土曜日ー夜
マンションまでもどると、大きなスーツケースの横にクマの様な大きな男性が立っている、彼は男性に手を上げて挨拶した。
「はやかったな。」
車降りた彼は、その男性にそう言った。
「おう、なんか変わったな、お! 噂の美女さんだね、はじめまして、よろしく!」
「はじめまして。」
私がそう挨拶すると、彼は自分の友人だと紹介し、先に戻っておいてといって、友人を引っ張ってコンビニへ歩いていった。私は大きなスーツケースの横で手を振り、ここに置いていくわけに行かないが、持てるだろうかと手をかけると、私でも持てる軽さで、中身が入っていないことがわかる。
友人の荷物ではない、彼の為に持って来てもらったスーツケース。彼の少ない荷物ならすべて入ってしまうほどの大きさ、彼が戻らない決心で部屋をでていくのだと私に気付かせるには十分だった。
あと二ヵ月じゃない、明日には彼は出て行ってしまう、スーツケースを引きながら早足で部屋にもどった。顔を洗って、彼が戻ってくるまでに泣き止まないと、彼の記憶に残る私は笑顔でいたい、お願いだから、今までさんざん嘘ついてきたでしょ、もう一晩ぐらい、私の思い通りに動いてよ。
彼と友達は、彼が掛け金として買ったスパークリングワインとコンビニのおつまみを持って帰ってきた。三人で仲良く飲みましょう! とすこし無理をして元気な振りをして、彼にも飲ませたのだが、すこし若かりし頃のやんちゃな話がでたところで、眠いといってベッドに逃げてしまった。
「逃げましたね」
私がそう言うと、お友達さんはうなずいて、あきれ顔を見せた。
「昔は強かったのだけどね、さてと、こいつの昔の話で聞きたいことがあれば、今の内だよ」
「あー、それじゃ、彼がこっちにくる事になった、仕事のトラブルっていったい、何だったんですか?」
「そか、昔の女の話はしてるのに、そこは話してないのか。」
「してないです、さらっと流されてしまって。」
「楽しい話じゃないんだけど、そもそもの話さっきこいつは、二人で仕事任されるようになったとか、二人で引き抜かれたとかって言ってたけど、実際は違うんだよ。こいつが引き抜かれて、その時に俺も一緒にと掛け合ってくれて、なんとか今の仕事が出来ているんだ。俺はこいつについていくのがやっとで、そのトラブルって言うのも俺のミスでもあったんだけど、結構一人で抱え込むから。」
「確かに、追及すると意外なほど、すぐに謝りますよね。」
「たぶんそれは君だからだよ。」
「なんと、そして、そのトラブルとは?」
「聞くのか、さらっと言ってしまえば、部下の自殺だ。正確には直接の部下ではなくて、下請けの会社から借りてた子だったんだけど、そこがいわゆるブラック気味の会社でね。その時やってたプロジェクトが忙しくて細かいとこまで見れてなくてな、そのプロジェクトチームが解散になるって噂が流れたころに。」
気持ちを整理するように、少しワインを飲んでから、また話を続ける。
「あんまり要領のいいタイプじゃなかったけど、真面目な子でね、こいつは気にかけてたから、結構ショックだったろうし、うちらにとっては昔の自分達と重なってね。」
目線が私に来るが、私は聞いてないと、首を振ってこたえる。
「俺たちは高校卒業して、とりあえずプログラムやってます程度の、楽な会社に入ったけど、二年ちょっとで潰れてね、なんとか別の会社に入ったけど、とんでもなく忙しくて、いわゆるブラック企業ってやつでね、最初は違ったのかもしれないけど、半年もしないうちに、給料が遅れるようになって、人が辞めていって、社長も来なくなって、最後にはうちら二人だけになった。」
「なんで辞めなかったんですか?」
「辞めるもなにも、退職届出す相手がいないしね。それに親戚の家が近くて、特に生活に困らなかったし、なにより前の会社と違って、仕事任せるのがうまい会社でね、お客さんに頼られるって思うと止めれなかった。二人して昼は客先やら銀行まわって、夜はひたすらキーボード叩いて、一年ぐらいそんな生活だったんだ。結局客先にばれて、やってた仕事も含めてうちらは客先に引き取ってもらうことになって、超ブラック生活も終わった。その後、その勤務先の口利きで、外資系の会社に移って、大きな仕事も任されるようになって、いつのまにか、自分達がブラック企業を使うというか、作りだすような側になっていた。薄々は気が付いていたけど、忙しさにかまけて、これぐらいならって見ない振りして、なるようになった結果だったのかもって思うと、結構辛くてね。俺は営業から声が掛かって、部署を変わって、こいつは、任されてたプロジェクトが終わると、誰にも言わずに会社を辞めて、消えたんだ。」
「聞いてなかったんですか?」
「そうだね、何も言わずに辞めたから、会社の人間は、同業他社に転職したんだと考えてたみたい、でも俺にも言わすに消えたから焦ったよ、必死に探しまわったけど、見つけるのに三ヵ月もかかった、見つけたときは、ほんと別人で、帰れとしか言わなくてね、ショックだったよ。部屋に入れてくれるようになるまで、半年、毎週末通ったよ、入れてくれても何も喋らなかったけどね。」
「それって、いつ頃までですか?」
「先月来た時もそんなには変わらなかったよ、いつも通り帰れと言われ、話すというか口にするのは単語だけ、今日みたいにちゃんと話せたのは、三年ぶりだよ。ちょっと嫉妬しちゃうよね、色々してきたけど、君には敵わないってことで。」
「私は、何もしてないです……私の為に色々してくれたのに、何も返せてないし。」
「冗談だよ、でも何かしなくても、人には影響を与えるってことなんじゃないかな、昼の仕事以外では外に出なかったこいつが、君の為に外に出たんだから、結果としてちゃんと喋れるようになったわけだし、感謝してるよ。」
そう言って、お友達さんは優しい目で彼を見ている、三年も拒絶する友達の元に通って回復を願うなんて、私のほうが嫉妬してしまう。そして、彼の海外での仕事を手配したのもこの人なのだと思うとさらに複雑な気持ちになる。彼を思えば、それが一番いい選択だってわかる、分かるけども、もう少しぐらいこのままでいたかった。
「そうだ、彼ってお金持ちなんですか?」
「どうだろう、前に稼いでた金は、まだ残ってるかもしれないけど、俺が回して仕事だって、そんな額では無かったよ、玉の輿狙いなら、そんなに貯金はないと思うよ。」
「ち、違います!」
そう言って私は、クローゼットを開けた。お友達さんは、軽くため息をついて、私を見る。
「こいつが、何しても許せる?」
「近くにいてくれるなら、何されても許せちゃうかな。」
素直にそう思った、勿論そうならないことは、分かっている。
「俺、恨まれるんだろうなあ。」
そう言って、お友達さんは、部屋の隅にある大きな空のスーツケースをみてため息をつく。
「大丈夫ですよ、恨んだりしません、明日からの仕事って一緒に行かれるんですか? 彼をよろしくお願いしますね。」
「わかりました、しっかり見ときます、そうだ連絡先わたしとくね。」
そう言って彼は、カバンからメモを取り出して、なにか書いている。それは今私がなにより欲しいものだと、彼は置手紙とかしてくれなさそうだし、聞いても教えてくれないだろうと思えたから、その言葉はとても嬉しかった。
しかし、渡されたそのメモには「こいつ起きてる」と書かれていた。驚いて彼を見たが、さっきと変わらず向こう向きに寝ているように見える。
「じゃ、明日朝七時に迎えに来るって言っといてね」
私が無言で抗議すると、すこし笑って玄関に向かうので追いかける。
「起きてるって知っててあんなこと聞いたんですか!」小声で猛抗議する。
「ごめんね。」
その声は優しい落ち着いた口調で、さっきの質問の事じゃないと、私に伝えるには十分だった。私は目に涙を浮かべて、締まるドアに小さく手を振った。
部屋に戻ったが、彼は寝ているように見える、お友達さんが言うように寝たふりなら、確認せねばならない。
私は、テーブルの上に大量に並んだ、ラムネサイズのワインの瓶を軽く彼のすねに当てる。
「もし寝てるふりしてるなら、はやく謝ったほうが、いいと思いますよ、弁慶のなきどころに……。」
そこまで言うと、彼は突然起き上がった。
「わかった、わかった、ごめん、あいつ余計な事を……。」
「寝たふりで盗み聞きしといて、人のせいにするんですか!」
「ちょっと横になっただけで、寝るとは言ってない……。」
「ずっと起きてたんですか!」
彼が分かりやすく、しまったという顔をしている。
「お酒が回って、所々あいまい……いえほとんど聞いてた。」
それはもう、言ってしまったようなものではないか、耳まで赤くなるのがわかる、彼に背を向けて、ベッド脇の床に座る。
「あれは、ちょっとお酒が入ってたからで、混乱してたんですよ。」
「そう……だね。」
「そうですよ、お友達さんに聞いたのだって、貴方が話してくれないと思ったからで、その、すいません。」
「別にいいよ。」
「あんな話だなんて、知らなくて……。」
「まぁね、遺書も無かったから、実際のところは分からないのだけど、だからこそ余計にこたえた。ご両親に会いに行った時も、怒られる事もなく、逆に僕の下で働ける事が嬉しいと話していたと聞かされてね、いつまでも引きずってはいけないと優しい言葉までかけてくれて。いっそ罵倒してくれたほうが、気が楽だったかもしれない。」
「そんな、全部あなたのせいってわけじゃ……わからないけど。」
「そう、わからない、遺書があっても本当かどうかって悩んだかもしれないけどね。別れたばかりだったし、色々と自信なくして、耐えきれずに逃げ出した。ゼロから始めようって思ってね、別の業界でもなんとかやっていけるんじゃないかっておもったけど、考えが甘かった。今まで自分がいかに勘違いしていたかわからされたよ。自分は仕事が出来る人間ってわけじゃなく、タイミングが良く周りに優秀な人間がいて、上手くいっていると勘違いしてただけ。そう気が付いてしまうと、些細な事を頼むのも、物凄く気を使って。仕事も上手く回らなくて。朝なんとか立ち上がって、仕事にいくだけで精一杯。マメに会いに来てくれる親友にも、冷たくする、救いようがないやつだろう?」
「そんなことは……どうやって…立ち直ったの?」
「それは、まぁ、また今度で。」
「……そうですね。」
もう、次なんて無い。彼は、私が気が付いてるの分かってるだろうに、ひどい人だ。立ち上がって、振り返ると。彼はまた、窓の先を、遠い場所を見ている。その背中に抱き着いて、ちゃんと気持ちを伝えたら、ずっと側にいてくれるんだろうか。
「これは、セーフだよね。」
「ちょっと!」
彼と背中合わせに座って、背中を合わせる、思ってたよりも彼の温もりを感じる。
「触ってない、でしょ?」
「まぁ、そうですけど。」
なんとか、許してもらえたようだ。
「ねぇ、私が大学辞めたいっていったら、どうします?」
「止めるかな……勉強楽しいでしょ、あのレポート見たときそんな感じした。前にもいったけど、仕事しだしたら、勉強ってできないからね。」
それは、連れて行ってはあげれないんだって、説明に思えた。
それからは、本や映画の話で盛り上がった。私達には、表情が見えないけど、温もりが伝わってくるこの距離が最高の距離感だったようだ。
彼が、そろそろ寝ますといって、シャワーに行っても、私は、踏み出せないまま。自分のベッドに潜って、勇気の無い自分に怒りながら泣いた。彼が戻って来て、おやすみと言ってくれたけど、泣ぎ声をこらえるのに精一杯で、おやすみの一言も言えなかった。




