群れを束ねるもの
セイレーンが住み着いたというカンデナ湖へと向かった諒太。かといって五分ほど歩いただけで目的地に到着していた。視界の先には海と見間違えるような湖が拡がっている。
「ここがセイレーンの住み処となったカンデナ湖か……」
見た感じは何も存在しない。棲みついたとは聞いていたけれど、周囲は穏やかなものだ。ひょっとするとセイレーンの住み処は対岸なのかもしれない。
「これは骨が折れそうだな……」
見渡す限りに湖が拡がっている。だが、湖岸には木々の茂る場所が見えた。当てもなく彷徨うよりも、諒太は魔物が居着いていそうな森周辺を調べることに。
そこは鬱蒼とした森であった。どうやら湖に流れ込む川沿いに木々が生い茂っているらしい。
「あれは……?」
どうやら当たりであったようだ。森の奥から鳥の鳴き声が木霊している。それはかなり大きく普通の鳥がさえずっているのと明確に異なっていた。
「十羽はいるじゃないか……?」
静かに忍び寄り、諒太は低木の隙間から観察する。
開けた場所にある巨大な岩の上に十羽程度がとまっているのが見えた。恐らくそこはコロニーとなっているはず。岩の上には枯れ枝で作られた巣らしきものが幾つも見られている。
「下に転がってる骨は襲われた人のものか……」
戻らなかった冒険者であるのか、或いは襲われた漁師だろうか。無惨にも食い散らかした跡があった。ここで確実に仕留めておかないと、また違う場所へと移動し、彼女たちは人を襲い続けるはずだ。
「ま、ファイアーボールで瞬殺だな……」
諒太は遠距離での攻撃を選択する。剣技にて対抗する必要などないと。
ファイアーボールの熟練度はレベル84だ。従って諒太は一度に84個のファイアーボールを無詠唱にて生み出せる。幾ら群れていようと所詮はCランクモンスターであり、諒太の敵ではなかった。
ところが、諒太がファイアーボールを発動させようとした瞬間、どうしてか群れが騒ぎ始める。
気付かれたとは思えない。けれど、セイレーンたちは何やら興奮している様子だ。
「んん?」
観察を続けると湖の方から男性が現れた。しかも彼は覚束ない足取りで、フラフラと岩山へと近付いている。
「あれって魅了されてんじゃねぇのか!?」
咄嗟に茂みから飛び出す諒太。いち早く男の魅了を解かねばならない。セイレーンたちはご馳走がやって来たと騒いでいるはずなのだから。
「おらぁぁぁっっ!!」
一頭を斬り裂き、返す刀でもう一頭。女性に斬り付けているようで罪悪感があるけれど、元よりセイレーンは凶悪な魔物だ。斬り倒すのに躊躇してはならない。
諒太に気付いたセイレーンは一層興奮しているようだ。更には身体をクネクネと動かし、魅了を発動させようとしている。
「効くかよっ!」
瞬く間に諒太は一掃していく。合計十二頭のセイレーンがいたのだが、気付けば残りは上空へと逃げた一頭だけになっていた。
「逃げていく前に魔法で倒すしかないな……」
空を飛ぶ相手にはファイアーボールを命中させるだけだ。無詠唱にて五個ばかり生み出した直後のこと、
「お待ちください!」
どこからともなく声が聞こえた。それも女性の声。だが、周囲には魅了された男しかいないし、彼は今も夢うつつである。
「貴方様の頭上におります。ワタシは群れを束ねていたものです……」
即座に上空を見上げる。どうしてか諒太はセイレーンに話しかけられているようだ。にわかには信じがたいことであったけれど、INT値が高い魔物はゲーム内でも言葉を操れるはず。
「何だ? この期に及んで命乞いか? それとも俺を魅了してみるか?」
どうせ逃がしはしない。魔物と会話するのは初めてだった諒太は少しばかり彼女に付き合うことにした。
「貴方様の魅力には敵いませんよ。どうかお助けを……」
どうやらセイレーンは諒太の魅力値を理解しているらしい。魅力値に劣る者が上位者を魅了できるはずもないと分かったようだ。
「お前たちは大勢の人を襲っただろ? 逃がすとまた同じことを繰り返す。だから、お前たちはここで殲滅する。逃げられると思うなよ?」
諒太は予想していた。自身の魅力値が高すぎた結果、セイレーンの魅了が効かないのだと。こんな今も少しですら惑わされていない。
「いいえ、逃げません。ワタシは貴方様に服従すると決めました。どうかワタシをテイムしていただきたく存じます」
「テイム?」
ここで聞き慣れぬ言葉が投げられている。
テイムとは魔物を使役することだ。運命のアルカナにも魔物使いとなれるスキルが存在するけれど、正直に役立つスキルとは言い難い。というのもスキル【テイム】は確率が極悪であるだけでなく、テイムできる魔物に条件がある。加えて条件を満たしたとしても、かなり格下と思われる魔物しか使役できない。諒太がテイマーに興味を示さなかったのは、まさにテイムの仕様が原因であった。
「お前が役に立つのか?」
「もう二度と人を襲いません。どのような雑務もこなして見せます。ワタシは上位種でありますし、この通り会話も可能ですからお役に立てるかと……」
素っ裸なのはともかく、諒太に話しかけるセイレーンは完全に人型だった。
セイレーンには足が人魚のような個体や、それこそ下半身が全て鳥である個体も多く存在する。上位種だという彼女の姿は天使を彷彿とさせていた。
ふと考える。諒太は金策をしているのだ。猫の手も借りたい状況にあるのは間違いない事実である。
「お前は掃除とかできるか?」
返答によってはテイムしても構わない気がする。収入は少ないけれど、ギルドには清掃関係の依頼も多い。それをこなしてくれるのなら、テイムするのも手だと思う。
「教えていただけたら何だってします。どうかお願いです!」
言って彼女はスゥっと上空から降りてくる。まるで天使が降臨したようにも見えるけれど、大海原を写し込んだかのような青い羽は彼女が魔物である証しであった。
諒太の眼前に降り、跪くセイレーン。一見すると完全に服従している感じだ。
「俺の命令は絶対だぞ? 二度と人を襲うな。俺がいないときには街から離れていろ。全てを受け入れるのなら契約してやろう……」
諒太は割と興奮していた。だが、それは間近に見る裸体のせいではなく、ただ単に魔物を使役することが彼の興味を惹いたからだ。
「仰せのままに。どうか名前を付けてください……」
どうやらセイレーンは名前を持っていないらしい。彼女は諒太が名付け親になることを望んでいるようだ。
うーむと眉根を寄せる。決してネーミングセンスがあるとは考えていないのだが、初めてテイムした魔物をいい加減な名前で呼ぶのも違う気がした。
「青い羽だし、ウミとか?」
思いつきを口にするもセイレーンは浮かない表情である。どうにもお気に召さないのだと瞬時に理解できるものだ。
「じゃあ、ソラは?」
今度はぱぁぁっと笑みが浮かんだ。非常に分かりやすい。きっと彼女は気に入ってくれたのだと思う。
「俺はリョウだ。よろしくな、ソラ!」
「はい! マスター、よろしくお願いします!」
よく分からないうちにソラは従魔となっていた。テイマーについて興味もなかった諒太はろくな下調べをしていない。従って彼は重大な失態を犯すことになる……。
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