最終日
部屋の扉がの開く音と、近づいてくる足音。彼が今、目の前に立っているのは分かるが、なんとタイミングの悪いところで目が覚めるのだろう、目覚ましをセットしておいたのに! 昨日の彼と同様に、寝たふりをしてしまう。
思っていたよりも、長い事彼は動かない。顔が彼の方を向いている為、薄目を開ける事もできず、どれだけ時間がたったのか分からないが、かなり長く感じる。
「ごめん。」
そう言って、足音が遠ざかる。玄関の扉が閉まり、カギをかける音が、終わりを告げる。
彼が謝る事なんて、何もないのに。せめて、いってらっしゃいぐらいは言いたい。泣き疲れの後のすこしふらつく足で、靴を履いて階段を下りる。タクシーに乗り込もうとしている彼が、気が付いて手をふる。
「いってらっしゃい。」
「いってきます。」
車に乗り込んで、軽く手をふると。車は動き出す、もうこれで終わり、別れを実感した時に、言いたい事ってなんだろう。車は、信号を避ける為に、土手の一本道へ向かい加速する、もう追いかけても届かない。
さっきまで、壁に手をついて立っていたのに、走り出していた。土手を上がった頃には、もう車は小さく、どのタクシーかも見分けがつかなくなっていた。
「ごめんなさい。」
勢いよく走り込み、男の人にぶつかってしまい謝る。動き出した電車内には、駆け込み乗車を注意するアナウンスが流れる。
すこし走ったおかげだろうか、彼の電話していた内容が蘇った、聞いていた時はなんだか分からなかったが、飛行機の便名だと気が付く。乗り換え案内だとすこしオーバーすると出た為、名古屋駅を全速力で走ったのだ。おかげで、一本早い電車に乗れたので、ギリギリ出発時間には間に合う。しかし、新幹線の様に見送りに時間ピッタリと言う訳にはいかない、彼がゆっくりと荷物検査をしたとしても、セントレア内も走らないといけない。にも関わらず、久々に走った私の足はすでに限界を迎え、立っているのがやっと。今は、空港につくまでマッサージで回復してくれることを祈るしかない。
エスカレーターが止まりそうなほどの轟音を響かせて登りきると、手荷物検査のカウンターが見える。安心して立ち止まってしまい、もう足も動かないし、警備員さんが近づいてくる。ここで彼を見つけないと、本当に最後だ。
背の高い彼と、さらに大きいクマのような彼の友達は、あっさりと見つかる。もうカウンターの向こうで、歩き出している。
「待って!!!」
空港に響き渡る、人が出せるであろう音量の限界。視界のすべての人の動きが止まり、視線が集まる。だけど彼は、横顔のまま、動かない。いいよ、それでも。
「大好きです!!!! ありがとうございました!!!!!」
聞こえたでしょ、答えてよ!
彼が、右腕を高く上げて、拳をにぎり、親指を上げる。
ちゃんと、覚えててくれた。全身の力が抜けて、前に倒れそうになる。誰かに抱きしめらる、遠いから彼じゃない、オレンジの香水の香り。
「ナイスファイト!」
この声は、ミキさん。。。
「おきろー、妄想娘!」
「……はい?」
きずくと、スカイデッキに腰かけて、ミキさんが、あれあれ、と離陸体制に入った飛行機を指さしている。
「彼があれに?」
「そうだよ、手ぐらい振ってあげたら。」
「見えないと思いますけど。」
「……あんな騒ぎ起しておきながら、冷静だな。」
「あんなって……。」
「今更恥ずかしがって、可愛い!!」
「やめてください。……なんでミキさんがここに?」
「電話かかってきたんだよ、パジャマで空港にくる妄想女子を保護してほしいって。」
「……そこまで、気が利くなら……。どうしようも、なかったか……。」
「パジャマでは無かったけど、そっちのがやばいな。高校名入ったジャージって、かなり写真撮られちゃったし。」
「動きやすい服がこれしかなったんです!!」
「声でかい! いや、さっきの方が凄かったけど。」
「うぅ、すいません。」
「とりあえず、何も壊してないし、誰もケガしてないから大丈夫。心臓弱い人いなくて良かったな。」
「それは、確かに。」
「あれで、良かったの? 逃がしちゃって。」
「最後にちゃんと言えたから、大丈夫ですよ。」
「そうなのか、連絡先とか行き先聞いたの?」
「……いいえ。」
「おいおい、あれが待ってて迎えきてくれるタイプか?」
「たぶん、無いですね。……私から、行かないと。」
「あのさ、ちょっと気になってたんだけどさ。」
「……はい。」
「彼って、なんて名前?」
「……彼は、彼です……。」
「まじか! 名前も知らないの?」
「二人だけだったから、名前で呼ぶ必要なかったし……。」
「ほんとに好きなの?」
「疑いようのないぐらい……。」
「そっか。ほんじゃ、これなーんだ?」
そういって、ミキさんが取り出したのは、封筒?
「あいつ、伝えとくことないかって言ったら、どんどんでてくるから。手紙書かせた。」
「彼が、手紙!」
「お仕事終わったらね。」
「えぇぇぇぇ!! 無理ですって、私もう、今日はヒールなんて履けませんよ。」
「じゃ、すてちゃおうかなー。」
「ひどい、鬼、悪魔!」
「私の、モデル事務所第1号だからね、初仕事から飛ばしたりしないよ。」
「いつ作ったんですか?」
「昨日かな。なんか向いてる気がするんだよね、それに社長同士の方が会いやすいし。」
「そっち。」
「ほら行くよ。」
「まだ無理ですって。」
「すこし揉んでやろうか?」
「今は、足に触れないでくださ!!!!!」
「声でかい!」
その日は、椅子に座った写真だけで勘弁してもらい、後日追試となった。苦労して手に入れた彼の手紙は、びっくりするほど事務連絡で、名前も連絡先も無かった。
卒業するまで、家賃・光熱費・日曜のお掃除全て無料、ガラスケースは撤去してテレビ設置、服や宝飾品他は必要なら換金してOK。それと、私は彼にとって天使なのだそうだ。
4月に図書館で吹き抜けを見上げ、私は天使の笑顔を振りまいて、彼の呪いを解いたらしい。天使に触れる事なんて出来なし、嘘もつけない、そんな設定? どうやら、私よりも妄想癖があったようだ。
あれから、三度目の秋が来ても、私はまだ彼の名前も知らない。




