迷子イベント
長い黒髪をした女性が頭を下げてから、マイクを手にしている。
冬葉原という電気街にあるオフィスビルの大広間。入り口には株式会社クレセントムーン株主総会の看板が立てられていた。
「現状の顧客離れは全て私の判断が誤っていたことが原因です。従って私は六月末を持ちましてプロデューサーという立場を辞任させていただきます」
株式会社クレセントムーンは大手家電メーカーの子会社である。まだ株式上場の申請すらしていないため、株主総会に集まったのは親会社の関係者が殆どであった。
謝罪を述べている彼女はプロデューサーであるらしい。敷嶋奈緒子という女性は運命のアルカナの開発責任者に他ならない。
ゲーム雑誌などで顔出ししていた彼女はその界隈において有名人であったものの、生憎と出資者たちには若き女性の一人でしかない。よって株主総会では容赦ない叱責を受けることになっていた。
株主総会の論点は発売してから半年近くが経過したというのに、稼働しているソフトが一つしかないことであった。その問題は敷嶋奈緒子に関係のない話であったけれど、ここまで代表取締役を含めた全員が叱責を受けていたのだ。人気に陰りが見えるアルカナのプロデューサーも例外ではなかった。
「お配りした資料にある通りです。全ての計画を見直し、次期プロデューサーの里山へとバトンを繋ぎます。全ての原因は私の初案が間違っていたからです。この場をお借りしまして改めて謝罪申し上げます」
辞任を先に口にしたからか、株主たちの反応は悪くない。配られた対応策もよく考えられており、今後の飛躍に期待できた。
「もちろん、既存ユーザーにも配慮いたします。彼らなくして更なる躍進は望めません。ご理解いただけることと信じております。彼らにとっては有益なアップデートとなることでしょう……」
敷嶋の話は謝罪に終始していたけれど、要点はキッチリ抑えられていた。波乱が予想された株主総会を乗り切る事前準備が十全に成されていたのだ。
最後には拍手で見送られている。
敷嶋は大役をやり遂げた。開発時から四年というプロデューサー生活であったけれど、彼女は満足そうに堂々と壇上を去って行く。
まるで新たなステージへと移行する運命のアルカナが、更なる躍進を遂げると確信しているかのように……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ポータルが混み合っていたため、徹夜を止めた夏美と彩葉は早朝からガナンデル皇国へと来ていた。
やはりロークアットはガナンデル皇国へと向かったらしい。最初の聞き込みであったからか、ポータルにいた司教がそう教えてくれた。
「クラフタットは久しぶり!」
「んだね。とりま皇城まで挨拶にでも行きますか!」
彩葉は真っ先に皇城へ行こうと提案。イベント内容にガナンデル皇国も協力するとあったのだ。であればガナンデル皇は何か情報を持っているかもしれないと。
「アアアアさん、いるかな?」
「どうだろ? いたとしたら徹夜だけど、イベントやってんじゃない?」
告知の直後であれば出会えただろうが、生憎と彼女たちは普通に睡眠を取ったあとだ。如何に廃人プレイヤーといえども、早朝の時間帯はログアウトしている可能性が高い。
美しい聖王城とは異なり、魔王が住んでいそうな外観。岩窟城とも呼ばれるクラフタット皇王城はまさに岩山を削って作られたような建造物であった。
皇王城の正門から堂々と入っていく。彩葉は聖王騎士魔法兵団のマントを身につけていたため、流石に気まずさを覚えている。
「イロハちゃん、堂々としてなよ? イベント中なんだから!」
「そうなんだけど、私はまだレベルが低いし……」
「PKは禁止されてるし、へーきだって!」
見たところ他国の所属は見当たらなかった。夜中に訪れた者たちは既に聞き込みを終えているのかもしれない。
NPCに話を聞きながら、夏美たちは皇王が待つ謁見の間へとやって来た。
「おお、ナッちゃん! で、後ろのはイロハか?」
大扉を開くと意外な人物に声をかけられている。まさかまだ皇王城にいるだなんて考えもしていないことだ。
「アアアアさん、おひさ! まーだ、お城にいんだ?」
「私は死に戻って、少し髪型をアレンジしたの。どうよ? この縦巻きロール!」
自信作だと胸を張るイロハ。彼女は死に戻った際に髪色と髪型を変えたらしい。現在のイロハは茶髪ではなく、ファンタジー色の強い水色をしている。更には肩の辺りから緩いウェーブをかけ、耳元の髪は漫画やアニメでお馴染みの縦巻きロールであった。
「わはは! 似合ってるぞ。どこの悪役令嬢がやって来たのかと思ったじゃないか?」
「死に戻ったときにスバウメシアへ移籍しようと決めたんだよ。だからファンタジーっぽく仕上げてみたってわけ! さあ、跪きなさい!」
彩葉は完全に悪役令嬢気取りである。そんな彼女にアアアアは相変わらず面白いなと返していた。
「それでアアアアさん、私たちはローアちゃんの捜索に来たんだけど、持ってる情報を全部吐け! 今すぐによ!」
「悪役ロールがキマってんじゃねぇか? まあ俺も三時に寝たからな。情報として持ってるのは皇王城周辺までだ。やはりロークアットはガナンデルに来たみたいだぜ?」
アアアアは素直に情報をくれる。寝る前に聞き込みをしただけであるらしいが、それでも三時間近くを要したものであるというのに。
「じゃあ、どこにいるかは分かんないの?」
「レベル制限が50だから、この辺りのダンジョンにはいないと思うんだが、簡単な場所で見つかるとは思えんな」
夏美の問いには推論を返す。確かに初心者クラスを排除しただけで、大半のプレイヤーが参加できる。ガナンデル皇国のダンジョンはいずれも高難度であり、ロークアットがダンジョンに迷い込んだとは考えにくい。
「んじゃ、クラフタットから探すかぁ……」
「なあ、ナッちゃん……」
別れようかというところで、アアアアが話を続ける。まだ彼は情報を持っているのかもしれない。
「俺も連れてけ――――」
意外な話であった。夏美と彩葉は目が点になっている。
アアアアはガナンデル皇国の上位貴族であり国務大臣でもある。その彼が聖王国所属の二人に同行するだなんて。
「アアアアさん、本気? 裏切りとか叩かれない?」
「イベントだろ? 問題ないねぇよ。お前たち二人を見てると、昔みたいに戦ってみたくなっただけだ」
確かにイベントは牧歌的な内容であり、敵対する二国も友好的な関係に思える。さりとて皇国の重鎮と聖王国所属の勇者がパーティーを組むなんて誰も予想していないはず。
「ナツ、いいじゃん? 面白いよ!」
「そうだぞ? 面白いに決まってんだろ。それに俺はマスターメールでプレイヤー同士の戦いに否定的なメールを送りまくってる。国同士の戦争はつまらんと常々文句を言ってるからな。このパーティーは運営に対する意思表示だ!」
アアアアは要職に就く者に依頼されるプレイヤーマスターをしている。それはゲーム内容の改善を期待したものであり、率直な意見を述べて構わない。彼は運営に対して戦争イベントの廃止を求めているようだ。
「はぇぇ、流石はプレイヤーマスター……」
「ん? ナッちゃんはPMじゃないのか?」
「違うよ! 勇者はプレイヤーマスターじゃないの。たぶん戦闘系だから死に戻る可能性を考えてんじゃない? 死に戻ってプレイしなくなる可能性あるし」
要職に就く殆どのプレイヤーはPMであったというのに、勇者はそれに含まれていないらしい。その理由は夏美が話す通りに戦闘を基本とするジョブには与えられていなかった。
「じゃあ、パーティー申請するよ?」
もう夏美は悩まなかった。アアアアが良いというのだから、知ったことではないと。直ぐさま申請を出し、アアアアがパーティーに組み込まれている。
「アアアアさん、つよ! ちゃんとレベリングしてんじゃん!?」
イロハが声を大きくした。それもそのはずアアアアはレベル118である。色々と内政に勤めなければならない立場であるといういのに、彼は今も一線級の強さを維持していた。
「俺は戦う大臣なんだよ。やっぱゲームだしな!」
乾いた声で笑うアアアア。彼は廃人プレイヤーらしく、立場的な責任をこなしながらも戦い続けていたようだ。
「なーら、何が出てきても安心だ!」
「あたしは楽させてもらおう」
「おいおい、ちゃんと仕事しろよな?」
どうにもアアアアは楽しくなっていた。それこそ右も左も分からなかったβテスト時代を思い返している。
楽しかった冒険が再び始まる予感を覚えていた……。
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