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セイクリッド世界で

 翌日、諒太はいつものように眠い目を擦りながら登校していた。もはや自然な光景とばかりに向かい側からやって来る幼馴染みに気付く。


「リョウちん、寝不足のまま自転車に乗ってたら危ないよ。気付けば異世界に飛ばされちゃうこともあるんだからね?」

 夏美の話は既に冗談となっている。昨日以前の彼女なら口にしないだろう話だ。


「ああ、そうだな。気を付けるよ……」

 もう夏美は召喚しない。アルカナでのルイナー討伐によりセイクリッド世界は危機から解放されるのだから。


「それでさ、昨日はあれからどこで何してたの? 最後見たときは聖王城だったけど」

「んん? 色々とな。ココさんに進捗を聞いたりしてたんだよ。聖王城は従魔を預けてるからな……」

 恐らくそれで間違っていないはずだ。諒太は知りうる内容から話を合わせている。


「ソラちゃんはカッコいいよね。全サーバーでリョウちんだけだよ。Sランクモンスターをテイムしてるなんて……」

 やはり諒太はソラをテイムしている。過程をどうやって処理したのか想像もできなかったけれど、アルカナの世界は諒太の従魔まで同質化していた。


「ああ、それでナツは大槌の秘伝書を持っていないか? スキルを覚えたいんだけど、まるで習得できないんだ」

 諒太は話を変えている。昨日の話で伝えられることは多くないのだ。だとすれば自身の疑問をぶつけようと思う。


「秘伝書はレアなのに持ってないよ。まあでも大槌なら売れ残ってるかもしれない」

 意外にも夏美は返答を持っていた。諒太としては話題が転換されれば良かったというのに。


「売れ残る? どこに売ってんだよ?」

 未だかつて秘伝書を売ってる店など見たことがない。仮に売り出されたのなら、行列必至である。


「あたしもよく分かんないんだけど、ネットの情報ではディストピアに売ってたりする。PKで勝利するとドロップ的にランダムでアイテムが手に入るからね」

「ディストピアってイビルワーカーの住み処だよな?」

 諒太は行った経験がない。夏美たちがイベント中に向かった先であるのは知っていたけれど、好き好んで向かう場所ではなかった。


「闇市ではたまにフェアリーティアも出るらしいね。基本は仲介人に依頼して買ってもらうんだけど、越後屋さんは総額で三百万したとか言ってた」

「吹っ掛けられてんな?」

「まあ、値段はしょうがないよ。で、大槌なら人気ないから売れ残ってる可能性が高い」

 確かに不遇装備だと聞いた。しかし、現状で諒太の武器は土竜叩きの一択である。歴史的にもそれ以外を使うつもりはない。


「じゃあ、行ってみっか」

「悪いけど、あたしたちはレベリングがまだだから。ま、リョウちんなら絡まれたとしてへーきだよ。ソロのレベルマ勇者に挑むとか補正で負けが確定するし」

 急ぐなら自分で行くべきだと夏美。しかし、大槌を装備しないで行くようにとも彼女は話している。必要だと知られてしまえば、それこそ青天井に吹っ掛けられてしまうのだと。


「了解。決戦までに何とかスキルレベルを上げとかないとな……」

「土曜が楽しみだね!」

 同じゲームをしている。諒太はようやく受け入れ始めていた。セイクリッド世界の話を少しも口にしないなんて、どうにも不思議な感じである。


 さりとて諒太は事前準備を怠るわけにはならない。学校から戻るや、ディストピアへと向かおうと思った……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 授業を終えた諒太はログインをし、早速とディストピアを目指すことにした。アルカナの世界でも構わなかったけれど、どうせ同質化しているのだ。面倒な聖域を通るよりもセイクリッド世界のディストピアで済まそうと考えている。


 エクシアーノでワイバーンを借りて、即座にセンフィスへと飛ぶ。確かカンデナ湖の向かい側にディストピアはあるはずだ。


 二十分ほどの空の旅。諒太は湖の畔に大規模な集落を発見していた。

 ワイバーンを地面へと降ろし、もう必要ないと伝える。飛び立つワイバーンを見送ってから、諒太はディストピアへと踏み込んでいく。


「おい、兄ちゃん。ここがどこだか分かってんのか?」

 早速と絡まれてしまう。まさか勇者が乗り込んでくるなんて考えていないのだろう。


「闇市はどこだ? 俺は客なんだが……」

「如何にも金持ってなさそうじゃねぇか。武器をここで手に入れるのなら三十万は必要だぞ?」

「あん? 俺は格闘もやるんだよ。いいからそこを退け……」

 面倒臭くなった諒太は強引に入ろうとする。入り口にいた盗賊はレベル20の初心者クラスだ。間違っても負けるはずがなかった。


「待てよ、いい度胸じゃねぇか?」

 男が口笛を吹くと、盗賊たちが集まりだした。しかし、軒並みレベルは10前後であり、下手をすれば軽く殴っただけで殺めてしまいそうだ。


「とりあえず攻撃を受けてからだな。イビルワーカー以外が紛れているとマズいし……」

「何をぶつくさ言ってる? 有り金置いていけぇぇっ!」

 リーダーらしき盗賊の指示で全員が襲いかかってきた。盾で受け止める必要もなかったけれど、攻撃されたことを明確にするため一応は盾で防いでいる。


 間違ってもカウンター判定となってはならない。諒太は十分な間合いを置いてから一人ずつ拳を当てていく。軽く触れるような感じで。


「よっしゃ、いける!」

 レベル10が死なないのなら、レベル20の盗賊が死ぬはずもない。諒太は一瞬にして襲いかかった盗賊を返り討ちにしていた。


 瞬く間に十人を気絶させた諒太。遠巻きに見ていた盗賊に睨みを利かせながらディストピアへと入っていく。


「逃げるな。闇市はどこだ?」

 諒太は盗賊に闇市の場所を聞く。しかし、怯えた盗賊は口を動かすだけで声を発することができないようだ。


【ダイン】

【盗賊・Lv12】


 泣き出しそうな盗賊には覚えがあった。確かセイレーンに魅了を受けていた盗賊。そういえば、諒太が助けたあのときはディストピアの方へと走り去っていた。


「お、お助けください……」

 しかしながら、ダインは諒太のことを覚えていないらしい。三百年が経過した現在。人族が勇者の顔を知っているとは思えない。


「別に俺はお前たちを捕まえに来たわけじゃない。闇市に面白いものでもないかと思ってな……」

「そうでしたか! どうぞこちらへ!」

 やはり見せしめに全滅させたのは効果があった。ダインは言われるがまま諒太を案内している。


 連れて行かれたのは集落の端。露店のようなものが建ち並んでいた。

「ちょうど、第一クランの方々が戻られたところです。兄貴の目に叶うものがあるといいんすけど……」

 第一クランと言われてもピンとこなかったけれど、文脈からディストピアで幅を利かせているパーティーのようなものであろう。


「一通り見させてもらう。それで吹っ掛けるのはなしだぞ? 俺はお前たちを全滅させても構わんのだからな……」

「もちろんでさ! クルーズの兄貴を素手でのされてしまう方に吹っ掛けるなど……」

 ダインに値段の決定権がないのは明らかだが、釘を刺しておくのは悪くないはずだ。


「おいダイン! そいつは誰だ? 一見を中に入れるなと言っただろう?」

「ユーリの兄貴! この方は滅茶苦茶強ぇんでさ! 逆らわない方が……」

 やはりダインに交渉など無理であるようだ。諒太は嘆息しつつも、ファイアーストームを二十個作ってみせる。


「おい、そこのクソ盗賊。死にたくなければ商品を見せろ。俺は別に奪いに来たわけでも、皆殺しに来たわけでもない。お前らが全滅を望むなら、そのようにしてやるけどな?」

 言って諒太は見せしめとして、闇市の置くにある岩山へとファイアーストームを撃ち放つ。二階建ての家ほどもあった岩山だが、諒太の魔法威力に呆気なく吹き飛んでいる。


「お、おお……。無詠唱魔法だと……?」

「もう一度聞く。お前たちを焼き尽くしてから戦利品として全て没収したって構わん。しかし、俺は買ってやると言っている。意味は分かるな?」

 凄みを利かせた諒太にユーリという大盗賊は何度も大袈裟に頷く。彼自身はレベル50というなかなかの強者であったけれど、ステータスはフレアと同じようにまるで伸びていない。


「何でも見ていってくだせぇ! おら、お前ら先ほど奪ってきた商品も見てもらうぞ!」

 圧倒的火力を目の当たりにしては逆らえない。諒太は瞬く間にディストピアを制圧していた。


 ズラリと並べられた商品。恐らくは盗品であろうが、購入は可能である。犯罪履歴と引き換えに所有権は盗賊に移譲されており、諒太はただの客でしかない。


「やっぱ長剣とか多いな」

「はい、やはり人気っすからね。我々も吟味して荷馬車を襲っております!」

 具体的に聞きたくない話だが、実際に諒太は盗賊団に出くわしたことがある。彼らがどのような悪行をして手に入れたのかは理解していた。


「俺はお前たちをぶっ殺すべきかな?」

「はぇぇ!? 旦那、お気に召しませんでしたか!?」

 思い出しただけで殺意を覚えていた。思わず呟いた声にユーリが反応している。


 アーシェの件を思い出せば、皆殺しにしても構わないと思う。しかしながら、無抵抗な盗賊まで懲らしめるような正義感は既に消え失せている。


「市場価格で三十万以上の商品だけを集めろ。お前らの吹っ掛けた値段じゃないぞ? 値の張る物を見せろ」

 苛立ちをぶつけるように命令をする。相手をしていると、気持ちが抑えきれなくなりそうな気がして。


 直ちに商品が集められた。全員が従順な部下のよう。諒太の前にズラリと並べられている。

 アイテムは種別ごとに分けられ、武器、鎧、盾の隣に貴金属などがあった。

 もう既に目的を誤魔化す必要はないと、諒太はスクロールなどが並んだ場所へと行く。三十万以上と指定しただけあって、なかなかの品揃えであった。


「フレイムキャノン……」

 何とAランク魔法のスクロールがあった。お目当てとは異なるけれど、Aランク魔法は以前から入手したいと考えていたものである。

 スクロールを床に置き、諒太は隣にある巻物を手に取っていた。


【バーニングクラッシャー】

【大槌スキル】

【レアリティ】★★★★

【効果】通常攻撃の1.3倍ダメージ

【追加効果】火属性付与(火属性値の10%を追加ダメージ)


 夏美に聞いたローリングアタックとは違ったけれど、このスキルで十分だと思う。不遇武器とされているから、技の速さには期待できないけれど、1.3倍に加え属性付与があるのならば希望通りである。


「おい、これとフレイムキャノンのスクロールをくれ。幾らだ?」

 再び凄みを見せる諒太。吹っ掛けるなといったけれど、ここに並んだ商品は全て市場価格で三十万以上する。諒太の残金である七十万ナールで足りるのか分からない。


「旦那、見逃してくれるのならタダでもいい!」

「いや、一応は金を払う。十万でいいか?」

 対価を払わねば悪落ちする可能性がある。ユーリが構わないといっているのだから問題はないと思うも、諒太はパーソナルカードを提示した。


「はわわっ!? 聖王国のプラチナカード!? こんなもん持ってるなら、強えはずだ……」

 改変を受けた世界で有効かどうか分からなかったけれど、現金は全てプールされているのだ。もし仮に使えなければ、ユーリが話すようにタダでもらうしかない。


「確かに十万引き落としたぜ! 旦那、ありがとよ!」

「ああ、俺も良い買い物ができた。盗賊行為はして欲しくないが、お前たちは盗賊だからな……。盗むまでは許容してやる。だが、罪もない人を殺さないと約束しろ……」

 盗賊である以上は悪事を働くだろう。それは明らかであったけれど、諒太は咎めないことにした。ここで彼らを殲滅したとして、悪落ちする人間を全て倒すなんて不可能なのだから。


「へぇ! あっしらは盗むだけにしやす!」

 どうにも信憑性に欠ける返答であるが、ここはユーリを信じることに。

 何はともあれ、スクロールと秘伝書を手に入れたのだ。残すはココが仕上げる鎧だけ。着々と決戦への準備が整っていく。


 諒太はリバレーションを唱え、聖王城へと飛んでいく。預けたというやきとりを連れて超ハピル狩りをするためだ。


 できる限り決戦までにスキルレベルを上げる。必ずやタルトを守り、ルイナーを討伐しなければならないのだから……。

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