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異変

『妾も冒険して良いか?』

 不意に届いた念話。しかし、現在はアルカナにログインしているのだ。従って、あの残念妖精がしゃしゃり出るはずもない。


『んおお! 出るぞ!』

『ちょ、やめろ!』

 咄嗟に制止するも、右手の痣が疼いた。むずむずとして掻きむしりそうになった瞬間、


 ヌポン――――。


 妙な効果音を響かせながら残念妖精が飛び出してしまう。過度に同質化を果たしたアルカナの世界。リナンシーの分身体が存在できるまでになっていたらしい。


 刹那に、視界が悪くなった。まるで電波状況が悪くなったテレビ番組のよう。砂嵐的なノイズが視界に混ざり込んでいる。


「ちょっと、これ……?」

 何も理解できなかった。何しろ夏美と彩葉はピクリともしない。砂嵐が視界に入り込んでいたというのに無反応だ。諒太とリナンシーを除いて、ゲーム世界がフリーズしてしまったかのように感じられる。


「妾のせいか……?」

「明確にお前のせいだよ……」

 しばらく待ってみるも夏美からの通信はない。フリーズしたのならスナイパーメッセージくらい飛ばしてくるものなのに。


「しゃーねぇ。俺から連絡してみっか……」

 諒太はステータスを開いて、スナイパーメッセージを起動しようとする。

 ところが、


「これは……?」

 諒太は見てしまった。アプリを起動しようとしただけであるのに、自身のステータスがおかしくなっていることを。


【リョウ】

【勇敢なる神の使い(勇者)】


 どうしてか諒太は勇者になっている。大賢者として戦うつもりであったというのに、勇者に戻ってしまった。


「神聖力も戻ってるじゃないか……?」

 どうにも困惑してしまう。諒太は望んで大賢者になったというのに、現状は明らかに勇者であった。


「婿殿……?」

「ああ、よく分からんが、勇者に戻ってしまった。まあでも、フリーズが解けたなら、また大賢者になっているかもしれない」

 しばらくすると、視界のノイズが減っていき、やがて元通りとなった。加えて何事もなかったかのように、夏美と彩葉が話を始めている。


「ナツ、土曜日が楽しみになってきたね! ルイナーを見てると昂ぶってきた!」

「絶対にセイクリッドサーバーが一番だよ!」

 戸惑う諒太をそっちのけで二人が普通に会話を始めている。まるでフリーズなどなかったように、二人は平然としている。


「あたしたちが一番にルイナーを討伐しよう!――――」


 諒太は息を呑んだ。どうにも頭が混乱してしまう。夏美のおとぼけぶりはいつも通りだが、イベントの主旨を履き違えたような話を諒太は聞かされていた。


「ナツ、討伐じゃなく封印な……?」

 一応は訂正しておく。いつもの冗談であるのは分かっていたけれど、確認の意味を込めて。


「はぁ? リョウちん、封印ってなに? 倒さなきゃ意味ないじゃん?」

「リョウちん君、せっかく二人目の勇者に選定されたのに、ビビってんの!?」

 会話が成立しなかった。二人は諒太が知らない話をしている。夏美だけなら兎も角、彩葉まで真面目な表情で夏美の話を肯定しているかのよう。


「しっかし、リナンシーの加護を得ることが二人目の勇者になるキーだとは思わなかったなぁ」

「んだね。リョウちんの魅力値壊れてんじゃない? フェアリーティアをもらうまでにカンストさせるなんて不可能だよ……」

 自然な会話を始めた二人を見ていると、質の悪いジョークだとは思えなかった。二人は真面目にルイナー討伐を口にし、諒太の側を飛ぶリナンシーにも驚くことがない。


「改変が入った?――――」


 そうとしか思えない。未来にいるリナンシーが現れたこと。世界は矛盾を解消するために大規模な改変を始めたのだと思う。


 大賢者ベノンの石碑にあったまま。誰も気付かぬ改変が起きたのだろう。先ほどのフリーズにも似た時間。世界の改変が実行されていたのだと考えられる。


「婿殿、これはヤバくないか?」

「ああ、盛大にヤバいかもしれん。セイクリッド世界の状況が気になる……」

 改変は相互に同質化するのだ。三百年前が激しく変更されたなら、未来が現状維持であるはずはない。


 恐らくは諒太が知らない世界が始まっていることだろう……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 敷嶋は笑みを浮かべながらタブレットを眺めている。勇者二人が揃ったセイクリッドサーバー。いよいよゲームクリアとなるのだと考えているのかもしれない。


「まさかあの子が二人目の勇者になるなんてね……」

「敷嶋プロデューサーは勇者リョウを知っているのですよね? 彼は何者なんです? ノーヒントで二人目の勇者になってしまうなんて……」

 大村は訝しむように言った。勇者リョウのログを見るたびに不正行為を疑ってしまうのだ。普通ではない履歴が勇者リョウには残っていたのだから。


「不正が見つかってから報告に来なさい。彼は自力で見つけ出したはず。私としては少し背中を押しただけなんだけど、本当に勇者になる方法を発見してしまうなんて。リョウ君には脱帽だわ」

「背中を押したってどういうことです? まさかリナンシーの攻略方法を教えたなんてことは?」


「大村君、私がプレイヤーの発見を邪魔すると思う? 私は彼が知らない秘密がアルカナにはあると伝えただけ。それに彼が二人目の勇者になったことで、どのサーバーも盛り上がりを見せた。感謝したとして、疑うなんてもっての外よ。彼がいなければ公式自ら、ネタバレしなきゃいけなかったのよ? アルカナⅡに誰も移行しなくなるじゃない?」


 疑問を投げた大村に敷嶋が返す。彼女は諒太が勇者となった現状を快く思っているらしい。


「アルカナⅡは世界設定こそ共通しておりますが、まるで異なるソフトですし。確かにアルカナⅠからの移行特典はありますけど、アルカナⅠのクリアを急かすようなソフトではないですよ?」

「甘いわ、大村君。やはり前作で救った世界だからこそ、愛着が湧くってものよ。新規ユーザーが混乱しないように目的は大きく変更しているけれど、古参プレイヤーを手放すなんて勿体ない。だからこそ、私は世界観を引き継いだ。新規ユーザーと古参プレイヤーの双方がゲームを盛り上げていって欲しい。今度こそ不平不満がでないゲームになったと自負しています」


 どうやらアルカナⅡは世界観を世襲しただけで、別のゲームになっているらしい。ルイナーという暗黒竜はアルカナⅠにてお役御免となるようだ。


「僕もそう願ってます。そこまで勇者リョウを敷嶋さんが買っているのなら、もう彼を監視するのはやめることにします」

「そうしてちょうだい。時間の無駄だわ。それよりもアルカナⅡにはもっと壮大な謎を用意しましょう。彼が移行してくれるのなら、我々は今よりも楽しませてあげなければならない。作り手は過剰なまでに作り込むことでしか、プレイヤーに応えられないのだから」

 敷嶋は笑顔で返答を終えた。


 リョウという謎のプレイヤー。後発組でありながら、トップをひた走る彼に制作側も影響を受けている。プレイヤーが望む以上のゲームを作り上げるのだと意気込んでいた。


 改変がもたらせたものは双方にとって悪くない結果なのかもしれない。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 諒太は難しい顔をして考え込んでいる。リナンシーが突如として飛び出して来たというのに、驚きもしない夏美たち。大規模な改変が起きたと想像するのは難しくなかった。


「ナツ、リナンシーを見るのは何度目だ?」

「はぇ? 何でそんなこと聞くの? ずっと連れてんじゃん。覚えてないよ」

 どうやら諒太はずっとリナンシーを連れているらしい。今回でアルカナの世界に来たのは三度目であるはずだが、夏美はそれよりもかなり多く諒太と一緒にいるようだ。


「俺はずっとプレイしていた体でここにいるのか……?」

 そうだとしか思えない。世界が一変したのだ。原因はリナンシーが飛び出したことだろうが、その事実はどうしてか辻褄合わせとして諒太のプレイ回数を大幅に増やしていた。


「悪いが俺は向こうで用事ができた。すまんがここまでだ……」

 夏美たちは改変に気付いていない。ならば話をするだけ無駄である。


 三百年前の世界が大きく揺れ動いてしまったのだ。諒太は未来であるセイクリッド世界を即座に確認しなければならない。


 頷くのは夏美。彼女なら渋ると考えていたのだが、意外にも聞き分けが良かった。

「向こうって? ああ、リアルのことか。どうせおばさんに小テストの点数でも見つかったんでしょ?」

 諒太は絶句している。どうしてか夏美は向こうとの話を現実世界だと考えていた。母親や小テストの話が異世界であるはずはない。


「ナツ、セイクリッド世界について知らないか?」

「リョウちん、今日は変だよ? セイクリッドサーバーはこのままっしょ?」

 会話が成りたたない。勇者ナツは三百年後の英雄であるはず。彼女はこの先にセイクリッド世界を救う一員であったというのに……。


「婿殿……。急いだ方がいいな。妾も本体との接続が切れた。本体がどうなっているのか分からん」

 耳元で囁くリナンシーに諒太は頷いた。覚悟をして戻らねばならない。分身体であるリナンシーが本体との接続を感じられないなんて異常なのだ。


 二人に手を振りつつも、不安に苛まれている。笑顔など作れるはずもない諒太は素っ気なくログアウトするのだった……。

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