連れ去られたエルフ
センフィスでの聞き込みを終えた五人は再び大広場へと集合していた。各自手に入れた情報を持ち寄っている。
「情報は三件か……。予想は的中してたけど、どうにも胡散臭い展開だな?」
嘆息するアアアアが言った。それはそのはず手に入れた情報は不安を覚えるもの。ロークアットがどうなってしまうのかと、想像せずにはいられない。
「青い服を着た幼いエルフを見た……か」
最初の情報は街外れで聞いたものだ。幼いエルフ自体が珍しいセンフィス。恐らくそれはロークアットのことであろう。
「男に手を引かれるエルフ……」
次に聞いたのは男に手を引かれるエルフの目撃情報である。幼いとは話していなかったけれど、手を引かれるという台詞はエルフが小柄であると推し量ることができた。
「盗賊風の男が小さなエルフに話しかけていた……」
最後の情報こそが不安にさせる原因だ。盗賊とは決まっていなかったものの、誤情報を混ぜ込んだというより、手がかりだとしか思えない。何しろ情報は三件しかないのだ。正しい情報すら足りない状況でプレイヤーを惑わせる嘘を混ぜ込むとは考えられなかった。
「盗賊かぁ……」
夏美がポツリと漏らす。だが、手がかりがないというわけではなかった。彼女には思い当たる節があり、また他の四人も同じことを考えている。
「やっぱ、ディストピア?」
彩葉が口を開く。善良なプレイヤーが訪れない場所が三大国にはあった。今までイベントに関わったことのないエリア。悪落ちした者たちが集う街がある。
「だろうなぁ。PK禁止とかなってるし……」
「わたし、ディストピアは初めてなんよ!」
アアアアの話にチカが声を張る。まだ行き先に決まったわけでもなかったのだが、彼女はもう目的地を決定したかのように話す。
「うむ、ディストピアしかないだろうな……」
ディストピアは街の名前ではない。三大国にそれぞれ用意されている集落であり、全てがディストピアという通称で呼ばれていた。
「確かカンデナ湖の向こう側?」
「うむ。センフィスの北門を出てから東だな。かなり距離はあるが……」
「歩いて行くしかないね……」
誰も行ったことがない。馬車も通っておらず、ディストピアへと向かうなら徒歩を選択するか、若しくは馬やワイバーンを借りるしかなかった。
金欠揃いのメンバーであったから、徒歩の選択が濃厚。しかし、メンバーには一人だけ裕福なものがいた。
「馬でも借りる? わたしが奢るんよ!」
チカはかなりの資産を貯め込んでいるようだ。彼女は類い希なるMPを持ち、レベリングしたとして回復ポーションもMPポーションも必要としない。正教会のクエストをこなしまくった結果、ナールだけが増えてしまったという。
「ごち! 助かるなぁ!」
「ええんよ。残金は一千万超えとるし!」
「すげぇぇっ! チカ、結婚してくれ!」
「アアアアさん、さっき私に求婚したよね?」
チカの支払いにより、馬での移動が決定する。一人当たり三千ナール。これには全員がチカに感謝していた。
「イロハちゃん、見て! 白馬に跨がる勇者!」
「はいはい、カッコいいよ。私は付き人だから茶色で……」
「我は黒馬だ! エクストラダークな感じが実によい!」
各々に馬を選ぶ。かといって、それは見た目だけの話だ。性能差はないし、気分だけの問題である。
颯爽とセンフィスをあとにしていく。ワイバーンと同じく念じるだけで馬は操れる。徒歩や馬車ではあり得ないスピードにて五人はディストピアを目指した。
直ぐさまカンデナ湖が見え、五人は森がある北側から湖を回り込んでいく。
「本当にPKないのかな?」
「禁止なんだから平気だろ? 禁止じゃなくてもこのメンバーじゃ誰も手を出してこねぇよ」
昨日のレベリングにてレベル120超えが三人になっている。タルトもレベルが107となり、彩葉もまた83まで上がっていた。ディストピアは悪の巣窟であるけれど、このパーティーはおいそれと襲いかかってこれるレベル帯ではない。
「あれがそうじゃない?」
彩葉が指さす。センフィスから見て丁度反対側。カンデナ湖を半周した向こう側に廃墟的なものが見えてきた。
恐らくそれがディストピアであろう。近付くのも初めてであるが、不穏な空気感はイビルワーカーたちの住み処なのだと分かった。
五人は馬に乗ったままディストピアへと踏み入る。街門はなく、街を守る守衛の姿もなかった。来る者拒まずといった設定なのかもしれない。
流石に注目を浴びてしまう。昨日、有名になったばかりのクランが乗り込んで来るなど誰も想像していなかったようだ。
「おい、アアアア!」
見物人かと思われた男がアアアアに声をかけている。どうやら、彼はアアアアの知り合いであるようだ。
【アクシス】
【大盗賊・Lv101】
「大臣様がディストピアに乗り込んでくるとかどういうつもりだ?」
アクシスという大盗賊は怪訝そうな表情を浮かべて言った。本来なら、間違いなく敵である。PKを禁じられているからといって、堂々と乗り込んできたアアアアには不満しかないようだ。
「アクシス、別に俺だって好き好んでディストピアに来たわけじゃねぇよ。迷子イベの行き先がここだっただけだ」
「はぁ? 気の抜けたイベントなんかに参加してんのかよ? 馬鹿じゃねぇの?」
睨むようなアクシス。どうやら知り合いというだけで、仲が良いとは言えない感じだ。
二人の遣り取りに興味を持ったのか、イビルワーカーたちが集まり出す。
流石に異様な雰囲気である。百人以上が五人を取り囲んでいた。
「悪いが俺は善良なプレイヤーなんでな? 用事が済めば出ていくし、別にお前たちのプレイスタイルにとやかく言うつもりもねぇ。それにアクシスには貸しが一つあるはずだぜ?」
アアアアがそういうとアクシスはチッと舌を鳴らした。それはそのはず、アクシスにはアアアアが話すように借りがあった。
皇国内のダンジョンで死にかけていたところを、レベリング中のアアアアに助けられたのだ。今はPKが禁じられているし、素直にアアアアの話を受け入れるしかない。
「直ぐ出て行けよ? ここは犯罪者の街だからな……」
アアアアの話に一応は折れたアクシスであるが、ディストピアのトップである彼は友好的な態度を示さない。
「言っとくが、俺たちの予想が正しければ、ここにはプレイヤーたちがこぞって押し寄せるぞ? たった五人でビビってたら、この先にお前らは発狂するんじゃねぇか?」
「なんだと!? マジで言ってんのか?」
アクシスも流石に聞き返すしかない。五人だけであるならまだしも、大勢がやって来るなんて彼は考えていなかった。
「お前たちが知らんところで、イベントが動いてんだよ。聖王国の王女殿下が盗賊に攫われたっつー話だ。PKも禁止だし、まず間違いなくここに来るだろうな」
流石に予想していなかったらしい。基本的にイビルワーカーたちはイベントに参加しないのだ。苦労して集めるよりも奪うこと。PKに勝利するとナールは手に入るし、ドロップ確率よりもマシな程度でアイテムも手に入るのだ。
「ま、顔を合わせたくないのなら、数日は真っ当にレベリングでもしていたらどうだ? 恐らく善良なプレイヤーたちは長く居座らない。次なる目的地の情報さえ手に入ったら、どこかへ去って行くはずだ」
「ったく、運営もつまんねぇイベント開催しやがるな……」
アクシスは手を挙げて、仲間に合図する。どうやらアアアアの提案を受け入れるようだ。
イビルワーカーたちは基本的にプレイヤーたちから疎まれている。従って大勢がやって来るのなら、姿を消すだけのようだ。
アクシスに続いて、蜘蛛の子を散らすように取り囲んでいた者たちが去って行く。それによりディストピアに残されたのはNPCだけとなっている。
「はえぇ、アアアアさんってイビルワーカーと知り合いだったんだ?」
「知り合いってほどじゃねぇよ。一度パーティーを組んだだけだ」
さあ始めるぞとアアアア。彼が話をつけなければ、恐らくこのあと面倒な問題が起きただろう。マヌカハニー戦闘狂旗団はともかくとして、レベルの低いプレイヤーは間違いなく絡まれていたはずだ。
五人はまたも手分けして聞き込みをすることに。各国に一つしかないディストピアは想像よりも大きな集落を形成している。
結果として一時間近くが経過。けれど、得られた情報は一つしかなかった。
「ロークアットがここに連れてこられたのは間違いないな……」
盗賊の一人が証言していた。青いワンピースを着たエルフを見たという話。センフィスで聞いたまま、男に手を引かれていたという。
「ひょっとして隠し扉とかあるんちゃう?」
ここでチカが意見する。情報が少なすぎること。ディストピアに来たという情報しかないなんてあり得ない。次の行き先を示す何らかの情報が残されているはずだ。
「うむ、あり得る。ならば聖王騎士イロハよ、駄犬の如き嗅覚を発揮せよ!」
「駄犬って……」
基本的に彩葉は平均的なステータス構成である。特化していないものの、様々な技能を彼女は習得していた。
「じゃあ、一個ずつ潰す? それとも怪しい場所はあるかな? 私の看破は弱いから、その場にいないと機能しないよ?」
スキル【看破】は鑑定眼の熟練度がレベル5になれば自動的に習得できる。彩葉はまだ覚えたばかりであり、正直に使えるスキルとは言えなかった。
「んー、そいや俺が回ったエリアに誰もいない地下室があったな……」
「おお、それ怪しいじゃん! 行ってみよう!」
五人はアアアアが疑問に感じたという地下室へと向かう。手がかりが何もないのだから、怪しい場所から潰していくだけだと。
「わお! これは如何にもじゃん?」
連れられた地下室は木箱が置いてあるだけだ。広くもなく、物置にしてはガランとしている。怪しげな地下室に彩葉は笑みを浮かべていた。
「看破!!」
壁に手を当てた彩葉。早速とスキルを実行するも、何の変化も見られない。
「なんだ、ハズレかよ……」
「いやいや、範囲が狭いっていったっしょ!? 何度も看破しないと分かんないって!」
「マジか。すんげぇショボいのな……」
「ショボい言うな。こちとら死に戻ってんだからさ!」
アアアアの横槍にも挫けることなく彩葉が看破を続ける。熟練度上げも兼ねているのか、それはもう手当たり次第に。
「木箱も看破!」
壁面が看破し終わったからか、彩葉は置かれた木箱にも看破をかけた。
これまでは何の反応もなかった地下室だが、看破をかけられた木箱は不気味に輝いている。
「やった! 当たりじゃん!」
「どうよ? この狭さ!」
看破の範囲を自虐的に彩葉は自慢した。しかしながら、役には立っている。輝きを放ったということは何らかのギミックが木箱にはあるはずなのだ。
「たぶん、今なら木箱は動く……」
基本的に元々配置された家具などは動かせない。木箱もまた然りであるけれど、看破した今であれば、隠された要素が実行可能となるだろう。
「おお! 動いたぞ!」
アアアアが押してみると、木箱が軋むような音を立てながら動く。またその下には更に下層へと繋がるような階段が現れている。
「まさかダンジョンか?」
「アアアアよ、それはないだろう。仮にダンジョンであれば、もうここで幼女は捕まることになる」
タルトの意見に、アアアアはなるほどと返す。ダンジョン内にいるならば、ロークアットをここで発見することになってしまうからだ。
「はよ、下りてみぃひん?」
チカが興味津々に言った。地下二階に何があるのかと目を輝かせている。
頷くタルトは念のため剣を抜き、階段を降りていく。この先に盗賊が現れる場面を想定して……。
「……っ!?」
下りた場所は間違ってもダンジョンではない。また懸念していた戦闘はなさそうである。
かといって、下りた先の部屋には盗賊がいた。タルトは地面に倒れ込む五人の盗賊を発見している。
「おい、生きているか?」
「……ぅ……」
アアアアが話しかけるも、小さく返されるだけで話などできそうにない。五人共が瀕死であるのか、同じように言葉にならない声が返ってくるだけだった。
「チカよ、回復魔法をかけてやれ……」
「わたしの出番なん? エリアヒール!」
どうやらイベントはソロで達成するものではないらしい。MMOの醍醐味であるパーティーやクランの加入を推し進めるような側面があるはずだ。様々なスキルが必要とされる現状からそんなことが予想できた。
全員を回復させてから、もう一度話を聞く。身体を起こした今であれば、確実にイベントの情報がもたらされるはずだ。
「エルフの幼女を攫ったのは貴様たちか?」
剣を突きつけながらタルト。彼は手っ取り早く脅しをかけることにした。盗賊のレベルは全員が50であったし、自身の半分もないのであれば、手懐けるよりも適切と判断したらしい。
「あ、ああ……。だが、もういない。許してくれ……」
やはり脅迫は効果があった。盗賊は両手を挙げて完全に降参している。
「貴様たちはどうして倒れていた? 正直に話せ」
「いや、あのエルフの娘は見た目通りではなかったんだ。強力な風魔法を操って逆に殺されかけてしまった……」
盗賊の話を信じるならば、ロークアットは自力で脱出したことになる。六歳であったというのに、レベル50の五人パーティーを圧倒してしまったらしい。
「それなら何処に行ったか分かるか?」
「いや、分からない……」
重ねた質問には判然としない回答がある。まあしかし、地下室でのびていたのだから、知るはずもないだろう。
ふむと考え込んだタルト。彼らが答えられるよう質問の方向性を変えてみることにした。
「お前たちはここまでどうやって来た? 連れ去った男は一人だったはず。歩いてきたとは言わせんぞ?」
首元に突きつけた剣を首筋に当てると、盗賊は激しく頭を上下させた。どうやらこの度の問いには返答が用意されているみたいだ。
「連れてきたのは俺だ。外にワイバーンが括り付けてあっただろ?」
盗賊の話に五人が揃って視線を合わせている。
誰もワイバーンなど見ていない。この建物の周辺には何もなかったと記憶していた。
「タルト、なら次はワイバーンに乗ったってことか?」
「そうなるな。盗賊のワイバーンに乗って何処かへ行ったと考えるべきだ……」
ここで捜索は暗礁に乗り上げてしまう。NPCたちの会話が一新されるかとも考えたけれど、残念ながら最初に聞いた話しかNPCは口にしない。
「少しの情報もないとはあり得ぬ……」
「だね。まぁた運営のやっつけ仕事だよ……」
ワイバーンに乗ったという情報だけではどうしようもなかった。何処にでも行けるのだから、ポータルよりもたちが悪い。何の情報もない五人はここで立ち尽くす羽目に。
明日になれば更新されるかもしれない。現時点において、ワイバーンにて飛び去ったロークアットの行き先が分かるはずもなかった……。