いずれ訪れる世界線の記憶
強大な魔物が住まう塔の最上階に二つの影があった。一つは人族の男であり、二つ目は明らかにエルフの女性である。
剣を持つ男は世界を救う使命を与えられし勇者。一方で大盾を持つエルフの女性は聖王国の王女殿下だった。本来ならこの二人は出会うことなどなかったはずであり、共闘だなんてあるはずもない。少しの接点も持つことなく二人は互いの生を全うしていたことだろう。
「君は死んじゃいけない……」
勇者が言った。エルフの姫君は失われるべきでないと。
「わたくしがパーティーを外れるなんて未来は存在しませんから……」
エルフの姫君が毅然と返す。強い意志が込められた言葉の通りに彼女は凜々しく微笑んでいる。
「なら始めようか……」
言って勇者が大扉を閉じる。強大な魔物との戦いがそれにより確定していた。
病床に伏すたった一人の少女のために勇者は剣を振るう。またエルフは密かに想いを寄せる勇者のためだけにただ盾を構えた。
本来の世界線と同じく交差することのない想い。すれ違うことすらなく離れていくだけである。
書き換えられた世界線は二人を翻弄し、運命を押し付けるかのように改変を続けていく。
全ては神が成す事象。矮小なる存在はその渦に飲み込まれていくだけであった。