土曜日ー部屋
彼が誰かと電話している声で目が覚める。終わりかけだったようで、それじゃと彼が電話を切る。
起き上がって、彼におはようございますと言うと、同じように彼もかえす、まるで昨日の夜の出来事なんてなかったみたい、願いがかなって時間が巻き戻ったような、そんな感覚さえ覚える。しかし、時計は土曜日としっかりと表示されているし、泣き疲れ後特有のふらふらした感じもする。まずは謝罪しなければならない。
ベッドの背もたれに座って、小説を手にした彼の前に正座して、手をつく。
「ほんとごめんなさい、ごめんなさい」
「えっと、それは何について?」
「いっぱいあるけど、まずはさっちゃんが来た時に、扉を開けちゃった事。あれのせいで、その、二人の仲が、ややこしいことに……。」
「えっと、彼女とは、別に……たぶん考えてるような関係ではない……。」
「だって、昨日一緒にお店に……。」
「あれは、ごめん、あやまるよ。お店の人に頼んで、テーブルの担当に君を付けてもらったんだ、困らせようとしたわけじゃなかったんだ。」
「それは、なんとなくそうかなと思ったけど、さっちゃんは?」
「一人では入りにくいから、彼女に頼んで付き合ってもらって。」
「私の為に、ナンパしたってことですか?」
「いや、ちょっと前に食事に誘われて、また今度って、僕から誘ったわけでは。」
「さっちゃんと付き合ってるわけじゃないの?」
「ほんとに、食事に行っただけで、何もないよ。」
「向こうから誘われたのに、断ったって、なんでさっちゃんと付き合わないのよ!」
「やっぱり怒られる流れなのか……。」
「怒ってないです! さっちゃん可愛いじゃないですか! すごく優しいし。」
「そうなのか……。」
「そうです! 目おかしいんじゃないですか!」
「えぇ、それは、女性からみてかわいいのと、男からみてのとは違うわけで、人それぞれ好みってのもあるわけで。」
「じゃどんな人が好みなんですか?」
「どんなって……難しいな、笑顔が可愛い人とか、やっぱり自分を好きになってくれる人かな。」
「なにそれ、自分から言わないってずるいじゃないですか。」
「ずるって、そんな中高生じゃあるまいし、告白とかしない……じゃないかなと、いやするかな。」
「なんでそこでトーンダウンするのですか?」
「いや、変な方向に向かってる気がして……。」
「告白しないで好きかわかるって……体の相性とかですか?」
「やっぱり、朝から下ネタ……。」
「下ネタじゃないでしょ!」
「ちょっと、近いって。」
確かに近い、勢いで彼に詰め寄って、いつの間にか壁ドンしている。我にかえって急いで離れる。
「それも禁止でお願いします。」
「はい、すいません。」
あせった、もう心臓が異常なほど早く鼓動している、ちょっと冷静になろう。いや暴走ついでに、勢いで聞いてしまおう。
「真面目にお付き合いしている人とかは、いないのですか?」
「真面目にもなにも、最近は何もない。」
「最近? それって具体的には?」
「えっと、四ヵ月ぐらいかな、大丈夫、彼女はここ知らないから、突然来たりしないから。」
「やり逃げですか?」
「ひどいな、ちゃんと合意の上で、こう、朝にはさっと別れるというか。」
「最低!」
「そんな、だって、空腹のときに弱ってる……あっ。」
「弱ってる? 詳しく聞きたいなぁ?」
詰め寄ろうとする私に、彼は両手をあげ降伏の姿勢をとって、話だす。
「夜に映画見に行って、終わっても泣いてる人がいたらから、声をかけてそういう事に、歳だって同じぐらいだったし……いやもう最低でいいです。そういう事があっても、ここには連れてこないから。」
「当たり前です! それで女性の好みは? 詳しく!」
「それって重要?」
「すごく重要です! もし好みにぴったりあう女性が友達にいたら、ご主人様に献上しないと、それぐらいしか貢献出来ないし。」
「ご主人様って……メイド喫茶以外では聞かないような。」
「お、メイド好きですか? コスプレとかしましょうか?」
「なぜそこでテンションが上がる……。」
「メイド可愛いじゃないですか、お帰りなさいご主人様、私のすべてはご主人様の物ですーみたいな。」
「ご主人様も禁句でお願いします。」
「そのうち辞書が真っ黒になりますよ。」
「変な使い方する人がいるからです。」
「はい、じゃ写真とって友達に……。」
「だめです!」
初めて聞く彼の大きな声だった。
「ごめん、でも、写真は撮らないで、逃亡生活中なので・・・・お願い。」
「逃亡者?」
「警察に追われてるわけではないですが、昔の知り合いには、あまり。」
「分かりました。」
「そんな無理になんかしなくても、必要なだけ部屋使っていいから。」
「無理にって……。」
貴方に付き合ってる人がいないと、出ていく理由が無いし。期待しちゃうじゃない、おさえられなくなったらどうするのよ! そんな事は無いとは思うのだが、目の前に好きな人がいるのに触れない生活に耐えられるのだろうか。
「でも必要なだけって、ずっといたらどうするんですか?」
「別にいいですよ、ぼくがいないあいだも 部屋は使って。」
「え! ご主人様私を捨ててどっか別のペットの元に?」
「ペットってさっきよりひどくなって、それ禁句でお願いします。明日から仕事であけますから、男連れ込んだりしないでくださいね。」
「しませんよ!」
正確には好きな男を連れ込んでいると、言えなくもないのだが、彼は私の気持ちには気づいているのだろうか。好みって、貴方を好きな人って……もうとっくにばれてるってことなのだろうか?
「他のペットへの嫉妬ではなく、恋愛経験値の為に聞くのですが、付き合い始めてる時って、どうやって始まるんですか?」
「ごはん行ったり、飲みにいったり、友達とでかける感じなんじゃないかな、好みとか話があえばそのまま続くし、あわなければ自然消滅で。」
「その間に、付き合ってくださいとか、好きですとかは無いまま?」
「普段はないかな。」
「ほうほう、勉強になります、でもいま普段はって言いましたね。」
「はぁ、するどいね、一人だけ言ったかな。」
「おー、それって。」
そういって、本棚にしまってある写真立てを取りにいく、彼に見せるつもりだったのだが、落してしまい、床にガラスが飛び散る。
「動かないで。」
そう言うと彼は、破片を集める。裸足の私は、ただ立って、すいませんと謝ることしかできなかった。彼が掃除機を持って戻ってくると、焦げた匂いがした。キッチンをみると何か燃えている。
「写真燃やしたんですか!」
「早く処分しなきゃいけなかったんだ。」
とても寂しそうな声だった、調子にのりすぎた、さすがにあれは聞いてはいけなかったのだ。
「はい、もう大丈夫だと思うけど、今日はスリッパはいてね」
掃除機を念入りにかけてから、スリッパを持って来てくれた彼の声は、いつも通りの優しい声だった。しかし、終わるまでスリッパを持って来てくれなかったのは、写真が燃えるのを止めない為だったのか? やはり見なかった事にしよう。
「結婚してたわけじゃないですよ。」
まさか彼から話を戻して来るとは思っていなかったので、ちょとぴくっとしてしまう。
「あの、無理に話さなくても、いいですよ。」
「気になるんでしょ? 七年付き合ってました、指輪は彼女を口説くための小道具で、大それた意味なんて無かったんだす。」
「指輪を使って、好きって言って口説いたんですか? ちょっとひどいくないですか?」
「そうだね、かなりひどいね。」
「もしかしてですが、またおどして最後まで喋らせるんだろうとか思ってないですよね。」
「ちがうの?」
「ちがいますよ、そんな何でもかんでも、プライベートに踏み込んだりしませんよ。」
彼の目が、いまさら? と吹き出しが見えそうな目で私を見ている。
「えぇそうですよ、写真立て壊したほとぼりが冷めたぐらいに、問い詰めようと思いましたよ!」
「やっぱり。」
「やっぱりって言うな! もういい、指輪をつかって、たぶらかした話の続きを。」
「ひどいけど、確かにそうなのかも。」
彼はすこし目をつぶって、下を向いてから、ゆったりと話だす。
「二十歳の頃、男二人で飲んでいたら、隣のテーブルに女性が二人座って、ツレが声をかけて四人で飲むことになったんです。」
「お持ち帰り目的のナンパってやつですな。」
「猫拾うわけじゃないんだから、最初は綺麗な人だと思うぐらいだったけど、話をするときちんとやりたい仕事を、真面目にやってるんだって分かって、とても眩しくて。その頃は、毎日きまった楽な仕事を、何も考えずにやるだけで、このままでいいのかって焦ってて。それでも、何もしてない自分にいらいらしてた。うらやましかったんだと思う。二人になった時に、こんどは二人で飲みにいこうと誘ったけど『九才も上のおばさんをからかうな』ってあっさり断られて。あっさりあきらめるとこなんだけど、なんか気になって、やることもないし、もうちょっと押してみようかなと。」
「やることないからって、暇つぶしに口説いたってこと?」
「確かに暇つぶしと言えばそうだったのかも。彼女の使う駅しか知らなかったから、仕事終わってから、その駅まで行って、彼女を待った。支線の駅で、電車の本数も少ないし、降りてくる人も数人しかいない、静かな駅だった。彼女が改札の向こうで、僕に気が付いた時すこし笑ったように思えて、もう二度とこないから食事だけでもって押し込んで、なんとかそのまま食事しにいった。けど、彼女にとっては弟にしか見えないって言われて。別れ際、彼女にあきらめられないから、毎日駅でまってる、気が変ったら声をかけてって。好きな映画を真似ただけだったんだけど、それぐらいしか思いつかなくて。それから毎日、仕事終わってから駅まで行って、終電まで立って、彼女と根競べ。思っていたよりも足も気持ちもしんどくて、待ってる間、色々と考え事して、時間をつぶした。土日は、一日中立ってたけど、月曜日はしんどくて、かっこつけて立ってることも出来なくて、座りこんで、今日が最後かなって思ってたら、彼女が声をかけてくれた。だけど、もうやめてって、本当は付き合ってる人がいて、結婚すると思う、ちょっと楽しくて黙ってた、ごめんって。そう言われて、もう足も限界だったし、結婚って言葉が重くて、あきらめた」
「指輪は?」
「まだ続きが、その時は、本当にあきらめようと思ったんだ。でも、一週間もしたら、足の痛みもなくなってたから、またやろうかなって。」
「え、ばかなの? 今と変わってないじゃない。」
「確かに変わってないかも。その時は、あきらめきれないというか、もう後悔するネタを増やしたくなかったのが正直なとこだったのかも。」
「後悔って、女性への悪行ですか?」
「ひどいな、いやそれもあったけど、勉強も、部活も、学校でのイベントとかも全部、今度はちゃんとやろうって、思っている間に、全部できなくなって。やりたいことも、熱中するものも無くて、女性と付き合っても、三ヵ月も持たなくて。そんな事を、待ってる間に、嫌ってほどに考えさせられてね、どうせ後悔するならもう少しぐらいやってみようかなと。」
「それで、誘拐ですか。」
「いや、そんな強引な手は使ってない……。花と指輪を渡して『ずっと好きでいるから』と彼女に約束して、やっと友達ならって返事をもらえた。」
「すごくいい話すぎて、ちょっと腹が立つぐらいですが。」
「確かにね、そのままならいい話だったんだろうけど、そうはいかなくてね。毎週彼女を連れ出して、なんとか一年ぐらいたったころには恋人だって紹介できるようになって。一緒に住むようになって、そばにいるのが当たり前だと思うようになっていって。そこからは、二人とも仕事が忙しくなって、二人でいる時間が減っていって、彼女が転勤になって。別れた。」
「そんな……長く付き合っていて遠距離ぐらい。」
「そう思ってた、最初はね。東京と大阪ぐらいって近いもんだって。でも毎日会えた相手に、たまにしか会えないって、結構しんどくて。相手にも同じ思いをさせてるって思うと、声聞くだけでも辛くてね。どっちかが仕事辞めれば良かったんだけど、二人とも仕事以外に打ち込める物なんてないって分かってたから。自分の為に相手が仕事を捨てたって知れば、傷つくのも分かってた。だから、もう約束を守れないって彼女に言って、指輪を返してもらった。」
「うぐ、今だけギュッてしてもいいですか?」
「だめ。」
「いいじゃないですか、ちょっと胸があたるぐらいで野獣化しないでしょ。」
「あたるほど無い……あ、ごめん。」
「なにが! なにがごめんなのよ!」
「いや、えっと、ほら、あれだよ、僕は約束を守れない人間って事で、先にあやまっておくって事で……。」
それは、それは、触らないって約束の事? 私は、急いで彼のベッドから飛び降りて自分のベッドにもどり布団で体を守る。
「ごめん、今更そんなに警戒されるとは思わなかった。なぜ耳?」
「いや、その、私耳弱いから、大きい声でちゃうし……。」
なにを自分の弱点宣伝してるのよ、冷静に!
「それ禁句ね、さんざん襲えとか言っといて、その反応はいったい?」
「それは、今日は、ちょっと、見られていい下着じゃないし……。」
「え、クマのパンツ……。」
「なんで知ってるのよ!」
「ごめん、そのパジャマ薄いから……それに今更下着ぐらい気にしないかと。」
「そんなわけないでしょ! しかもパンツは……すいません、明日からは別のパジャマにします。」
「お願いします。」
確かに、すでに全部見られてしまっているというか、無理矢理見せた後にパンツぐらいで騒ぐのはおかしい。それよりも、彼の言う通りさんざん誘っておいて、今更待ってとも言えないよね? 本当に過去の私はなんてことをしてくれたんだ。
「ねぇ。」
「はい?」
「もう誰にも好きっていわないで、エッチだけするの?」
「色々飛ばしすぎだと思うのですが。」
「やっぱり、ずるいじゃないですか。」
「言うほうがずるいと思うけど。」
「なんでよ?」
「言われたら気持ちが動くじゃないですか。」
「なにそれ?」
「例えば『君が好きだ!』とか……」
いやまってまって、私に言ったんじゃないから、意識飛んでる場合ではないでしょ!
「大丈夫?」
「すいません、先生聞いてませんでした。」
「大丈夫じゃないよね。」
「帰ってきました。」
「いったいどこに行ってたの?」
「口説き文句に、好きだっていうはのは重罪とされる国です。」
「すごい話の戻し方だし、なんか方向ちがってる」
「どう違うの?」
「どうって、それは、自分が信用できないってことかな、自信があって好きでいると言ったけど、気持ちは変わるから。結局は嘘になって、傷つける……」
「そんなに先の事まで気にしなくてもいいのでは?」
「軽く言うなっていってなかったっけ?」
「そんなに悪い言葉ではないでしょ、言われたからって……」
いや悪い言葉かも、さっき勘違いでも別の世界に飛ばされてしまったほどだ、ちゃんと言われたら全財産差し出してしまうかもしれない、もちろん大した額ではない。
彼の言うことも、確かにそうなのかもしれない、もし好きだと彼に伝えたら、彼の気持ちも少しは動くわけで、もしかしたら彼も私を好きになるかもしれない。しかし、ずっと変わらないかと言われると、正直に考えればよくわからない。
「ねぇねぇ、告白されたら?」
「こんな、笑いも泣きもしないやつ、真面目に付き合おうなんてもの好きはいないでしょ。」
目の前にいるでしょう! 口が滑って言ってしまえばいい、なんて考えも浮かぶが、これだけ近くにいれれば十分に満足なわけで、それを失ってしまうかもと思うと踏み込むのは、かなり怖い。
「笑って泣けば、呪いがとけて、闇から救いだせるのですな!」
「なぜファンタジーな話に?」
「トンカチで弁慶の泣き所を。」
「そうじゃなくて、映画みて感動したりとかそっちのほうで。」
「キスしてみます?」
「な?」
「呪いといえば、王子様のキスでしょ! ……今日は余裕ですな。」
彼は私の意図がわかったようで、すこしぴくっと動いてから警戒の姿勢をとる。
「どうせキスなんかしないと油断してるでしょ。」
「さっき下着がどうとかって……。」
「キスだけなら、見えないでしょ。」
「ダメだって……部屋の中で、パジャマでとか、ほんとに、少しは自分が普通の可愛い女の子だって自覚して。」
「そっか、ダメかぁ。」
彼は安心したのか、ため息をついている。私はふてくされたふりをして、ベッドに倒れて、布団を抱きしめる。彼にキスなんて、ほっぺにも出来ないけど、可愛いとまた言ってもらえるなら、迫ってみるのも悪くない。このにやけ顔は、彼にはみせられない。
「そういえば、張り付け台ってなんですか?」
「えっと、なんで突然?」
「さっき、看護師の本間さんと電話で話したんだけど、君が欲しがってるって」
やっぱりいじめっこだ、確かに昨日話したけど、それは勘違いだっていったじゃないのー
「僕の感覚って、人とかなりずれてるから、普通にあるものが、ここには無いんじゃないかなと思って。君は欲しい物があっても、遠慮して言ってくれなさそうだから」
欲しいものは、「貴方です!」とは言えないし、今は張り付け台を忘れてもらわねばならない。
「えっと、テレビかな、私はそんなに見ないけど、普通の家にはあると思います。映画みたり、ゲームしたり出来ますし。」
「確かに、しかし置くとこ無いですね。」
しまった、テレビを置くには、部屋の模様替えが必要になるわけで、スペースを作るには、ベッドを横並びにしないといけない、出入り口を確保するためには、ぴったりと付けないといけない……。無理だ緊張して寝られないし、ストレスに耐えきれず私が野獣化する恐れもある、彼の安全の為にも、模様替えは中止せねば。
「無理に置かなくても、そんなに使わないならなおさら。」
「そうですか、考えときます……。」
ある日帰ってくると、模様替えされている確率が高い、テレビも忘れてもらわねば。
明らかになにか考えている、彼がパソコンを立ち上げている、あれはたぶん、ネットでなにか調べる予感がする、たぶん張り付け台、阻止しなければならない。
「あの、どっか出かけませんか?」
「なにか用事が?」
「特にないですけど、ほら、いつもみたいに図書館とか……」
いや、それは無いだろう、いくらなんでも今日さっちゃんに会うのは気まずい。
「えっと、ほら、海とか、海行きたいなぁなんて、昔父に釣りしたいって連れてってもらったんですけど、私不器用で怒らせちゃって、二度と連れていってくれなくて、リベンジしたいなぁーって。それに秋の海は綺麗ですよ、紅葉にはえてとっても綺麗です。」
早口だし、おかしなこと言っているのは分かっているが、普段からおかしいから、これぐらいならたぶんばれない。
「いきましょう」
良かった、だがやっぱりおかしな子だと思われているのだろうか?




