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恋愛体質の執事を持つ僕は二重人格

私が僕になって忘れても



「こんなにも美しい月夜に貴方という女性と出逢えた私はなんて幸運者なんでしょう。きっとこれは運命だ、どうか僕に貴方と生涯を共にすることを許していただけませんか?」


如何にも山賊ですと言わんばかりの衣装を身に纏った勝気そうな女性の前に膝まつき熱烈な告白をする燕尾服のイケメン。

ここがどことも知れない廃倉庫で周囲に女性の仲間だろうファンキーな野郎どもに取り囲まれていなけりゃさながらラブロマンス映画のワンシーンと見間違えるかも知れない。月明かりに照らされた舞う埃すら演出の一つに見える。


「かっこいいーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

脳の血管を何本か切らんばかりの声と同じくらいの音量は出ていただろう、きっと私が表に出ていたら間違いなく赤面顔でこう叫んでいた。



恋愛体質の執事を持つ僕は二重人格


ご機嫌よう皆様、私の名前はハーティエ・グレース。ハディ・グレースの二重人格のうちの一人です。え、名前が違うじゃないか?そりゃそうですよハディとは全く違うんですから。あ、別になんか過去に辛い思いしたとかトラウマのせいで二重人格が出来上がったとかじゃないですよ、なんか気がついたらハディの中に私がいたんです。おまけに二重人格者ってなんかスイッチ的なのあってそれ使ったら精神入れ替われたりするとか思ってたんですよ。全然、全く、一切ないですねはい。いや暇、なにこれ、なんもできねえのよ。驚きじゃない?しかもハディのやつ私の存在に気づいてやがらねえの、多分これが原因で精神スイッチ入れ替わりできないんだと思う。まあいいけどね、だってあんなイケメンがもうお口とお口がくっ付く距離にいるんだもん、正気なんて保ってられないぜ。吃って手汗びちゃびちゃで終わるわあんなん。


さて、自己紹介にすらなっていない自己紹介はこのくらいにして、今私は絶賛大ピンチ中です。え、私じゃなくてピンチなのはハディだろって?お黙んなさい!この体は私の体でもあるのよ!感情の共有はできなくても痛覚は感じるんだから!


時は少し遡る、いや本当に遡るのはほんの15分だ。

「おい、おい起きろ!」

そうだ起きろ!

(なんだ、うるさいな、僕はまだ寝てたいんだ)

わかる!実は私も激ねむ!

「んん…」

「こいつ全然起きねえぞ、おいいい加減起きやがれ!」

(しつこいなジークのやつ、今日の勉強は午後からなんだからたまには朝寝くらい…)

マジそれな、私すごい朝苦手なんだよね、もしかすると私が朝起きれないのがハディにも影響してたりするのかしら。精神干渉とか一切出来ないと思ってたけど案外出来たりするのかな。

「起きやがれ!」

「いだっ」

ぶったね!親父にもぶたれたことないのに!


頭を叩かれた衝撃に微睡んでいたハディの思考が一気にクリアになりそれと同時に呼びかけていたのがジークではないことに気づく。

まあ当然よね、ジークの美声がこんなダミ声なわけないもの、CV島○さんになって出直して。イケボを聴きまくっていた私の肥えたお耳はもうそこらの声じゃ満足できない仕様になってるの、もう一度言うわ出直して。って聞こえてないかー

目を開けたと思ったのに目隠しされているようで私にもダミ声野郎の姿が見えない、そしてこの状況には痛いくらに覚えがある。

(また誘拐か)

なんで寝起きでそんな冷静でいられるのよー!ちょ、誘拐とかありえないんですけど!怖い怖い怖い!超怖い!何度経験しても慣れなわこんなの、つか慣れたくない(泣)






自分のすぐ近くに人の気配がする、おそらくこいつが殴りやがったのだろう。おいてめえ後で覚えてろよ、この白磁のようなお肌に傷残ったらどうしてくれる。

「おいずいぶん手荒な目覚ましじゃないか、僕が誰か理解した上でやっているんだろうな。」

やめてもうちょっと下手に出てお願い、そんな高飛車な態度とって逆上されたらどうすんのよ。さっきぶたれたの地味に痛かったんだから、あなたもでしょハディ。


「ああ当然、わかってておめえを拐ったんだよ。グレース家の御曹司様?安心しな、大事な人質だ悪いようにゃしねえよ、多分な。」

悪人ヅラをさらに醜く歪めているんだろう目隠しのせいで見えないが。

(どうやら目的は身代金、今回は当たりだな)

暗殺や毒殺…あとはエトセトラ、挙げたらキリがないがただの身代金目当ての誘拐ならまあそう焦る必要もない、たしか自分は招待されたパーティーで壁の花よろしく美味しい食事をいただいていたはず。ウェイターから貰ったジュースに睡眠薬でも仕込まれていたのかもしれない、その後の記憶がこの状況に至るまでないのだからきっとそう。

名探偵かよ、でもその推理にはお姉さんも賛成よ。ジュース飲んでから自力で立ってられないくらい体幹ふわふわし出したもの。


固い柱にキツく縛られている以外の痛みも感じないし下衆た声の割に好待遇な誘拐犯に今回のは当たりだななんて場違いな感想を抱くハディを私ことハーティエは心の中でタコ殴りにした。ポカポカなんて可愛いらしい表現じゃない、もうボッコボッコ、フルボッコだドン!(裏声)と言っても本当に心の中なので何も殴れやしないしハディに私の切実な恐怖の叫びは届いていないようだが。



「ねえ、アタシ早いとこ帰りたいんだけど。最近お肌の調子が悪いからケアして寝ちゃいたいのよね」

「ああ?おめーが新しい高級美顔器勝手に買うから金なくなってこんなことしてんじゃねえかよ。アジトの金全部つぎ込みやがって」

「しょうがないでしょ!グレース社の新商品めちゃいいって話題になってたのよ!インフルエンサーであるアタシが買わないでどうすんのよ!」

「知るかよ!!」

(まじか、あの美顔器のせいで僕誘拐されてんのか)

目隠しの向こうで新たな声が聞こえて私は盛大に肩を震わせた。しかしハディは微動だにしない、あんたマジすごいな。てか女の人の声エッロ。見なくてもわかる絶対おっぱいでかい。そう言うものだと相場が決まってるのよ、あーあーやになるわ。

つかあれねはいはい、私にもわかるわよハディ。



私の二重人格者のうちのもう一人、私ことハーティエが裏の人格ならハディが表の人格ね、名前はグレース・ハディ。冒険者や剣士のためのマジックアイテムから一般人に向けた日用系、美容系と幅広い商品を取り扱う知らない人はいないと言える大手魔道具製造会社の御曹司にして領主の孫。僕はまだ幼い子どもの枠組みに分類されるがいずれはその会社を継ぐ者、若いうちから社交界にも顔見せをするお陰で随分と有名人となってしまった。

すごい人ごとみたいに言うけど私何もしてあげられないもの。この子のことはもう随分小さい頃から一緒に成長してきたくらいだからどんな子なのか誰よりも知り尽くしてる自覚はあるわ。でもそれだけ、あの子は私のこと気づいてないんだから。私はただの傍観者よ。



我がグレース社は最近女性向けの美容アイテムの商品開発に力を入れている。そしてこのアジトの金を全額注ぎ込んだという女性、最近発売された美顔器を購入したとな。この話にハディは非常に呆れた。彼女の言う美顔器とは魔力のない一般人も使えるように作られた美顔器だ、普段なら開発商品については極秘機密のため身内であり後の社長になるハディであっても知らされることはない。しかし今回、この美顔器は社内でもプライベートな家庭内でも開発、販売までそれはもう嵐のような話し合いが行われていた。

話の内容は長くなるので割愛するが開発チーム(母)VS経営、経理責任者(父)だったのだが、直接話に参加していないハディでも内容をバッチリ把握できてしまうくらいには話し合いが繰り広げられ終いには拳と拳での話し合いに発展していた。ほぼ母が父をタコ殴りにしていただけだが、父はよく母の怒りの地雷を踏み抜く。まあそれは置いておいて、その美顔器、それはもう高い、もうゼロの数が異常すぎて価格を聞いた時はアフタヌーンティーに飲んでいたダージリンを盛大に吹くくらいには高かったのだ。期間限定、数量限定のの完全オーダーメイドの前払い式受注生産、これは売れないだろうとハディも父もたかを括っていたのだが驚いたことに購入者がいたのだ。 しかもこの女性だけではない、ありえないほどの購入希望者が殺到しこの美顔器の争奪戦のため一時サーバーが落ちたほどだ。


私も欲しかった。あの美顔器本当にすごいらしいのよ。本社に行けばサンプル機あるらしいし社員家族サービスで行けば使わせてくれるらしいのにハディったら僕には無用の長物だなんて言ったのよ?信じられない。せっかく最高の素材を持ってるのに活かさないなんてどうかしてる、私が表に出てたら定期的にお世話になりに行ってるわ。でも何を言っても無駄、聞こえないからね。



それにしてもまさかあれを買うために破産しその不幸が巡り巡って己に回ってくるとは誰が予想できただろう。

(女って怖え…)

頭のネジか一線を超えて行くとこまでいったやつは何をやらかすかわかったもんじゃないと創造の天才にして脳筋バカの母を持つハディに同意してハーティエもこんな人間にはなるまいと心に誓った。

美を追求しようとする気持ちは同じ女の子としてわかるけどね、他人に迷惑をかけるのはいただけないわ。



ここまで目が覚めて10分。身動きが取れず、視界も暗いまま、しかし己の頭上で言い合いを始める二人にハディは助けが来るのはまだかと呑気に待つつもりだったのだがやはり女とは恐ろしい。突然髪を頭皮を剥がす勢いで鷲掴みにされたのだ。

「ぃだっ」

頭皮を肉ごと引きちぎらんばかりの痛みに涙目になる。


「コイツらがっ全部コイツらが悪いのよ!あんなたっかいの作ったりして!あんなのなかったらアジトのお金だって使わなかったわよ!ぼったくりよぼったくり!」

「おいこら聞き捨てならないぞ!あの商品の価格設定にどれだけの時間と労力と犠牲が払われたと思ってる!赤字の心配どころか家庭崩壊の方が危ぶまれたんだぞ!」

髪を引っ張られたまま女の理不尽としか言いようのないセリフに食ってかかるハディに思わず悲鳴をあげた。

どうしてそうさらに刺激するようなこと言っちゃうのよ!こういう時は何も言わずせずじっと耐えるのが一番でしょ!これで今まで何度も痛めにあってるんだから!



案の定、思いっきり腹を殴られたいやこの感触は蹴られたのだろう。強すぎる衝撃に遂に涙がぽろりと落ちた。

「うっせえんだよガキがっ、てめえは黙ってろ。俺は今マジでやべえの超機嫌悪いの、早いとこ金手に入れねえいけねえの、わかる?」

女と言い合っていた男はどうやら人が変わりやすい人格のようだ。さっきまでと明らかに纏う雰囲気が変わりその豹変ぶりに喚いていた女も周囲にいるであろう配下たちに緊迫した空気が立ち込める。

だから言ったのよ!刺激するようなこと言っちゃダメって!しかも女の方が逆上するかと思ったら男の方じゃない!最悪オブ最悪!


「なあ、お前のとこによぉ〜、ついさっき脅迫状っつーの?送りつけてやったのよ、お宅んとこのクソガキ返して欲しけりゃ金寄越せってさ。なのによぉ?なーんの返事も返ってこねえの。うんともすんとも、普通攫われた自分のガキが大事ならよ、すぐ金用意するよなぁ?それが親の愛情ってやつだよなあ!?」

女よりも大きく強い力の手で思い切り頭を鷲掴みにされ揺さぶられる。あまりにも乱雑に扱うせいで付けられていた目隠しが首元にずれ落ちた。痛みに歪められた瞳に映る男の顔は予想通りどこにでもいる三下顔で予想外だったのはパンク過ぎるモヒカン頭だったということだ。

だがすっかり怯えてしまったハーティエには男の頭が坊主でもマッシュルームヘアでも売れないホストのような髪型だって構わない。

怖いわ!痛いわ!もう嫌!私こんなところで死ぬの!?お願いだからこれ以上怒らせるようなことしないで頂戴ハディ!この体はあなただけのものだけどほんのちょぴっとくらいは私のものでもあるのよ!?

「ああ、おめえほんとに顔は上等だなぁ。その目玉一個いくらで売れるんだ?なあ?一個くらいならくり抜いてもいいか?いいよな?もう一個ありゃ十分だよなぁ?なあ!?」

こちらの返答なんて端から聞くつもりなんてない矢継ぎ早な問いをする男にあろうことかハディは唾を吐き飛ばした。

「カスが、あんたの都合なんて僕が知るわけないだろ」

あ、と声をつく間に顔に一発拳をお見舞いされた。殴られた衝撃か噛んだのか口内中に鉄の味が満ちてとても不味い。心臓が恐怖で痛いくらいに波打つ、これは私じゃないハディだ。

(あ、思い出した飲んだのパイナップルジュースだ)

ハディの馬鹿!!もう知らない!!


ここまでで15分。




「ああ、こんなにも美しい月夜に貴方という女性と出逢えた私はなんて幸運者なんでしょう。きっとこれは運命だ、どうか僕に貴方と生涯を共にすることを許していただけませんか?」

ハディの放った言葉に激昂したファンキーなトサカ男がもう一発お見舞いしようという時、場違いにも陶酔しきった聞き馴染みのあるよく通る声が聞こえた。

早鐘を打つ心臓は止まらない、それでも私は確かに安堵しそしてそれを上回るほどに歓喜した。

来た!来たわ!来てくれたわ!


「は?」

突然の告白に素っ頓狂な声をこぼしたトサカ男が振り返ると女の健康そうな褐色の左手を恭しく手に取り眼前に跪く燕尾服姿の男がいた。パーティーに出席していたためいつもの使用人用より上等な仕立ての様相はさながら王子の気品すら感じさせる。その表情はまさに恋する乙女、もといをとこ(男)、恋のキューピットも在らん限りの呼気でラッパを吹き鳴らすことだろう。そんなイケメンからの愛のプロポーズに靡かない女はいない、というか見たことがない。トサカ男にお似合いのケバい女の頬は月明かりに照らされうっすらと赤みがさしていた。さっきの怒声はどこへやら、少女のような甘やかな声色でしかし動揺は隠せないようで戸惑いの声を上げた。


その光景を目の当たりにした私と言ったらもう目がハート。なんたって恋愛劇を一等席で見られるんですもの、胸を針で刺されたようなチクチクとした痛みが走るけど彼の王子ぜんとした振る舞いにどうしたってキュンキュンしてしまう。



見つめ合う男女にそれを取り囲むファンキーな男衆と囚われ理不尽な暴行を受けている少年。齢11にしてもう何度も似たような体験をした。まだ見ぬ女の声を耳にした時から薄々こうなるんじゃないだろうかととても、非常に、それはもう嫌な予感はしていたハディ。その予感にハーティエも同感ではあるがそれを上回る感情がどうしてもふつふつと湧き上がってきてしまう。肩を戦慄かせ思いのほか多く溢れる口内の血を拭うこともままならず小さな声を漏らすハディと同じように全身を震わせて口元に両手を添える。

「いや…ちょ、おいジーク…」

戸惑う女の手を尚も握ったままこちらの非道でバイオレンスな光景は眼中に入っていないとでも言うのか悠長にも自己紹介を始めだしたイケメンにぎりぎりで繋がっていた脳内の糸がブチリと千切れる音がした。


「かっこいいーーーーーー!!!!!!!!!」

ハーティエの称賛の叫びは誰にも届かない。

自分自身であるハディですらだ、でもこの感情も自分自身であるハーティエの感情、ハディが隠してしまった感情。


私ことハーティエ・グレース、僕ことハディ・グレースの二重人格者のうちの一人で素直になれない娘ハディのことを暖かく見守る者。そんな私たちには執事がいる。眉目秀麗、容貌魁偉、八面六腑の執事、彼の名はジークフリート・ガゼル。


私は彼らの恋の行く末が気になってしょうがない。




傍に居られればそれだけで

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