次なる依頼
『ソラは錬成により【セイレーン】から【エンジェル】に進化しました』
この通知には愕然としてしまう。確かに天使をイメージしたけれど、まさか種族まで変えてしまうとは考えていなかった。
眼前には純白の羽になったソラがいる。通知の通り、本当にエンジェルへと進化してしまったらしい。加えて彼女の首元には先ほどまでなかった金色のリングが取り付けられていた。
「マジかよ……」
とりあえずは確認するしかない。キョトンとするソラに聞いたとして分かるはずもないのだから。
【ソラ】
【エンジェル・Lv1】
【ランク】★★★★
【装備】妖精女王のローブ(改)
【ATK】8
【VIT】31
【DEF】10+5
【INT】65+20
【AGI】30
【スキル】チャーム3
【備考】テイム中
本当にエンジェルとなっていた。こんな話は聞いたことがない。進化自体はアルカナにも存在するのけれど、セイレーンがエンジェルに進化するなんて明らかに法則を無視している。しかもモンスターランクはAとなり、一度に二段階も跳ね上がっていた。
「また俺はやっちまったのか?」
まあしかし、今となってはだ。既にエンジェルであるのだし、考えようによってはセイレーンを連れて帰るよりも良かった。何しろセイレーンには多くの漁師が被害に遭っている。彼らの遺族からすれば、セイレーンは討伐すべき魔物でしかないはずだ。
意図せずセイレーンからエンジェルへと進化させてしまった諒太。流石に戸惑っていたものの、結果としてエンジェルになってしまったのだから、今さらどうすることもできない。
「ま、いっか……」
羽のところはちゃんと結び目ができていたし、ソラも見違えるほど純白で美しい羽となっていたのだ。テイム中であるのなら何も問題はないと思い直している。
「マスター、これはどういうことでしょう? ワタシは服を着ただけでは?」
困惑するソラ。しかし、諒太はその返答を持っていない。諒太にとっても、この錬成は異常事態であったのだから。
「分からんが、どうやら進化してしまったらしい。ソラ、レベルは前から1だったのか?」
「ああいえ、レベル30でした……」
流石にCランクの依頼である。進化する以前のソラはレベル30であったという。
「セイレーンだった頃の記憶は残ってる?」
「ええまあ……。ですが、過去の行いを振り返ると、どうしてか居たたまれない気持ちになってしまいます。先ほどまでは考えもしなかったのですけれど……」
なるほどと諒太。エンジェルは善悪でいうと善となるだろう。従ってセイレーンだった頃に人を襲った記憶は悪事として感じられているのかもしれない。
「それは良いことだぞ? これからも善悪について学んでいけ。それで早速だが、この男の魅了を解いてくれないか? 流石に放置はできない……」
今も、うわごとのようにお姉ちゃぁぁんと口にする気持ちの悪い男。ソラ以外のセイレーンを倒したというのにまだ魅了されたままだ。
「了解しました……」
言ってソラは右手を高々と掲げた。魅了するには腰をくねらせていたけれど、どうやら解除には異なる方法があるらしい。
刹那に響く鈍い音。ソラの右手は勢いよく振り下ろされ、男は殴りつけられていた。
まさかの物理的解除に諒太は唖然としている。派手に転んだ男には同情するしかない。
「はっ!? 俺は……!?」
どうやら気が付いたらしい。正気に戻った彼は自分が何をしていたのか、現状を把握できていない感じだ。
「大丈夫ですか? 貴方はセイレーンの魅了を受けていたのですけど……」
「そういや俺は湖の畔でセイレーンにエンカウントしたはず……。そこからの記憶はないが、あんたが助けてくれたのか?」
困惑しながらも男は理解してくれたらしい。記憶にある最後の場面が決め手となったようだ。
頷く諒太に男は笑顔を見せる。後頭部をさすりながらも感謝を口にしていた。
「兄貴、ありがとう! 俺はケチな盗賊でダインってんだ! もしもディストピアに用事があるなら、いつでも俺を頼ってくれ!」
眉根を寄せる諒太。ディストピアとは初めて聞く地名だ。攻略ページにも見た記憶がない。
「ディストピア? 何だそれは?」
「はは! 兄貴は真っ当な人間なんだな? ディストピアは犯罪者の街だ。札付きの悪が集まってる。闇市は掘り出し物もあったりするし、役に立つかもしれないぜ?」
「闇市か……。フェアリーティアとか売ってたりするのか?」
「流石にフェアリーティアはなかなか出回るものじゃないな! まあでも俺は恩返しがしたい。いつでも声をかけてくれ!」
言ってダインは去って行く。左手を振り、右手で後頭部をさすりながら……。
ダインが森の中に消えていくと、木陰へと隠れていたソラがスッと顔を出す。
「ソラ、どうして隠れていたんだ? お前はもうセイレーンじゃないだろ?」
「いえ、あのような汚物にて空腹を満たそうとしていた自分に嫌気が差していたのです。エンジェルとなったからでしょうか。ゴミが視界に入ると気分を害しますので、申し訳ありませんけれど隠れてしまいました……。かといってマスターの糞便であれば喜んでいただきます! 寧ろ大好物だと断言できますわ。どうか新鮮な汚物をお与えください!」
この返答には眉を顰める。どうにもソラがおかしなことになっているのではないかと。
先ほど間違いなく確認したはず。エンジェルに進化したことを。しかし、彼女の口ぶりは今も男を惑わすセイレーンを彷彿とさせ、更には性癖が悪化したようにも思えてしまう。
「ソラはエンジェルなんだよな?」
「エンジェルです」
どうにも怪しいけれど、ステータス上はエンジェルに他ならない。少しばかり不安を覚えてしまうが、諒太は詮索を止めて依頼達成の報告へと向かうことにした。
「ソラ、それじゃあ街にいくぞ……」
討伐証明の剥ぎ取りを済ませた諒太は街へと向かう。もう湖には用がない。金策だけが彼の目的なのだから。
ひょんなことからテイマーとなってしまったけれど、スキルの一つであるテイムを覚えたところで、ジョブは相変わらず勇敢なる神の使い(勇者)である。パーティーメンバーが増えただけであった。
「了解しました。では歩いて行くのですか?」
「俺は飛べん。だから徒歩しかない」
とはいえ城下センフィスは直ぐそこである。湖を離れた諒太たちは十分程度でギルドまで戻っていた。
流石に注目を浴びてしまう。街門ではテイムの証しである金色の輪っかを確認するだけであったけれど、ギルドでは興味津々に冒険者たちがソラを見ていた。
「ギルド長、討伐完了しました……」
「お、おう……」
流石にダッドも目を丸くしている。一人で討伐に向かったはずの諒太が天使を連れて戻ったのだから、驚くのも無理はない。
「これが討伐証明の羽です……」
割とテンパっていた諒太は説明することなく、剥ぎ取り部位を取り出す。できるなら何の弁明もしなくていいようにと。
ところが、流石にスルーしてもらえるはずがない。何度か頭を振ったダッドは諒太に問いを返している。
「おいリョウ、その姉ちゃんはお前の使役獣なのか?」
やはり説明は避けられない。だが、どこから話せば良いのか諒太自身も分からないのだ。よって端的に答えるだけだ。
「ええ、そうですけど……」
「いや、お前がテイムスキルを持っていたなんて知らねぇんだが!?」
それは諒太も同じである。テイマーなんて目指したこともないし、結果的になってしまっただけなのだ。
「彼女はソラ。種別はエンジェルですね。俺はいち早くお金を貯めなきゃなんで、彼女をテイムしてみたのですよ」
苦しい言い訳であるけれど、元がセイレーンだなんて話すわけにはならない。だから道端で拾ったように軽く言ってしまう。
「リョウ君、テイムって簡単にいうけど、酪農家でも苦労するのに……」
ここでアーシェが口を挟んだ。どうやら現状のテイムは酪農家が好んで手に入れるスキルのようだ。家畜を守るために、酪農家は魔物を使役することが多いという。
「といってもできたんだ。このリングを見てもらったら分かるだろ?」
「まあ確かに。リョウ君は本当に人並み外れてます……」
「アーシェ、登録証を持ってこい。一応は使役登録をしなければならん」
ここでダッドが指示を出す。どうやらソラの登録をするようだ。
エンジェルとはいえ彼女は魔物に分類される。従って主人を明確にする必要があるらしい。
「一応は魔物をテイムする冒険者もいるんですよね?」
諒太が聞いた。書類がある以上は前例があるのだと。万が一の場合に責任の所在を明確にするのは過去からの経験によるものか、或いはアルカナの世界から引き継がれた理に違いない。
「たまにいるんだよ。かといってホーンラットやラージラビットくらいだ。Dランク以上の魔物を登録するのはお前が初めてだよ……」
呆れたように話すダッドだが、諒太が一般的な冒険者でないことくらいは彼も分かっている。だからこそ彼はセイレーンの討伐依頼を男性である諒太に依頼したのだから。
「それで俺は彼女に清掃とかの仕事を任せたいのですけど……」
ここで諒太は切り出している。二手に別れて依頼をこなしたいと。借金を抱える事実を知るダッドならば了承してもらえると思って。
「流石に使役者と離れての行動は許可できん。Aランクの魔物が一人で来たのなら、流石に依頼主が困惑してしまう。住民がソラを認識し、害がないと理解するまでは絶対に無理だ」
残念ながら、諒太の願いは却下されてしまう。だが、理解もしている。魔物が一人で彷徨くなんて許可できるはずもないのだと。
「じゃあ、次の依頼をもらえますかね?」
「ああ、次は南に行って欲しい。お前と入れ違いで依頼が入ってきた。討伐場所は王都の台所ともいえる南のエリア。大勢の農家が集落を作って住む場所だ」
「農家? 南には街などありませんよね?」
諒太が知る限り、アクラスフィア王国の首都センフィスは大陸の南東にあり、センフィスより南には街はなかったと記憶している。
「街はないが、村というか集落があるんだよ。生産されるのは農産物だけでなく牛や羊まで。センフィスより南には魔物が少ないからな。彼らは普通に暮らしているぞ」
聞けば王都より南には平野が拡がっているだけのよう。魔物たちが好む森や岩山がないらしい。比較的安全なエリアということで街壁に囲まれていない集落が存在しているようだ。
「なるほど、じゃあ何が問題となっているのです? 魔物被害なんですよね?」
「うむ、実は大量発生しているのは土竜だ……」
「モグラ?」
土竜と書いてモグラ。漢字から受ける印象とは異なる魔物が問題となっているらしい。さりとて諒太が知るモグラであれば、冒険者に依頼書が回ってくるはずもなかった。
「しばらく前から被害が出ている。土竜はほぼ地中にいるんだが、食欲旺盛で何でも食っちまう。しかもデカい個体は五メートル近くあって、出現する度に大穴があくらしい。王都の食糧事情にも直結している問題だからと大臣が直々に依頼してきたんだ」
依頼を受けたダッドだが、正直にランクを付けかねているらしい。通常は犬程度という土竜なのだが、牛よりも大きな個体が複数見られるという。
「王国の依頼ですか……」
「リョウが関わることは伏せておく。単体の土竜はCランクだが、群れによってはBランク級になる依頼だと俺は考えているんだ。だからお前に任せたい。報酬だって半端ねぇぞ?」
言ってダッドは依頼書を見せてくれる。
どうやら殲滅の依頼ではないようだ。討伐ごとに報酬が用意されているらしい。
五メートル強の特大個体には一体千ナール。牛程度の大個体には一体五百ナール。通常の個体には一体百ナールが支払われるという。
「やります! 任せてください!」
その報酬には即決するしかない。利子分だけでも貯めなければ、奴隷オークション行きである。何しろ特大とやらは苦労して採掘したミスリルと同じ価格なのだ。倒すだけで良いというのなら、効率は遥かに上回るはず。
「リョウ君、そんな安請け合いして大丈夫?」
やはりアーシェは心配しているけれど、諒太としては平気である。ここはプレイヤーたちの出発地点アクラスフィア王国なのだ。高難度クエストがあったとして、十分に戦えるだろう。
「アーシェだって俺の強さを知ってるだろ? 今やBランク冒険者だぞ?」
「そうだけど心配だよ……」
「フハハ! お前たち、まるで新婚さんみたいだな!?」
諒太とアーシェを茶化すようにダッド。そんな気は少しもなかったけれど、例によってアーシェは顔を赤らめている。
距離感がなかなか掴めない。諒太としても踏み込むつもりはなかったのだが、冷たく接するのも違う気がしている。
「じゃ、じゃあ、行ってくるよ!」
「気を付けてね!」
最後まで新婚ぽくなってしまう。まあしかし、仕方のないことだ。
諒太は依頼を受ける冒険者であり、アーシェは依頼の受け付けを職務としているのだから……。
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