3年後ー時間
夕焼けの染まった土手の上を、息をきらせながら大学の後輩達が走っている、ビルから見下ろす私に気が付いて、立ち止まって手をふる。すこし口の端を上げて、手を振りかえす。あの頃に戻りたい、3年も経ったのに、時間が解決してはくれない事もある。
「お疲れ様でした。」
そう言って、机まで挨拶に来てくれた女の子に挨拶する、新しく採用された子なんだろう名前がすぐにでてこない、もう私の会社じゃないんだと思うと、嬉しくもあり、寂しくもある。
「来月から、ロスに行かれるとお聞きしました、大学辞めてしまうのですか?」
「扱いは卒業だけど、もう行かなくもいいから。ゼロからスタートだから、早目に行って慣れておかないとね。」
「先輩すごいですね、自分で立ち上げた会社をあっさり引退して、海外で新しい仕事につくなんて、本当に尊敬します。」
「そんなかっこいいもんじゃないよ、創設メンバーで決めてたんだよ、大学生のみの会社にするってね。もう私しか残ってないけど。それに、優秀な2代目も育ったしね。」
「ミクちゃん社長がんばってますよね。」
「支えてあげてね。」
「はい! では失礼します。」
「おつかれさま、がんばってね。」
がんばってか、彼にも言えばよかったかな、あの時の私じゃ、人に言える自信は無かった。
彼が居なくなっても、思っていたよりも体が動いた。授業も普通に出て、空き時間はミキさんがレッスンやファッションの勉強と言って強引に埋めてくれた。大学の寮に移って、あの部屋に行く回数も減り、少しずつ想い出になっていったのだと思う。
そんな頃、私は高校の頃と同じように、よく相談事をされるようになっていて、私やミキさんと違い、本当に愛人をしているという子のトラブルに関わった。他人事とは思えず、貧乏大学生救済と言って、大学の周りをまわってバイト情報をあつめて掲示板にあげたりと、友達と小さな活動をして時間を埋めていた。本当は、時間が空くと彼の事を考えてしまいそうで、何かしていたかった。
ほんの少しは効果があったが、支援の無い学生に仕事と学業の両立は難しく、大学を辞める友達を止めることはできなかった。そんな時、レストランで新メニューのコンテストがあり、私は普段の勉強を生かして案のみプレゼンして、賞金を手にした。
これをヒントに、大学生と会社を小口の案件でつなげる会社を立ち上げ、女子大生現役モデルの社長としてミキさんが売り出した。マスコットを得て会社は、様々な大小のトラブルを抱えながら成長していき、今では全都道府県に支社を持つほどに成長。などと、対外的に言ってはいるが、運が良かっただけで、私の実力でない事は十分に承知している。
増大する売り上げに対して、利益率1%にもいかない危険航行が続いており、私もつたないコンサルレポートやネット記事などを書い生活している。役員報酬などとは無縁の世界にいるが、みんなのモチベーションが下がらないよう、彼とモデルの仕事で頂いた服などを使いまわして体裁をつくろっている。そのモデルのお仕事も、実は一社のみしか無く、実力も人気もさほど無い。その一社も、偉い人が気にいってくれているからという、危険な香りがする状態だったがこの3年間、結局なにもなかった。
「なっちゃん、終わったから、帰るよー。」
そう言って、上下ジャージというラフな格好で、中学生にも見えそうな可愛い女の子が声をかけてくる。この子が私の後を継いで社長となったミクちゃん、留学経験もあり並外れた行動力のある子なのだが、彼に会う前の私並みに服には興味がなく、社外の人間に会うときは黒スーツで押し通す。
運転席に座ってハンドルを握っても、あの頃の緊張感はもう無い。期待していた、彼からのお迎えに来てと連絡が来る事もない。
「なっちゃん、またこっちから帰るの?」
「ちょっと、遠回り。」
「ふっきれたんじゃなかったのー。」
「大丈夫だって、もう人前で泣き出したりしないから。」
創設メンバー以外で、彼の話をしたのはミクちゃんだけだ、強く凛とした社長を演じる為に、待っている女性から、妄想上のフィアンセを待っている女性にバージョンアップして、ふざけている振りをして笑いながら乗り切っていた。それなのに、あるパーティーで彼そっくりの後ろ姿をみつけて走り出して、見失って、ミクちゃんをだきしめて大泣きしてしまったのだ、それももう、一年以上前の話。
「なっちゃん、3年も片思いって、どんな感じ?」
「片思い……じゃないかもしれないし。」
「両想いで、3年連絡無しは、流石に無理あるんじゃない?」
「今日は、やけにつっこんでくるね。」
「毎日寮でゴロゴロしてるだけだから、すこしは色恋ネタで刺激したほうが、体動かすかなって。」
「確かに、寮でたの久々かも。優秀な跡継ぎがいると、することないんだよねー。」
「押し付けただけでしょうが! ほんとに、その彼が今現れたらどうするんですか?」
「うーん、とりあえず名前聞くかな。」
「3年ぶりに会ってそれ?」
「本当は、寮の地下に監禁したいけど、薬とか使っても私一人じゃ運べないし。」
「本気じゃないよね?」
「どうかな、3年前もそうしたかったのかも、私をさらってくれてもいいんだけど。」
「会社の為にも止めてよね、創立者が犯罪に走るとか笑えないから。」
「うーん、なるべく気をつけるけど、見つけたら何するか分からないかな。いなくなってすぐの、『彼さえいれば何もいらない』って考えてた頃と、どれだけ変わったかよくわからないし。」
「彼の話するときのなっちゃん、ほんと可愛いのに、世の男達は何してるんだか。」
「かなり声はかけてもらったんだよ、社長さん達って自信あるから、ちょっとぐらい身長が高くても、おおめにみてくれるからね。……でもね、やっぱり考えちゃうんだよね、彼だったら何て言うかなーとか、どうやって手をにぎってくれるんだろうとか。」
「そんな夢見る乙女の目で、クライアントをファンに変えてくれるのはありがたいんですけど、これからもずっと見つからなかったら、どうするの?」
「仕事するかな、もう彼の手がかり無いし。」
遠回りして、彼と過ごしたマンションの前を通る。部屋の明かりはついていないし、カーテンも閉まったまま、あの日からあの部屋の時間は止まったままだ。
彼が居なくなった日は、ミキさんの部屋に泊まって、戻って来たのは昼すぎだった。ガラスケースと彼のベッドが消えて、テレビと、机の上にピンクの新しいノートパソコンが置いてあり、勉強がんばって、と付箋が付いていた。
私は、何も考える事が出来ずに、夕方まで椅子に座って、何も映っていないモニターを眺めた。チャイムが鳴っても、体が動かず、小説を読んでいるように、チャイムが鳴り続ける、と文字だけが流れていった。
「ナツ!! 開けなさい!!!」
体がびくっと反応する、チャイムがドアを叩く音に変わり、聞きなれた母の声が聞こえる。恐る恐るドアを開けると、冬服持って来たと母が言って、部屋に入って来る。クローゼットを開け、夏には無かった服を確認していく。向き直って歩いてくる、久々に叩かれると体が固くなる。
「ごはん食べにいこか。」
それは、実家を出る少し前に聞いた台詞と同じ。私が夕飯を手伝い、見事に台無しにして、怒られると体を固くする、母は、何事も無かったように、元気に明るく言ったのだった。
「お母さん……。」
母の胸で数年ぶりに泣いた。母は、何も聞かなかったし、私も彼との事は話さなかった。大学にかけあって、翌年4月から使う予定だった女子寮に入れるようになったと教えてくれた。
山の中腹にある、その建物は小さな小学校のよう、頑丈だがそっけない。会社の保養所だったそうだが、大学に寄贈されたのだそうだ。サウナや、バスケ一面を確保できる体育館など、首をかしげる設備も充実していた。使ってみて、修理が必要な個所などをチェックするという条件で、半年タダで使える事になり、一週間ほど母と泊まり込みで掃除をして、私は彼の部屋を出たのだ。
寮にもどると、後輩の子達がジャージ姿でストレッチをしている。
「ママ、ミクちゃんおかえりー。」
「みんな、ジョギング行くなら、なっちゃんも連れてって!」
「やだよー。」
「ママそんな事言ってると、空想フィアンセにフラれますよ。ほら、着替える!」
寮の後輩達は、私の事をママと呼ぶ。最初の入居者でもあり、寮にいる子のほとんどは、会社の社員でもある為か、いつのまにかあたりまえとなっていった。寮費は、収入変動型の為、貧乏学生に感謝されるのだが、山を登らないと帰ってこれない為、普通の学生は大学近くのアパートを選択する。ここを選ぶのは、モデルで社長の宣伝文句に引っかかってしまった私のファンが多く、色々と罪悪感も感じるが、なんとか3年やってこれた。ここでの楽しい寮生活もあと少ししかない。
「なっちゃん! こんな時間にどこ行くの?」
「ひ! みくちゃん。」
「自分で門限決めたのに、あっさり破るな。」
「アハハハ、もう卒業扱いって事で。」
自転車置き場の影に隠れていた、新寮長に呼び止められる。
「数時間前に、確認してきたでしょ? また行くの?」
「いや、ちょっと、気になって。」
「それって、寮でていった子が結婚したって話で盛り上がったからでしょ? なっちゃん、行動分かりやすすぎるよ。」
「みくちゃんぐらいだと思うけど。」
「……彼と結婚したいの?」
「それには、まず見つけないとね。」
「まだ、見つかるって思ってるの?」
「うーん、見つける、かな。私が、もう見つからないって思うまでは、見つけらるって事だから。」
「……そっか、帰って来る時も、他の子に見つからないようにしてよね。」
「わかった。」
図書館の前を通りかかると、もう明かりも消えて誰もいない。彼と会った場所で、彼に声をかけた場所、くじけそうなったとき、私は勇気を出して声をかけて、生き方を変える事が出来た。そう自分に言い聞かせて、なんとか乗り越えた。
最近は、さっぱり中に入っていない、さっちゃんも結婚してここを離れてしまったので、もう来る理由が無くなってしまった。
「あの、少しだけ、お時間いただけませんか。」
彼の足取りを探すため、私はまだ朝の準備中のさっちゃんに声をかけた。彼女についていくと、そこは、奥まった場所にある、数席しかない読書コーナー。机が無い為、勉強する学生達には不人気で、常連は、おじいさんと、小さな女の子とおばあちゃん、私と、彼。
なっちゃんの足が止まり、勢いよく振り返ると、目が合う前に、勢いよく頭を下げる。
「ごめんなさい!」
「えっと、さっちゃん、なんで?」
「知ってたの、私だけじゃなくて、ここの常連はみんな。二人がお互いを意識してるって。」
「……そうなんだ、私でも気が付いてなかったのに。」
「ここ座って。」
そう言われ、いつも彼が座っていた場所に座り。さっちゃんは、私が座っていた場所に。
「彼、どこ見てたか覚えてるでしょ?」
ここに座って、すこし見上げて、外を……。ガラスには、手を振っているさっちゃんが映っている。
「ガラスが傾いてるからね、二人とも目はみないのに、本なんか読まないでずっとお互いを見てたの。」
「……彼は、私が見てたのも気が付いてたのかな?」
「そりゃ、きずくよね。」
「そうですよね。」
「周りからみたら、そこだけ別世界って感じだったし。……そのうち付き合のかと思ってたけど、さっぱり進展しないから、私もあんな目で見てもらえるかなって。何回も食事だけってお願いして、あの日は2回目だったの。」
「2回?」
「3回食事して、無理! って思ったら諦めるからって約束して、猛アプローチしたから。」
「すごいなぁ。」
「ほんとは無理って分かってたんだけどね。あの日は、食事のお誘いじゃないくて、なっちゃんのスキルアップの手伝いって言われてね。最初は落ち込んだけど、とりあえず食事できるからって、舞い上がって。でも、席についたら日本を離れるなんて話始めるし、私と食事なんかしてる場合じゃない、二人で来たら絶対誤解されるのにって、冷静になって。帰ろって言おうとしたら、財布置いて先に帰っちゃって。それで、返しに行った時に……というわけなのです。」
「そうだったんですね、私はてっきりそういう関係だと……。実は、あの後……窓からみえちゃったんですが。」
「あぁ……見られてたの……。あれは、もう言いたい事全部言ったかな、なっちゃんの気持ち分かってるくせに、置いてくとかひどいとか、最後に抱き着いていいとか……ごめんなさい。」
「そうだったんですね、私は、出来なかった。」
「ん……同棲してたよね?」
「うぅ、あれは、そういう色っぽい話じゃなくて、お金無くて泊めてもらってただけで。」
「両想いだったよね?」
「そういう話は、なんというか、ちゃんと確認できてないというか。」
「もっとちゃんと言っとくんだった。それじゃ、待っててみたいな話もなし?」
「はい……。」
「……もしかして、今日って彼の個人情報を聞きに来た感じ?」
「ダメなのは、分かってます。なんでもいいんです! 知ってそうな人でもいいので!」
「私も、偽名しかしらないんだよね。」
「偽名ですか?」
「仕事では、西郷隆盛を使ってるって言ってたけど、青年会のメンバーには別の名前使ってたみたい。幕末の有名人がお気に入りみたい。とことん過去を消したがってたからね。本名を聞き出せるとしたら、なっちゃんしかいないと思ってたんだけど。」
「そこまでして。……青年会とか入ってたんですか?」
「入ってたというか、田舎のおっさん達だから、パソコンとかITとか苦手な人が多いから、無表情でも詳しいからって重宝されてたみたい。」
「確かに、詳しかったですね。でも、なんでそんな繋がりが?」
「それは、ここの読書コーナー作ったのが、彼だから。」
「……彼に大工仕事とか、無理っぽいですけど?」
「彼の実力を知らないんだね、ちょっと優越感。GWぐらいかな、ここいらの本棚新しくしたんだけど、棚だけどんどん届いて、工事とか本の入れ替えスタッフとか発注漏れで、もうボロボロでね。青年会とかボランティア集めたけど、一人親方みたいな人がおおいのに、まとめ役がいなくてね。午前中はほとんど進まなくて、帰っちゃう人まで出て来てね。午後も最初は進まなかったけど、書類持って来た彼に話したら、みんなに話聞いて回って、いつのまにか最年長の人がまとめ役してくれる事になって、午前中に文句言ってた人達も、突然テキパキ動き出してね。私も彼から色々と頼まれたけど、なんていうかお願いとか提案でくるのよね、とくに目立たないけど、完璧な調整役だった。」
「あぁー、私も、今考えれば、その能力みましたね。」
「でしょ、一週間の予定だったけど、早目に終わって、ここのスペースどうしようって話になって。彼が数席でも読書できるようにって言い出してね、大工さん達が作ってくれたの。」
「GW……実家に帰るんじゃなかった。」
「アハハ、あんまり情報無いとは思うけど、彼の仕事先と、青年会の人連の絡先教える。」
「ありがとうございます。」
「ぜんぜん、邪魔しちゃったからね、これぐらい。」
せっかく、さっちゃんにもらった手がかりだったが、幕末の有名人好きって事以外の情報は無かった。
今でも、彼の部屋のカギを回すのはドキドキする、もう鍵が変えられてるかもしれないし、誰か別の人が住んでいるかもしれない。
毎度そんなことはないと確認できるのに、ここに来ると私は不安で押しつぶされそうになる。部屋の中は、3年前からほとんど変わらない、変わった事と言えば、机の上に便箋と万年筆が置いてある事ぐらい。
彼の捜索を始めた頃、部屋を借りている彼の情報は追えるのではと考え、管理会社から契約先を教えてもらい、東京にある弁護士事務所を訪ねた。
匿名の人物から依頼を受けて資産管理を任せられているとの事だった。名前は教えてもらえず、彼の連絡先や生死にかかわる情報も全て開示する事は無いと言われ一度は帰ってきた。彼に、私から連絡してほしいと伝える事はできないかとお願いに行ったが断られた。その後も、東京に行くときは必ず寄って、あれこれと、とんち合戦のような事をしていた。
流石に根負けしたのか、独り言と前置きすると。この部屋をもう使いませんと私が宣言した場合、部屋を確認して、部屋の中にあるもののリストを作成して報告する。その中に、手紙があれば、リストに記載する。もしも、匿名の人物が手紙を郵送してくれと指示してくれば、指定の場所に郵送する。そして後日、高価な便箋と万年筆が届いたのだ。
弁護士さんも私も、これが反則だってちゃんとわかってる。リストなんていらないと彼がいうかもしれないし、リストに手紙があっても、目に留まらないかもしれない。それでも、もう、彼につながるのはこの手紙しかない。
名前も知らない、私の足長おじさんへ
3年間ありがとうございました、あなたがいたから、前に進む事が出来ました、
ここを出て行ったら、二度と会えないと……
すでに何度も書き始めたが、もう会えないと、そう思うと、涙がとまらず、あきらめることが出来ないとわかってしまう。今回こそ、吹っ切れたかもと思ったのだが。
数枚書き直して、ベッドに横たわる。何度これをやっただろう、本当はもうこの部屋は必要ない、彼にお金を使わせてしまっているのだから、早く引き払うべきなのだ。あと一か月、私は、書きあげることができるのだろうか。
3年という時間は、私と彼をどう変えたのだろうか、まだ彼は私を可愛いといってくれるだろうか? 言ってもらえなくてもいい、一目会えるのなら、全て差し出すのに。




