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連休明けの朝

 ログアウトした諒太はセイクリッド神の前に戻っていた。どうやらログイン元が聖域であったから、ログアウト先も聖域であるらしい。


「えっと、待っていたのか?」

 セイクリッド神に問う。あれからずっと聖域にいたのか、それとも諒太が戻ることを察知していたのかと。


「ええまあ。貴方は私が世界を託した勇者でありますし。大賢者になられた感想を聞きたく思いまして……」

 何でもお見通しだと思うも、諒太は頷いている。基本的に彼女は諒太に決意を語らせようとするのだから。


「手応えはあった。ただ本当に勇者ではなかったんだ。俺は大賢者で神聖力が使えなくなっていた……」

 今現在は勇者に戻っている。しかし、アルカナの世界において諒太は完全に大賢者であった。


 敷嶋がルイナーの討伐条件を緩和してくれていたならばと思わざるを得ない。あのメンバーであれば、可能性があったというのに。


「今も未来は変わっておりません。勇者リョウは五人の仲間を連れて、ルイナーに挑むことになります。貴方が過去で何をしようと、この未来には影響を与えておりません。まあしかし、貴方が過去で戦わなければ、この未来が変わる可能性は考えられます」

 全てを折り込んで今がある。諒太はそう解釈することにした。過去の流れに自分が組み込まれているのなら戦うだけである。セイクリッド世界に喚ばれたこの現実は一定の未来にしか向かっていないのだから。


「じゃあ、俺は行くよ。来週またここから向こう側へと転移する。まず俺は過去を救ってくるよ……」

「ありがとう、勇者リョウ。貴方の献身に感謝いたします……」

 言ってセイクリッド神は姿を消した。諒太の決意を聞いた彼女は満足そうな笑みを浮かべながら、薄く淡く存在を消失させている。


 諒太は聖域からログアウトを選ぶ。ログイン先がアルカナの世界であるのなら、ログアウト先は自身の部屋であろうと。


 一瞬のあと、ベッドに横たわっていた。諒太は長い息を吐いたあと、考え込んでいる。

 自身の使命が終わりを迎えようとしていること。短くも長い戦いの結末がどうしてか心に影を落とした。


 戦いが終われば全てが終わる。関わった人たち全員との繋がりがなくなってしまう。

 そのような未来には寂しさを覚えずにはいられなかった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 翌朝、諒太は何食わぬ顔をして学校へと向かっていた。ずる休みしたことは両親に内緒である。あとは夏美が上手く先生に誤魔化してくれたことを祈るのみだ。


「リョウちん!」

 やはりいつもの交差点。恐らく夏美は待っていたのだろう。横断歩道を渡った先で彼女は手を振っている。


「おう、早いな……」

「いや、昨日はビックリしたからね。連絡したかったけど、朝の三時までレベリングしてたし!」

 どうやらタルトは先んじてレベルマとなった諒太に刺激を受けたらしい。全員が強制的にレベリングさせられたとのこと。


「アルカナのログインどうやったの?」

 夏美が興味津々に聞いた。諒太がアルカナへと入り込むには召喚が必要だと考えていたからだ。

「ああ、それな。実はセイクリッド神に俺は会ったんだ。彼女がいる聖域はサポートセンターで、そこはゲーム世界との繋がりが強いらしい。他の場所からはログインエラーになるけれど、そこでなら俺はログインできるんだ……」


「はぇ、神様に会っちゃったんだ? 大いなる旅路に幸あらんことをだね!」

 ここで夏美は妙な話を持ち出す。確かに諒太はセイクリッド神からそのような言葉をもらっていたけれど、どうして夏美が知っているのか分からない。


「それは一体何なんだ? ロークアットも同じことを話していたし……」

「ええ? リョウちん知らないの? 毎日ログインするたびに聞くじゃん?」

 聞くじゃんと言われても、諒太はログインするや石室なのだ。今は転移をして聖王城前に飛ぶけれど、誰も話しかけてこない。


「ログイン時に毎日聞くのか?」

「そだよ。最初は送り出す言葉として、あたしたちが面白がって使ってたんだけど、今じゃ完全に根付いたね。新規のプレイヤーまで口にする台詞なんだよ」


「マジか……」

 まさか同質化の影響であるとは思わなかった。しかし、そう考えれば納得できる。神様が口にする台詞を信者たちが真似をしただけのことだ。旅の安全を祈願するような台詞が拡がらないわけがなかった。


「んで、六日はちゃんと先生に話をつけてくれたんだろうな?」

「もち! 激しい下痢に襲われてトイレから一歩も出られないって言っておいた!」

 しまったと諒太。全て夏美に任せるのではなく、自分で理由は考えるべきであったと。激しい下痢だなんてボッチの諒太は更なる孤立を強いられてしまいそうだ。


「ああ、そうだ……」

 ここで諒太は思い出す。ズル休みの日に起きたこと。意外な人物と食事をしたことについて。


「あの日さ、冬葉原で敷嶋プロデューサーに会った……」

「えええ!? 敷嶋ちゃんに?」

 流石に夏美も驚いている。ゲー速を買いに行ったまでは知っていたけれど、まさか敷嶋奈緒子プロデューサーに出会うなんて信じられなかった。


「ファーストフード店でぶつかってさ、一緒に飯を食った……」

「超ラッキーじゃん! 何か聞けた? アルカナⅡの話とか!」

 やはり夏美は食いついていたけれど、諒太は次作について少しも聞いていない。自身の疑問をぶつけただけである。


「いやすまん。俺はルイナーについて聞いただけだ……」

「ルイナー? 今さらそんなこと?」

「いや、俺はセイクリッド世界のルイナーを倒したいんだ。だけど、アルカナの世界で討伐できないのなら、恐らくセイクリッド世界でも不可能だろう。だから、敷嶋プロデューサーに討伐可能かどうかを聞いた……」

 夏美は驚いていた。彼女自身もルイナーの討伐について考えていたけれど、そういえば体力値については少しも考慮していない。仮に封印するための値しかないのであれば、幾ら手応えがあったとしてもルイナーは討伐できないことになる。


「敷嶋ちゃんは何て?」

「討伐の体力値設定はされていると話してた。しかし、ナツが全攻撃をクリティカルヒットとしない限りは無理だろうと話していたな……」

 クリティカルヒットは通常の1.5倍である。地形や体勢、素早さと幸運値から算出されるクリティカルヒット。夏美であっても全攻撃をクリティカルとするなんて不可能だ。


「さっすがに厳しいね。十回くらいなら連続して出したことがあるけど……」

「それはそれで異常だけどな。まあとにかく俺はアルカナの世界で神聖力を持っていないし、敷嶋プロデューサーは可能性を教えてくれただけ。今もまだ討伐の可能性を残しているみたいだが、現状の陣容では不可能らしい……」


「そっか。まあでも、それでリョウちんは決意が固まったんでしょ? クリティカルヒットなしで討伐するのなら……」

 意外にも夏美は推し量っている。既にアルカナでの討伐は叶わないと彼女も分かっていた。だからこそ、次なるステージにて討伐するのだと。


「悪いけど頼む。俺は時戻りの石というアイテムを手に入れた。万一の場合もそれで立て直せる。決戦にはナツの力が必要だ……」

「おお、超レアじゃん! どこで手に入れたの?」

「知ってんのか? ドラゴンゾンビのドロップだ……」

 夏美は時戻りの石を知っているらしい。激レアだと話すのだから、アルカナにも実装されているはずだ。


「ドラゴンゾンビって時戻りの石持ってたんだ! まあ、あたしはドラゴンスレイヤーで良かった!」

「るせぇ。俺は打撃武器でルイナーを倒すんだよ。そいや、竜魂をまた手に入れてな。竜種特効を上げられると思う」

「マジで!? アレってエンシェントドラゴンだったよね? どこでエンカウントすんの?」


「フェアリーティアが欲しくてな。フレアさんとアーシェを連れていったんだ……」

 夏美は驚いている。何しろ彼女たちはNPCだと考えていたからだ。かといって、プレイヤーが存在しない世界では同じ扱いになるのだと理解できた。


「いいな! 土竜叩きって既に30%ついてたじゃん? 余裕で100超えそうだね?」

「それな。最低でも無双の長剣と同じ200%にはできると思う」

「ふぉぉ、そんなのチートすぎるね!」


「邪神の使いと戦うんだ。ブーストできるに越したことはない……」

 諒太の話に夏美は頷いている。彼女も色々と手に入れていたけれど、諒太は諒太で着実に準備しているのだと分かった。


 二人は自転車置き場へと到着。二人して鞄を手に歩いて行く。

「ねぇ、リョウちん……」

 弾むようにして諒太の前へと回り込む夏美。彼女は悪戯な笑みを浮かべて、諒太にいうのだった。


 絶対にルイナーを倒そう――――と。

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