マヌカハニー戦闘狂旗団
突如として現れた元いちご大福ことタルト。彼の提案で五人は再びクランを設立することになっていた。
通常クランは仲の良いフレンドが六人を超えた場合に活用すべきものであるが、別に制限はない。クラン員であればパーティー承認の手間が省けるため、実際は少人数クランも多く存在する。
「よし、申請許可がでたぞ!」
タルトが言った。緊急クエスト開始まで残り四十分。作戦を立てるに十分な時間が残っている。
「しっかし、今度はマヌカハニーだって? やけに健康志向になってるじゃねぇか?」
「うむ……。我もマヌカハニーには懐疑的であったのだが、マヌカハニー飴を食べたらハマってな。今では紅茶やコーヒーにもマヌカハニーを投入しておる。実に素晴らしいものだぞ? 何しろ幾ら食べても罪悪感がない!」
アアアアの質問にタルトが答えた。以前は甘いものを食べまくっていた彼も少しくらいは健康に気を遣うようになったらしい。
「じゃあさ、どうして鎧は真っ黒なの? 以前はいちごショートケーキっぽい色使いだったじゃん? 焦げちゃったの?」
夏美が疑問を口にする。以前のいちご大福は白地に赤を配色した鎧を装備していた。しかし、タルトとなった今はどうしてか真っ黒である。
「勇者ナツよ、この黒さには意味があるのだ。だが、決してタルトを焦がしたという馬鹿げた話ではないぞ?」
どうでもいい話であったが、タルトは語っていく。真っ黒な装備にしたその理由を。
「98%エクストラダークチョコレートカラーだ!!」
全員が声を失う。予想の斜め上であったけれど、それは予想の範疇でもあった。何かしら甘味に関することだろうと全員が考えていたのだ。
束の間の沈黙は誰しもがツッコミを入れると待っていたから。かといって自分ではツッコミたくないと考えている。
「それでタルト、どうやって戦う? 緊急クエストは位置取りが肝心だぞ?」
雑談を打ち切ったのはアアアアだ。記念すべきクラン設立記念のクエストで出遅れるなど、彼は我慢ならなかったらしい。
「アアアア、聖王国は儂が前世に所属した場所じゃ。地理は知り尽くしておる。スタンピードと簡単に言っても、何もない砂漠から生み出されることはないのじゃ……」
「いい加減にロールを安定させてくれんか?」
「気にするな、その内に安定する! で、スタンピードの発生源として濃厚な場所が一つだけある。無論のことエクシアーノへと向かってくると仮定してのことだが……」
徐々にリーダーらしくなっていく。タルトの雰囲気は既にいちご大福を彷彿とさせていた。
全員が自然と笑みを浮かべている。どうにも楽しくなってきて仕方がない。ワクワクが詰まっていたあの頃の記憶が彷彿と蘇っていた。
「スタンピードは北東からだ――――」
タルトは断言していた。こんな姿も過去と重なる。彼の指示はいつも的確だった。よって、それはパーティーメンバーであった全員が信頼するものに他ならない。
「北東? ダリヤ山脈の方じゃないってか?」
アアアアの疑問はもっともだ。ダリヤ山脈はスバウメシア聖王国の首都エクシアーノから見て南西になる。最終ボスがいる山脈からスタンピードが起こるとすれば、北東は真逆となってしまう。
「南西と考えるのは素人だ。ダリヤ山脈からエクシアーノでは距離がありすぎる。スタンピードとは魔物たちの暴走行進。距離がありすぎては少なからず分散するはずで、リアリティに欠けるだろう? 敢えて運営が発生場所を隠すのであれば、スタンピードが起きるのは北東にある大木の森林に違いない。適切な距離であり、あそこは魔物のエンカウント率も高いエリアだからな……」
タルトの話には誰も反論しない。確かに運営が発生源を伝えていないのは引っかかっていた。いつもなら場所を指定してくるはずで、指定がないことは単純な回答であるか、或いは引っかけであるかのどちらかだ。
タルトの予想は運営の引っかけであって、大勢がダリヤ山脈側に陣取ると考えているらしい。
「てことは、俺たち戦闘狂旗団の一人勝ちってことか?」
「マヌカハニー戦闘狂旗団なっ!!」
アアアアの話には鋭いツッコミがあった。
いちご大福であった頃から彼はクラン名を省略して呼ばれることを嫌っていたのだ。いつも即座に訂正を促している。とはいえ、タルトは同意するように頷いてもいた。
「我らが全ての獲物を手に入れよう! 二位以下を倍以上引き離すこと。これを目標としようじゃないか!」
相変わらずロールを続けるタルトであったが、全員が頷きを返している。クランの設立に花を添える機会。再び脚光を浴びるチャンスが到来していた。
「いいな! 久しぶりに滾ってきたぜ!」
「やっぱ大ふ……いやタルトリーダーは良い感じ! エクシアーノを守り抜こう!」
「まあでも、タルトさんが間違ってたら罰ゲームやねぇ」
「間違いなどあるはずがない! 俺様は98%ダークナイトだ! ほぼ完全体である我に愚民共はついてくれば良い! さあ行くぞ!」
時間も残っていたし、移動には徒歩を選択している。五人は歩きながら、解散からの日々を語り合っていた。
エクシアーノではやはり目立ってしまう。夏美と彩葉はともかく、彼女たちと一緒にいる仲間が問題であった。
『あれ、アアアアさんじゃね?』
『どうしてナツさんとパーティー組んでるの?』
『いや待て、大司教までいるぞ!?』
エリアチャットが聞こえてくる。流石に目を惹くパーティーであったことだろう。スバウメシア聖王国において夏美はトッププレイヤーである。彼女がエクシアーノにいること自体は珍しくなかったものの、パーティーを組む他国の有名プレイヤーが気になってしまう。
『イロハさんは分かるとして、あの黒鎧って誰だよ?』
『分かんない。でも何だか思い出すね……』
街中を進むと人垣が割れる。また全員があとを追いかけていた。有名プレイヤーがパーティーを組み、歩いているのだ。何かあると思えてならない。
『いちごパフェ団みたいだね――――』
ポツリと聞こえたその声に、夏美たちは全員が反応してしまう。それは禁句なのだ。かといって、特定の一人だけにとって……。
「そこの愚民! 間違えるな! デカ盛りいちごパフェ団だ!」
大人しくしておけば良いものを、タルトがエリアチャットに反応してしまう。彼がいちご大福であることは隠しておくべきであったというのに。
「おいタルト、いいじゃねぇか……」
正体がばれては問題だと、アアアアが諭す。しかし、タルトは大声を張ってしまう。
「矮小なる人族たちよ、よく聞け! 我らはマヌカハニー戦闘狂旗団! 緊急クエストは我らのものだ!」
突として始まる魔王ロールに集まった者たちは困惑する。しかしながら、察してもいた。トッププレイヤーであるナツとアアアアを引き連れて歩く者などそうはいない。明らかにリーダー顔をするプレイヤーは彼だとしか思えなかった。
『大福さん……っすか?』
プレイヤーの一人が問いかけてしまう。それは恐れていたことであるが、タルトは隠すことなく事実を伝えた。
「如何にも! 我は生まれ変わったのだ! 通報するならするがいい! しかし、現状は何の細工もしておらんし、これからもするつもりがない! 公明正大な不動王が聖王国に舞い戻ったのだ!」
アアアアは頭を抱えた。バレるのは時間の問題であったけれど、自ら口にしてしまうなんて想定外だ。
「皆さん、俺たちも驚いたんだが、タルトは新しい本体を買ってまでプレイしている。この度は戦闘プレイヤーに専念するだろうし、俺は大事にして欲しくない。ゲームは楽しむものだ。もう二度とあのようなことはさせないし、もし仮に同じ結末となったなら、俺も責任を取る。そのときは引退するから、許してやって欲しい」
魔王ロールのタルトに代わってアアアアが頭を下げた。プレイヤーマスターでもある彼が引退を持ち出してまで擁護するなんて誰にも予想できない話である。
「あたしは引退しないけど、タルトさんは問題ないよ! 保証するし!」
「運営には今し方、わたしから報告したんよ。あとから問題になるとあかんしなぁ」
アアアアと同じプレイヤーマスターであるチカは先んじて報告したらしい。確かに後々を考えると先手を打つ方が良い。悪口を好き勝手に報告されるよりは自己申告の方がいいと考えたのだろう。
一瞬のあと、集まった者たちから盛大な拍手が贈られた。困惑していた彼らだが、トッププレイヤーたちの弁明を受け入れたかのよう。
元よりいちご大福はゲームを盛り上げたプレイヤーの一人である。βテストから衝撃のアカウント停止まで話題に事欠かなかった。イベントが中止になった折りにはかなり叩かれたものの、個人を晒すようなイベントを企画した運営非難も多く存在していたのだ。
「さあ、ここに集いしプレイヤーたちよ! 我が輩たちはこれより緊急クエストの主役となる! 見届けたい者はついてくるがいい!」
ここでタルトが声を張った。誰もが期待してしまう。圧倒的であった伝説のパーティーが帰還したことを……。
『マヌカハニー戦闘狂旗団、頑張れ!』
一人のプレイヤーが声を上げると、即座に全員がそれに続く。
『僕はレベルが足りませんけど、応援します!』
『セイクリッドサーバーにトップクランが復活した!』
『やっぱセイクリッドサーバー最高っ!!』
ロークアットの捜索そっちのけで盛り上がっていた。
やはり彼らには華がある。セイクリッドサーバーの代名詞ともいえる彼らは一般プレイヤーの憧れであった。
一からやり直しであったというのに、トップであろうとするタルト。要職に就きながらも、トッププレイヤーを続けるアアアア。更には常に最前線で剣を振る勇者ナツ。セイクリッドサーバーが他のサーバーに先んじているのは彼らが牽引したからだと全員が理解していた。
今となっては伝説のクラン『デカ盛りいちごパフェ団』。解散が惜しまれたのは記憶に新しく、再結成した姿を目の当たりにしたプレイヤーたちは自然と興奮していたのだ。
「スタンピードは北東より迫るはず! 南西はフェイクである! 我に付き従った者たちには報酬が下賜されるだろう!」
憶測でしかなかったというのに、タルトはエリアチャットで叫んでしまう。
これで外そうものなら言い訳ができない。かつても迷惑をかけていたタルトが受け入れられることはなくなるだろう。
「タルト、それくらいにしておけって……」
「いいや、言わせてくれ! 愚民共、我らの勇姿を目に焼き付けろ! これより伝説が幕を上げるのだっ!!」
演説のような話に居合わせた者たちが大歓声を送る。俄然盛り上がってきた。かつてと同じようにタルトはプレイヤーたちの心を掴んでいる。
「我らはマヌカハニー戦闘狂旗団!!――――」
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