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意外な二人の出会い

 昼下がりの聖都エクシアーノ。アトリエ『リョウ』が軒を連ねる大通りは賑わっていた。


 ストリートは食材や日用雑貨を求める人で溢れかえっている。かといって店番を任されたソラは暇を持て余していた。というのも、まだ一人も来店していないのだ。


「これは困りましたわ。マスターに何と弁明すれば良いやら。ワタシが店番を請け負ったときに限って、売り上げがないだなんて……」

 ソラは眉間にしわを寄せている。諒太に失望される未来を彼女は恐れていた。


「そうですわ! 類い希な美を有するワタシがモデルとなればバカ売れ間違いなし! 早速と準備いたしましょう!」

 ジッとしていても売れないと考えたソラはロークアットがしたように、商品を身につけてアピールしようと思う。少しでも売り上げを伸ばそうとして。


 早速とソラはアクセサリーを身につけて、店の前に立つ。

 流石に注目を浴びている。だが、それはアクセサリーが気になったわけではない。通行人の関心を惹いたのは彼女がBランクの魔物であること。テイムリングを装備する彼女が珍しかったからだ。


「皆様、高品質なアクセサリーはいかが? 今なら購入者にはワタシが特別サービスしちゃいます!」

 瞬時に大通りが凍り付いた。女性は眉根を寄せ、男性はソワソワとしている。

 どちらにせよ注目を浴びていたのは間違いないけれど、商品が売れるということはなかった。


「ソラといいましたか?」

 ここでソラはどうしてか名を呼ばれている。アクセサリーの宣伝をしただけであり、彼女は自身の名を告げていないというのに。


 振り返るとそこには小柄な女性が立っていた。

 大勢の僧兵を背後に立たせた彼女。立派な法衣を身に纏う女性はソラも知っている人であった。


「ミーナ枢機卿!?」

 先日、会ったばかり。彼女は諒太とロークアットの奴隷契約を担当した大司教級の神官である。


「どうして枢機卿が下町に?」

「目的地がここだったからですが……」

 返答に驚くソラ。正教会の重鎮が下町を訪れただけでなく、アトリエ『リョウ』に用事があるだなんてと。とはいえソラは頷いてもいる。どうやら彼女はその理由を推し量ったらしい。


「ああ、枢機卿も女性ですもんね。着飾って殿方とイチャコラ……」

「貴様、無礼だぞ!?」

 威圧的なメイスが即座にソラの喉元へと向けられていた。流石に枢機卿の護衛である。ソラはLv70であったというのに、メイスを目で追うことすらできなかった。


「チャーリー、構いません。私の審美眼によると、どうもソラは純粋なエンジェルではないようです。間違いなく現在は善属性であるのですが、彼女の周りに薄もやが見えます。恐らくフォーリンエンジェルの名残。強力な属性変換でもってしても、完全には除去できなかったようですね……」


「そんなことあり得るのですか? フォーリンエンジェルを属性変換できる錬金術士がいると仰るのでしょうか?」

 チャーリーという僧兵は疑問を返している。フォーリンエンジェルは悪落ちした天使だ。エンジェルと対を成すBランクの魔物であり、凶悪な魔物に分類されていた。


 自身が仕えるミーナを疑うわけではなかったのだが、チャーリーは問いを返さずにいられない。


「信じられないでしょうが、属性変換により浄化されております。残る薄もやも、害あるものではありません」

 二人の遣り取りにソラは笑みを浮かべている。それはもちろん、諒太の底知れぬ能力が明らかとなったからだ。


「流石は枢機卿ですね。ですが、ワタシは上位変換と属性変換を同時に錬成されて生まれました。マスターに仕える以前はセイレーンの群れを統べておりましてよ?」

 ソラの話にミーナは絶句している。聞いた内容が事実であれば、ミーナが予想していた過程とまるで異なってしまう。確かに錬金術には上位変換という技法があるにはあったけれど、それは既に失われた技術であったからだ。


「ソラ、貴方はセイレーンからエンジェルに進化したというのですか……?」

「マスターに誓って嘘などいいません。以前のワタシは男性を魅了し、それを糧とするセイレーン。忌々しい記憶ですが、事実なのです……」

 以前は青い羽であったとソラが付け加える。

 エンジェルは基本的に友好的であり、戦いを挑まない限りは話し合いで解決できる魔物だ。また進化元はキューピッドであって、間違ってもセイレーンなどではない。


「なるほど、貴方にある違和感が解消できました。礼を言います、ソラ……」

「礼には及びません。ワタシは愛すべきマスターの心優しき性奴隷ですから!」

 妙な性格は錬金術による無理矢理な変質のせいだとミーナは理解した。個体差では済まされないほど、ソラの性格はエンジェルと異なっていたのだ。


「それでソラ、リョウさまはどこです?」

「あらら? やはり枢機卿もマスターの魅力に取り憑かれてしまわれたのでしょうか?」

「取り憑かれてなどいません! 彼がお店をオープンしたと聞いたので、足を運んだまです!」

 ソラの疑問には直ぐさま返答がある。ミーナはアトリエ『リョウ』のオープンを僅か数日で聞きつけたらしい。


「見張りを付けておりませんし、夜な夜な彼を偲んでなどおりませんから! 手作りのアクセサリーが欲しいとか、買い占めをして彼に感謝されたいなど、少しも考えてもおりませんわ!」

「ミ、ミーナ枢機卿……その辺で……」

 思わぬ話にソラは笑ってしまう。生暖かい目をしてソラはミーナを見ていた。

 抗いようのない魅力。それは進化前のセイレーンであった頃からソラも理解していたのだ。


「枢機卿は分かってらっしゃる。マスターを尊ぶべき。マスターを愛すべき。マスターこそ全てを捧げるに相応しい存在です! さあミーナ枢機卿、声を張って訴えましょう!」

 ソラは声を張る。崇拝する諒太に対する思いの丈を……。


「その薄汚い穢れた欲望を解き放ちましょう!――――」


「わ、私のは純粋な欲望ですから!!」

「ミ、ミーナ枢機卿……否定されるのであれば……」

 ミーナは僧兵に宥められている。どうやら世間一般に知れ渡る聖女というイメージは幻想であるらしい。間違いなく有能な神官であったけれど、彼女はどこか抜けた人柄であるようだ。


「では、ミーナ様は誕生パーティーにご出席される予定で聖王国まで出向かれたわけではないのでしょうか?」

 ミーナの言葉を受け流し、ソラは彼女がここにいる理由を聞いた。とはいえタイミング良く現れたなんて流石に考えていない。


「もちろん、パーティーに出席する予定ですわ。個人的に会話したく思いまして、アトリエの方にお邪魔させていただいたのです。アクセサリーにも興味がありましたし……」

「分かりみです! やはりそうですよね。ミーナ様もうら若き女性ですから……」

 ソラは笑みを浮かべている。枢機卿にまで登り詰めたとはいえ、ミーナも若い女性であるのだと。


「如何にただれた性癖であろうと……」

「爛れておりません!!」

 息が荒いミーナ。どうにもソラのからかいを受け流せない感じである。


「と、とにかく商品を見せてくださいな。ソラさん、貴方は店員なのでしょう?」

「買っていただけるのでしょうか!? どうぞどうぞ! 一つも売れなくて困っていたのです!」

 ミーナの話にソラは笑顔を見せた。これにて売り上げゼロという可能性はなくなったといえる。何しろミーナは諒太に感謝されたいという願望を持っているのだから。


 扉を開き、ソラは店内へと案内する。更には諒太から預かったメモを読みながら、簡単な商品説明を始めていた。

「はわぁぁ! 素晴らしいですわ! 流石はリョウさま。これ程までに素敵なアクセサリーを錬成されるだなんて……」

「申し訳ございませんが、生憎と高級品はお城にありまして、ここには安価な商品しか並んでおりません……」


「いえいえ! 物の価値は値段ではありません。ガラス玉が宝石に劣るだなんて私は考えておりませんし。審美眼を有する私はここに並べられた商品の価値が分かります。それはエンジェルになったソラにもいえることです。善属性になったとはいえ貴方は魔物。しかし、それが貴方を否定することにはなりません」

 意外な話であった。ソラ自身は別に魔物であることを気にしていない。けれど、対面する相手が困惑する感情は良く分かった。金策のアルバイトをしていたときもそうだし、聖王城にてメイドをしていたときにも少なからず感じている。


「ミーナ様……」

「何事も自分自身をしっかりと持つこと。他者の意見や評価に惑わされてはいけません。己の目によって見抜くことが大事です」

 ソラはミーナに神官としての姿を見ていた。まさか諒太以外に諭されるだなんて考えもしていないことである。


「本当に性職者だったのですね……」

「聖職者ね!? 何だか不穏な感じがしたから訂正しておくけど!?」

「いえ、分かりました。ワタシのためを思って仰られていること。ワタシは魔物でありますが、引け目に感じることなく生きていきたいと思います」

 ソラの返答にはミーナも頷いている。扱いづらい性格をしていても、根はしっかり者であって、分別をもっているのだと。


 再びアクセサリーに視線を戻したミーナ。しばらくは流し見ていただけであったものの、指輪が並べられた棚で彼女は立ち止まる。


「この意匠は……?」

「どうかされましたか? それはマスター渾身のデザインだそうです。森の民をイメージした三枚の色鮮やかな木の葉。でも残念ながら、それはガラス玉と真鍮で作られています」

 ソラの説明にもミーナは頭を振るだけだ。声を失うほど気に入ってしまったのかもしれない。


「リョウさまは何も仰っておりませんでしたか? このデザインについて……」

「ええ、何も……。力作だとは話しておられましたが……」

 ソラの返答にミーナは付き人である僧兵を振り返る。表情を引き締め、次なる目的地を告げる。


「チャーリー、カイン。聖王城へと参りましょう!」

 ようやくミーナは本来の目的地へ向かうらしい。店内まで入り込んだ二人の僧兵に指示を出している。

「あ、ミーナ様!!」

 背を向けたミーナに透かさずソラが声をかける。聖王城へ入城する彼女たちに助言でもあるかのよう。メイドでもあるソラは彼女に伝えることがあるのかもしれない。


「買い占めの代金を……」

 眉根をピクつかせるミーナだが、直ぐさまカインに指示を出す。現金ではなかったけれど、正教会が発行する債務券。請求すれば直ちに振り込まれるという代物である。


「八万ナールで買えるだけ。後ほど僧兵に引き取らせます。あとくれぐれも申しておきますが、私は善意で買い付けております。ソラ、その意味を理解できて?」

「もちろんです! あざーす!!」

 微妙な返答に薄い目をするミーナだが、ソラへの注意よりも今は急ぐ用事がある。彼女はそれ以上、何も言うことなくアトリエをあとにしていた。


 今すぐに諒太と話をしようと――――。

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