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土曜日ードライブ

 どさくさとはいえデートだとはしゃいで、彼を部屋から一時間も追い出したあげく、選んだのがこんなミニとは、やってしまった。立っているときなら、それほどでも無いが、座るとかなり際どい、ドライブなのに。テレビの前に大きな鏡を買ってもらわねばならない。しかも、彼に寒そうと言われ、照れ隠しに変な反論をしてしまい、車内は無言だ。

 そして何よりの問題は、彼との距離だ、前はさほど感じなかったのだが、今はとんでもなく近く感じる。そのせいで、ずっと外を見ているのだが、これは凄く感じ悪い。分かってはいるのだが、いつものベッドと机ぐらい距離がないと落ち着かない。デート中にスマホを触ると次は無いと、何かに書いてあった為、何もすることがない、そしてこの心地よい揺れ、危険だ。

 車がすこし揺れて目を覚ます、ウインカーの音、どうやらどこかの駐車場に入るようだ。

「休憩しましょう、お茶でもかいます?」

「はい。」

 やっぱり熟睡してしまったようだが、彼の声はいつも通り優しかった。外にでると、海は無かった、道の駅と大きな看板が立っている。

「はい、どうぞ。」

「ども。」

 車に戻ると彼はお茶を渡してくれた。

「その、似合ってると思いますよ、ちょっと目のやり場に困りますが」

「な!」

 近い、さらに近く感じる、それでも、なんとかせねば。意を決して彼の喉元に鼻が付きそうなほど近づく。

「なに!」

 驚いた彼が、窓際まで逃げる。

「ちょっと距離感を補正しているのです。」

「えっと、ライフルとかの?」

「そんな感じです、最近ベッドと机の距離が定着してたから、ちょっと近くて緊張してしまうので、一回おもいっきり寄ってしまえば、大丈夫かと。おっけい!」

 そう言って、私は笑顔で親指を立てる。

「好きですねそれ。」

「いいじゃないですか、便利ですよ。」

 それから海までは、普通に話が出来た。ほとんど私がしゃべっていたが、彼はたまにうなずいて、話をきいてくれていた。ゆったりと幸せな時間が流れるとは、こんなことを言うのだろう。しかし、次のお出かけはあるのだろうか? 好きになるといけないから、もう行かないとか言われそう……あれ? 私が彼を好きにならないように、触っちゃいけないなら、もういいのでは? 逆だったかな?

 私が謎解きの迷路にはまっている間に、車は次の道の駅へ……確かにいっぱいあったほうが便利だと思いますが道の駅おおくない?ちょっと近い。

「海ですよ。」

 そう言って車を降りた彼の後をついていく、潮の香がして、遠くまで来たのだとワクワクする、ちょっと曇り空で、そして寒い! しかし、寒い素振りなど見せたら負けだ。好きな男性の気を引くためだけに、寒いのに肌をみせるなんて、大変だねーなどとからかった友よ、すいませんでした。人は変わる物なのです、しかし彼はさっぱり私の足を見ない、このやせ我慢が無駄な努力でないことを祈るばかりだ。

 灯台へと続く堤防を歩いている間、私は彼とさり気なく腕を組むことに集中し、彼の斜め後ろから、タイミングをうかがう。しかし、意外と難しい。そんなに堤防の幅も無いため、彼がおどろいて避けたり、私が振り払われたりすると、笑えないエンディングとなる。

 寒いから腕くんでもいいかな? とか可愛い台詞が似合うキャラが猛烈に羨ましい! いくら頑張って妄想しても、ありえないことは想像できない。自分からは無理だし、彼が言ってくれる可能性もほぼ無い、ちょっとならいいよとか言ってくれれば、それだけでいくらでも妄想で遊べるのに。

 灯台につくと、彼はよりかかって、海をみている。すごい写真とりたいが、怒られるのでがまん、ぎりぎりまで彼に近寄って、灯台によりかかる。

 思っていたよりも、海は静かだ。鳥も鳴いていないし、波の音もしない。真っすぐに伸びる水平線だけ。私と彼しかいない世界のようだ、すごく贅沢な世界、自分でも気が付かない想像もしない別の世界にいるようだ。横にいる彼を、この世界なら自分の物だと錯覚しそうだ。

 彼は目を閉じてこの静かな世界を堪能しているようだ。今更だが、彼とはほぼ同じ身長だ。今日のように二人ともスニーカーなら、目線も口の高さも変わらない。見上げてキスをねだる女の子を夢見たが、今はこの身長がすこしだけうれしい。油断した彼に、今ならキスしてしまうことも出来るのだから。

「やるなら今ですよ。」

 目をつぶったまま、突然彼はそう言った。えっと、聞き間違えではない、彼はそう言った。もう観念して、私を受け入れてくれる気になったのだろうか。

「ほんとにいいんですか?」

「自分が落ちないように、気を付けて。」

「ん? どういうこと?」

 彼は目を開けて、不思議そうに私をみる。

「いや、さっきから突き落とそうとしてるのかと。」

「してないよ!」

 別の理由で狙いを定めていたが、殺害が目的ではない。

「どんな動機でそんなことするのよ?」

「全裸やクマのパンツをみた男を消すためとか?」

「今ちょっとだけ、殺意をおぼえたけど、そんな事しないし! その為に海に来たとおもったわけ?」

「さっきから、なんかねらってませんでした?」

「それは、腕組んでみたいなって、頼んだらダメって言うでしょ?」

「言いますね、それで殺そうと?」

「だから、突き落とそうなんて、してません!」

「もしかして腕も組んだことないんですか?」

「妄想でしかないです……今痛いやつだと思ったでしょ!」

「思ってませんが、そういうのは無理に急いでしなくても、ほんとに好きな人が出来た時にしたほうが、ずっと記憶に残るんじゃないですか?」

 ほんとに好きだからいいんですよ! 睨んでみても彼は気がつかない。

「そうなのかな? そんなに記憶に残ってるんですか?」

「残ってないから、言ってるんですけど……。」

「いいですねー、恋愛経験豊富だと余裕があって。」

「恋愛に限ってではないですよ、なんでも最初の感動を超えることってあんまりないから。例えば、最初に海をみた感動を覚えていれば、自分はもっといい方に進んだんじゃないかって思うんです。他にも、忘れてしまった感情が沢山ある気がして、最初を大事にして、日記でも書いておけばよかったと思うんです。」

「それはいいですね、私が添削してあげますよ。」

「遠慮します。」

 彼が日記を書くことは無いのだろう、書いたとしても、きっちりと保管して、私が読んだりは出来ないのだ。しかし日記はいい手かもしれない、彼へのラブラブなメッセージを日記に書いて部屋に置いて、たまにしまい忘れて、彼がそれを読めば。いや、彼は読まないか、いつ読んだのか分からなくて、私が一人で混乱してしまうだけな気がする。

「もどりましょうか。」

 そう言って彼が歩きだす。さっきまでの距離の数倍も離れてしまう、もう追いつけないほど離れてしまい、見つけられない、一瞬そんな気がした。私はすごく油断していると気づく。

 いつも当たり前のように、毎日のように会っていた友達とも、もう半年近く会っていない。すぐに会えると思って別れたのに、電話もしていない人もいる。油断していると、人とのつながりは切れてしまう。高校卒業と、地元を離れたことでもう十分わかっているはずなのに、彼のそばにずっといられると思ってしまう、また私は自分に嘘をついているのだろうか?

 道の駅にもどり、彼にレンタサイクルに乗ろうと提案したが、体力がないので無理とことわれてしまった。冷静に考えれば、ミニで自転車に乗ればどうなるか、分かって彼が止めてくれたのかもしれない。せっかくだから半島の先まで行こうと、伊良湖まで行くことに。

 道中の景色はのどかだった。

「こんなのどかなところで育てば、アニメみたいな恋愛してたのかなって思うんですよ。」

「なぜ?」

「だって、のんびりと一緒に歩いて帰る一本道とか、誰もいない神社とか、二人っきりなるポイントがいっぱいあるじゃないですか。」

「普通に学校にもあるでしょ?」

「例えば?」

「屋上への階段とか、図書室の倉庫とか……。」

 彼が私の冷たい目線を感じて、こめかみをかくふりをして、目線を防御している。

「へー そんなとこへ呼び出して悪い事してたんですか……。」

「毎回そんなな……話したりするだけ……ではない時もあったり。」

「そんなに、分かりやすい反応だと色々大変じゃないですか?」

「そんな反応にこまることを、聞かれることないので……。」

 照れ隠しに頭をかいたり、目をそらしたりと、彼はかわいい反応でいそがしい。

「今考えると、そんなにいい経験では無かったような。」

「ひどいですね、乙女の恋愛感情をもてあそぶなど、刺されますよ。」

「それはやだな、でも、楽しい思い出の記憶が無いんですよ。いつの間にか、付き合ってるって事になってて、突然フラれるってパターンがほとんどで。今考えると、可愛かったけど好きだったわけじゃなかったのかもって。」

「ふーん、好きじゃなくてもしちゃうわけですね。」

 私には手をださないくせに!

「普通はそれ……って十年以上前の話だし、でも、それこそアニメとか映画に影響されて、恋愛してみたいって思った時に、手ごろな相手がお互いて付き合って。結局冷めて別れるって話なんじゃないかなと。」

「だから、冷静になって腕組んでとか言うなってことですな。」

「そういう事で、突き落とさないでください。」

「しませんよ!」

 車はのどかな道を走っていく、東京にいた時は見なかった景色、少し前まで日本はずっとビルとマンションが連なっているのだと思っていた。こんな風景は観光地だけだと思い込んでいた、まだ私には希少な景色なのだ。

 ふと女の子の高級バイトなる看板があらわれる、そういえば私もちょっと考えた、夜のお仕事。みんな可愛くて、プロフィールに身長を書いてあるとこがほとんどで、あきらめた。そして彼に触っちゃいけない理由も、思い出した。泊めてもらっているぶんを彼に返さないと、私は彼に触れない。服やら鞄やら買ってもらった分を考えると、何年先になるのだろう? それまで私はあの部屋にいて、彼を好きなままで、彼はずっと相手がいない。そんな事はありえない、ずっと変わらない事なんてないのだから。

 しかし、彼を嫌いになれる自信もない、もし彼に告白しても、泊めてもらった分を返そうとしているだけだと、受け止めてはくれないのだろう。


 伊良湖の道の駅につくと、空は晴れてきていて、温かく海鳥達がこれでもかと泣き、風も出て波の打ち付ける音が、海の力を誇示しているようで、太平洋のたくましさを感じた。

 堤防では、中学生ぐらいの男の子二人組が釣りをしていた、ほのぼのとしたその光景は田舎暮らしに憧れる自分がいることを思い出させる。虫も早起きも苦手な自分に向かないことは、分かってはいるのだが、憧れるくらいなら、迷惑かけてないと、なぜか自分に言い訳している。

 段になった堤防の下から彼を見上げると、彼はまた、水平線を見ている。なぜかどきっとする、それはその姿がかっこいいからというだけではなく、遠くを見ている彼が、そこを目指していると思うからなのかもしれないから。

 彼と話をしていると、歳の違いによるギャップよりも、距離感の違いに驚かされる。私にとって気軽にいける距離は、電車で一時間程度だが。彼には、飛行機で二時間程度、その差は大きい。海を見つめて考える先は、私には追いかけられない距離、だからこそすこし離れただけで不安になったり、捕まえておきたいと焦る。

「いいですね、この波の音、海って感じがします。」

「確かに、そうだね。」

 私は大きく手を横に広げて、風を受ける。

「よくドラマとかで、後ろからギュッて抱きしめらるシーンありますよね、まさにそんな景色じゃないですか、ちょっと、軽くでいいので、そうしたらもう、腕組んでとか、突き落としたりしませんから!」

 なにを言い出すのだろうか、彼が抱きしめて『すきだよ』とか言ってくれるのが素直な願望ではあるのだが、そんな事はありえない、せめてなにか冗談だったと切り返せるような事を言ってくれると思っていたのだが、なんの反応もない。もしかして悩んでいるのだろうか、突き落とされる恐怖が軽減するなら、ちょっとハグするぐらいならと妥協してくれているのか。こんど思い切ったネタを振るときは、彼の顔をみて反応を確かめられる状態で実行しよう。

 かなりたってから振り返ったが、彼はいなかった、急いで堤防を上まで登ってみたが見当たらない。車はかなり遠くだが、止まっているように見える、よく見かける車種なので別の車が止まった可能性もありうる。ついに嫌気がさして捨てられたのだろうか、これは予想していなかった。

 もし私に手をだしたら、彼は壊れてしまう。だから触らないと折角説明してくれたのに、私は冗談だと言いながら彼を困らせた。自分と私を守る為に、置いていったのかもしれない、今ある手持ちで帰れなくはないが、たぶん彼はあの部屋には帰って来ないのだろう。ずっと使っていいとはこのことだったのかもしれない。今思えば、帰ってこないともとれる言い方を何度か聞いた気がする。

 私は、先ほどやらかした堤防の下にもどり、座り込んで泣いた。彼は出て行っても、部屋の家賃は払ってくれるのだろう、もし彼に町で会っても、もう一緒に住む理由は無い。貧乏な大学生を支援してくれる、優しい他人なのだ。もう、声もかけられない。私はなんてバカなんだろう、まだお礼も言ってないのに。彼のいない部屋に戻るなんて、考えたくない。


 もうあきらめよう、帰るしかないのだ。鏡を見ると予想通り凄いことになっている。頑張ったメイクも泣いてしまえば、ホラー映画のようだ。ほぼすっぴんに戻しかけた時、鏡になにか写る、直後に頭に痛みが走り、目の前に大きな袋が現れた。

「ごめん、見えなかった。」

 頭をかかえ立ち上がると、そこには釣竿と袋を抱えた彼がたっていた。

「袋で見えなくて、ごめん、そんなに痛かった。」

 私は、また泣き出していた、この人はなんでこんなに私を泣かせるのだろう。

「痛かったですよ! 釣り道具買いに行くなら、一緒に連れてってくださいよ!」

「君の為にお金使おうとすると、止めるから、言わないほうがいいかなと。」

「……確かに止めますけど。 止めようとするほどの額なんですか?」

「……そんなでもないです。」

 釣り道具の値段はさっぱりわからないが、かなり使ったらしいことが彼の反応でわかる。

「次に私の為にお金使うときは、事前に言ってください。」

「……努力します。」

「お願いします。」

 たぶん言わないのだろう、私も泣いている理由言えないし、しかたない。

 その後は二人ともほぼ経験ゼロの釣りをやってみる。お店の人に聞いてきたという彼の説明と、ネットで調べたり、中学生の釣りの先輩達に聞きに行ったりと、苦労をしながら小魚五匹を釣り上げた。思っていたよりも用意が大変だったけど、魚が食いついた時に手に伝わる振動は、思わず声がでるほどの感動があるし、彼の楽しそうな顔も見れた。

 彼の言った通り最初の経験としてずっと記憶に残るだろう、そして彼にもずっと覚えておいてもらえる、そう思うと嬉しかった。

 一つ残念なのが、片付けている最中に、彼が装備一式と釣った魚を助けてくれた中学生にあげてしまったことだ。彼らしいと言えばそうなのだが、次は無いのかと思うとすこしさみしかった。

「釣った魚ぐらいは、持って帰ってもよかったのでは?」

「クーラーボックスって結構かさばるんですよ、それに師匠達も言っていたじゃないですか、スーパーで買ってもあの小魚じゃ数百円だって。」

「そうですけど、自分で釣った魚ですよ、絶対おいしいですって!」

「確かに新鮮ですから、でもさばけないって。」

「そこは練習すれば、とにかく晩御飯無くなったんですから、おごってくださいよね。」

「いいですよ。」

「あー、えっと、お店は私が選びます。」

「はい、お願いします。」

 気にしすぎかな、彼にお金出してもらうと、ちゃんと告白して信じてもらうのがさらに遠くなる気がしてしまう、もしその日が来たからと言って、彼に伝えられる自信なんてないのに。

 

 道の駅に戻ると、フェリーが出向するところだった、見送りの人が手を振っている。

「いいですね、別れのシーンは船が好きです、絵になりますよね。」

「確かに映画とかだと良い場面があるけど、実際には経験したことないですね。」

「他の乗り物よりか、ゆっくりだし、もう会えないって思った瞬間に、最後に言いたいことが、声にだせば届くところが、いいのですよ。」

「船って、乗っている方は結構エンジンの音しますよ。」

「大丈夫、私の声大きいから。」

「知ってる……なんて言うの、最後に言いたい事。」

「それは、もうしばらく会えないって思った時に、突然おもいつくんですよ。」

「聞いた相手は、手をふるだけ?」

「それは、ウインクして親指を立てて、手すりに足をがっつりかけるんですよ、帽子投げたりして。」

「着てる服考えてやったほうがいいと思うんですが。」

 私は、ミニで手すりに足をかけている、急いで足をもどす。彼はすこしあきれ顔、そんなに人はいないが、もう少し自覚が必要だ。

「もう少し現実的なのは、車とか飛行機とか新幹線とか。」

「車は、見えなくなるまで実感わかないし、飛行機なんて滑走路で離陸してる時に声にしても、遠すぎてほとんど見えないし、メールも届かないし。」

「機内モードにするからね。」

「新幹線は、ドア閉まって手を振っているぐらいは、まだ実感わかないんですよ、車両が全部でたぐらいで来るんですけど、なんかメールで送るのはちょっとはずかしいし。」

「それぐらいで実感するほうが、いいのかも。」

「なぜ?」

「何回も新幹線のホームで見送りすると、だんだん別れを実感するのが手前になってくるんだよ。」

「ん?」

「なんていうか、ドアがしまる瞬間とか、改札を通る時、部屋を出る時、前の日の夜、最後は迎えに行った時、二日しかいられないのに、ずっと帰りの時を意識してしまって、うまく気持ちが切り替えられなくなって。忙しいのに何のために時間を作って会ってるのか分からなくなってきて。」

「遠距離ってそうやって別れちゃうんですか?」

「続く人もいるから、絶対そうとは言えないけど、気持ち切り替える余裕がないと、しんどいのかな。」

 彼は意外なほど淡々と話す、もう過去の事なんだと安心する気持ちと、いつかやってくる私と彼の別れも、過去の話になってしまうと思うとすこしさみしかった。私も先の事を考えすぎているのだろうか。


 道の駅に入ると、なにやら店員さんが外国人のカップルと話している、店員さんの慌てぶりからして、どうやら英語は苦手らしい。彼は、話を聞いているがどうやら、助けには行かないようだ。

「なんて言っているのですか?」

「海底トンネルの入り口はどこか?」

「フェリーじゃなくて?」

「地図だと線がつながっているから、勘違いしたみたいだね。」

「ふふふ、日本車は海底を走れるとか説明したら……。」

「わかりました。」

 そう言うと、彼は店員さんと、外国人の間に入って言って、なにか小声で話している、まさかね。すごく嫌な予感がする、なんだろう外国人カップルが私に手を振っている、とりあえず振り返してみる。

「海底ドライブが楽しみだって言ってましたよ。」

「冗談ですよね?」

「早く止めないと、二人とも海に入ってしまいますよ。」

「え! 私が?」

「僕は通訳しただけです。」

「もっかい通訳してよ。」

「勉強だと思って、訂正してきて、ほら早く止めないと。」

「ちょっとなに考えて。」

 確かに外国人カップルは出ていきそうだ、とりあえずダッシュして二人を止める。その後はなんとかフェリーに乗るよう説明して握手すると、勉強になった? と聞かれ、全て把握できた。

「何てことするのよ!」

「勉強になったでしょ?」

「なりましたけど、もう頭から煙でそうです。」

「最初はそんなもんですよ、勉強ついでに運転もしてみますか。」

「いいんですか!」

「いいですよ、前に言いましたけど、すこしぐらい傷つけてもいいですから。」

 なぜか彼に遊ばれているような気もするが、運転の練習はしておかねば、彼に呼ばれて車で迎えに行くとか出来れば、家主様への貢献度もマイナスからゼロぐらいまでは戻るかもしれない。

「うまいですよ、一人でも運転できますね。」

 さっきから彼は私の運転を褒めちぎっている、確かに免許はもっているのだから、運転は出来ると判定されているのだ。しかし、一人で運転するほどの自信はない。

「何か話したほうが、力が抜けますよ。」

「じゃ、英会話はどこで習ったの?」

「最初は、英会話学校に行きました。」

「きっかけは? なかなか行こうとは思っても、みんな行かないし。」

「社会人になって、仕事一通り覚えるとあえて勉強することもなくなって、無くなるとなんだか不安になって、なんでもいいから勉強したくなって、それで無駄にはならないかなと思って。」

「何年ぐらいで話せるようになります?」

「英会話学校だけだと、四年ぐらいはかかるんじゃないかな。」

「結構かかりますね、四年も通ったんですか?」

「いや、英会話学校は、なんていうか英会話じゃなくて、勉強する理由を習いに行ったかんじかな。」

「理由ですか?」

「そう、グループでレッスンするんだけど、みんな海外で仕事するぞーみたいな暑苦しくて、夢があって、眩しくてね。僕も海外でエンジニアやるとかって、影響されやすいから。仕事の勉強も真面目にするよう変わっていった感じかな。」

「英会話は?」

「英会話学校は、一年も持たなかったかな……まぁその、受付の子と仲が悪くなって。」

「また女がらみですか。」

「ちょっと、アクセルふみすぎ、辞めたあとは、夜遊ぶ時に、とりあえず英語圏っぽい人に声かけるようになって、留学生と何人か付き合って、そうしたら話せるように……前見て前。」

「あ、すいません。ってほんと最低ですね、見た目と中身違いすぎです。」

「昔はそうだったってだけで、今は、君にも手だしてないし、真面目になったってことで。」

 すこし睨み付けて、視線を前にもどす。別に恋人でもないし、過去の事になにか言ったりしたいわけじゃないし、そんな立場にいないことも分かってる。でも、わざわざそんな話しなくても、いくらでも嘘ついて誤魔化せるのに、やっぱり私が嫌いになるように、もっていこうとしているのだろうか。

「海外でエンジニアって話は、まだ継続中?」

「そうだね、親友が手配してくれてる、一度逃げ出したから、国内では厳しいってのもあるけど……。」

「それは、行ったら……日本には帰ってこないの?」

「その気で行かないと、仕事にならないから……。」

 運転しながら聞くんじゃなかった、さっきの置いていかれる不安はこれを予想していたのかもしれない。図書館でも外を見つめる彼は、とても遠くを見ているような気がして、なぜか少し焦ったのを覚えている。

 彼は、その日が来たら教えてくれるのだろうか、ある日帰ると、部屋から彼の荷物だけ無くなっていて、メモだけ置いてある。そんな気がする、もし事前に聞かされたりしたら、私がどんな行動にでるか不安だろうし、私自信もどうなるかわからない。今は運転に集中して、泣かないようにこらえないと。

「朝言っていた、口説くのに使った作戦の元ネタの映画ってなんですか?」

 必死に探した質問が、それだった。なんでもよかったのに、聞きたくない話を選ぶなんて、ほんと頭悪い。

「ニューシネマ・パラダイスって映画、サントラの方が有名かも。」

「どんな話ですか?」

「口説くのに使ったネタを、ほんといじめっこだな、運転してるからって、好きな事聞けるルールは無いからね。」

「尋問するなら、ベッドにいる時の方がやりやすいですよ、ほら、今日の夜の安眠の為にも、素直にしゃべったほうが身のためですよ。」

「はいはい、映画の中に出てくる話が元かな、兵士が姫に恋をして告白する、姫はバルコニーの下で昼も夜も百日待っていてくれるなら、貴方の物になると兵士に言う、兵士は九十九日待つが、その夜に去っていく」

「な! なにそれ!」

「すごい食いつきだね、百日待つ男がいたらその人のものになる?」

「たぶん十日ぐらいで、もういいだろうって姫の部屋に踏込ますね。」

「え? 兵士の方なの?」

「六時間ぐらいで、空腹で踏み込むかも。」

「展開早いね。」

「そんなに何日も、外で待てないし。」

「やっぱり兵士のほうなんだ。」

「だって、百日目に起きた時いないなんて、絶対に混乱して頭おかしくなる、なんであと一日待てないの?」

「解釈は色々あるんじゃないかな、答えなんて無いんだと思うよ、同じ人が考えたって、その時々で違うだろうし。」

「今だったら、どう考えるんですか。」

「そうだな、姫を困らせない為に去った。かな、警備の兵士が姫に触れるなんて、想像も出来ない出来事でしょ。」

「私は、姫じゃないでしょ。」

「解釈は人それぞれだから、兵士が去った理由をどう考えます?」

「私は、そばにいられればいいから、告白はしない、出来ないかな……。」

「問題の方を壊すか、斬新だね。」

 そう言って彼は窓の外を眺める。これは心理テストだったのだろうか? どちらにしても、未来を言い当てている気がする、彼は私の為に去り、私は想いを伝えられない。それが現実の世界での出来事、一度読んだ物語のように、結末がはっきり分かってしまう。あとはなるべくゆっくりと読むだけ、私にはそれしか出来ない。


 なんとかノルマの道の駅まで到着。車もぶつけなかったし、涙もこらえた。夕方に近い道の駅のお土産コーナーは、人で賑わっている。当然のように腕組んで楽しそうにお土産を見ているカップルなんかもいて、複雑な気持ちになる。カップルの女性はみんな露出控え目だ、やはり失敗だったのか。ガラスに映るミニの女の子、いやもう女の子と堂々と言える歳ではない、すごく可愛そうに見えるのは気のせいだろうか。彼は、私がこんな格好したら困るだけだ、何しているのだか。

 ふとガラスに写る自分を見て、あまり想像したく現実が頭をよぎる。図書館もかなりガラスが多い、彼に声をかける前の二週間ほどは、ほとんどストーカーと間違われるぐらい、彼を尾行していた。正確にはかなり前からこっそり見ていたが、声をかけようと決めてからは、下手なスパイのように、じっくりと観察していた。ここよりもガラス張りの図書館、当然間抜けなスパイはガラスに写りこんで、彼はきずいてたよね? そんな不審者確定の私を泊めてくれたのは、なんでなのだろう。彼の気持ちが知りたい。

 その後私は、変な汗をかいたせいか「試飲どうぞ」ともらった飲み物を値段も見ずに六本も買い、外のベンチで二本目を飲み終わったころ、ラベルにスパークリングワインと書いてあることに気がつく。運転どうしよう……彼も飲むかもと買ったけど、二人とも飲んだら運転する人がいなくなる、もう何やってるのだろう。

 ラベルをみるとかなり大きくアルコールだと表記してある、都合の悪いことは見ないタイプの人間なのかもしれない。彼は優しいから怒らないとは思うけど、また気まずくなることは目に見える。ため息が大きい、いっそ彼にも飲ませて近くに泊まるとか? これはやぱい、アルコールのせいで暴走傾向にある、毎日同じ部屋で寝てるのに、今更ホテルで寝ても何もないのだろう。

 なんとか暴走を止めようと必死に脳内冷却に集中していると、「それ美味しいでしょ、俺も関わってるんですよ」そう言って声をかけてきたのは、私と同じ年くらいの『さわやかな青年』と説明書きがついていそうな男性だった。

 地元でブドウを作っていると説明するその男性は、若手で協力してこのワインを作ったと楽しそうに説明してくれた。もし良ければ、ブドウ畑を案内するし、二人で食事でもと誘ってくれた。彼とは進展なさそうだし、一瞬それもいいかなと頭をよぎるが。

「これって、もしかしてナンパですか?」

「うーん、そうなるかな?」

 私は立ち上がり、建物へ戻り、彼を探してシャツを引っ張り、振り返った彼に、

「ご主人様私ナンパされましたよ! ご主人様、人生初ですでよ、チョー感激です……」

 しばらく一人でしゃべっていたが、彼が困った目でのぞき込んでいるのにきずき、口を手で押さえる。今更押さえた所で言葉が戻ってくるはずもなく、見回すと視線が集まっている。彼に袖を引っ張られて車にもどり、彼の運転ですぐにその場を離れた。

「ごめんなさい、ほんとごめんなさい」

 これ何度目だろう、そっと彼を見ると怒っている素振りは無い、むしろ楽しそうだ、そして小さく笑いだす。

「いえ、面白かったですよ」

 あの写真ほどの笑顔では無かったけど、初めてみる彼の笑顔は、とても可愛い。

「面白かったけど、メイドモードはもう無しでお願いします。」

「はい、気を付けます。でも本当にナンパする人っているんですね、ごはん行こうとか、お酒飲もうとか、そんなこと異性に頼むのって……。」

 いや、もっとすごい事を最近頼んだ、あれもナンパだったわけで、かなりストレートな感じだったわけで、人の事どうこう言えるわけない。

「今まで本当になかったの?」

「キャッチとか、怪しげなスカウトとかは声かけられる事ありましたけど、ナンパはないですね。」

「そのスカウトみたいのって、ナンパも入ってたんじゃない」

「そうなんですか? 失敗した、ただでご飯たべれたかもしれないのに。」

「そっち。」

「友達といる時は、付いていったりしたけど、毎回私だけその後の連絡無しです。数合わせでコンパに呼んでもらっても、私はハズレなんだって分かっちゃうから、ご飯狙いです。」

「それは声かけるなって言ってしまってるようなものだよ、可愛いのに。」

「なんか軽く言いますけど、ちゃんと意味分かって言ってるんですか?」

「意味か……最近まで分かってなかったから、確かにあやしいかも。」

「なんですかそれ?」

「うまく説明できない」

 そう言って彼は何か考えている、その横顔を見ているだけで幸せなのに、少しだけ私を見てと願ってしまう。私は欲張りだ、でもなぜかそれが悪い事には思えない、これが色ボケというやつだろうか。

「そういえば、笑いましたよね。」

「あ、ごめん、猫かぶりなおすところまた見れると思わなくて。」

「そこですか! まあいいです、あとは涙だけですね。」

「またどうでもいいことを覚えてるな。」

「どうでも良くないです、ご主人様の呪いを解くべく猫かぶり剣士は頑張るのです。」

「やっぱりかぶるんだ、昔の自分に戻してもいいことないと思うけどな。」

「そんなに悪い人だったんですか?」

「昔の話をすると、大抵怒られる流れなんですが。」

「そうですね、今のキャラのが好きかも。」

「ありがとう。」

 そう言って軽くスマイルする彼に、私も笑顔を作るが、引きつっていないだろうか。今ちょっと口が滑ってさらっと好きと言ってしまった。またしても心臓が悲鳴をあげそうなほど鼓動している。私の焦りに対し、彼は全く動じてないのはなんでなの! 好きって言われたら気持ちが動くんじゃなかったの? やっぱり言われた相手によるのかな、もっと真面目に言えばよかったのだろうか。

 違う! 言ってしまったら彼が困るだけだから、言わないというか言えないと思ってたけど、この酔っ払いは明らかにおかしい、勢いでやらかしてしまいそう、一瞬で眠る魔法とかないだろうか。

 とりあえず別の会話にふって、おかしな流れを断ち切らねば。

「ほんとにずっと笑わなかったんですか?」

「図書館で笑ってたら怖いでしょ。」

「いや、家でテレビは……無いか、仕事場の人と飲みにいったりとか、しないの?」

「しないかな、付き合い悪い方だし、誘われないし。」

「テレビなくても、ネットで映画とか見れるじゃないですか、あんな大きなモニターあるんだし。」

「まあ、そうなんだけど、昔笑えたコメディとか今見ても、ちゃんと笑えるのかどうか、不安でね。もし笑えなくて、一生笑う事はないって分かってしまったら、それに耐えれるとは思えなくて。」

「それぐらい耐えてください! そんなもろいと思うから、触っちゃいけないなんてややこしいことになるんです!」

「確かにそうだね、今ならそんなにもろくは無いのかも。」

「そうですよ、触るの、試してみましょうよ、そうすれば、私も気兼ねなくあの部屋にいられますし。」

「気兼ねしてたんだ、ごめんね気がつかなくて。」

「なんでそんな棒読みなんですか! 私だってほんの少しくらい悪いなって思うときも、たまにはあるのですよ。」

「少しでたまにって、ほぼゼロってことでは?」

「ゼロではないです、計測がむずかしいぐらいちょっとかもしれませんが、ゼロではないです。」

「そっかわかった、試しに触るのって、耳でもいいの。」

「……だめ絶対だめです、耳は絶対だめです、触るのは……やっぱり無しで。」

「そっか、わかった。」

 彼はちょっと嬉しそうだ、触れなくなったんだからすこしは悔しがってくれてもいいのに、勝ち誇ったようにも見える。すごく負けた気がする、だけど、彼が耳の話をしてくれたおかげで踏みとどまれた。しばらく静かにしておこう。

 気が緩んで、私の本音がでてくる。彼に好きだと伝えたい、彼に触れてほしい、そっとほほに手を触れるだけでいい、それが私の本当の希望なのだと思うとつらい。なんで私の気持ちは入り組んだ迷路みたいになってしまったのだろう、本当の気持ちはどこにあるのだろう、私は彼を困らせる答えを選んでしまうのだろうか、やはり私はまだ考えの甘い子供なのかもしれない。

 それからは、酔いが覚めるまで「だまっときます」と彼に言って、外を見ていた。景色はのどかなまま、遠くに見える山はすこし紅葉が始まっている、季節は秋なのだ。今まで季節なんて、スイーツの広告でしか感じなかった。何度も体験したはずの季節なのに、私は今までなにも見ていなかったのかもしれない。

 来年の秋は、私は彼のそばにいるのだろうか、今は思いつかない解決策が天から降ってきて、二人で腕を組んで黄色に染まった銀杏並木を歩いたり……他に思いつかない、デート雑誌とか読んで勉強しないといけない。いや目の前にいるのだから、活用しよう。

 彼の答えはデート雑誌が頼りだったという手抜きの答えだった、魚釣りはデートではないのだろうか、今日はデートじゃないのですか? と聞きたかったが、冷たい回答がかえってきそうなのでやめておいた。いいのですよ、彼がそう思ってなくても、私だけデートだと思ってれば、妄想よりは少しリアルだと考えれば、すこし寂しい気がするが、大丈夫!

 その後、まだ帰りたくない私は、窓から見えた小さな神社にお参りしたいと暴れ、彼のシャツを引っ張り、かなりの石段を登った。運動不足な二人にはかなり厳しく、紅葉を楽しむ余裕は無かった。

「ほら、着きましたよ、お疲れ様です。」

 山の中腹にあるその神社は、誰もいなかったが綺麗に掃除されており、背景の紅葉と合わさった建物が実に絵になる。こっそり彼を撮ろうとしたが、スマホを向ける前に睨まれたので、自撮りする、今日何枚自分の写真を撮っただろう。こんな写真をアップしたら、ついに妄想と出掛けるようになったのかと友人達が心配するだろう、触れない、写真も撮れない恋人……ではないか。ちょっとだけ、彼ってもしかしたら、私が作り出した妄想ではないかと思えてくる、もしそうだとしたら、病院行だな。

「考えてみたら、僕は初詣です。」

「え! もう秋ですよ、私でも一月中には行きますよ。」

「無神論者ですから。」

「なんと! 結婚する時だれに誓うの?」

「結婚って……日本人は白無垢着て、教会で指輪交換するぐらいだし、そんなに真面目に誓ってないのでは?」

「そこまで酷くはないと思うけど、指輪を口説く小道具に使う人がいるぐらいですから、誓いの力はそこまでありませんよね!」

「言うんじゃなかった……。」

 そう言うと彼は賽銭箱に小銭を入れ何かお願いしている、私も並んで手を合わせる。願いは……えっと、彼が私に触っても罪悪感で精神崩壊しないような素敵なアイデアが浮かんで、さらに彼の夢が叶うけど、私はずっと彼のそばにいられますように。ややこしい、神様もこんなお願い困るだろう、しかし、よく考えてみれば、全て自分の頑張りにかかっている。よく考えれば、私の今後の行動しだいでなんとかなってしまう。私は嬉しくなって思わず彼の腕に抱き着きそうになるが、敷き詰められた石達から発せられる、分かりやすい足音できずかれしまい、彼が振り返る。私は小さく手を上げて、それを小さくふり無罪をアピールする、彼はすこし睨み、笑顔を見せて歩きだす。

 急な石段をゆっくりと彼が降りていく、登るときはシャツをつかんだけど、下りはそんな理由がないのが少しさみしい。


「何をお願いしたのですか。」

「何も、無理な願いしか思いつかなくて、君は?」

「いいませんよ。」

「人には聞くのに。」

「私のは、考えていたら自分で解決できる事って気がつきました、なんか頭すっきりして、邪念が消えていくようで……。」

 彼の足が止まる、振り返らないが、その背中は先ほどの未遂行為への抗議がひしひしと感じられる。この急な階段で下から見上げられるのは、とっても困る。登りの時は気がつかなかったが、誰もいなくてよかった、私には着ている服を考えて行動する必要ある。

「ちょっと邪念も入りましたけど、たまには心を落ち着ける場所にきて、考えを整理するのもいいですよね。」

「……たしかに。」

 まったく同意してなさそうな、彼の返事に、無理なお願いとはなんだったのだろうと考えをめぐらせる、ややこしい同居人の事でないことを祈るばかりだ。

「来年は、ちゃんと一月に初詣しましょうね。」

「来年か……。」

 そう言って彼は、石段を下りていく。私は足が止まってしまった、そんなところで黙ったりしたら、来年はいないんだってわかっちゃうじゃない。もう自分では解決できない、あと二ヵ月以内に彼はいなくなってしまうのだ。風が落ち葉を巻き上げ、夕焼けに照らされた彼を連れて行ってしまう、一瞬彼が消えてしまった気がして、涙目をこする。大丈夫まだ彼は見える、今はまだ。


 そこらからの帰り道は、落ち込んだ自分を彼にさとられないように、明るく振る舞って、外の景色をほめまくり、看板に反応し、そのたびに彼に適当な返事をされ、怒ったふりをする。こんなことをしても、気持ちは隠せないと本心では分かっているのだが、沈黙が怖かった。

 街中に入ると、車が増えて速度も落ち、沈黙も続く。本当に聞きたいことがあるのに、ほかの話を考えられるほど、私の頭は高性能ではない。そんな気まずい沈黙の中、ナビが電話の着信を告げている。

 彼が静かにと指を立てて合図し、私がうなずくと、彼は電話をつないだ。

「はい」

「ヤッホー」

「ミキさん! あ。」

 スピーカーから聞こえたミキさんの声に思わず反応してしい、彼のこいつは! と目線だけで怒られる。

「おー、変態妄想娘も一緒か、ちょうどよかった。」

「ひど! たしかに妄想はしますけど、せめて変態は外してくださいよ。」

「そか、彼も聞いてるのね、ドライブデート中か、いいね、これから暗くなるし……。」

「ミキさん!」

「おっと、そうだった本題、変態娘よ明日バイトしないかい?」

 バイトとは、もしかして愛人さんてきなやつだろうか、たしかにお金は物凄くほしいが、彼以外の男性に触られるのに耐えられる気がしない、その彼も私にも触ってもらえないし。でもでもお金がないと、彼が私が、もうなにがなにやら。

「たぶん、貴方がいま想像してるやつじゃない。」

 とミキさんの楽しそうな声が聞こえてくる。

「ちょっと! 彼も聞いてるのに、私で遊ばないでくださいよ!」

「ごめん、モデルの方、結構高めのブランドなんだけど、社内用の試作品とか着る仕事なんだけど、どうかな?」

「な、な、なんで私なんかがモデルのお仕事なんか!」

「こないだの写真を、ブランドの偉いさんに見せたら、のってきてね、何枚かプロに撮らせてから決めたいって、どうかな、ちゃんとギャラもでるよ。」

「やります!」

「いいね、それじゃ明日正午に名駅で、あとで場所メールするね、今夜は深酒せずにね。」

「あの日は、ミキさんが、普段はのみませんよ。」

「そっか、じゃ彼氏さん今夜はほどほどにしてあげてね。」

「な!」

 反論する前に、電話を切られてしまった、車内にはちょっと気まずい空気がながれる。

「良かったですね、彼女の事というかモデルの仕事を尊敬してる感じでしたし。」

「でも自分がモデルとか、縁の遠い仕事だと……出来るでしょうか?」

「出来ますよ、プロが言っているのですから、信じてがんばって。」

「はい!」

 コンビニのバイトもろくに出来なかったのに、お仕事もらえるなんて。いやまだもらえるかもか、でもすごい夢みたい、どんなに妄想がんばってもこんな夢はみない。ミキさんも言ってたけど、私ってスタイルいいほうなのだろうか? 彼に聞いたら、現実に引き戻す回答がかえってきそうなので止めておこう。

 すぐにミキさんからメールが来る、ちょとだけと名古屋駅までの時間を調べようとして、疑問が持ち上がる。

「なんでミキさん、私に直接電話しなかったのでしょうか?」

 ほんのすこし、彼の目が大きくなる。

「頼んだんですね! なんで隠してたんですか!」

「……聞かれなかった……から?」

「そんな答えで、納得するとでも思ってるんですか!」

「ごめん、僕が魅力的だって言っても信じないから、プロに言ってもらったほうがいいかなと。」

「私が素直じゃないからって言いたいわけ?」

「そうじゃないよ、もっと説得力があれば良かったのだけど、君はいくらでも綺麗になるのに、なんて言うか、うまく伝えられなくて。ごめん、余計な事ばかりして……。」

「そんな事無い……です、私もごめんなさい。」

 ほんとに素直じゃない、自分でもよく分かってる。彼が私に何かしてくれるほど、遠くに行ってしまう感じがして、イライラしてしまう。近くにいてくれればいい、それだけ、でもそれがどれだけ贅沢な望みなのか、ちゃんとわかっている。


 その後、二人でチェーン店のハンバーグ屋さんへ、最初はちょっと気まずかったけど、彼は本当に美味しそうに食べる、見ている私まで笑顔になる。そして、初めて彼と食事するのだと気が付く。お昼はカロリーメイトを渡されただけだったのだ、確かに栄養的にはいいのかもしれないけど、デートなのに! と怒りそうになり、そうではない我に返って素直に食べたのだ。

 もっと一緒に食事したい! しかし、私の作った料理を、彼が無言で食べている姿が目にうかぶ。おいしいよ、そう、ありがとう、なんてシーンにたどりつくには、料理の腕を磨かないといけないが、基本すら出来ていない私には、道のりは長そうだ。


 食後のコーヒーが来るまでの間、私は彼の笑顔に油断したのか、際どい質問をしてしまう。

「好きな人ができたら、想いを伝えたほうがいいですか?」

 言ってしまってから、これは告白に近い質問なのではと、焦る。

「どうだろうな、男はお腹すいてれば、何でも食べれる生き物だから、良く考えたほうがいいかもね。」

 それは、私に告白するなと言っているのだろうか? それとも、もし告白したら、一線を越えるという警告だろうか。

「相手が、すごく真面目な人なら?」

「信じてもらえそうなら、伝えたほうがいいと思う。」

「お腹すいてれば、別腹なんじゃ?」

「デザートみたいだな、ほとんど話もした事無い人に、突然言われてもなんかの営業としか思わないでしょ?」

「知り合いなら? どんな告白がいいですか?」

「やっぱり直接言う方がいいんじゃないかな、相手に本気だって伝えなきゃいけないし……。」

「いまの沈黙はなに?」

「いや、好きだって自信持って言うのって、大変だなと。本気だって伝えて断れたら、友達には戻るのは大変だし。」

「それは、そうですね、昔付き合ってた人に、もし会えるとしたら、今でも告白したい人いますか?」

「僕? いないかな、その時の自分が、その時の相手を好きだったわけだから……別れてしばらくは、ちゃんと伝えておけばよかったと思うけどね。地元に告白し忘れたイケメンでもいるの?」

「いないですよ、私は貴方みたいに惚れっぽくないです……昔の自分が好きだった人は、私の事嫌ってたし。」

「いつの話?」

「小学校の頃ですね。」

 彼の疑いの目線が痛い。

「真面目なんですよ!」

「何も言ってない。」

「目が罪人を見る目でした!」

「気のせいです、でも小学校の同級生なら同窓会とかで会うのでは?」

「おぉ、確かに、今日みたいに声かけられたりするのかな。」

「それは声かけられるんじゃないかな、ナンパするより知り合いに今の連絡先聞くほうが、かなり楽でしょ。」

「ちょっと、楽しみになってきた、いつやるのかな同窓会。」

 そんなふざけた事を言ってみても、本心はイライラしている。少しは嫉妬してよ! と思ってしまう、昼だって私があの人についていってしまったら、彼はあっさりと見送ってしまったのだろうか。私達の関係では、彼が止めるのはおかしいのかもしれない。それでも、私の恋愛経験値の少なさをしっている彼なら、私が男の人についていきそうなら、もう少しあせってもよさそうなものだが、あの時はそんな感じはしなかった気が……。

 私は疑問を確認すべく、タイミングを見計らって、彼に普通の口調で質問を投げる。

「もしかして、私をナンパするようにあの人に頼みました?」

 口元へコーヒーカップを運んでいた彼の手が止まる。質問するまえに、もしかしてと予想はしていたが、確信へと変わり。私は、なんとかテーブルを叩くのをおさえて、何も言わずに出口に向かって早足で歩きだした。

「待って!」店を出たところで、彼に袖をつかまれる。私はそれを振り払って、振り返ってから彼に言う

「何考えてるの! そんなに私を別の男に渡したいわけ。」

「ごめん、本当に余計な事した、悪かった……すまない。」

「私だって女の子なんだから……もうすこしぐらい大事にしてよ!」

「わかった、ごめん……。」

 なにを言っているのだか、彼はいつも私を大事にしてくれる、こんないたずらめいたことで、ムキになる自分がはずかしい。

「あの人をいくらで買収したんですか?」

「あぁ、二箱で」

「何を?」

 彼が車のトランクを開けると、道の駅で私がサイダーのよう飲み干したスパークリングワインが、二箱つんであった。

「もし君が車に乗ったら、もう二箱買うことになってた。」

「賭けにしたの? 本当に最低ですね。」

「ごめん、そのほうが彼もやる気でるかなと。」

「今思えば、ナンパなんかしそうな人じゃなかったし、ブドウ作ってるって話は本当だったの?」

「そうらしいよ、なんか落ち込んでたから、なんとなく頼み事も聞いてくれそうだったし、あの真面目そうな顔なら、君もひっかかると思ってね。」

「えぇ、引っ掛かりましたよ、みんなそうやって私をからかって遊んでいればいい、その代わり、帰ったらこれ飲むの付き合ってもらいますからね!」

「ん? これ全部今日飲むの? あの僕お酒弱いし、最近のんでないから。」

「自分で買ったんでしょうが、責任とりなさいよね!」

「……はい、せめてなにかつまみ買わないと。」

 そう言ってあきらめた彼の運転で、部屋まで戻った。


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