土竜
目的地までは徒歩になる。南には街がないのだから歩いて行くしかなかった。
諒太はソラを連れてセンフィスの街門を潜っている。
とても良い天気だった。見渡す限りに青い空。借金さえなければと思わざるを得ない。首の皮一枚でぶら下がっている諒太はこの清々しい一日を満喫することができないのだ。
「マスター、飛んでいきましょうよ?」
またもやソラが徒歩を嫌がるようにいう。先ほど説明したというのに、諒太には羽がないことを彼女は理解していないのかもしれない。
「ソラ、俺も飛べるなら飛んでいきたいさ。だけど俺には羽がないし、飛ぶことができないんだよ」
今度は丁寧に説明する。魔物にも分かるようにと。
ところが、ソラはまるで理解していない感じだ。どうしてか彼女は諒太に抱きついているのだから。
「お、おい!?」
「しっかりと手を回してくださいね?」
突然のことでわけがわからなかったけれど、次の瞬間には身体が浮いていると察している。諒太を抱えたソラが翼をはためかせていたのだ。
「助かるが、どうして向き合ってんだよ!?」
ソラの胸に顔を埋めるような格好である。運んでくれるにしても他の姿勢があっただろうにと。
「ワタシの力では落としかねません。マスターに抱きついていただく方が安全ですし、マスターの秘めたるご要望にお応えしたまで……」
「そんな要望をした覚えはねぇよ!」
まあ確かに上空から落下しては一溜まりもないだろう。よって、しがみつくという方法は間違ってはいない気もする。下心を抜きにしても……。
元が男を魅了するセイレーンであるソラ。従って彼女のアレはかなりのボリュームがある。決して顔を埋めようとはしていないのだが、身体を反るようにしたとしても、その攻撃範囲から諒太の顔は逃れられない。
「マスター、欲望を解き放っていただいてもよろしくてよ?」
「黙ってろ! 俺は理性的な男なんだよ!」
まったくと諒太。しかし、時間がない彼にとって空の旅は本当に助かっている。
運び方には難があったものの、別に害があるわけでもないし、寧ろ至福といえるものだ。よって諒太はそれ以上の文句を口にしなかった。
しばし空の旅。景色は視界一杯の大きな双丘だけであったけれど、揺れる度に触れる柔らかな感触を諒太は開き直って満喫している。
「マスター、あの辺りですかね? 放し飼いの牛たちが見えます」
「俺にはオッパイしか見えんが、たぶんそうだろう。そこへ降ろしてくれ」
「了解しました……」
バッサバッサと羽をはばたかせながら、ソラが降りていく。相変わらず二つの丘しか見えていなかったけれど、諒太にも牛の鳴き声が届いていた。
「意外と近かったですね?」
「本当に助かったよ。ソラをテイムして良かった……」
「ウフフ、それはどちらの意味でしょうか? まあ、どちらにせよ満足いただけたのなら、ワタシは嬉しいです」
予想外の返しに諒太は顔を赤くしている。エンジェルに進化したソラであったけれど、どうも前身の男を惑わす成分が過度に残っている感じだ。純潔感のある天使イメージと彼女はかけ離れている。
「さ、集落に行くぞ!」
返答はせず、諒太はクルリと背を向ける。何をいってもからかわれる気がしたのだ。従って興味のないフリをするだけである。
周囲は山どころか、森すらない見渡す限りの平野であった。牧場と農地らしき土地の間に、不規則に並んだ小屋が見える。
「すみません。ギルドから依頼を受けた冒険者なのですが……」
諒太は農作業をする人に声をかけた。状況を伺ってから対策すべきと。現れやすい場所があるのなら、話を聞いておいて損はない。
「ああ、やっと来てくれたのかい? 土竜の大発生なんてとんと記憶にないことなんだけどねぇ……」
村人はお婆さんである。彼女は収穫した野菜の荷造りをしていた。恐らくは王都へと出荷する商品なのだろう。
「村長を呼んでくるから、待っててくれるかい?」
言ってお婆さんは大きめの小屋へと入っていく。村長というからには王政府に対策を求めた人物に違いないだろう。
しばらくして現れたのはお爺さんであった。名はデネブというらしく、やはり土竜の駆除を求めた人である。
「しかし、お前さんたち二人か? 儂は大発生じゃと伝えたんだがな……」
デネブは現れた冒険者が二人であることに苦笑い。当然のことながら、それは落胆を意味している。
「問題ありません。俺はBランク冒険者なんです」
「おお、そうじゃったか! 上位冒険者を寄越すなど大臣もやりおるわい!」
一転して大きな笑みを見せるデネブ。どうしてか彼は明らかに羽が生えたソラについて何も聞いてこない。城下では大注目を浴びていたというのに。
「デネブさんは、彼女が気にならないのですか?」
諒太は先に聞いておくことにした。あとあとになって魔物だとか騒がれないためにも。
「どうしてだ? 彼女はちゃんとテイムされておるじゃないか? 美人だし歓迎するぞ!」
「いや、一応は魔物ですよ? 怖くないのかと……」
「馬鹿なことを言うな。この村は全員が農民であり、テイマーなんじゃぞ? 君を尊敬はしても怖がる者などいない。エンジェルをテイムできるなんて流石はBランク冒険者じゃな?」
カッカと笑うデネブ。この村は全員がテイムを持っているとのこと。従魔を使って魔物を駆除したり、作業の手伝いをさせているらしい。だから諒太が魔物を連れていたとしても、別に大した問題はないようだ。
「では依頼内容の確認ですけれど、土竜はどれくらいいるのでしょう? 殲滅したいと考えていますが……」
「それは有り難いの! 恐らく群れは百を超えているだろう。特に野菜畑の被害が大きい。大型の土竜は牛をも食べてしまうのだがな……」
聞けばそこら中に大穴があいているそうだ。またそれは繋がっており、ダンジョンのようになっているらしい。
「てことは大穴に入っていけば、退治できるのですか?」
「奴らは夜行性じゃからな。昼に退治するなら入っていくしかないの。どうかよろしく頼みたい。儂らの従魔では土竜に対抗できんのじゃよ。奴らの皮膚は硬すぎる。地上に現れてしまえば、儂らは奴らが食い散らかすのを眺めるしかできんのじゃ」
村人の従魔で一番強い魔物がホワイトウルフなのだという。かといってホワイトウルフもDランクの魔物である。初心者レベルでも狩れるような魔物であり、それがCランクという土竜を倒せるはずもなかった。
「土竜は目が悪い。じゃが、異様に鼻が利く。匂いで空間を理解するのじゃ。攻撃方法は鋭い爪の引っ掻きがメイン。稀に毒を吐くのが厄介なところじゃ。儂の従魔が毒でやられてしまったことがある。それ以来、儂らは土竜が現れても追い払うことすらできなくなった……」
やはりCランクモンスターである。単純な攻撃だけでなく、遠距離攻撃となる毒を吐くだなんて。恐らくそれは猛毒とは違うだろうが、注意しておくべきだろう。
「了解しました。では早速行ってきます」
「よろしく頼む。小屋を用意しておくから、何日かけても殲滅してくれい」
どうやら泊まり込みを想定しているらしいが、諒太は数時間でケリを付けようと考えていた。幾ら報酬が良いとはいえ、このクエストだけで利子が払えるはずもないし、元金を減らしていかないことには利子はずっと十万ナールのままである。
早速と畑へ向かう諒太とソラ。デネブが話していたように、そこら中に大きな穴があいていた。
「完全にダンジョンじゃないか……」
地上で待っていたとして夜行性である土竜は現れない。ならば時間がない諒太は大穴へと入っていくだけである。
急な坂を下りていく。光魔石の灯りを頼りに諒太はダンジョンを進んだ。
「マスター!?」
魔物の気配を察知したのかソラが叫んだ。Aランクのエンジェルに進化したとはいえ、まだ彼女はLv1。ソラを土竜と戦わせるわけにはならなかった。
「ソラは後ろに。俺がやっつける……」
現れた魔物は中型という一般的な土竜である。諒太が期待した特大ではない。
早速と諒太はファイアーボールを五個ばかり生み出し、それを土竜へとぶつけている。斬り掛かるなど時間の無駄であると。
だが、その方法は完全に間違っていた。手間を省くという思考は良かったのだが、ファイアーボールは大爆発を起こしてしまう。直撃を受けた土竜は跡形もなく消失し、討伐証拠である爪は剥ぎ取れなくなっていた。
「中型で良かったと考えるべきか。大損するところだったな……」
消失した土竜が特大でなかったことに安堵するも、急な通知音に諒太は驚かされてしまう。
『ソラはLv3となりました』
『ソラは【キュア】を習得しました』
続けて鳴り響いた通知音。レベルが上がったのかと思えば、その通知はソラに関することであった。
「魔物もレベルアップできるんだ……」
テイマーについて興味もなかった諒太は少しばかり驚いたけれど、よくよく考えれば魔物を強くできなければ面白みがない。使い捨てのコマとするだけでは、誰もテイムなど覚えようとしないはずだ。
諒太は笑みを浮かべた。テイマーの面白み。従魔が成長すると分かったからだ。
「おいソラ、レベルが上がったぞ? 回復魔法まで覚えたみたいだな?」
パーティーを組んでいるだけでソラがレベルアップする。彼女はAランクモンスターであるし、この先に進化もあるかもしれない。育て上げたならば、きっと戦力になることだろう。
「はい! マスターの従魔であれば、夜の秘奥義『四十八手』の習得も可能となるでしょう!」
思わぬ返しに諒太は眉を顰める。そういえば真っ当なエンジェルではなかった。彼女はエンジェルであるけれど、ある意味においてはセイレーンのままだ。これには一抹の不安を覚えるけれど、諒太はソラに頷きを返している。
ゲーマーの血が騒いで仕方がない。性癖に難を抱えるソラであったが、彼女は紛れもなくAランクモンスターだ。ならば諒太はその先にあるSランクモンスターへの進化を目指したいと思う。
借金返済に奔走しながらも、諒太は新たな目標を手に入れていた……。
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