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ロークアットの寝室にて

 勝手知ったる聖王城。諒太は再びロークアットの自室へと来ていた。


 懐かしくも感じるソファに座り、ロークアットと視線を合わせている。


「さて、何から話せばいいものか……」

 ロークアットは覚えているわけではない。彼女はただ過去から存在し続けているだけだ。偽物の記憶へと書き換えられているに過ぎない。


 思案する諒太は視線をグルリと一周させる。するとベッド脇に置かれた古い日記帳が目に入った。


『わたくしの英雄』


 ふと視界に入ったそれは諒太を驚愕させている。

 それは前世界線の話だ。ロークアットが想像で描いたという英雄譚に他ならない。

 思わず手を取ると、慌ててロークアットがそれを制止する。


「それは恥ずかしいので……」

 やはり諒太が読んだという過去はない。説明してくれた彼女が今更恥ずかしがるはずもなかったからだ。


「読ませて欲しい。確かめたいことがある……」

「いや、それはわたくしが空想して描いたものですから……」

 前世界線と一致している。この日記帳は諒太も知るロークアットの創作本に違いない。


「知ってるよ。俺は過去にこれを読んだことがあるから……」

 決して理解してもらえないだろう。ロークアットにあの時間は存在していない。彼女が知るはずもなかった。


 また諒太が読み始めると、もうロークアットは止めないだろう。馬鹿にさえしなければ彼女は嬉々として説明を始めるはずだ。


 顔を赤らめるロークアットに構うことなく、諒太は創作本を開いた。

 中は意外にも以前と同じである。マヌカハニー戦闘狂旗団のメンバー紹介からであった。


 真っ先に描かれていたのは勇者ナツ。白銀の鎧を纏う彼女はお決まりのポーズ。長剣を高々と掲げている。


「それはナツ様ですね……。やはりマヌカハニー戦闘狂旗団といえば彼女が主役です」

 記憶のままだ。諒太がページを捲るたびにロークアットは説明してくれる。


「あ! リョウ様だって特別ですからね! わた、わたくしにとっては……」

 再び顔を紅潮させるロークアット。どうも既に好感度はカンストしていそうな感じだ。


 次に描かれているのはタルト。漆黒のフルプレートは見間違えようがない。

「タルト様はやはりマヌカハニー戦闘狂旗団の顔ですから二番目です! あっ! リョウ様はいつだって一番です! わた、わたくしにとっては……」

 まるでNPCになってしまったかのような反応である。ロークアットは同じような話を始めていた。


「いや、俺が最後なのは分かってるからさ。別に気にしてないよ?」

「は、はぁ……。申し訳ございません……」

 最後なのは明らかである。何しろ後発組なのだ。書き換えられた世界であろうとも、夏美に本体をもらう以前は存在しないはずだ。


 このあとはチカとアアアア、イロハと続く。いよいよ、諒太の番だと思うも、


『インチカ様』


 チカの子供が描かれていた。更にはニホの姿も。

 どうやら諒太の扱いはNPCもどきの子供よりも悪いらしい。今になってロークアットが取り繕っていた理由が判明する。


「リョ、リョウ様は最後を飾るに相応しい勇者様ですから! わた、わたくしにとっては誰よりも英雄です!」

「構わないって。二人目の勇者なんて格好悪いよな」

「そんなことありませんよ! 当時と変わらずカッコいいです!」

 ロークアットはまたも恥ずかしそうにする。自分で言って勝手に照れてしまった。


「次こそ俺の番だな?」

 もう流石にメンバーはいないと思う。そもそもインチカとニホは子供であり、正式なメンバーではない。六人が揃った場面で彼女たちはパーティーに組み込めないのだから。


 ページを捲るとやはり諒太であった。印象的な土竜叩きに加え、王者の盾。見慣れぬ鎧はココが製作してくれる終末の鎧に違いないだろう。更には小さな妖精の姿。ここまで描かれては否定しようがない。


 勇者リョウの右ページには幼い文字で『わたくしの英雄』と綴られていた。


「どう……でしょうか?」

 評価が気になったのか、ロークアットが聞いた。別に難癖をつけるつもりはなかったのだが、彼女はどう感じたかを知りたがっている。


「いや、よく描けてるよ。ちょっと男前すぎるかな?」

「そ、そんなことありません! リョウ様の魅力を描ききるなんて不可能です! これでも頑張って描きました!」

 諒太は笑顔を返している。何も変わらない気がした。ロークアットはまるで世界線を越えてきたかのように、諒太が知るままであった。


 次のページを見る。ここからは恐らく諒太が知らない話だ。マヌカハニー戦闘狂旗団に組み込まれた諒太が何をしてきたのか。またこれからどうすべきなのかが記されていることだろう。


『ルイナー討伐戦』


 どうやら諒太の冒険譚は同質化したようで、その実ぼんやりとしたものなのかもしれない。

 いきなり本番が描かれているのは諒太がずっとソロであったからだろう。マヌカハニー戦闘狂旗団の功績として、過去へと当て嵌めきれなかったに違いない。


『暗黒竜ルイナーが目覚めた。ダリヤ山脈。セイクリッド世界は全員で戦う』


 左ページには禍々しい暗黒竜の姿。右ページには例によって箇条書きにも感じる説明文がある。


『聖王国と王国、皇国だけでなく、正教会も協力した。暗黒竜は強かったから』


 やはり改変後も三国の関係は変わらないらしい。ニホが存在していたのだから、アアアアと彩葉は結婚し、聖王国と皇国の同盟は維持されているはずだ。


『先頭に立つのはマヌカハニー戦闘狂旗団。ワイバーンを華麗に操った』


 次のページにはマヌカハニー戦闘狂旗団の姿がある。ワイバーンを駆り、タルトを先頭にして編隊を組んでいた。


『暗黒竜はたくさん火球を吐く。でもタルト様には効かない』


 どうやら決戦時のタルトは防御に徹しているらしい。タルトが火球を受け持つことで、夏美の自由度が増しているはずだ。


『ナツ様が斬って、アアアア様とイロハ様は魔法を放つ。すれ違うと連合兵が一斉に突撃する』


 聞き慣れない言葉が出てくる。別にスルーしてもよかったのだが、諒太は疑問を口にする。


「この連合兵って何?」

「ああ、それは三大国の兵士です。志願兵も含めて連合兵と呼ばれているのですよ」

 意味合いは予想通りであった。サーバーにいるほぼ全員が参加するルイナー討伐作戦。神聖力のみでは倒せないのだ。プレイヤーたちの力がなければ成し遂げられるはずもない。


『リョウ様の強大な魔法。伝説級の神雷が落ちた。暗黒竜は苦しそう』


 ここで諒太が登場する。どうやら、この世界線においては遅れることなく参加しているらしい。


『急に暗黒竜が強くなる。マヌカハニー戦闘狂旗団は大丈夫。でも連合兵はたくさん死んだ。暗黒竜がクルクル回って大勢を叩いたから』


 強攻撃かもしれない。以前は見なかった攻撃である。体力が半分になったルイナーは広範囲攻撃を繰り出すようだ。


『暗黒竜は声を上げた。ナツ様とリョウ様は作戦中。大きな口から暗黒を吐き出してタルト様に当たった』


 よく分からない話だ。夏美と諒太は別行動しているのかもしれない。暗黒とは間違いなく火球ではないはずだ。


『タルト様は死んだ――――』


「ちょ、おいマジか!?」

 思わず声を上げてしまう。暗黒という攻撃を受けたタルトは何の余韻もなく失われている。


「タルト様は本当に勇敢な方でしたね……」

 どうやらたちの悪い冗談ではないらしい。溜め息を吐くロークアットは本当に悲しそうな表情をしていたのだから。


『暗黒竜は生きている。ナツ様は生き返った。リョウ様も生き返った。リョウ様とナツ様が捨て身の攻撃。落下しながら暗黒竜を斬る……』


「ロークアット、これはどういうことだ!?」

 生き返ったとは死んだことを意味する。言葉通りに受け取るのなら、瀕死のルイナーが繰り出す技によって、諒太と夏美は失われ精霊石で生き返ったのだと思う。


「リョウ様とナツ様は精霊王の秘宝をお持ちでしょう? 簡単に書きすぎていますね。申し訳ございません」

 どうやら諒太は精霊石を手に入れるようだ。そうしなければ諒太はここで本当の死を迎えることになる。


『アアアア様とイロハ様の伝説級魔法と連合兵の突撃。それにナツ様のクリティカルヒット。最後はリョウ様の神雷によって暗黒竜は死んだ』


 どうやら討伐が成功したらしい。諒太としてもマヌカハニー戦闘狂旗団が失敗するとは思わなかった。しかしながら、リーダーであるタルトは死に戻っている。


 ここで終わりかと思えば続きがあった。次のページに描かれているのは華やかな場面である。


「それはパーティーの様子です。ここはわたくしが見たままを描いております」

 ロークアットが話すパーティーとは祝勝会のようなものであろう。世界の危機を救った慰労であり、プレイヤーたちにとってエンディングというべきものだ。


 やはりタルトは描かれていない。ロークアットの英雄たちは五人しかいなかった。

 流石に気持ちの良いものではない。ゲームとはいえ、タルトはロークアットの父親であったプレイヤーなのだ。


 楽しそうな面々。そこにタルトが失われたという悲壮感は描かれていない。

 最後のページには勇者リョウが描かれていた。ここまで一度も描かれていないロークアットと共に。満面の笑みを浮かべたロークアットが何かを諒太に手渡している。


「お恥ずかしい限りです。今もまだ身につけていらっしゃること。わたくしは本当に嬉しく思います」

 諒太はまるで理解できなかったけれど、ロークアットは分かったものとして話をしている。だが、彼女の話によって諒太もこの絵が何であるのかを知る。


「誓いのチョーカー……」

 青い宝石が施されたネックレスのようなもの。創作本にある諒太が受け取っているものは誓いのチョーカーに他ならない。


「拙い出来でしたのに、あれからずっと装備しておられたのでしょうか?」

 どうやら、この世界線において、諒太は最後の場面でロークアットから受け取るらしい。幼い彼女の心を掴んだのはルイナー討伐後のようだ。


 返答は難しい。何しろ三百年間装備していたことになる。ロークアットにとって諒太は明確に過去の偉人であったのだから。


「そのことも踏まえて話があるんだ……」

 ここで諒太は切り出すことにした。この世界の真実。今までに何があったのかを。


「まず君には理解できないと言っておく。この世界で俺の話が分かるのはセイクリッド神とリナンシー、それにソラしかいない。しかし、俺は誓いのチョーカーを説明する上で、事実を歪めて伝えるわけにはならないんだ。それがかつていた彼女に対する礼儀だと考えている」


 諒太が持つ誓いのチョーカーは改変された歴史において、随分と遅い入手時期となっていた。まるでサンテクトでの出会いが祝勝会に置き換わったかのよう。討伐後に姿を消すだろう諒太は最期の場面でそれを受け取っている。


「俺は異なる世界線から来た。しかし、紛れもなくルイナーを討伐したのはマヌカハニー戦闘狂旗団であって、俺もそれに参加している」

 自分でも何をいっているのか分からなくなる。しかし、もはや矛盾しかないのだ。元の世界なんてものは存在しないのだから。


「実をいうと俺は現在の時間帯にて召喚されている。本来の歴史は三百年前にルイナーが封印され、この時間帯の脅威となっていたんだ。しかし、過去と現在が入り混じった結果、ルイナーは過去にのみ存在し、過去において討伐されることになった。本来ならこの時間軸にて俺が一人で討伐すべきであったというのに……」

 説明しているつもりだが、自分でさえ分からないのだ。ロークアットは頷きを返しているけれど、彼女が真相を理解したとは思えない。


「要するに、俺は過去の偉人じゃない。ロークアットと出会ったのだって、本来ならサンテクトなんだ。あの頃、君は立派な姫殿下であって、月明かりに浮かぶ君の姿に俺は見惚れていた……」

 ここまで相槌を打っていたロークアットだが、流石に首を振っている。記憶にない出会いを語られたとして信じられるはずもなかった。


「じゃあ、質問に答えて欲しい。ソラはどうやって聖王城に来たんだ? どうしてメイドをしているんだ?」

 理解できないのならと、諒太は質問をぶつけている。多くの矛盾を抱える従魔。その説明をロークアットはできないだろうと考えて。


 しかしながら、どうしてかロークアットは頷いていた。

「えっと、リョウ様が彼女とやきとりを残していかれたからですが……」

「え? マジで!?」

 諒太にその記憶はない。どうやら、ねじ曲がった世界線において従魔は聖王国に預けられたことになっているようだ。


「わたくしはリョウ様の申し出を受けました。その……誓いのチョーカーを受け取ってもらいましたし……」

 ロークアットが嘘を語るはずもない。彼女が話す通りであれば、諒太はアルカナの世界からずっとソラを使役していたことになる。加えて、超ハピル呼び出し装置であるやきとりの方も。


「ひょっとして俺は君の奴隷になった経験があるのか?」

 ソラをテイムしていたのなら、あの経験が同質化されているはず。金策に明け暮れていた日々の中で諒太はソラをテイムしたのだから。


「リョウ様……?」

 ここでロークアットは眉間に不似合いなしわを寄せた。諒太の質問が見当外れであったのかもしれない。


「他はともかく、それを覚えていらっしゃらないのでしょうか……?」

 ところが、ロークアットの反応は予想と違っている。悲しげな表情をする彼女は諒太があの記憶を忘れたと考えているようだ。


「確認したい。俺は借金の利子を払えなくて奴隷オークションにかけられた。それを落札したのがロークアット。一千万ナールという大金を使って……」

 諒太の話を聞いて、彼女は胸を撫で下ろす。恐らくは諒太の記憶と改変内容は一致しているのだろう。時系列を動かしただけで、そのまま当て嵌められたらしい。


「ああ、良かった。その通りですわ。リョウ様の落札はわたくしがお母様にお願いしました。リョウ様はわたくしの教育係でしたし、オークションではリョウ様に相応しい価格を提示しております……」

 実際に競り合ったのはセリス・アアアア。しかし、改変後の世界においては越後屋かココが落札しようとしたはずだ。


「そうか、少し安心した。先ほどもいったように俺は世界線を越えてきたんだ。だから、俺が経験した全てが消え失せているのかと考えた。奴隷だった期間は人生で一番楽な生活だったからね? マヌカハニー衛士隊の仕事も午前中だけだったし」


「その話は本当なのでしょうか? リョウ様にマヌカハニー衛士隊の仕事を?」

 もう諒太の記憶と歴史が重なり合うことなどなさそうだ。つつがなく移行してしまった現状ではロークアットの記憶を否定できなかった。


「信じてもらえなくてもいい。一応、話しておきたかっただけだ。俺としては出会いがあればそれでいい。サンテクトであろうと、聖王城であろうと……」

 不意に涙が零れてしまう。どうしても諒太は感情を抑えきれなくなっていた。

 世話になりすぎた人を忘れてしまったようで。記憶の全てが否定されたような気がして。


「リョウ様……」

「ああ、すまん……。君は君だ。他の誰でもない。俺は君の教育係であり、過去にマヌカハニー戦闘狂旗団で戦った勇者なんだ……」

 もう諒太は説明をやめた。今さらなのだ。新たな記憶がある彼女たちに説明するなんて無駄でしかない。単なる自己満足に過ぎないのだと考え直していた。


 しばらくして部屋の扉がノックされる。どうやら食事会の準備が整ったらしい。

 徐に立つロークアットに続いて、諒太もまた立ち上がった。セシリィ女王との面会。たとえ彼女が知らなかったとして、世話になった礼を伝えねばならないと思う……。

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