思わぬ出来事
『制約違反です――――』
どうしてかログアウトが受け付けられない。何度も押してみるも、ログアウトボタンは明確にグレーアウトしており、同じ表示が脳裏に流れた。
「マジか……?」
なぜだろうかと考えるも、回答は一つしかない。契約時に見せられた条項が原因。その一つが影響しているのだろうと。
【奴隷は主人に付き従い、いつ何時も主の目が届く範囲に留まるべし――――】
特に気にしていなかったことだ。けれど、内容を精査するとログアウトできない理由が分かる。
セイクリッド世界において、奴隷契約は神と交わすもの。主人の目が届く範囲に現実世界がないことは確かだし、そもそもセイクリッド神ですら管轄外なのだ。世界線を越えてしまう諒太がログアウトできるはずもなかった。
「神の契約……」
こうなると諒太は借金を完済するまでセイクリッド世界からログアウトできなくなる。二百万ナールという借金を返済し終えるまで。
「リョウ様、どうなされたのですか?」
いつまで経ってもそこにいる諒太にロークアットが声をかけた。いつも通りなら、諒太は瞬時に姿を消していたのだ。その彼が留まる理由を彼女は理解できない。
どうしようかと考えるも、諒太はロークアットの奴隷だ。ここは主人に事情を話すべきだと思う。
「いや、奴隷となったから、元の世界に戻れないんだ……」
「本当ですか? あの契約内容が問題でしょうかね?」
聡いロークアットは直ぐさま原因を突き止めていた。その推測は諒太も同意見である。契約が問題となり、異世界線である現実に戻れない。世界間の繋がりがない現実世界は主人であるロークアットに付き従える環境とは言えないようだ。
「どうしたもんかな……」
幸いにも明日からは七連休である。途中にある一日をズル休みすれば十連休だ。ログアウト問題を諒太はその期間中に何とかしなければならない。さもなくば失踪者扱いを受ける羽目になってしまうはずだ。
「あ、あの……リョウ様……。わた……わたくしのベッドは大きいので、ごごご、ご一緒しませんでしょうか……?」
とんでもない提案があった。かといってロークアット自身も平常心とは言い難い。彼女としては勇気を出したのだろうが、諒太はその申し出を受けるわけにはならなかった。
「俺は奴隷だから、そこのソファで寝るよ。他に部屋を用意してくれてもいいのだけど……」
「そそそ、それはいけません! どど、奴隷はいつ何時も主と共にあるものですから! そ、そうですわ! セイクリッド神様が定めた掟ですよ!?」
急に声を大きくするロークアット。まあ確かに諒太はその掟とやらでログアウトできないのだ。別室が駄目だと言うのならば、ソファで眠るだけである。
「じゃあ、ここで良いよ。流石に姫君と一緒のベッドはなぁ……」
「わたくしでしたら構いませんのに。寧ろその……」
夜中にありがちの高揚感がロークアットを積極的にしているのだろうか。いつもより踏み込んでくる感じがしている。
ロークアットが妙な話を始める前に諒太はソファに寝転がった。王城であり、それも姫君の部屋にあるソファだ。横になるや身体が沈み込み、心地よい肌触りに眠気を催す。
「このソファは凄く安らぐよ。ロークアットお休み……」
「あ、はい! お、お休みなさいませ……」
少しばかり残念そうな声が届くも、諒太はそれ以上に返答しなかった。
どうしたものかなと現状を考えるつもりが、予想以上に快適なソファは直ぐさま諒太を深い眠りへと誘っていった……。
◆ ◆ ◆ ◆
諒太が深い眠りについた頃、運命のアルカナ内にあるセイクリッドサーバーは大騒ぎとなっていた。
「ナツ、今週はレベリングどころじゃないね!」
「聖王騎士団長としては負けられないよ!」
夏美と彩葉が意気込んでいる。というのも連休に入ったということで、大々的なイベントが始まっていたからだ。
★イベント★『迷子のロークアット姫殿下』
4月29日0時開始!
【参加条件】
全エリアレベル50以上であればご参加いただけます。
【内容】
スバウメシア聖王国のロークアット第一王女が行方不明!?
最後に殿下が目撃されたのは正教会エクシアーノ支部にあるポータル設置棟。彼女は王族専用の転移パスを所有しており、何処かへと転移してしまったらしい。
聖王国の捜索要請を王国と皇国は快諾。姫殿下が見つかるまで、人員を相互に受け入れる条約を結んだ。これにより三大国による大規模な捜索が始まる。
【イベント概要】
NPCからの情報を頼りにロークアット殿下を見つけだそう。進捗状況により様々なアイテムがもらえます。もちろんロークアット殿下を発見したプレイヤー(パーティー)には超豪華なアイテムを進呈。善属性プレイヤーはセシリィ女王陛下からアイテムを進呈され、悪属性プレイヤーは身代金がもらえますので善悪問わずご参加いただけます。
【ヒント】
ロークアット姫殿下は現在六歳です。薄い水色のワンピースを着ています。
【捕捉】イベント開催中はガナンデル皇国への入国制限が撤廃されます。また開催期間内においてプレイヤー同士の戦いを禁止し、全エリアにおいて街道周辺の魔物レベルを50までと引き下げます。加えて開催期間内はポータル使用料が無料となり、未踏のエリアでも自由に行動可能となります。
★キャンペーン★『ガナンデル皇国移籍キャンペーン』
【期間】
4月29日0時~5月8日0時まで
【参加条件】
全プレイヤー
【特典】
期間中にガナンデル皇国へと移籍したプレイヤーは期間内のみ魅力値三倍! NPC好感度上げにそのまま反映されます。(移籍済みプレイヤー含む)
更には豊富に用意されたレアアイテムから三点お選びいただくと、クラフタット冒険者ギルドの受付にてアイテムを受け取ることができます。(移籍済みプレイヤー含む)
【注意事項】期間中のみガナンデル皇国への入国料は無料となります。ただし、移籍されなかった場合は期間以降の入国ができなくなり、再入国には通常通り100万ナールが必要となります。
唐突に発表された告知は二つ。一つは事前に通知のあったガナンデル皇国移籍キャンペーンである。ただそのキャンペーンに運営はイベントを重ねてきたようだ。
「ナツ、こう見えて私は名探偵イロハと呼ばれていたのだよ!」
「奇遇だね! あたしも名探偵ナツとして近所じゃ有名なのよ!」
争いごとではないイベントは本当に久しぶりであった。よって夏美も彩葉もやる気に満ちている。牧歌的なイベントを彼女たちは楽しむつもりらしい。
「しっかし、ここで移籍キャンペーンと来たか……」
「だね。恐らくローアちゃんはガナンデル皇国に向かったんじゃない?」
運営の思惑は明らかであった。本命はガナンデル皇国移籍キャンペーンに違いない。従って捜索イベントはプレイヤーが皇国中を彷徨くような内容となっているはずだ。
「ナツ、早速ガナンデル皇国へと行こう!」
「よっしゃ! アアアアさんにも挨拶しとかなきゃね!」
二人は張り切っている。スバウメシア聖王国に移籍してから、ガナンデル皇国へはあまり行っていない。別に縛りはなかったけれど、良い顔をしないプレイヤーが少なからずいたからだ。
徹夜になりそうな予感。気持ちが逸って仕方がない。
二人は誰よりも早くロークアットを見つけだそうと思った……。
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