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決戦 ①

 諒太がダリヤ山脈の頂上に現れるや、エリアチャットに声が溢れた。


『第二の勇者、キター!』

『おお! リョウさん、鎧新調してる!』

『主役じゃん!』

 やはり諒太はアルカナの世界に認知されている。セイクリッド世界での功績は全て同質化されていると考えて差し支えないだろう。飛び交うチャットはそれを明らかとしていた。


「リョウちん!」

「悪い、遅れた……」

 既にタルトの指示で、プレイヤーたちは戦闘エリアを分割していた。概ね所属ごととなっており、旅団級の三部隊が編成されている。


 しかし、全員が気付いていた。二人目の勇者が現れたこと。妖精の加護を持つ勇者リョウがようやく登場したことを。


 これ以上に注目を浴びるのは想定していない。しかし、不意に右手の痣が疼き、喚んでもいないというのに彼女が現れてしまう。


「じゃじゃーん! 皆の者、静まるのじゃ! 婿殿がやって来たからには暗黒竜など敵ではない!」

 頼んでもいない盛り上げ役を買って出る。諒太は主役になるつもりなどなかったけれど、意図せずリナンシーによって更なる注目を浴びていた。


『婿殿、頑張れ!』

『婿殿! 頼むぞ!』

『むーこーどーのー!!』


 セイクリッド世界では誰も覚えていなかったというのに、アルカナの世界では周知されている模様。少なくともからかわれるくらいには……。


 諒太はリナンシーを放置しつつ、タルトの側へとワイバーンを向かわせる。

「勇者リョウ、我らもレベルマになったぞ! 今宵は存分に楽しもうじゃないか!」

「ああ、ルイナーには悪いが、圧倒しようぜ……」

 タルトの声かけに諒太は強気な発言を返す。楽しむ余裕なんてなかったけれど、目指す結果は同じである。


「リョウ、今日は魔法メインか?」

 続いてアアアア。諒太は打撃と魔法の両方を操る。従って戦法を彼は尋ねていた。


「時と場合によるな。基本は前衛で行くけど、魔法も撃つよ」

 アタッカーは夏美だけだ。よって諒太はどちらかと言えば夏美の援護に回る。魔法は態勢によって使う感じであった。


「リョウ君、遅れて来たんやから、しっかり働くんよ!」

「悪い! チカさん、回復よろしく!」

 チカもまた諒太に声をかけてくれる。ミーナとは違って天然な彼女だが、チカの支援魔法はどこに出しても間違いなく一流であった。


「リョウちん君、私もレベルマになったよ!」

「見た見た! なかなか頑張ったじゃないか?」

 最後は彩葉だ。遅れてきた勇者を全員が受け入れている。圧倒的な二刀流。武器と魔法を使いこなす彼を信頼しているようだ。


「それでナツ、精霊石余ってないか?」

 ここで諒太は夏美に問う。ロークアットの創作本では復活していたのだ。よって夏美が精霊石を二個以上持っていると考えている。


「ああ、リョウちん持ってないんだっけ。いいよ、あたしのをあげる!」

 やはり夏美は予備の精霊石を持っているらしい。ワイバーンを彼女の隣に付けて、諒太はそれを受け取った。


「ミノタウロスマラソンしたのか?」

「いやいや、あたしは劣化精霊石で十分だし! 元々、その精霊石はリョウちんのだもん!」


 劣化精霊石は効果を発揮する確率が半々。しかし、夏美はその確率で十分だと話す。

「あたしは豪運のラッキーエンジェルだからさ!」

「マジかよ。まあサンキューな!」

 セイクリッド世界では認められない話だが、ここはアルカナのゲーム世界だ。諒太は失われる可能性があるけれど、夏美は完全なゲームキャラクターである。諒太は可能性と実用性を考慮して、夏美の好意に甘えておくことにした。


「それでタルト、少し話がある……」

 まだイベント前である。諒太は懸念事項を話しておくことに。

 未来ではタルトが死に戻ることになっているのだ。注意喚起しておく必要がある。


「勇者リョウ、この期に及んでなんだ?」

「後半になってルイナーが大きく咆吼したあと。その攻撃は防御するな。恐らくスキルをも貫いてくるはず……」

 タルトならば完璧なタイミングでスキルを実行したと思う。しかしながら、歴史においてタルトは失われたのだ。従って防御は意味をなさないのだと考えられた。


「時戻りの石はあるけど、できたら回避して欲しい」

「どうしてそう考えるのか分からんが、勇者リョウがそう言うのなら回避してみよう。幸いにも機動力のあるワイバーンであるのだからな」

 意外にも諒太の提案は容易に受け入れられた。これにより諒太が懸念していた事態は避けられそうである。


「頼む。盾役が犠牲になるなんて望んでいない。仮に失われたとすれば、俺は時戻りの石を使う。全体に迷惑がかかっても、俺は仲間を失いたくない。十秒内に指示を出すから」

 時戻りの石は三度まで使用できる。しかし、効果が十秒と短く、有能そうで実は無能とされるアイテムだった。またイベントで使用すると非難を受ける可能性がある。全員に通知が届くけれど、巻き戻ることで失われる者が少なからず現れるからだ。よって時戻りの石は積極的にドロップを狙うアイテムではない。


「勇者リョウは何を望む?」

 タルトが聞いた。死に戻りを異様なほど気にする諒太がゲームクリア以外に何を期待しているのかと。


 流石に未来を知っているとはいえない諒太。少し考えたあと、タルトへと返答している。

「言ったはずだ。俺はマヌカハニー戦闘狂旗団の全員でエンディングを迎えたい。他の誰が死に戻ったとして、知ったこっちゃねぇ。俺はクラン員の生存だけを望む。だから時戻りの石の使用に躊躇しない。たとえプレイヤー全員を敵に回したとしても……」


 諒太は決意を語っている。誰一人欠けてはならないのだと。歴史に深く刻まれた五人だけは絶対に死なせたくない。諒太が知るあの世界をハッピーエンドに導くため……。


「勇者リョウ、我とて同じ想いだ。しかし、我はリーダーとして、汚れ役をクラン員に強いるような真似はせぬ。ここは叩かれ慣れておる我に任せておけ!」


 諒太の真意を理解したようなタルト。何を思ったのか、彼はエリアチャットにて集まった全員に話しかけている。


「我はタルト! 皆の者、よくぞエントリーしてくれた。我らマヌカハニー戦闘狂旗団は全員がレベルマとなっている。此度の戦闘でも基本的に我らが真正面を受け持つ。従って我らは一人も欠けぬように戦う必要があるのだ!」


 演説のような話。プレイヤーたちは耳を澄ませて彼の話を聞いている。マヌカハニー戦闘狂旗団のリーダーであるタルトは過去の愚行よりも、現在の戦果によって支持を得られていた。


 迷子イベントを完走したのは全サーバーで見ても彼らだけであり、真っ先にサンセットヒルを攻略したのだってマヌカハニー戦闘狂旗団である。サーバーの顔であるクランリーダーのタルトは過去の汚名を返上していた。


「勇者リョウが時戻りの石を持っている。誰かが失われたとき、我らはそれを躊躇なく使う。誰が欠けたとしても、大幅な戦力ダウンなのだ。確実にルイナーを討伐するため、我らの我が侭を許してくれ。使用限度は三回。使用後は警告が出た三秒後に巻き戻る。効果は十秒であるが、実質十三秒巻き戻るので注意しろ。巻き戻ったあとは全力でルイナーから離れるように」


 タルトは時戻りの石の効果について伝えていく。また使用の正当化を無理矢理にこじつけていた。

 一瞬のあと、拍手が巻き起こっていた。演説を終えたタルトに。この反応は言わずもがな作戦の是認であった。


「諸君、恩に着る。できれば集った全員で祝勝会をしたいものだな!」

 最後までロールで押し切っている。しかも、好意的な反応をタルトは得ていた。マヌカハニー戦闘狂旗団あっての討伐イベント。本来なら否定的な文句が並びそうな場面を一変させている。


 諒太は呆気にとられていた。見事に言いくるめてしまうタルトに。事前に伝えるなんて考えもしていなかったのだ。


「すまん、タルト……」

「ふはは、リーダーを頼れ! 勇者はその使命を全うするだけでよい! 余計なものは全て我が背負ってやろう!」

 本当にカリスマ性があると思う。伊達にβテストから廃人プレイヤーたちを引き連れてきたわけではない。


「じゃあ、頼むよ。マヌカハニー戦闘狂旗団の全員でエンディングを迎えるのが最大目標だ。絶対に死に戻らせはしない……」

 鬼気迫る諒太の決意をタルトは感じていた。誰よりもレベリングに精を出した勇者リョウ。それを間近に見ていたタルトには彼が本気なのだと分かる。ゲームを楽しむというより、追い込まれている感さえあったからだ。


「我が団員たちよ。最後の指示である。大司教チカはステ管理専念。死人が出た場合のみ自由を許す。リサシテイションが間に合うようなら、直ちに声を張れ。でなければ勇者リョウが巻き戻してしまう」

「了解なんよ! スクロールはずっと出しとくんよ!」

 失われてから5秒以内であれば、チカのリサシテイションにて復帰可能。レベリング中も使う場面がなかった彼女の魔法はまだレベル1であり、無詠唱にはほど遠い。従って蘇生可能と判断した場合は直ぐさま声を上げろとの指示であった。


「大魔導士アアアア、それに大魔導士イロハ。今宵は見せ場だ。同士討ち判定がないこの戦いにおいて、汝らの無双を想像するのは容易い。伝説級の魔法を心ゆくまで撃ち抜いてやれい」

「おっしゃ、昂ぶってきたな! 気にせず撃ちまくれるのは楽でいい!」

「私も今回ばかりは目立たせてもらうよ! 絶対零度のアブソリュートアイスキャノンを撃ちまくるからね!」


 魔道士たちには攻撃を指示。ルイナー以外に攻撃判定がないイベントなのだ。Aランク魔法よりもSランク魔法を撃ち続けろと命令している。


「勇者ナツ、貴様は必ず死角から攻撃せよ。勇者が失われては討伐などあり得ぬ。やむを得ず正面から入る場合は必ず我の後ろにつけろ。難しいことは言わん。無茶だけはするな」

「りょ! あたしだって死に戻るつもりはないよ! みんなの期待に応えるだけ!」

 最後まで夏美はあまり信用されていない。だが、タルトは細かな指示をするつもりがなかった。自由に動いてこそ彼女の実力が発揮されると言わんばかりに。


「最後に勇者リョウ、貴様には何の心配もしておらぬ。暗黒竜討伐に全力を尽くすがいい。その上で我に見せてみよ。己が秘めたる目的を成し遂げてみせよ……」

 どうやらタルトは諒太が何かしらの目的を持っているのだと察しているらしい。

 諒太は頷いている。流石に三百年後を気にしているなんて言えるはずもなく、無論のこと彼には分からなかっただろうが、気遣いは嬉しく思う。


「ああ、分かった……」

 だからこそ、強気に返す。諒太は信念のままに返答していた。


「運命をねじ曲げてやんよ――――――」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 配置についたセイクリッドサーバーのプレイヤーたち。ダリヤ山脈の火口をグルリと取り囲んだ様は圧巻であった。

 所属ごとにリーダーを配置し、適切な攻撃を繰り出す。事前の話し合いでは無茶をしないことが確認されている。運営のクリア基準を遥かに超えているのだ。全員がミスなく動くだけで討伐できると考えられていた。


『これよりルイナー討伐作戦を開始いたします』


 遂にカウントダウンが終了し、いよいよルイナーが目覚めることに。

 やはりプレイヤーたちは緊張している。誰も声を発することなく、飛び立つルイナーを静かに待っていた。


 他のサーバーに所属するプレイヤーたちは概ね配信映像を見ているだけであったが、セイクリッドサーバーならば楽勝だろうと誰しもが考えている。今後に繋がる華麗なプレイが見られるだろうと楽観視していた。


 ところが、

『何だこれ!?』

『どうなってんだ!?』

 一様にざわつく。なぜなら火口から浮上してきたルイナーが想像と違っていたから。

 バッサバッサと双翼を羽ばたかせながらプレイヤーたちの前に現れたのはイベントで見たルイナーと異なっていたのだ。


【暗黒竜ルイナー】

【Lv140α】


 明らかにおかしな点があった。名前も姿も以前のイベントと変わりなかったけれど、公開された情報映像とは明らかに違うものがある。


 どうしてか亜種を指すαがレベル横に表示されていた。プレイヤーたちは全員が事前の配信映像を見ている。だからこそ、たった一点だけが気になり、戸惑いの声を上げてしまう。


「静まれ! 何も臆することはない! 寧ろ強敵であることを喜ぶのだ! 我らは暗黒竜を討伐するだけである!」

 浮き足立つプレイヤーにタルトが声を張る。まだ戦いすら始まっていないのだ。ゆっくりと浮上するルイナーを眺めているだけ。戦うよりも前に萎縮してはならないのだと。


 瞬時に威勢の良い声が返ってくる。一喝するようなタルトの声は再び戦う意欲を呼び起こしていた。


 予定していないルイナーのレベル。しかしながら、プレイヤーたちはこれより始まる戦いに期待している。タルトの言葉通りに、如何なる強敵であったとして倒すだけであると。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 運営部は騒然としていた。それはそのはずルイナー討伐イベントにおいてイレギュラーが発生してしまったからだ。


「大村君、どういうこと!? どうしてルイナーに亜種が設定されているの!?」

 敷嶋が声を荒らげている。やはり現れたルイナーは亜種であるらしい。


「ちょ、調査中です! おい、どうなっているんだ!?」

 満を持して迎えたはずの最終イベントはどうしてか予定にない事態へと発展している。

 運営としてもクリアしてもらいたかった。多くの注目を浴びる配信により、世界観を理解してもらおうとしていたのだ。アルカナⅡへの移行やアルカナⅠの新規プレイヤーの呼び込みまで。此度のイベントは販促的な側面を持っていたというのに。


「敷嶋さん、ルイナーに恒常モンスターの設定が適応されています!」

 大村が声を上げた。どうやら通常のモンスターと同じ割合で亜種が選択される状態となっていたらしい。


「0.1%をここで引いたの!? というか、どうしてそんな初歩的なバグが残っているのよ!?」

 敷嶋も声を荒らげている。アルカナⅡにとって重大なイベントなのだ。更なる注目は浴びるだろうけれど、運営の杜撰さが露わになるだけであった。


「すみせん。下請けは過密スケジュールで徹夜続きでしたから……。恐らく見落としたのだと思われます……」

 急なスケジュール進行であり、関係者は全員が夜を徹して作業していたのだ。上層部がアルカナⅡの発売を決定し、そこから逆算されたスケジュール管理となっていた。


「亜種のレベルはいくつなの? まさか最大値を引いたのではないでしょうね?」

「レベルは61です。大凡1.6倍は強くなっています。イベントをキャンセルしますか?」

 幸いにも始まったばかりだ。事情を説明すれば延期できなくはない。


「貴方ねぇ、今日のイベントのために時間を作った人も大勢いるのよ? 最大レベルを引いたならまだしも、彼らなら可能性はある。とりあえず、現在のデータをバックアップ。万が一の場合はお詫びとプレイデータの復帰をして謝罪するしかない」

「了解しました……」

 明らかに運営の失態なのだ。クリアとなれば盛り上げるけれど、全滅は流石に補償しなければならない。お詫びだけでなく、敷嶋は現状のデータへ復帰させることを指示している。


「最後まで振り回されてるわね。死神のアルカナでも引いたのかしら?」

 敷嶋が自虐的に自身が引いただろうタロットカードを口にすると、部下に指示を出し終えた大村が反応する。


「女帝のカードでは?」

「黙りなさい。まあ期待するしかないでしょうね。大成功を収めるにはルイナー亜種を討伐してもらわねばならない。彼らなら必ず引いているはず。皇帝、正義、戦車……」

 強いカードがセイクリッドサーバーにはある。これまでと同じように困難を乗り越えていくはずと敷嶋は疑わない。


「もしくは運命のアルカナを――――」



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