異なる三百年
晩餐は諒太もよく知る部屋であった。長いテーブルにセシリィ女王とロークアット、それに諒太の三人だけである。
「リョウ様がご存命とは思いもしませんでした。記憶のままで驚いています」
セシリィ女王は諒太に礼をしたあと、そう言った。
かつての関係ではない。諒太は呼び捨てにされており、彼女が敬称をつけるのは夏美だけであったはず。
やはり歴史は変わっている。諒太は過去の偉人であって、彼女にとって救世主であるだけのよう。
「まあ俺は特別でして、今も昔も容姿はそのままだと思います。簡単にいえば、俺は時間軸を行き来できる。ちょっとした問題があって、三百年後に来ているのです」
もう歴史を正そうとは思わない。別に状況が悪化したわけではなかったから、受け入れるだけである。大多数が諒太を忘れていようとも、覚えていてくれる人だっているのだから。
「ならば、どのような用事で来られたのでしょう?」
「大した意味合いはありませんが、ソラの様子と聖域に用事がありましてね……」
三百年前のルイナーを討伐するだなんて面倒な話はやめた。聖域に用事があると話した方が、建設的であるように思う。
「それで女王陛下にお願いがあります。実は先ほど聖域で問題がありまして、正教会に話をつけてもらいたいのです。俺の身分証明というか……」
「ああ、なるほど。正教会にはエルフも多く在籍しておりますが、僧兵は概ね人族ですからね。勇者様が再び現れるなんて考えもしていないでしょう」
了解しましたとセシリィ女王。どうにも対応に違和感を覚えてしまうが、彼女はマヌカハニー戦闘狂旗団のメンバーに敬意を払っているのだろう。
「リョウ様、つかぬ事をお伺いしますが、マヌカハニー戦闘狂旗団のクラン員であった皆様はご健在なのでしょうか? ナツ様には世話になりましたし、彼女がどうされているのか気になります……」
「ああ、先日撮ったスクリーンショットならありますよ?」
言って諒太はセシリィ女王にスクショを見せた。夏美の思いつきで撮ったものであるが、割と重宝している。語るよりも手っ取り早いのだから。
「おお、これはまさしくナツ様とイロハ様! まるでお変わりないようで安心しました」
「まあ、相変わらずです。かといって、彼女たちはもうこの世界には転移できません」
呼んでくれと頼まれる前に諒太は釘を刺した。せっかく夏美がセイクリッド世界について忘れているのだ。もう二度と彼女を召喚しないのだと決めている。
「むぅ? しかし、この写真はダリヤ山脈の火口付近ではありませんか? 焔の祠がある近く……」
ところが、セシリィ女王を欺くのは難しい。彼女はスクリーンショットを見ただけで、場所を特定してしまった。
こうなると説明するしかない。諒太は嘆息しながらも、掻い摘まんで話をしていく。
「実をいうとこのスクリーンショットは三百年前に撮ったもの。ごく最近でありながら、この現在からするとずっと昔。なぜなら、俺たちマヌカハニー戦闘狂旗団は今もまだルイナーと戦っているのです。陛下たちからすれば、もう討伐済みとなっているかと思いますけれど……」
流石にセシリィ女王は困惑している。書き換えられた世界線の情報は予想される結果に基づき導かれているのだから。
「俺たちは天界から召喚されています。不思議に感じるかもしれませんが、三百年前と現在は同時進行しているのです。俺は特別な任務がありまして、この時間帯の聖域へと行く必要があります」
今もまだ天界人との話が有効なのかどうかは不明だ。しかし、セイクリッド世界の人間ではないとしなければ、説明などできるはずもない。
「というと、やはり特別な力を持つ方々は全て天界から? いちご大福にも貴方様と似たような力を感じましたが……」
やはり同じような疑問に行き着く。セシリィ女王は三百年が経過した今もいちご大福のことを想い続けているのだから。
諒太は返答を思案していた。以前と同じような話をしては同じような要求を口にするだろう。ならば、この世界線に残る話を利用するしかないのだと。
「大福さんもセイクリッド神に召喚されています。ただ彼は世の理に反する指輪を貴方たちに残したため、罰せられました。今はタルトとして生まれ変わっています」
諒太の話には二人して驚いている。タルトはこの世界線において失われているはずだ。ロークアットの創作本を見る限り、ルイナーによって死に戻ったはず。よって、事前に同一人物であることを告げてしまえば、連れてきてくれと頼まれはしないだろう。
ところが、予想外の展開となってしまう。諒太は唖然と固まっていた。
なぜなら、二人して泣き始めてしまったのだ。諒太以外には誰もいなかったけれど、大粒の涙を二人共が流している。
諒太は改めて気付かされていた。彼女たちには人格があること。面倒がって伝えた話によって彼女たちを傷つけてしまったことを。
「えっと、あの……」
弁明のしようがない。嘘ではなかったし、セイクリッド世界に残る歴史も明らかなのだ。
生存を信じた人がもう帰らぬ人であるなんて、二人には受け入れ難い話であったことだろう。
「リョウ様、申し訳ない……。当時を思い出してしまいました。我ら親子もその事実を知っております。ネオニートという兵の家系にタルトの正体が伝わっておったのです。愕然としたあの日の感情が蘇ってしまいました……」
セシリィ女王が目頭を拭いながら言った。
意外な話である。この世界線では既にタルトがいちご大福であることが知られているようだ。
「俺こそすみません。二人にとって、つらい話ですよね……」
「私はタルトとまともに会話すらしていません。事前に知っておれば、募る話をしたというのに……」
居たたまれない気持ちになってしまう。恐らく彼女たちが正体を知ったのは討伐後なのだろう。タルトは聖王城にあまり姿を見せなかっただろうし、そういう背景が悲しい結末へと導いていた。
諒太は長い息を吐いたあと、表情を引き締める。この結末は流石に受け入れられない。たとえルイナーを討伐したとしても、大団円ではないのだと。
「俺がタルトを守ります――――」
決意を口にする。この世界線でできること。忘れ去られたセイクリッド世界において、最後の貢献がタルトを生かすことだと思う。
「で、できるのでしょうか?」
堪らずセシリィ女王が問いを返す。過去に亡くなった人間を守るなんて話は流石に理解の範疇を超えていただろう。
「過去ではまだ生きているのです。だから俺は命の限り、閣下をお守りします」
諒太とて結論は分かっている。仮にタルトが生存したとして、変化などないことを。討伐後に真相を知る二人には積極的な会話など不可能なのだから。
かといって、諒太は二人を救えると思う。希望も何もないこの現状から救い出せるはずだと。
「彼を生かし、祝勝会に連れて行きます。二人の記憶とは異なるでしょうが、この世界は往々にして大きく変化しているのです。貴方たちが存分に会話できるように俺は動いていきます。貴方たちを失意の底から救い出して見せましょう……」
諒太は新たな目標を設定している。それは冒険譚の最後を飾る大仕事だ。既に決定した未来を覆すという難題であるけれど、諒太はその未来を望む。
決意のままに諒太が立ち上がると、ロークアットもまた同じように席を立つ。
「リョウ様、またお会いできますよね?」
懇願するような眼差し。自身が過去でどのような態度を示したのか予想すらつかないけれど、やはり軟派士が仕事をしてしまったのは否定しようがない。
「ああ、俺は聖域に用事があるからな。その折にまた来させてもらう」
そのときこそ本当の別れである。だからこそ、諒太も彼女たちと会うつもりだ。
「それでは正教会にローアを連れて行ってください。ローアが付き添えば下手なことにはなりません」
セシリィ女王は便宜を図ってくれたようで、その実はロークアットの背中を押している。三百年に亘り燻り続けた娘の想いを解き放つように……。
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