚しようよ!」
いきなりすぎる話に諒太は咳き込んでいる。唐突に何を口走るやらと思うも、彼女がいうところの結婚はアルカナの世界に違いない。
「今思いついたんだろ? まあでも、お前は顔出しでプレイするから、結婚しておくのは悪くないな」
「そゆこと! あたしって超絶美少女天使じゃん!? だからよ!」
何がだからだよと諒太。しかしながら、諒太としても面白そうだと思う。彩葉やチカの子供を見ていると、育成してみたくなっていた。
「絶対の絶対だからね! ローアちゃんにもらった誓いのチョーカーは移行しちゃ駄目だよ!」
「わぁってるって。俺は水無月諒太なんだから……」
夏美には諒太の返答を理解できなかったことだろう。
諒太はもう勇者ではない。魅力値が異様に高く、力だけでなく魔力にまで秀でた第二の勇者ではないのだ。異世界を救う使命も王女殿下との約束も水無月諒太の人生には存在しなかった。
「ナツ、次の人生は予約済みなんだか、生憎と水無月諒太はフリーだから安心しろ」
「リョウちん、年齢イコールのくせして、モテるみたいにいわない方が良いよ?」
「馬鹿め。俺は特定のところではモテモテなんだよ。ま、それは中二病を患ったような世界だけどな……」
晴れ渡った空を見上げて、諒太は笑みを浮かべている。
もう完全に吹っ切れた。自身が何者であるのか。何者であったかどうかなど、現在では何の意味も持たず、自分はどこまでも水無月諒太であるのだと。
二人はいつもの交差点で別れる。それこそ長話しているような暇はない。
「じゃあリョウちん、聖王国で会おう! 妻をあまり待たせるでないぞ?」
「タルトロールはやめろ。まあでも、俺はマジで楽しみなんだ。またナツとプレイできるのがさ……」
青信号になったというのに、夏美は自転車を漕ぎ出せない。諒太が妙な話をするものだから……。
「何それ? 二ヶ月間ずっとしてたじゃん?」
小首を傾げる夏美に諒太は小さく笑う。
説明したとして無駄だ。ロークアットに世界の真理を教えるよりも、ずっと高難度である。異世界の話をしたとして、馬鹿にされるのがオチなのだ。
「ま、気にすんな。中学時代を思い出してしまっただけだ……」
体の良い嘘であったが、中学時代の話を持ち出されては夏美も頷くしかない。それこそ別れの言葉すら夏美はかけられなかったのだ。
「リョウちん、前もいったけど、ずっと一緒にゲームしよう! 十年経っても二十年経っても、百年経っても!」
「俺はエルフでもドワーフでもねぇぞ?」
「んなことは分かってるけど、ずっと一緒にいようよ!」
よく分からない告白のようにも感じられる。だが、夏美らしいと諒太は思った。
彼女が側にいる生活は水無月諒太の人生において必要なもの。彼女が欠けていた三年間があるからこそ、余計にそう思う。
「なら手始めにアルカナの世界で甲斐甲斐しくしてみせろ」
「よおし、あたしができる女だってことを思い知らせてやる!」
何だか勝負事になってしまうが、二人にとってはこれが通常運転である。近すぎず遠すぎずの関係を続けていけばいい。
「とりあえずはアルカナⅡもよろしくな?」
「うん! 三つ指ついて待っててあげるよ!」
二人はここで各々が家へと向かう。既にダウンロードは終わっているはず。直ぐさまゲームを始められる状態である。
帰宅するや、諒太は真っ先に自室へと飛び込み、クレセントムーンの状態を確認していた。
「よっしゃ、ダウンロード終わってんじゃん!」
直ぐさまヘッドセットを被る。移行設定をしてから、諒太はアルカナⅡを起動。
この度は所属だけでなく人種まで選ぶことができる。間違えないように選択し、いよいよスキャンが始まった。
待っている時間がもどかしい。諒太はこのリスタートが楽しみで仕方なかった。急な嵐が起きることもなく、今度ばかりはまともにプレイできるはずだと。
キャラメイクが終わると待望のログイン。以前にあった気持ち悪さはなく、ただ普通にゲームが始まっていた。
この度もセイクリッドサーバーである。従ってオープニングは女神の話を聞くことになった。再びセイクリッド世界が危機に瀕していること。勇者の血を引く自分たちには世界を救う使命があるのだと。
諒太は割と感動していた。自身もよく知るセイクリッド世界。完全なゲームとなってしまったけれど、セイクリッド神の声はどうしてか諒太の記憶にあるままだった。
最後にセイクリッド神は口にしている。
冒険の始まりに相応しい、お決まりとなったあの台詞を……。
大いなる旅路に幸あらんことを――――――――。
☆☆ FIN ☆☆
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本作はこれにて完結です!
最後まで応援いただきありがとうございました。
のちほど、あとがきを更新させていただきます。
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★評価いただけますと嬉しいです。m(_ _)m
のちほど、あとがきを更新いたします。