入国イベント
「リョウ様?」
「ああ、すまん。あんま良くない念話だっただけだよ。とりあえず、今日はここまでにするか……」
諒太にはまだやるべきことがあった。しかし、諒太の都合でロークアットを連れ回すなんてあり得ない。行き先はアクラスフィア王国であるし、彼女の出番はここまでである。
このあとリバレーションにてロークアットを送っていき、ソラもまた聖王城へと入っていく。
手を振り見送りながらも、諒太はリバレーションを唱えていた。転移をログアウトに見せかけるためだ。勘の鋭いロークアットを騙すにはこれくらいしなければならないのだと。
「リバレーション!」
やって来たのは久しぶりの騎士団本部である。早速と飛び込んでフレアを呼んでもらおうとするが、本日は既に帰宅したとのこと。
仕方なく諒太は冒険者ギルドへ。過度に躊躇いはあったけれど、アーシェを妖精の国へと連れて行くつもりだ。
「おう、リョウじゃないか? もう奴隷から解放されたのかよ?」
どうしてか受付にダッドがいる。これには嫌な予感しかしない。彼が受付にいるということは、間違いなくそういうことだろう。
「ああ、アーシェはもう上がったぞ? お前が奴隷になってから、夜勤は俺が担当している」
なかなか上手くいかないものだ。フレアもアーシェも帰宅してしまっただなんて。諒太としては時間があるときに用事を済ませたかったというのに。
「ダッドギルド長、アーシェの家ってどこなんですか?」
こうなると家に直接行くしかない。深夜というわけでもないし、まだ夕飯時である。訪問したとして問題はないだろうと。
「何だ? お前は嫁の家すら知らんのか? そこの大通りを西に行って三本目を左に曲がった二件目だ。雑貨屋の隣がアーシェの実家になる」
ダッドは普通に教えてくれる。二人の関係を好ましく思っているのかもしれない。アーシェをアシストするつもりなのか、まるで世間話のようにすんなりと。
急いでギルドをあとにし、聞いていた大通りの角を曲がる。三件目に雑貨屋が見えたことから、その手前がアーシェの家に違いない。
「すみません! リョウです!」
ノックをして大声で叫ぶと、直ぐさま扉が開かれる。
応対に出てきたのはフレアだ。まだ夕飯の準備をしていたのか、彼女はエプロン姿である。
「リョウ、家に来るなんて急用か?」
「ええまあ、少しばかり手伝って欲しいことがありまして……」
「まあ入れ。飯でも食べていくか?」
意外にもフレアは諒太を招き入れてくれる。食卓にはアーシェもいるだろうに。
「リョウ君!?」
連れられたダイニングにはアーシェがいた。やはり食事中であったらしく、彼女はスプーンを手にしたままである。
「とりあえず、食べながらでも聞いてください」
諒太はアーシェの隣に座るや、話を始める。直ぐさまスープとパンを用意してくれたのだが、手を付けることなく。
「リョウ、冷める前に食え。私の得意料理なんだぞ?」
説明しようとするも、咎められてしまう。夕食の時間である。共働きである二人は団らんを大切にしているのかもしれない。
流石に食べるしかなくなっている。とはいえ特に急ぐ用事でもないし、言われた通りに諒太はスプーンを手に取っていた。
「え? 美味い!」
「はは、そうだろう? マキシミリアン家に伝わる味なのだ」
シンプルな肉と野菜のスープであったけれど、味付けが絶妙であった。疲れた身体に染み込むようなスープを諒太は瞬く間に完食している。
「言っとくけど、わたしも同じくらいのスープが作れるからね?」
「はは、じゃあ今度お願いするよ……」
張り合うようなアーシェに笑みを返す。直ぐさま突き刺さる視線を感じたけれど、諒太は気にせず話を続けた。
「それで二人には妖精の国へと向かって欲しいのです」
突拍子もない話に二人は小首を傾げる。やはり姉妹なのだと思わせるシンクロを見せながら。
「妖精の国? どこにあるんだそれは?」
やはり訪れたことはないようだ。フェアリーティアを受け取っていないのだから、当然の反応かもしれない。
「ガナンデル皇国です。お二人は皇国に行った経験は?」
諒太の質問には二人揃って首を振る。
どうやら妖精の国どころではなかった。ガナンデル皇国へと入るには通行証が必要なのだ。確かゴールデンウイーク期間はキャンペーン中であったけれど、本日の零時までが期限である。入国に手間取った場合は即逮捕されてしまうはずだ。
「通行証からか……」
二人を連れて行くと二百万ナールである。またリナンシーから受け取ったフェアリーティアを無償で受け取るのも気が引ける。質素な暮らしをする二人には十分な対価を払うべきだと思う。
二人に念話が入ったと断ってから、諒太はロークアットへと念話を送る。
『ロークアット、返事をしてくれ』
金銭的問題は全て彼女頼みなのだ。ここも聖王国の王女殿下を頼るしかない。
『リョウ様、やはり天界に帰られたわけではなかったのですね?』
『用事があってな。しかし、俺にはどうすることもできなくなって、念話を送っている』
『はぁ……。わたくしにお手伝いできることでしょうか?』
正直に話しづらいことだ。しかしながら、言葉にしたままである。諒太にはロークアットを頼るしか方法がなかった。
『ロークアット、金をくれ――――』
もう二度と貸してくれとはいえない。以前よりも体の悪い言葉を口にするしかなかった。
『お幾らでしょう? 確かお母様から軍資金の百万ナールが振り込まれておりましたよね?』
『いや、それじゃ足りないんだ。あと四百万ナール……』
絶句するロークアット。流石に想像を絶したのだろう。豪邸が建つような金額を要求されるなど思いもしなかったらしい。
『リョウ様、お金は計画的に使うものですよ? 一体何に使われるのです?』
当然のことながら、用途を尋ねられてしまう。王族とはいえポンと出せる金額ではない。従って詳しい説明を彼女は要求している。
『二人分の通行証と報酬なんだよ。俺はフェアリーティアを求めている。リナンシーがその二人を連れてくればくれるというからな。二人には対価を支払うべきだし……』
手持ちと合わせて500万。通行証が200万であり、報酬は一つ150万ナールで計算している。
『ああ、あのドロップアイテムを加工されるのですね? 加工費は必要ないのでしょうか?』
『そうだった! やっぱ五百万送ってくれ!』
『リョウ様はしょうがありませんね? 我が国の財政も無尽蔵ではありません。しかし、世界を救う対価でしたら、送金させていただきます……』
危うく加工費を忘れるところであった。ロークアットのおかげで二度も情けない話を切り出さずに済んでいる。
『すまん。早急に頼む……』
『承知しました……』
聖王国には世話になりっぱなしだ。奴隷オークションの一千万から王国への譲渡金。給与も高額であったし、この度は五百万ナール。諒太一人でとんでもない額の国庫金を使っていることになる。
兎にも角にも金銭問題は解決。食事を終えた二人に諒太は着替えるようにと急かす。
「リョウ君、本当に今からガナンデル皇国に行くの?」
「悪いが急用でな。安全は保証する」
そういった直後、諒太の手の平が疼く。それは痒みを伴いながら、いつものようにヌポンという音を立てて妖精を吐き出していた。
「娘ッ子よ、早くしろ。妾がフェアリーティアを授けてやるのじゃ!」
「「よ、妖精!?」」
再び二人がシンクロする。エルフとは異なり、彼女たちは妖精女王であると気付いていない。異なる世界線においてフレアは会っていたけれど、自己紹介がなければ認識できないのだろう。
「こいつが妖精女王だ。しかし、本体に会わなきゃいけない。フェアリーティアの対価は払うし、通行証の代金も支払うから……」
顔を見合わせるような二人だが、一応は頷いてくれる。通行証が幾らするのかも分からなかったようだが、費用がかからないならばと。
「早速と出発しよう。二人とも俺のパーティーに入ることを承諾してくれ……」
パーティー認証が済むや、諒太はリバレーションを唱えている。
まず最初に関所へと向かい、二人の通行証を買わなくてはならない。一瞬にして皇国へと移動したことに二人は驚いているけれど、諒太は早速と関所へと駆け込んだ。夜は関所番がいなくなってしまうのだから。
「こんな時間に珍しいな? 訳ありか?」
「ゴンスさん、まだ通行証は発行できますか?」
「んん? 儂のことを知っとるのか? いやはや王国でも有名になったようだな……」
そういえば世界線が異なっているのだ。ゴンスは綺麗さっぱり諒太のことを忘れてしまっている。
「この二人の通行証をお願いします。代金は俺が支払いますので……」
「夜にべっぴんさんを二人も連れ込むとは、なかなか隅に置けんやつじゃな?」
ゴンスは三人のカードを受け取り、精算を済ませる。諒太のカードから引き落としをし、アーシェたちのカードに通行証を記録していく。
「できたぞ? お前さんたち馬車がないのならクラフタットまで送ってやろう。もう関所を閉めるところじゃったしな」
「ああいえ、大丈夫です。通行証さえあれば……」
言って諒太は二人を連れて関所を飛び出し、直ぐさまリバレーション。今度はめっちゃ大木の元へと転移していた。
鬱蒼と茂る森。諒太がめっちゃ大木の元へ来たのは、またも夜であった。
「婿殿、入らんのか?」
「入れねぇんだよ。お前は二人を守ってやってくれ……」
どうやらリナンシーは訪れる全員が普通に入れるものだと考えているらしい。フレアとアーシェがいるのだから、間違いなくキーとなる魔物が現れるはずだ。
これより二度目の入国イベントが始まる……。
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