月曜日
起きるとすでに彼はおらず、机にサンドイッチが置いてある。どうやら彼が作ってくれたようだ。パンの耳もそのままだし、材料は昨日ドラッグストアで彼が買っていたものだ。半分はお弁当にしよう。
サンドイッチを食べながら、ベッド周りを探すと、はやり壁との隙間にゴムが落ちている。わかりやすく置いてあったのに、隙間に落としてあるということは、使わないというアピールだろうか? やはりきちんとお願いするべきだった。この愛人のような微妙な関係では、受け入れるしかないのだろうか? クローゼットを開けて改めて買ってもらった服を見ると、なにかお願いできる立場ではない、これのお礼も言ってないことを思い出す。ピルって幾らするのだろう。
しかし彼はどこに行ったのだろうか? 図書館で見かけるのは土日のみだったので、普通の社会人だと思っていたのだが、昨日の行動から読み違えと思われる。パソコンでやっていた作業も何時までやっていたのだろうか? 考えれば考えるほどに怪しいが、のんびりと探偵気取りで遊んでいる場合では、大学へ行ってお勉強しなければ。
自分の性格からして一日でもさぼると、止まってしまいそうだったので、メイクして大学へ向かった。綺麗にしていないと、彼に追い出されてしまいそうで、もしそうなったら私には行くところがない。昨日教えてもらったおかげで可愛くなっていくのは、純粋に楽しいのだが彼の好みにあっているのだろうかと不安になる。好きなアイドルのポスターでも貼ってくれれば参考にするのだが、そんな簡単なヒントはくれない。
大学について自転車を止めて初めて、彼が昨日運んでくれたことに気がつく。これはいかん、彼に買ってもらったり、何かしてもらうのが自分の中で当たり前になっている気がして、ため息がでる。彼より先に寝て、後に起きて朝ごはんも作ってもらって、掃除は業者さんがやっていて、洗濯だって、蓋の付いた麻のカゴが二つあって、別です! とアピールされている。あの部屋で私のすることはない。ご主人様とペットでしかない、猫じゃらしであそんでもらわないと、仕事がない。
いつもと同じ大学の景色だが、違うところに目がいく。女の子たちのメイクや、カップルの仕草など、みんな自然だ。無理に頑張っている感じがしない、慣れれば出来るのだろうか、彼と腕を組んだり、顔を近づけて話したり、よしよしと頭をなでてもらったり。なぜか彼の膝の上で丸くなって、頭をなでられている猫を想像してしまう、猫にすり替えないとイメージにすら出来ないのか、妄想で遊ぶ事すら恥ずかしいとは、情けない。
「こんな時間に、化粧なおして男に会いにいくのかな?」
そう言ってチーフが、私の髪をすこしなおしてくれた。
「……えっと、そうです。」
「いいわね、お疲れさま。」
お疲れ様です、返事をするとチーフは休憩室から出て行った。私のバイト先の上司、年配だが凛とした美しさがある人だ、彼女がいたからこそ彼に声をかけられたのかもしれない。
仕送り停止の連絡を受けて、真面目にバイトを探さねばならなくなった私は、大学の掲示板前でメモをとり悩んでいた。あまりの不器用さで、すでに三つのバイトを辞めてしまった私は、電話をかけることも出来ずに、固まっていた。
「貴方、さっき通った時もいたわね。」
そう言ってチーフに声をかけられた、優しい声で、なにより一つ一つの動作が綺麗だった。
「はい、すいません、廊下の真ん中に、ごめんなさい。」
そう言って立ち去ろうとすると。
「もしよかったら、うちで働かない?」
真っ先に思いついたのは、夜のお店でお酒をつくって、男性の隣に座る仕事だったが。自分にお酒なんか作ってもらってもうれしくないだろうし、なにより会話が続く自信がない。
そんな妄想をしていると、名刺をくれた。そこには、イタリアンレストラン・フロアチーフと書いてあったが、店名が読めない。読めないが、アパートの住所に近かった。
「近くに住んでいます。」
「あらよかった、今から来れる?」
「今からですか?」
「何か予定?」
「ないです。」
「では、行きましょう。」
展開が早いし、強引すぎです。そう思いながらもチーフの車でお店に向かったのだが、お店が見えてきて初めて、なぜ住所が近いのに記憶にないのか判明する。何度か前を通ったことはあったが、見るからに高級店で自分には縁の無いお店だと、脳内マップから消去していたのだ。
店につくと、彼女は正面入口から入り、テーブルへと案内される。
「あの、面接ってここでやるんですか?」
「そうよ、人って食事の仕方でどんな人か分かるって言うでしょう? この仕事しかしたことがないから、他で判断なんて出来ないのよ。」
そして、フルコースのディナーを食べると言う不思議なバイト面接がスタートした。しばらく自分の手抜き料理しか食べていなかった私には、涙がでるほど美味しくて、まかないも出ると言われた私はがっちりと胃袋つかまれてしまった。
「どう、明日から来れる?」
「採用なんですか?」
「もちろん、あんな美味しそうに食べる人はそういないわ。毎日でも誘いたいぐらいよ。さっきお水を入れに来た人覚えてる?」
「あのお髭の。」
「そうよ、よく目配りが出来ているわね、あの人がオーナーよ。OKって言っていたわ、明日からお願いね。」
「はい、お願いします」
「最後に一つだけ、三ヵ月は続けてね、約束よ。」
「わかりました。」
すでに一ヵ月半が過ぎたが、正直なところを言えば逃げ出したい。週に三回美味しい夕飯にありつけるのは、本当にありがたいのだが。持ち前の不器用さが嫌でも露呈する、せっかくの料理をひっくり返すし、お皿もグラスも割る、普通ならすぐにでもクビになるところなのだが、次は大丈夫よとみんな助けてくれる。チーフはこんな私を頑張り屋で気遣いのできる人、そして何度も可愛い子と褒めてくれる。彼に声をかけようか悩んでいる時も背中を押してくれたのは、チーフの『何悩んでいるか知らないけど、可愛いから大丈夫よ』という言葉だった。
バイトを終えて部屋に戻っても、彼はいなかった、いたら緊張するのだが、いなければ寂しい。昨日勢いで投稿した写真のおかげで、久々に高校時代の友人からコメントがついている、返事を返すと電話がかかってくる。
「夜の名古屋城でなにしたのかな?」
「いきなりだなぁ。」
「ついに男できたんだねぇー、あんなにおしゃれしてうれしいよ、あたしゃー。」
「男の人と行った事決定なのね。」
「あのね、あんなにアップでとると撮ってる人の顔が目にくっきり映ってしまうんだよー。」
「えぇー、失敗した、どうしよう、どうしよう、今から消したほうがいいかな?」
「ごめん冗談だから落ち着いて、相変わらずのその可愛い反応、変わってなくてうれしいよ。」
「人をおもちゃみたいに言わないで。」
「あれ、確か、もし男できたらいじり倒していいって言ってたような気がしますが。」
「うぅ、確かに言いましたけど、あの時は当分ないと思って。」
「フフフ、約束を果たしてもらいましょうかねー、それで夜の名古屋城で、えぇー、そんなお外で。」
「やめて、してないし外では、あ……。」
「外では? いま外ではって言ったよね、えぇー、車でー。」
「なんでよ! ちゃんと……ってなに言わすのよ。」
「うん、相変わらず隠し事にがてよね。」
だめだ、この勢いでは楽しいがすべて喋ってしまう。と言うか、土曜の夜の事をほとんど喋ってしまった。そして友人から衝撃的な意見が。
「それはしてないと思うよ。」
「でも、朝にごめんって。」
「別のことと勘違いしたんじゃない、昔っから妄想激しかったからねー、訴える前にちゃんとプロに相談したほうがいいよ。」
「訴えたりしないし! しないけど、一晩一緒にいてなにもないって。」
正確には二晩だが、そこは黙っとこう。
「うーん、そう思いたい気持ちはわかるけど、私は無いと思うなぁ、聞いてみれば。」
「聞いて……聞けるかな?」
そして、鍵の開く音がする。
「あ、彼帰ってきたから、切るね。」
「ん? なに同棲? 説明……。」
説明できるわけもないので、電話を切る。
「お帰りなさい。」
「ただいまもどりました。」
なんだろう、この二人ともぎこちない感じは、私はともかく彼は自分の部屋に帰ってきたのだから、堂々とすればいいのに。ベッドの上に座っているのだから、ドーンって押し倒せばいいじゃないの。そうすれば、したかしてないかとか悩まなくてすむし。いらいらを彼のせいにして睨んでいたが、昨日同様ヘッドセットをつけて誰かと話だす。
机まで歩いていって、彼のヘッドセットをはずして、彼に無理やりキスをして、ベッドに押し倒して……無理だった妄想でもキスまでが限界だ。しかも、また話しかけるタイミングを失ってしまった。聞きたいことがいっぱいあるのに! 大事なのは一つだが、もし何も無かったと彼が答えると、それはそれで山ほどの疑問が残る。
結局、聞けるはずもなく、昨日同様バスタオル一枚で布団に入る。もし何も無いとすると、寝る時は全裸タイプなのですという事になる。やはりそっちは考えたくない、考えたくはないが、不安になる。それはつまり、自分に魅力が無いってことになるわけで、やっぱり考えたくない。
彼はパタパタとキーボードを叩いている、お仕事モードの彼の目はちょっとだけいつもよりきつい感じがする、私を見る時はどんな目をしていただろう。布団からちょっとだけ手をだして、彼の横顔に振ってみる。彼はすぐに気がついて私を見る。
「すいません、ごめんなさい、なんでもないです。」
びっくりした、気が付かないと思っていたのだが、予想外だった。私を見る目はやさしかった、どうしよう友達の意見が正しい気がしてきた。今は眠いから、明日聞こう、うん明日。




