3年後ー再会
目が覚めても、外はまだ暗かった。明るくなるまで寝ていても、この部屋まで起こしに来てくれるミキさんはいない。
彼の捜索しか考えられなくなっていた頃、暴走しそうな私の手綱を握ったくれたのはミキさんだった、大学やバイト先まで送ってくれて、私の話を聞いて一緒に食事をして、何度もここに泊まってくれた。
恋人の社長さんに、ミキさん経由で彼の情報をくれるように頼んだが、口止めされていると断られてしまい。私は後を付けて、密会現場に乗り込んで直接頼み込んだ。返事は変わらず、それから社長さんとの関係が傾いて、ミキさんは謝罪を受け入れてはくれなかった。それからは、仕事上の関係となり、いまだに冗談を言い合える昔の状態にはもどれていない。私は後どれくらい失えば、彼に辿り着けるのだろう。
のんびりと寮にもどり、みんなが朝食をとっていて、おはようと挨拶する。
「なっちゃん! なに堂々と朝帰りしてるのよ!」
「あ、ごめん。」
コントのようなやり取りに、みんなが笑いだす。フィアンセの家に泊まって来たと言うと、ママ可哀想に壊れてしまった、と冗談ではないコメントや目線が突き刺さる。
「なっちゃん、今日の夜は万全の状態で、冷静に対応してください。」
「なんかあったっけ?」
「由紀さんとの食事会です、お願いですから、今回は無茶しないでくださいね。」
看護師の由紀さんとの関係は、続いてはいるが、すこしおかしな方向に変わっている。
最初は彼の捜索を手伝ってくれていたが、病院での登録も偽名だったらしく、探偵さんまで雇って探してもらったが、最後は東京の弁護士さんで行き止まりとなってしまった。
その後、由紀さんは私に男の人を紹介してくれたのだが、まったく私が反応しない為、彼に似た人の写真を撮ってきて、その人の連絡先がほしければ、私が食事代を払い、いらないと言えば由紀さんがおごってくれる、というゲームを毎回していたのだが。回を重ねる毎に、写真の精度が上がっていき、食事代からコスプレなど、罰ゲームへとグレードアップして、前回はバニー姿にさせられた挙句、写真の相手は女性だった。
今回が最後となる為、由紀さんがどんな写真をもってくるのか、さらにはどんな罰ゲームを用意しているのか、みくちゃんは警戒しているが、私は結構楽しみにしていたりする。
「あれ、そういえば今日って、お休みじゃない?」
「最後だから、貸し切りで開けてもらったらしいです。」
「おぉ、由紀さん気合入ってるね。元バイト先も、今日で最期かな、貸し切りなんて初めて。」
「何喜んでるんですか!」
「ミクちゃんも、今日は参加するの?」
「しますよ、前回もうちょっとでバニーで市内走るとこだったんですから、今日は絶対に写真買わないでくださいよ。」
「毎回よく見つけてくるよね、カメラ上手い人っているもんだよねー。」
「なっちゃんの書いた、彼の似顔絵と全然似てませんでしたけどね。」
「結構うまく書けたと思ったんだけど。」
「由紀さんには、あの絵見せたんですか?」
「見せたよ、補正かかりすぎって言われた。」
「……だめじゃん、またプリントTシャツくばったりしないでくださいね。」
「……やだなー、もうしないよ。」
「今、ちょっと間がありましたけど?」
「ほら、冬はイベントいっぱいあるから。」
「燃やしますよ?」
「やめてー、あれ以上は描けないから。」
思い出の沢山つまった、元バイト先のレストラン。入口に立つと、まだ少し胸が痛む、まだ思い出にするには少し時間がかかるのかもしれない。
チーフがいつもの優しい笑顔で迎えてくれて、由紀さんの待つテーブルへの案内される。貸し切りだからか、猫耳を付けているが、特に触れないでおく。
「早速ですが、今回お買い上げいただく写真はこちら。今朝セントレアでとれた、鮮度抜群の一品です。」
そう言って出された写真は、すこしボケているが斜め後ろから撮った写真、コート姿で、丸眼鏡、こんな彼の姿は見たことなないが、彼なら似合いそう。
「買います!」
「なっちゃん! ダメ!」
「ありがとうございます、ちなみにお代は写真の裏に。」
写真をひっくり返すと、全裸ディナーと書いてある。
「無理無理! スタッフさんみんな顔見知りなんだから!」
「大丈夫、その為のこの猫耳です。これさえ付ければ、視線は釘付け、服装なんて気にしません!」
「なるほど。」
「そんなわけないでしょ! なっちゃん、お願い冷静になって、明日絶対後悔するから。」
「確かに、ちょっと高額すぎるかな。」
「そんな事もあろうかと、今回にかぎり、分割払いも可能です。」
「どういうこと?」
「さらに数枚の写真を用意しました。しかし! 見るためには、それぞれお代をいただきます。」
そういって、由紀さんはテーブルの上に写真を裏返しに置いていく。そこには、靴やブラ、メイクなど、私が身に着けている物が書かれている。
私は賭け事に熱くなるタイプではないと思っていたのだが、今まさに身ぐるみはがされている。上から、猫耳に、ワンピのみ。靴下も下着も無し、しかもスッピン。
「なっちゃん、よく考えて、これだけ写真見ても確信もてないなら、やめようよ。」
「でも、違うとも言えないし……。」
「……お客様、ここは最後の一押し。電話番号だけではなく、ここに本人を呼んで、15分のツーショットタイムもサービスしましょう。」
「ちょっと由紀さん、何言ってるの。なっちゃん、冷静にね、冷静に。本当に彼だったとして、全裸で会う気?」
「……もう見られちゃってるし……。」
みくちゃんの言ってる事は、聞こえてるし、理解できる。しかし、私は立ち上がり、最後の一枚に手をかける。
「お待たせ。」
突然後ろから、声がして振り返る。
「お、お友達さん!!!」
「あー、覚えててくれたんだ。」
そこには、3年前に彼を連れ去った、彼のお友達が立っていた。
「ケン兄遅い!! もうちょっとで、引き返せないとこまで行くとこだったよ。」
「ごめんな。」
席に座って、みくちゃんと、お友達さんが、兄弟喧嘩している?
「ケンさん?」
「山上ケンって言います、今更だけど、よろしく。」
「みくちゃんと、同じ、苗字?」
「従妹ね。なんか、あいつの情報高値で買い取ってくれるって、聞いてきたんだけど。」
「買います! いくらでも出します!」
「ケン兄まで止めて!」
「冗談だって、何が知りたい?」
「それは……、今、どこにいるのか。」
「それは……。」
視線が、少し上に外れ、みくちゃんも私の後ろを見ている。振り返ると、数歩先に右手を少し上げ、手を広げた彼が立っている。写真と同じ、コートに小さな丸眼鏡、確かに私の似顔絵の出来は良くない。
私は、立ち上がって彼の前まで歩いていって、彼に抱き着いた。懐かしい、匂いがした、3年も前なのに、間違いなく彼だと確信した。彼が、『ただいま』と言ってくれて、私は抱きついたまま、しばらく泣いた。
「結婚してください。」
泣きながら、私がそう言うと、後ろから、『え!』という声がして、我に返る。
「すいません、突然抱きついて、変な事言って。」
「なっちゃん、とりあえず座ろう。」
みくちゃんに、うながされて。私と彼は席につく、右隣に彼が座っているのに、まるで現実味がない。私の行動のせいだろうか、沈黙の時間が流れる。
「……なっちゃん、ほら、聞きたい事があるって。」
「はい! あの、今更ですが、お名前を聞いても、よろしいでしょうか?」
「坂本竜馬です。」
また、幕末の有名人、今まで何度も名前に辿り着いたと思い、舞い上がるたびに、偽名のリストが増えて地面にたたき落される。やっぱり、私の片思いだった。
「なっちゃん、嘘みたいだけど、本名なの。」
みくちゃんの横で、ケンさんもうなずいている。本名なのか、そうか、有名人と同じ名前の人だっているわけだし……。なんで、みくちゃんが知ってるの?
疑念が渦巻いていると、彼が立ち上がって、私の椅子を横にまわし、片膝をついて私を見上げる。何してるのよ、私は今、膝上ワンピだけなのよ、あなたのせいでは無いけど、見えちゃうでしょうが!
「白井奈津さん!」
「はい!」
突然、彼に名前を呼ばれて、返事の声が裏返る。
「僕と、結婚してください。」
そう言って、差し出された手には、開かれた指輪ケースに、ダイヤの指輪が光っている。
夢でも見ているのだろうか、3年行方不明の片思いの相手が、突然プロポーズとか。無いよなぁ、どのへんから夢だったんだろう、寮に帰るとこあたりかな、まだ彼の部屋で寝てるのかな。
「もう、二度と、置いていかない。」
そう、力強く言って、彼が私の手を握る。
「はい! お願いします。」
私もそれに、自信を持って返事をする。その後、彼が指輪をはめてくれるのかと思ったのだが。
ケースを閉じて、私の手のひらに乗せると。立ち上がって、みくちゃんに『後はアンとよろしく!』と言って、スマホを取り出し、耳に当てながら店をでていく。あれ、私、いきなり置いて行かれてない?
「いやー、よかった、よかった。一時はどうなるかと思ったよ。」
「由紀さん悪ノリしすぎですって。ケン兄も、ためすぎだって。」
「電話かかってきちゃってな。アハハ。」
みなも、談笑しながら、出口に向かっている。
「ちょっと、待った!!!」
「やっぱり、だめか。」
「まーちゃんだけ、逃げやがって。これじゃ、私だけ怒られるやん。」
「大丈夫、助っ人いるから。」
「いったん、座って!!!」
まだ頭の整理ができていないが、みんなを帰すわけにはいかないのは分かる。
「大きな声だして、旦那様に逃げられるわよ。」
そう言って、店の奥から母が現れる。
「お母さん、なんでここに? その人は?」
母と同じ歳ぐらいだろうか、上品そうなその女性は、歩いてくると私を抱きしめる。
「こんなかわいい娘が出来るなんて、なんて幸せなのかしら。」
「えぇ! 彼のお母さんですか?」
「初めまして、これからよろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。って、なんでお母さんここいるの?」
「それはもちろん、私達で、竜馬さんを追い込んだからよ。」
「追い込み?」
店内唯一の丸テーブルも、6人で少し手狭になる。
「夏に帰って来た時に、捨てられたーって大泣きしたじゃない。」
「そんな事言ってないし。」
みくちゃんと、由紀さんが首をかしげているので、説明する。
「この人が彼との約束を……。3年前、実家に荷物を送ってもらうように頼だの、コンビニで発送したと思ったら。車で東京の実家まで自分で持って行って、お母さんに頭下げて、彼の部屋にいる事の説明と、居なくなった後の事お願いしていって。寮に早く入れるって話も、彼が大学にかけあってくれてて、って話を、彼に口止めされてたのに、酔ってころっと私に話ちゃったのよこの人は! 今思えば、彼の部屋にいたのに追及されなかったのは、おかしかったわけで。」
「なっちゃん、ごめん、私達は知ってた。」
「そ、そうなんだ。では、お母さん『追い込み』のとこ教えていただけますでしょうか?」
「やっと来た、ナツが帰った後、3年も探してるのに見つからないって、不思議だなと思って。色々と調べたら、あのマンションの謄本に、彼の実家の住所が書いてあったのよ。」
「えぇ! そんな、だって探偵さんにそこは調べてもらって、ねぇ、由紀さん。」
「……ごめん、あの探偵実は、私の旦那です。」
「はい?」
「実は、居なくなってからも、病院と彼の契約続いていて、話せなかったんです! さらに、彼からも、寂しさを紛らわせる為に食事に連れてったり、男紹介しろと言われて、お金もらっておりました、本当に申し訳ございません。」
「こんな身近に裏切り物が、みくちゃんは、後で話を聞くとして、謄本の住所っていっても、彼の実家とはかぎらないよね?」
「そうね、当然会いにいったわよ、結構近いのよ、隣の区だし。」
「そうだったんだ、自分でも調べるんだった。」
「それでね、竜馬さんもどうやらまだ気にしてくれてるみたいって分かったから、どうにか出来ないかなって話してて、そちらのケンさんとミクさんとも連絡をとって、結婚式を先に決めちゃえば、観念してプロポーズするかなって事になったの。」
「はい? 結婚式ってなに?」
「来週よ。」
「なに笑顔でさらっと言ってるのよ! 親戚とか、友達にも連絡してないのに。」
「なっちゃん、ごめんなさい。全て連絡済です、それと、ここ一か月、スマホ入れ替えてました。」
「……確かに、引き継いでから、パタッと電話こなくなったと思ったけど。」
「奈津さん、うちの子にも直接話したんだけど、私じゃ説得出来なくてね。あの子の居場所を伝えるだけじゃ、逃げ出しそうだったの。」
「でも、それじゃ、まるで脅迫してプロポーズさせたようなもんじゃない、さっきだって指輪も付けてくれなかったし。」
「それはちょと打ち合わせと違うけど。決まってからは、色々と彼が動いてくれたのよ、私達はちょっと背中を押しただけよ。」
「さっき、追い込みって言ってたじゃん!」
「ナツ!! いい加減にしなさい、みんなが動かなかったら、竜馬さんと会う事は無かったのよ、感謝の言葉はないわけ!」
「……う、みんな、ありがとう。彼に、もう会え無いって思ってた。会わせてくれて、本当に、ありがとうございました。」
「泣かないの、明日から忙しくなるから、私達ママーズは帰るわね。おやすみー。」
「おやすみなさい。」
ママーズが帰っていき、空いた席にチーフが座る。
「時系列的に、私からかな。」
「チーフもですか!」
「ごめんなさいね。」
「それって、バイトに雇ってくれた所からですか。」
「実はそうです。」
「そ、そんな。」
「ケンさんがね、彼を連れて……引きずって連れてきて、ここの常連だったのよ。いくらバイト先に手を回しても、辞めてしまうって話をしててね、一度会ってみるだけならって引き受けたの。採用したのは、彼に言われたからじゃないから、心配しないでね。」
「それは、ありがとうございます。」
「ついでに言っとくと、彼たまにここに来てたの。」
「私がいるときにですか?」
「そうだよー、二階のオーナー席あるでしょ、私とオーナーしか2階には行かないから、会わなかったのよ。月に一回の由紀さんとの食事会の日は、ほとんど来てたかな。」
「由紀さん!!」
「ごめん、ほんと、ごめん!」
「なっちゃん、ごめんね。このまま、永遠に会わないままなんじゃって思ってたから、本当によかった。結婚、おめでとう。」
「ありがとうございます。」
そう言って、チーフが席をたって、続いて、由紀さんとケンさんも、もう無いからといって、ささっと席をたつ。
空いた席を詰めて、みくちゃんの隣にすわり、膝の上にある小さな手を上からつかむ。ひ! と少し悲鳴をあげて、ちいさな体が硬直する。
「説明、してもらいましょうかー。」
「……私だって、私だって、ずっと、まーちゃんの事好きだったんだから!!!」
「え、それって、彼の事?」
「そう、まーちゃんとケン兄の会社が近かったから、よくご飯食べたり、泊まりにきてて。うちの家無駄におおきかったから、あ、お金持ちってわけじゃないよ。小学生の私に勉強教えてくれたり、遊んでくれたりして、優しかった。それにね、チハルさんと一緒だと、すごい幸せそうでね、憧れてた。」
「それって、彼女さん?」
「そう、すごい綺麗な人なのに、まーちゃんの前だと、すごい顔がデレってなるのが可愛くて。……二人が別れるなんて、信じられなかった。高校生になって、ケン兄が会いに行くのに付いて行って、まーちゃんに会った。もしかしたら、私と付き合ったりとか、期待して行ったけど、見た目も別人で、帰れって言われて、私は怖くなって、あきらめちゃった。」
「そんなだったんだ。」
「もう、ホラーマンガに出てきそうなぐらい。それで、吹っ切れた私は、予定通りアメリカに留学したんだけど、一年ぐらいして、ケン兄もロスにいるって言うから、会ったら、まーちゃんもいてすっかり元に戻ってるし! 問い詰めたら、付き合ってもない女の人を想い続けてるとか言って、なっちゃんの写真みせて、綺麗だろーとか、可愛いだろうーとか言い出すし! 勇気出して告白したのに、まーちゃんてば、笑い飛ばしてさっぱり相手にしてくれない。」
「まぁ、私も3年前は、ほとんどそんな状態だったけどね。」
「それは、まーちゃんの照れ隠しじゃないですか、私の場合は子供やペット扱いだし。それでも、しばらく3人で住んだりして、楽しくやってたんです。」
「一緒に住んでたの?」
「半年ぐらいかな、一緒にここに帰ってきて、こっそり会社の手伝いもしてたんだよ。」
「えぇ! 会社って、うちのだよね?」
「そうだよ、まーちゃんと営業回ったり、お役所調整して書類出したり、私もまーちゃんも創設メンバーって事だよね。」
「はは、だから出だしから、あんなバリバリと仕事してたのね。」
「でも、流石に全部隠れてやるのは無理だから、私もまーちゃんも、何度か電話で話してるんだよ。」
「……そんな、それはいくらなんでも、気が付くでしょ。」
「私は数回だけど、商工会議所の桂さんとか、福岡の有馬さんとか、他にもまーちゃんが作ったキャラで直接話してるよ。」
「……たしかに、一回も会ってないけど。」
「まーちゃん、こるほうだから。」
「私は3年間、彼に遊ばれていただけ? ……彼って、その、この3年間、女の人とかは?」
「知る限りでは、誘いは断ってたみたいだし、今年に入るまでは、自分の仕事となっちゃんの会社の事に時間は全部使ってたから。私が入って、アークの支援入るまでは、2人の稼ぎはほとんどなっちゃんの会社につぎ込んでたから、お金も無かったし。」
「そ、そ、それはどういう事?」
「なっちゃん、現役モデルが社長してるだけで、銀行が簡単にお金貸してくれるわけないでしょ。仕事だって、訴訟になりそうなのをまーちゃんが補填して乗り切ったの。」
「うぐ、たしかに、運が良かったと思ったことは、沢山あったけど。」
「別に全部ってわけじゃないよ。アークは、二人の勤務先だけど……。」
ちょっと整理しよう、みくちゃんが言っているアーク社とは、現在会社の一番のスポンサー。
常に金欠経営の為、支援してくれそうな所には全て連絡を入れていたのだが、今思えばみくちゃんに進められて電話をかけ、翌週にはロスに飛んだ。事業内容を説明すると、他の学生起業家も支援していると、説明を受け、その後、会社は資金集めに時間を割くことは無くなった。
みくちゃんへの引継ぎを終えて、私は一人でロスに行き、卒業後雇ってくれるよう頼み、すでに用意してあった窓際のオフィスと契約書にサインし、私の仕事はあっさりと決まったのだ。
「なっちゃん?」
「ごめん、ちょっと飛んでた。アークが支援してくれたのも、私を雇ってくれたのも、二人が?」
「それは無いと思うよ、学生起業家を応援する会社って結構あるし。卒業と同時に引退って宣言してるから、有能な起業家が入社してくれるって、期待して待ってたみたいだよ。」
「さっきから話聞いてると、さっぱり有能って気はしないんですけど……。私って、何回も会社行ったよね? 一回も会わなかった……。」
「会ってるよ。」
「そんな、だって気が付かないわけないし。」
「最初に行った時ね、いつもは別の建物にいるんだけど、鉢合わせるようにまーちゃんにはだまって、ケン兄に呼び出してもらったんだけど、なっちゃん緊張してて、廊下ですれ違ったのに、気がつかなくて。」
「そんな……だって、会社たたむか本気で考えた頃だったから。」
「説明する前に、ほとんど決まってたけどね。私とケン兄は、その後めちゃくちゃ怒られました。その後も、学生交流会でまーちゃんのプレゼンに席用意したのに、すっぽかすし。」
「ごめん、なんか幕末の有名人にすごい嫌悪感が会って、勝手にろくなやつじゃないと……。」
「あとは、パーティー会場ね、先にまーちゃんにきずかれて、逃げられちゃったけど、ほら、なっちゃんが泣いちゃった日。」
「やっぱり、彼だったんだ。……そこまで、会わせようとしてくれたのに、なんで、黙ってたの?」
「それは……まーちゃんに弱みを握らて、しかたなく。」
「私の可愛いみくちゃんを脅すなんて、きっちりと問いただしてやらねば。」
「やめて、やめて。……会社に入ったのは、なっちゃんの側にいれば、私もいつかまーちゃんが振り向いてくれるような女性になれるかなって、そんな軽い気持ちだったけど。側にいたら、やっぱり私もファンになっちゃって、それをまーちゃんに言って、もう全部話すって言ったら、まーちゃんいきなり唇にキスして。」
「なんて!」
「もし、なっちゃんに言ったら、これもばらすって言われて。」
「私だって、みくちゃんにキスした事ないのに!」
「私? 私は、散々アプローチしてたから、キスもおねだりしてたし。」
「おねだり……。」
「なんでそこで落ち込むかな。……でも、それだけじゃなかったのかも。まだまーちゃんも好きだし、このポジションにいれば、大好きな二人の側にいられるってね。でも、それも限界だった、まーちゃんに、もう話してもいいでしょ? って聞いたら、また逃げるかも言われて、言えなかった。……ごめんなさい……ずっと、かくしてて、ごめんなさい。」
泣き出したみくちゃんを、強く抱きしめる、あの時と逆だな。彼の気持ちが分からなくて、3年悩んだけど、彼がずっと想ってくれていたと思うと、私はそんな女性になれたのだろうかと不安になる、彼の想い描く私と、現実の差がどれくらいあるのかと思うと、不安で胸が痛い。




