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敷嶋奈緒子

「敷嶋プロデューサー?」

 諒太が問うように声をかけると、女性は目を丸くする。


「あらら? 私のこと知っているってことはプレイヤーかな?」

 質問返しには頷いて答える。知っているも何も諒太は目の前に立って話をした。もっとも、その中身は神様であったのだけど。


「顔出ししてても、あまり気付かれないのだけどね。君はなかなか見所があるよ。良かったら一緒にランチする?」

 意外な話になる。コーヒーを零したお礼だというのなら、気遣い無用であったというのに。


「お願いします! ちょうどプレイについて考えていたので!」

 諒太は彼女の提案に乗っかっている。とても美しい女性であったことが即答の理由であったけれど、実際に聞いてみたい話が諒太にはあるのだ。


「じゃあ、あの奥の席に。私もランチを買って来るわ」

 どうやら敷嶋は先に席を確保していたらしい。大きめのノートパソコンが置いてあるのが見える。


 しばし席で待っていると敷嶋が戻ってきた。諒太と同じフライドチキンサンドのランチセットである。

「先に食べても良かったのに……」

「いやいや、敷嶋さんを差し置いて先に食べるなど……」

「うふふ、君は何だか面白いね? 幾つなの?」

 諒太が高校一年生だと答えると、敷嶋は現状を察したのか悪い子ねぇと返している。本日が平日であり、ずる休みであることを察知したようだ。


「名前を聞くのも何だからプレイヤーネームでも聞きましょうか。サーバーはどこ?」

「プレイヤーネームはリョウです! セイクリッドサーバーで大賢者やってま……」

 思わず諒太は口を滑らせていた。タルトたちには誤魔化したけれど、彼女は製作現場のトップである。適当な言い訳が通じる相手ではない。


「おお、ひょっとしてトッププレイヤーかしら!? 早くも大賢者が現れるなんて考えもしてなかったわ!」

 ところが、反応は悪くない。寧ろ喜んでいる感じだ。彼女の様子から大賢者が実装された直後であると分かる。


「大賢者はサービス終了まで現れないかもって考えていたのよ。かなり条件を厳しくしたからね」

 敷嶋が続けた。どうにも分からぬ話を。彼女はサービス終了まで現れないと思いつつも、大賢者を実装したとのこと。


「どうしてハードルを下げなかったのですか?」

 問わずにはいられない。誰も達成できないのであれば、実装する意味などないのだと。

 諒太は疑問に感じている。


 少し驚いたような敷嶋であったが、小さく頷くと諒太の質問に答え始めた。

「私はね、発見こそが感情に直結すると考えているの。発見して驚く。発見して喜ぶ。或いは愕然とするかもしれない。五感を覚えるリアルなゲームだとしても、そこに感情がなければ意味はないのよ。セシリィ女王に結婚イベントがあるなんて、最初は誰も考えていなかった。でもプレイヤーは見つけてくれたわ。だから私は可能性を入れ込むだけ。プレイヤーの発想や行動力を信じてね……」

 理由を聞けば納得である。彼女は一途にプレイヤーを信じており、可能性の種を植え込むことで、プレイヤーがそれを育てていくと考えているようだ。


「しかし、セイクリッドサーバーか。あそこはなかなか大変でしょ?」

 敷嶋は笑みを浮かべながら話す。やはりプロデューサーであれば、セイクリッドサーバーをよく知っているらしい。さりとて諒太は同意している。セイクリッドサーバーはトップをひた走るだけでなく、問題も多く起こしていたのだから。


「えっと、戦争イベントではご迷惑をおかけしました……」

「ああ、いいのよ! 戦争イベントは役員のゴリ押しだから。何度も死に戻りさせて、引っ張りたい経営陣の馬鹿な発想なのよ……」

 敷嶋は赤裸々に語る。プレイヤーである諒太に対してであったが、彼女は批判とも取れる内容を口にしていた。


「聞かなかったことにします……」

「問題ないわよ? 私はもうアルカナから外されたからね。来月末でアルカナの仕事は終わり。七月からは新しいプロジェクトに参加するのよ」

 構わないと話す敷嶋であったけれど、諒太は違うと思う。プロジェクトが変わったとして会社は同じなのだ。フリーでないのなら、役員批判などするべきではない。もっとも彼女がそれだけ腹を立てていることは諒太にも理解できている。


「それでリョウ君は聞きたいことある? コーヒー零しちゃったお詫びに何でも答えてあげよう!」

 笑みを戻す敷嶋。別に詫びなど必要なかったけれど、何でも構わないのなら諒太は聞くべきだ。常々考えている物語の結末について。


「じゃあ、一つ良いですか?」

 恐らく可能性はある。プレイヤーの行動力を信じる彼女であれば、可能性の芽を残しているはずと。


「ルイナーは討伐可能でしょうか?――――」


 諒太の質問には唖然としている。何でも答えるといった敷嶋であるが、小さく口を動かすだけで声を発せずにいた。


 諒太はジッと敷嶋を見ている。その表情は真剣そのものであり、彼が冗談を口にしたとは思えないものだ。


「えっと、アルカナⅡの話かな?」

「いえ、違います。現状のアルカナです……」

 諒太の質問は既に発表されていることだ。運命のアルカナは最終決戦としてルイナーの封印イベントを行うとしている。討伐はアルカナⅡでの目的だとプレイヤーであれば知っているはずなのに。


 即座に返ってきた言葉に、敷嶋は頷きを見せる。少しばかり笑みを浮かべながら、

「私の想像力もまだまだね……」

 と嘆息しながら話す。まるで予期していない質問に、彼女は頭を振るばかりだ。


「まさか討伐を考えているプレイヤーがいるなんて思いもしなかった。ゲームの目的は封印と明記しているけど、君は真剣なのよね?」

「もちろんです。俺は封印以上の成果が出せる可能性を残して欲しい」

 諒太の話には乾いた声を出して笑う。敷嶋は苦い顔をしつつも、何度も頷いていた。まるで諒太の願いを聞き入れるかのように。


「そりゃプロデューサーを降ろされるはずだわ。可能性を拡げてあげなきゃならない私がプレイヤーの選択肢を奪っていたなんてね……」

 話を聞く限り、ルイナーの討伐は不可能なのだろう。諒太はアルカナⅡではなく、アルカナの延長上にて討伐しなければならないというのに。


「無理なのですか……?」

 流石に落胆した声を上げてしまう。設定されていないのであれば、諒太は封印を施すしかない。セイクリッド世界はそのあとも暗黒竜の存在に悩まされることになる。


「無理ではない……」

 ところが、諒太の問いに返答があった。しかも期待を持たせる内容である。


「現状のルイナーは勇者から受けるダメージと勇者以外からのダメージを区別してるの。神聖力の有無といえば分かるかしら? 両方が設定値に到達しない限り、封印術式が使えないようになっているの」

 敷嶋の説明はルイナーの設定である。彼女曰く一般プレイヤーと勇者とでダメージを分けているらしい。その両方が規定値に達しない場合は封印術式を勇者が使用できない設定なのだという。


「だから体力値が設定されていないというわけではない。元々、シナリオが進めば討伐も視野に入る予定だったからね。設定上はルイナーを討伐できるわ……」

 可能性を示したようで否定されたような話だ。設定上と条件を付けた話は不可能だと言っているようなものである。


「設定上ですか……?」

「私はあらゆる挑戦を好ましく思っている。だから、定義された理を超えるプレイヤーを待ち望んでいた。でもそれは叶わなかったの。だからヒントを与えるか、方法の変更も考えていたわ。しかし、それさえもできなくなった。経営陣による横やりによってね……。君も知るようにアルカナⅡへの移行が決定し、私が思い描いていた結末は破綻してしまったのよ……」

 嘆息する敷嶋。彼女の表情からアルカナⅡへの移行が本望ではないと分かる。


「その方法とやらは、どうしてできなくなったのでしょうか?」

 敷嶋が考えていた結末について。諒太は不可能になった理由を知りたがっている。


「少し意地悪すぎたのよ。ルイナーの討伐には勇者が一人では不可能。それだけの体力値を設定している。詳しくは言えないのだけど、討伐できる設定を加えていた。その方法は現状のトッププレイヤーには不可能といえるもの。アルカナⅡの発売が決定してしまった今となってはだけど、今もまだ選択肢として残している……」

 どうやら今もまだルイナーは討伐可能らしい。アルカナⅡの発売が決定したというのに、残しているというのはトッププレイヤーの誰にもできない方法であるからだという。


「俺も無理なのですか?」

「恐らくね。大賢者にまでなった君には不可能だと思う。死に戻りでも不可能。世界の理を曲げるにはデータを消去し、新規にプレイし始めるしかないでしょうね……」

 少しばかりのヒントをくれる敷嶋。彼女の話から考えられるのは序盤に何かをしておかねばならないのだろう。しかしながら、諒太としては問題ない。彼としてはルイナーに討伐可能性があるだけで構わなかったからだ。


「ちなみに勇者が制限時間一杯まで全攻撃をクリティカルヒットにしても難しいと思う。神聖力側の体力値はそれだけの数値を設定しているから……」

 制限時間は三時間だ。その中で全ての攻撃をダメージ1.5倍となるクリティカルヒットとするなんて、幸運に恵まれる夏美でさえも不可能だろう。


 諒太は頷いている。ルイナーの討伐が不可能でないのなら、彼には文句などなかった。

「ありがとうございます。でも俺は絶対に討伐しますから……」

「ふふ、確か勇者はナツさんね? セイクリッドサーバーは当然14日に挑むのでしょ?」

 やはり敷嶋はセイクリッドサーバーについて、よく知っている感じだ。勇者ナツの存在を知っているということは、マヌカハニー戦闘狂旗団についても知っているかもしれない。


「そのつもりです。ちなみにルイナー封印作戦の推奨レベルは幾つくらいでしょうか?」

 どうせなら気になること全てを聞き出そうと思う。話せないのであれば、それでも構わない。この機会を逃すような真似ができなかっただけだ。


「一応は勇者のレベルが140を想定しているわ。神聖力レベル4。レベル3でもできなくはないでしょうけれど、制限時間ギリギリになるでしょうね」

 敷嶋は普通に答えてくれる。とはいえレベルマの150が推奨でないのなら、レベル140になるのは容易に想像できた。何しろ悪魔王アスモデウスでさえレベル130以上が推奨なのだ。それ以下になるはずもなかった。


「ありがとうございます。俺たちは、いの一番にクリアして見せます」

「その心意気いいね。私も元気をもらえたよ。これからもアルカナをよろしくね? アルカナにはまだ君が知らない色々な謎が隠されているから。面白いを探し出して欲しい。私は現場を離れるけれど、永遠に続く物語になって欲しいと思ってる。プレイヤーたちの熱意は制作に伝わってるし、私たちはそれに応えようとしているから……」

 諒太は笑みを返す。思わぬ邂逅は諒太にやる気を再充填していた。


 先に食べ終わった諒太。徐に席を立ち、

「今日はありがとうございました。帰ってレベリングします」

「ゲームもいいけど、勉強も頑張りなさいね?」

 敷嶋もまた笑顔である。ずる休みを分かっていただろうに、彼女が咎めることはなかった。加えて敷嶋は別れの挨拶に諒太の背中を押すような言葉をかけている。


「大いなる旅路に幸あらんことを――――」

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