その裏側では……
マヌカハニー戦闘狂旗団はサンセットヒルへと進入していた。吸い込まれるようにして入ったフィールドはダンジョン的な構造となっている。
「我のアイスクリームがっ!!」
「るっせいぞ……。ほれ、盾が遅れてどうする?」
ペン子をスルーしてしまったことを未だタルトは悔やんでいる様子。隠しダンジョンともいうべきフィールドに突入したというのに、昂ぶることなく一人盛り下がっていた。
サンセットヒルはどうやら塔のように登っていくタイプのダンジョンらしい。道中に現れる魔物はレベルこそ100を超えていたけれど、五人は難なく討伐できている。
フロアマップも広くはない。考えていたよりもずっとスムーズに進む。意気込んで挑んだというのに、まるで肩透かしを食ったような気がしてしまう。
気付けば五人は十階層の最深部にある大扉前へと到達していた。
「わたしらが強すぎんの?」
チカが呆れたように聞く。ここまで彼女の出番は殆どなかった。僧兵すら召喚する必要がないほど、あっさりと攻略してしまったのだ。
「まあな……。運営の推奨は若干大袈裟だし。イロハを入れたとして、俺たちの平均レベルは推奨値を超えている。クロケルって悪魔もこの調子だと楽勝かもな?」
「でもさ、このダンジョンってマラソンできなくない?」
アアアアに彩葉が疑問をぶつける。彩葉はレベリングだけでなくスクロールを求めているのだ。よって突入制限が一分であるダンジョンは彼女の目的にそぐわない。
「聖王騎士イロハよ、我だってアイスクリームを諦めてここまで来たのだ! 開き直るがよい。それに貴様の望みは叶う可能性があるだろう? アイスクリームとは違って、レアアイテム召喚器が我らにはあるのだからな!」
「そっか、ナツはスクロールなんかいらないし!」
「いっとくけど、スクロールがでたら俺もサイコロ振るからな?」
もう既に完全踏破を誰も疑っていない。ボス部屋を前にドロップアイテムについて話し合うだなんて、まるでドロップマラソンをしているかのようだ。
「じゃあ、入るよ?」
夏美が大扉に触れる。すると、いつものように巨大な扉がゆっくりと開いていった。
辿り着いたそこは丘の頂上であるらしい。一面が氷で覆われた大地。地面も岩山も全てが凍り付いている。
「さむっ! これひょっとして地形ダメある?」
大扉を閉めるよりも早く、夏美が疑問を口にする。
熱い寒いといった要因によるダメージ。夏美は部屋に入るや感じたようだ。
「うむ。この寒さは間違いなく体力値を削っているだろう」
直ぐさまタルトが返した。しかし、別に動揺はしていない。これまでも幾度となくそういった場面があったのだから。
「とりあえずリジェネレーションかけとくんよ!」
リジェネレーションは微量ながら体力値を回復し続ける魔法だ。恐らくそれだけで体力の減少は避けられるはず。
「サンキュー! じゃあ、扉を閉めっぞ?」
大した作戦を立てることなく大扉が閉じられた。
すると、周囲は物々しい吹雪となり、瞬く間に五人を飲み込んでいく。しばらくすると視界の先には悪魔の姿。猛吹雪の中からそれは現れていた。
【クロケル】
【悪魔公爵】
【Lv130】
【物理】強
【火】無効
【水】無効
【風】強
【土】強
【雷】微強
【氷】無効
無効が三つもあるだけでなく、そのレベルも超高難度に相応しいものだ。しかしながら、相手をするのはセイクリッドサーバーが誇る廃人パーティー。一人として臆してなどいなかった。
「大司教チカはステ管理、魔道士は雷系魔法だ! 我はタゲ取りで様子見をする! 隙を突いて勇者ナツは切り刻め!」
いつものようにタルトが大まかな指示を出す。初見のボスモンスターに無謀な攻撃は仕掛けない。指示が積極的な攻撃ではないことを四人は察知している。
「さあ行くぞ! 悪魔なんぞ恐るるに足らず!!」
これより戦闘が始まる。未知なる魔物にもマヌカハニー戦闘狂旗団は堂々と立ち向かっていく……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
諒太は一人ロークアットの寝室に戻っていた。部屋の主はまだ色々と挨拶回りや雑用があるとのことで一人きりだ。
ソファに座って考える。これから先のこと。先日までまるで気にもしなかったが、確実に終わりが近付いているのだと思う。
急速に動き出した歴史。それにより判明していく事実。全てが、たった一つの回答へと導かれているようだった。
「セイクリッド神と話をすれば、自ずと先が見えてくる……」
ミーナに聞いた聖域。そこでセイクリッド神の話が聞けるのなら、諒太は赴くべきだ。
近付く決戦に向けての準備として。この世界が終末を迎えないようにと……。
諒太はもう一度ロークアットの創作本を手に取っている。幼き日に彼女が考えたという物語。読み返してみても、緊急的な問題はなさそうだ。仮に世界間が改変を始めたとしても、結末はこれまでの歴史と変わらない。勇者一行とルイナーが戦っているだけであった。
「そういや、最後は記されていない……」
気になるのはその一点だった。悪魔公爵クロケルと悪魔王アスモデウスは倒していたというのに、ロークアットの創作本は大賢者が現れたところで終わっている。
「まあでも、今だって歴史は勇者ナツを封印者としているんだ。同じ結末が待っているはず……」
心の拠り所は確定した歴史である。勇者ナツが三百年前に暗黒竜ルイナーを封印したという話。彼女の偉業が創作本との同質化によって、消え失せないことを祈るばかりだ。
「そういや、ナツに連絡しとくか。借金は完済となるんだし……」
全てはセレブが集まるパーティーのおかげである。心配していたかどうかはともかくとして、諒太は夏美にも伝えておこうと思う。
ただし、心配事が全てなくなったわけではない。諒太を悩ます問題はロークアットについて。部屋に戻ってこないどころか、彼女は誕生パーティー中にも姿を見せなかったのだ。
考えすぎかもしれないが、諒太は何らかの弁明をする必要があった。彼女の騎士になるという話。婚約まで想像させるその話を断ったこと。諒太は少なからず彼女を傷つけたことだろう。
「謝る以外にないな……」
誠心誠意説明するしかないはずだ。諒太は勇者であり、目的を見失ってはならない。一国の要職に就くだなんて、勇者にあるまじきことなのだ。
ロークアットが戻るときに備えて、諒太は言い訳を脳裏に並べていた……。
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