食い違う記憶
土曜日のイベントを経て、諒太はアーシェが回復した世界線へと戻ってきた。しかしながら、休むことなく諒太はセイクリッド世界にログインしている。なぜなら、今日からは金策という問題に対処しなければならない。ロークアットに借りた二百万ナールの借金を返済する必要があったからだ。
両親に出会ったのには驚いたけれど、二人と食事をし風呂も済ませている。徹夜まではできなかったけれど、諒太は限界まで金策するつもりだ。
「一日でどれだけ稼げるか。二万は稼がないと間に合わない……」
こうなると定時で帰ってきた両親が邪魔だと思えてしまう。流石に夜の八時から寝たふりは不自然。一応は部屋の鍵を閉めたけれど、様子を見に来たのなら問題ごとに発展するかもしれない。普通の家族であれば当たり前の光景が、諒太にとっては足枷となった。
アクラスフィア王城の地下。いつものように諒太は陰気な部屋に転移している。
「金策だけど、どこで戦うべきだろうな……」
悩んだ末、諒太はクラフタットへと飛んだ。やはりそこは最後に解放されたエリア。レベル制限のあるガナンデル皇国で戦うべきだと思った。
もう懐かしさすら覚えるクラフタットの街並み。慌ただしかった日々が脳裏に蘇っている。
いざ金策に赴くべく、諒太はメインストリートを抜けて街門へと急いだ。けれど、昼夜を問わず飲んだくれるドワーフが通行の邪魔である。
覚えている明確な転移目標は一時間ほど歩いた大木だけであったため、諒太は仕方なくクラフタットの路地裏へと飛んでいる。しかし、正直に正解であったとは言い難い。
昼間であればまだしも、夜のメインストリートは酔い潰れるドワーフで溢れている。急いでいたというのに、足の踏み場もないほどだ。今後は人目を避けられる転移目標を街の外に見つけておくべきだろう。
若干、苛々していると、豪華な馬車が諒太の直ぐ側で停車する。
「なんだ? 貴族の馬車?」
馬車もまた道端で寝転がるドワーフが邪魔だったのかもしれない。怒鳴るためなのか、不意に馬車の扉は開かれている。
「人族の冒険者、止まりなさい!」
ところが、馬車から顔を覗かせた者はドワーフを怒鳴りつけることなく、明らかに諒太を制止していた。周囲には酔っ払いのドワーフしかおらず、人族の冒険者は諒太以外にいないはずだ。
とはいえ、別に狼狽えることなどなかった。なぜなら諒太を呼び止めたのは知った顔であったからだ。
数日前に冒険者ギルドで会ったセリス・アアアア公爵令嬢その人である。
「見かけない顔ですね? 身分証の提示をお願いできますか?」
どうしてかセリスは諒太を訝しげに見ている。だが、次の瞬間には理解できた。そういえば彼女と会ったのは異なる世界線での話なのだと。
「えっと、ギルドカードです……」
まあしかし、不法入国にはならないと分かっている。諒太は世界線の移行を問題としない。彼が持つギルドカードは正規の入国審査を通過したものであり、ガナンデル皇国の冒険者ギルドでの認証も済んでいたのだ。
「何ですかこれは!?」
ところが、セリスは声を上ずらせている。如何にも問題があったかのように。
さりとて問題はないはずだ。諒太が持つギルドカードにBランク冒険者との表示があれば、この世界線の登録も同じBランクとなっているはず。借金と同じように矛盾は解消されているだろう。
「アアアア公爵家の庇護印がどうして貴方のカードにあるのです!?」
怒鳴るようなセリスは諒太の冒険者ランクに驚いたわけではなかった。どうしてか諒太のギルドカードに公爵家の庇護印というものが押してあるらしい。
だが、問われたとして諒太は知らない。生憎と諒太は何も聞かされていないのだ。あの夜は忙しく、確認している暇もなかった。よって諒太には庇護印が何であるのかも分かっていない。
「庇護印って何です?」
「兵よ、この者を直ちに拘束しなさい!!」
諒太が質問返しをするや、セリスは諒太の捕縛を指示。何の因果か諒太は取り押さえられてしまう。
「ちょっと、俺は何もしてませんよ!?」
「話は馬車で聞きます。場合によっては牢獄行きです」
有無を言わせないのは世界線が変わっても同じらしい。御者台から飛び降りた私兵に手枷を取り付けられ、諒太は馬車の中へと放り込まれている。
見た目通りに馬車は中も豪華であった。貴族にありがちな派手な内装は彼女の権力をそのまま表しているかのよう。
「リョウ、説明していただきます。どうして貴方が我が公爵家の庇護印を受けているのかを!」
馬車に放り込まれたとして返答などない。身に覚えがないことであり、恐らくは異なる世界線の彼女自身が勝手に施したものだ。
「と、いわれましてもね。俺は正規の手続きで入国し、ガナンデル皇国のギルドでランクアップ試験を受けただけです。庇護印なんて知りません」
毅然と答える諒太。ギルドに問い合わせてもらえば直ぐに分かる話だ。ひいては立会人にセリスの名前があることまで考えられる。
「分かりました。冒険者ギルドへと向かいます」
言って馬車が動き出す。諒太は床に倒れたままだ。椅子に座って良いとは聞いていないし、ここは大人しくしておくことに……。
小さく息を吐くセリスは諒太から視線を外していた。
鮮やかな青い髪の毛が小さく揺れている。諒太は何をするでもなく、ボウッと彼女の横顔を眺めているだけだ。
黙ってさえいたら美人だと思う。気が強すぎるところは流石に諒太のタイプではなかったけれど、貴族として相応しい気品が彼女にはあるように感じられた。
冒険者ギルドに到着すると、御者を務める私兵が諒太の身分証明を求めに行く。以前は関係者のようにギルド内にいたセリスであったが、この度は馬車で待機しているだけのようだ。
程なく私兵の男が戻ってきた。ギルドから預かったのか、幾つかの書面を彼は抱えている。
「ご苦労さま。えっと何々……」
早速と目を通すセリス。しかし、瞬時に彼女の表情が驚愕のそれに変わったのは語るまでもない。
セリスは小さく顔を振るだけだ。どうにも納得できない事実を彼女は突きつけられている。
「どうして私が承認してるの!?――――」
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