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金曜日

 鍵のしまる音で目が覚める、ベッドを見ると彼はいなかった、まだ朝早いのにどこにいったのだろう。キッチンの流しに、ウィダーの袋が転がっている、急いで出て行ったのかもと一瞬思ったが、たぶん私にわかるようにわざと置いていったのだろう。冷蔵庫には、かなりの数のウィダーが常備されたようなので、私も一つもらって朝食にした。

 彼がいないことが確認できたので、昨日マットレスの下に隠した写真立てを取り出す、昨日は戻せなかったのだが、彼は気が付いてなさそうかな。ほんとにいい笑顔だ、幸せそう、そう思いながらほのぼのと写真をみていたが、よく見ると二人とも左手の薬指に指輪をしている、これは夫婦の写真? 彼は既婚者なのだろうか? いやだとしたら、泊めてくれないだろうし、しまってあるという事は、離婚したってことなのだろうか? とりあえずこれは見なかった事にして、元にもどそう。



 そんな事より、過去の私からの引継ぎ事項のほうが問題だ、自分にクレームをつけてもなにも変わらないのだが、もうこの状態どうすればいいのだろう、いっそ本当に押し倒してしまうか。通常モードの男性なら無理かもしれないが、今の彼なら弱ってるし、魅力的だとか、可愛いとか、綺麗とか言ってたし、ちょっと押したらのってくるかもしれない。いや、そんなには褒められてないか、都合よく記憶を改ざんしている気がする。本気で拒否されたら、かなりへこむ。とりあえず、夜までにはなにか考えつくかもしれない、未来の私に託そう。昨日と一緒だがそこは気がつかないということで。


 すごい勢いで友達が増えていく、今日大学で紹介された人の半分も名前を思い出せない、正直にお金がないといってカラオケを断ったが、大丈夫だったろうか? そんなことで悩むのもすこし懐かしい。

 しかし今は大事な問題がある、昨日の救急の女性に言われた、料理は? の質問がじわじわときいてくるのだ。私はかなり不器用なほうで、親にも頼むから何も触るなとよく怒られた、今思い出してもちょっとへこむ。先週までの一人ぐらしも、ほとんど乾麵を茹でるだけで半年しのいだ。しかしだ、あの弱った彼に何か作ってあげたいと思う気持ちと、そのどさくさ紛れに謝ってしまおうという、せこい考え半分でスーパーに来たのだが、食材を見ても何も思いつかない、作るものを考えてからくるのだった。

 もうあきらめて、すこし缶詰でも置いておけば、彼も食べるかもと、通路にしゃがんで選んでいると。

「おい!」

 と声をかけられて、見上げると、そこには昨日救急で来てくれた看護師さんが立っていた。

「ひ!」

 見上げた角度と、胸倉をつかまれた恐怖がよみがえり、裏返った声をあげ、しりもちをついた。

「あ、あの、すいません。」

「なに? ずいぶん怖がるわねぇ。」

 そう言いながら、彼女が近づいてくる、すこし下がったが棚があって、すぐに逃げ場がなくなるが、彼女の顔が近づいてくる、あまりの恐怖に目をとじると、耳に熱い息がかかり、「はむ」と可愛い声で私の耳を甘噛みし、スーパーに怪しげな私の悲鳴がこだました。


「もう勘弁してください……。」

 私の声は、疲れて涙声になっている。フードコートの机に顔をつけ、必死に彼女の許しをこうている、あの後、耳に加えて脇が弱いこともばれてしまった私は、横に座る看護師の由紀さんから強烈な尋問にあい、全てしゃべってしまったのだ。

「よしよし、ほら担当患者のことを把握しとくのは看護師の務めだからさ。」

 そんな感じはさっぱりしないが、また脇をつつかれるのは避けたいので、反論はやめておこう。

「なんで、救急車じゃなくて看護師さんが来るんですか?」

「病院嫌いのお金持ちは、個別契約して毎月のチェックと、緊急出動、保険きかないから高いんだけどね、有名人とか、居場所知られたくない人には、いいサービスなのよ、病院にもお金はいるし、私にも入るし。」

 そういって由紀さんは笑顔を見せた、素敵な笑顔だがいじめっこの顔にも見える、もちろん人の事は言えない。

「しかし、好きな男に触れない同棲生活って、大変だねぇ。」

「別に好きな人ではないですよ。」

「え? そうなの?」

「そうですよ、何というか寄生してるみたいな、そんな感じです。」

「話聞いてると、全然そうは思えないんだけど、本当に照れ隠しとかじゃなく、好きじゃないの?」

「そうだと思うんですけど。」

「だと思うって、例えば他の男に泊めてもらって、何かあっても許容できるわけ?」

「それは絶対いやです!」

「あいつならいいわけ?」

「そうですね、なんかそう言うもんだと納得してるというか。」

「それが、好きだってことじゃないの?」

「うーん、確かにそんな気もしますけど、なんかビビビーとか、キュンキュンするのが無いので好きってのとは違うのかなぁと。」

「なんだその、少女マンガみたいな表現は、それって今まで実在する人に感じたことがあるわけ?」

「無いですねー。」

「もしかして、すごい痛い子なの?」

「うぅ、自分でもすこしは自覚してますが、改めて言われると否定したい。」

「大学生でこれは痛いな、あいつとキスしたいとか、デートしたいとか思わない?」

「思います、思いますけど、なんていうか。一回ぐらいスカイダイビングやってみたいなぁってのと同じ感じです。」

「ほほー、あいつも不思議だけど、さらに不思議というかおもしろいな。」

「たしかに、彼の事好きなのかどうか、考えてみるとよくわかりません。」

「普通は考えることは無いと思うのだが。」

「そうなんですか? どんな時に、この人が好きって確信持てるんでしょうか?」

「とんでもなく子供っぽい話してるような気がするが、確かに考えてみると難しい。ピロートークしてると時とか、かな?」

「それって、した後ですよね、もうちょっと初心者向けのお手本でお願いします。」

「そっかまだやったね、うーん、壁ドンしてもらうとか?」

「それは、好きかどうかでなくて、好きになる仕草では?」

「ネクタイ緩めるとか、筋肉見るとか?」

「いっしょです! 好きかどうかというか、性欲が反応してるだけのような。」

「実際そうなんじゃないかな、なんだかんだ言っても、子孫繫栄の本能がそうさせるじゃない?」

「そっか、壁ドン頼む……なんで頼むのかばれますよね。」

「あいつでも気がつくだろうね。」

「それはちょっとハードル高いな、なんか決定的なのないでしょか?」

「そうだね、何かイベントないと厳しいかも、ライバルが現れるとか。」

「いいですね、奪い取ってやる! みたいなやつですよね、確かに燃え上がって、どんな悪い事でもやっちゃうパターンですね。」

「なんか微妙にずれた気がするけど、ほんとに奪い取れるの?」

「出来るんじゃないかな、高校の時に、友達が彼女いる男子を好きになって悩んでたから、おもいっきりけしかけましたよ。確かうまくいかなかったけど、すっきりしたーとか言ってて、感謝された気がします。だから、もしライバルがいたら、ちょっと力づくでも奪ってやります。」

「ちょっとって所が気になるけど、あいつに彼女がいないと始まらないし、いたら女の子泊めないだろうし、自分で言っといてなんだけど、ないかな。」

「そうですね、ドラマとか映画とかだったら、死んで初めて愛してると気が付くとかありますけど、バットエンドすぎますね。」

「そうだね、あいつ無茶して弱ってる時以外は、かなり健康体だから病気で逝くっておちはないかな。いなくなるのは? もう二度と会えないかもって思ったら?」

「会えなくなるって、私から出て行かないとないし、判定がどっちに出ても、出戻りはかなり厳しい事になる気がする。」

「ネクタイならばれないんじゃない、プレゼントして、付けてって言えば、たぶんあいつなら気がつかない」

「ネクタイ……普段しないし、お金無いって言って泊めてもらってるのに、プレゼントって、なんかさっきから、私ネタつぶしてばっかりですね。」

「いや面白いからいいよ。」

「やっぱり壁ドンを……私がやってもいいですよね?」

「うん? なんかさらに方向がずれた気もするけど、色々とはっきりはするんじゃない?」

「ですよね、頼むより簡単な気がします。」

 壁ドン、いや床ドンか? 昨日の夜にもうちょっとでやってしまうところだったが、やってしまったほうが良かったのかも。

 

 バイト先について、いつものように着替えていると、チーフが今日はテーブル担当してもらいます。と嬉しい言葉をかけてくれた、初めて担当するテーブル、緊張するけど嬉しい、やっと役にたてるようになったのだと、その時は無邪気にはしゃいでいた。

 

 彼のマンション近くの公園につくと、パラパラと雨が降り出して、世界が一緒に泣いてくれてるのかもと、すこし嬉しくなった。誰もいない夜の公園は、雨の音だけがして、別の世界のようだった。ベンチに腰掛けて、空を見上げると、冷たい雨が顔に当たる、涙が隠れるかも、部屋に戻るまでに、なんでもいい彼から隠してほしい。

 初めての担当テーブルとうかれていたが、それもオーダーを受けて戻ってくるまでだった。私が担当したカップルは、図書館スタッフさんのさっちゃんと、彼だった。さっちゃんは、優しい声と笑顔の可愛らしい人で、私にもたまに声をかけてくれた。彼女は、お店に入って来た時から嬉しそうで、私は彼の顔を見ることができなかった。テーブルまで歩く間に、思い出した。私のアパートに彼と荷物を取りに行くとき、店の前を通って「早くテーブルをまかせられるようになりたい」と彼に言ったのだ。それを覚えていて、彼はお店に頼んでくれたのだろう。

 二人を見て、私は彼が好きなのだと気が付いてしまった。いつもなら、気になった相手に付き合ってる人がいれば、すぐにあきらめる事ができたのに。彼は、無理だった。胸が苦しいとは、これの事かと分からされた。二人にさとられない様、なんとかオーダーだけは受けたが、チーフに隠せるわけもなかった。心配そうに見つめるチーフに、早退させてほしいと頼んで、逃げ出してしまった。

 ライバルがいたら奪い取るなんて、よく言えたものだ、あれから数時間しかたってないのに。相手が知り合いで、あんないい人なんて、無理だ、絶対出来ない。ライバルは、見た目も性格も悪い人って思っていた。どちらも彼女にはかなわないし、彼だって彼女といたほうが楽しいし、幸せなはず。

 それに、私は彼が言うように、近くにいるから好きになったわけじゃない、ずっと彼の事が好きだったんだ。ずっと彼に近付く言い訳を考えていた。本当はもうここにいる理由なんてなかった。友達も知り合いもいない町、寂しくて、毎日のように帰りたいと思った、そのたびに彼の顔が頭をよぎった。それでも自分に自信がなくて、踏み出せない私は、自分に彼を好きではないと言い聞かせて、信じ込ませた。そうしないと、結果の分かった未来へ暴走しそうで怖かった。

 彼に近づきたいという自分を、どうせ振られるだけだとあきらめる自分が抑え込んだのだ、彼だけじゃない、今までずっとずっとそうして来たのかもしれない。好きじゃない、繰り返し言い聞かせて、何回も上書きして、気持ちを見えないように、見ないようにして、傷つかないように自分を守ってきた。

 でももう、私にはそんな子供だましは通じなくなっていたのだ、なんとか抜け道を見つけて、弱気な自分に気づかれないように、彼に近づいた。友達を応援していた自分みたい、気持ちを伝えられない友達を、騙して二人きりにして、無理矢理告白させた。自分にも通じると思ったのだ、でも近づくだけで精一杯で、彼に好きだと伝える事はできなかった。ライバルなんかあらわれなくても、彼に触られたら、好きだと気付いたのかもしれない、それがいつであれ、私はにげだすのだ。

 ない頭で、私けっこうがんばった、これで家に帰れる、大丈夫、仕事さがして、数年もすれば、無茶したなって思い出になって、別の人を好きになれる。今は涙が止まらないけど、大丈夫、今の私は自分に嘘をついてない。

 気が付くと雨は本降りになっていて、部屋に戻った時は、プールに落ちたようにびしょ濡れになっていた。そして、ベッドが増えている……向かい合わせになっている事から、間違いなく私と彼のだ、車で寝ていることが私に知られたから、もう一つ買ってくれたのだろう、なんでここまでするのよ、今は少しでいいから嫌いになれる材料がほしい。

 時間はまだ大丈夫、コース料理はそろそろ終るぐらい、彼がまっすぐ帰ってきたとしても、シャワーぐらい浴びれる。実家に帰ると言えば、彼だって安心して送り出せるはず、帰ってきたら、朝出ていくと話して、お礼をいって、それでおしまい。泣かないで言えるかな、今のうちに泣いておこう。

 シャワーを浴びてでてきても、彼はまだ帰って来てなかった。濡れたカバンをふいていると、由紀さんからの着信が数回あることに気が付いて、電話をする。

「おー、やっとかかってきたー、大丈夫?」

「えっと、大丈夫ではないです……その、ライバルのほうで、自分の気持ちに……気づいてしまって。」

「そっかー、もう鉢合わせたか。」

「知ってたんですか!」

「いや、確信はなかったけど、一緒に車乗っているのを前に見かけてね、あいつはいつも通り無表情だったけど、女の子は楽しそうだったから、そうかなって。でもはっきりしたなら、あとは予定通り壁ドンして、奪い取るだけやな。」

「それは……無理です、彼女知り合いだし、可愛いし、めちゃくちゃいい人なので。」

「そか、それはちと厳しいな、そっちも気になるけど、体調は?」

「彼女とデートしているぐらいだから、元気だと思います。」

「ちゃう、貴方は? 一時間ぐらい前かな、あいつから電話かかってきて、体調悪そうだから、居場所が分からんけど来てくれって。とりあえず電話してみるって事になって。」

「えっとそれは、私がバイトを仮病で抜けたからです、突然帰ったから彼が心配したのだと思います。」

「ほほー、大事にされてるやないの、やっぱりいってもうたら。」

「それは、彼がやさしいだけですって、もう気づいちゃったから顔見れるかどうか……。」

「私には、さっぱりやさしくないよ、ほとんど一ワードしか返事しないし。」

「確かにあんまり話してくれませんけど、とりあえず帰ってきたら、ちゃんと話します。」

「ん? 帰って来てないの?」

「はい、今コースが終わったぐらいだと思います。」

「そか、バイト先に来たのか、いやあいつ電話部屋に置いたままで持ち歩かないから、家からかけたのかなと。」

 確かに、電話はいつも通り、モニターの下に置いてある。

「車の鍵もありますね、あれ? 彼女の電話借りたのかな?」

 いつものように、靴箱の上には車の鍵が置いてある、鍵を持ち上げて見ていると、呼び鈴がなった。

「すいません、誰か来たので、切りますね。」

「はいはい、またね。」

 電話を切って、扉を開けると。

「あ、さっちゃ……。」

 やってしまった、ドアを開けるとそこにはさっちゃんが立っており、お互い固まってしまい、動けない。なにか言い訳しないといけないは分かっているのだが、頭が真っ白でなにも考えられない。どうしよう、気持ちはあせるが、なにも出てこない。

「あの、これを彼に渡しといてください、それじゃ。」

 そう言って、彼の財布を渡すと走って階段を下りていく、声をかけようにも、なんて説明すればいいのか分からず、すぐに見えなくなってしまった。

 絶対こじれる、彼が素直に説明して、さっちゃんが納得する、わけない。自分の彼の家にいったら、知り合いの女の子が髪濡らして、パジャマで出てきたら、どんな言い訳も聞けない。せめてプラマイゼロで消えたかったのに、これは絶対マイナスだ。本気で怒った彼に殴られるかも、いや無いかな、彼優しいし、いっそ手をあげられたほうが気持ちは楽かもしれない。

 焦ってもしょうがない、明日にでもさっちゃんに会いに行って、もう出ていくって話せば、まだ修復できるかもしれない、彼のスマホはここにあるし、もしかかってきたら、変わってもらって、私が説明すればいい。

 さっちゃんが納得してくれるとして、彼は今どこにいるのだろう。由紀さんは一時間前と言っていたから、私が店をでてすぐに部屋までもどって、私がいないので電話した。今は、歩いて私を探してくれているのかも? カーテンを少し開けて外を見ると、さっきよりも雨は強くなっている。昨日あんな状態になって、体力も落ちているはずなのに、こんな雨の中、お店まで歩いてもどったのだろうか?

 彼を探しに行こうと、着替えてもう一度外を見ると、すこし離れたところで、さっちゃんと彼が話している、二人とも傘もささずに下を向いている、口元までは見えずどちらが話しているのかは、分からない。さっちゃんが彼に軽く抱き着いて、走って去っていった。

 彼は、そのまま下を向いてそこに立っていた。耐えきれずに、傘をさして彼の所までいって「帰ろう」と言ったが、彼は下を向いたまま動かない。しばらく彼に傘をさしていたが、すこしシャツを引っ張ると、うなずいてゆっくりと歩き出した。

 部屋に入っても彼は下を向いたまま「シャワー浴びてください」と言うと、すこしだけうなずく。着替えてもどってきた彼に「あの」と声をかけると「今日は、ごめん」とさえぎって、ベッドに入ってしまった。

 明日なんて言えばいいんだろう、もう二人の仲を私がどうにかして戻すことなど、無理に思える。私がいなければ、こんなことにはならなかったのに、彼はきっと後悔してる。


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