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恋せよをとこ 愛して乙女

私が僕という貴女に恋をして


「こんなにも美しい月夜に貴方という女性と出逢えた私はなんて幸せ者なんでしょう。きっとこれは運命だ、どうか僕に貴方と生涯を共にすることを許していただけませんか?」


如何にも山賊ですと言わんばかりの衣装を身に纏った勝気そうな女性の前に跪き熱烈な告白をする燕尾服のイケメン。

ここがどことも知れない廃倉庫で周囲に女性の仲間だろうファンキーな野郎どもに取り囲まれていなけりゃさながらラブロマンス映画のワンシーンと見間違えるかも知れない。月明かりに照らされて舞う埃すら演出の一つに見える。


「いや…僕をたすけろーーーーーー!!!!!!!!!」

柱に縛り付けられ身動きが取れない僕はそんな彼に白目で叫ぶことしかできなかった。



僕の執事は…




時は少し遡る、いや本当に遡るのはほんの15分だ。

「おい、おい起きろ!」

(なんだ、うるさいな、俺はまだ寝てたいんだ)

「んん…」

「こいつ全然起きねえぞ、おいいい加減起きやがれ!」

(しつこいなジークのやつ、いつも年寄り並みに早起きさせられてるんだ、たまの朝寝くらい…)

「起きやがれ!」

「いだっ」

頭を叩かれた衝撃に微睡んでいた思考が一気にクリアになる。それと同時に自分に呼びかけていたのがジークではないことに気づく、思えば起こし方が乱暴すぎる。しかし目を開けたと思ったのに目隠しされているようだ何も見えない。それどころか体が縛られている感覚、ご丁寧に両手とも荒縄できつく縛られておりこれだけでも痛いのに少し動かしただけでじんじんとした痛みがさらに走る。そして追い討ちをかけるように鼻の奥を擽る埃、この状況には覚えがある。

(また誘拐か)


自分のすぐ近くに人の気配がする、おそらくこいつが殴りやがったのだろう。

「おいずいぶん手荒な目覚ましじゃないか、僕が誰か理解した上でやっているんだろうな。」

寝起きのせいで若干呂律が回っていないがそれでも気丈に振る舞う。

「ああ当然、わかってておめえを拐ったんだよ。グレース家の御曹司様?安心しな、大事な人質だ悪いようにゃしねえよ、多分な。」

悪人ヅラをさらに醜く歪めているんだろう目隠しのせいで見えないが。

(どうやら目的は身代金、今回は当たりだな)

暗殺や毒殺…あとはエトセトラ、挙げたらキリがないがただの身代金目当ての誘拐ならまあそう焦る必要もない、たしか自分は招待されたパーティーで壁の花よろしく美味しい食事をいただいていたはず。ウェイターから貰ったジュースに睡眠薬でも仕込まれていたのかもしれない、その後の記憶がこの状況に至るまでないのだからきっとそう。

固い柱にキツく縛られている以外の痛みもこれといって感じないし下衆た声の割に好待遇な誘拐犯にこれは僥倖だななんて場違いな感想を抱く。

「ねえ、アタシ早いとこ帰りたいんだけど。最近お肌の調子が悪いからケアして寝ちゃいたいのよね」

「ああ?おめーが新しい高級美顔器勝手に買うから金なくなってこんなことしてんじゃねえかよ。アジトの金全部つぎ込みやがって」

「しょうがないでしょ!グレース社の新商品めちゃいいって話題になってたのよ!インフルエンサーであるアタシが買わないでどうすんのよ!」

「知るかよ!!」

(まじか、あの美顔器のせいで僕誘拐されてんのか)

身内が撒いたとも言える種で己の身が危機に晒されいるかもしれないと考えると思わず苦笑した。勿論心の中でだが。



僕の名前はハディ・グレース。冒険者や剣士、魔法士のためのマジックアイテムから一般人に向けた日用系、美容系と幅広い商品を取り扱う知らない人はいないと言える大手魔道具製造会社の次期社長にして領主の孫である、所謂勝ち組の御曹司だ。まだ幼い子どもの枠組みに分類されるがいずれは会社を継ぐ者、若いうちから社交界にも顔見せをしていたお陰で随分と有名人になってしまった。


我がグレース社は最近女性向けの美容アイテムの商品開発に力を入れている。そしてこのアジトの金を全額注ぎ込んだという女性、最近発売された美顔器を購入したとな。この話にハディは非常に呆れた。彼女の言う美顔器とは魔力のない一般人も使えるように作られたもので万人受けというより美を追求する者のために作られた魔道具だ。普段なら開発商品については極秘情報のため身内であり後の社長になるハディであっても知らされることはない。しかし今回、この美顔器は社内でもプライベートな家庭内でも開発、販売までそれはもう嵐のような話し合いが行われていた。

話の内容は長くなるので割愛するが開発チーム(母)VS経営、経理チーム(父)だったのだが、直接話に参加していないハディでも内容をバッチリ把握できてしまうくらいには話し合いが繰り広げられ終いには拳と拳でのお話し合いに発展していた。ほぼ母が父をタコ殴りにしていただけだが、(父はよく母の怒りの地雷を踏み抜く)。まあそれは置いておいて、その美顔器、それはもう高い、もうゼロの数が異常すぎて価格を聞いた時はアフタヌーンティーに飲んでいたダージリンを盛大に吹くくらいには高かったのだ。期間限定、数量限定のの完全オーダーメイドの前払い式受注生産、これは売れないだろうとハディも父もたかを括っていたのだが驚いたことに購入者がいたのだ。 しかもこの女性だけではない、ありえないほどの購入希望者が殺到しこの美顔器の争奪戦のため一時サーバーが落ちたほどだ。

それにしてもまさかあれを買うために散財しそのツケが巡り巡ってこちらに回って来るとは誰が予想できただろう。

(女って怖え…)

頭のネジが向けているのだろうか、一線を超えていくとこまでいったやつは何をやらかすかわかったもんじゃ

ないと創造の天才にして脳筋バカの母を持つハディは改めてこんな人間にはなるまいと心に誓った。

ここまで目が覚めて10分。


身動きが取れず、視界も暗いまま、しかし己の頭上で言い合いを始める二人にハディは助けが来るのはまだかと呑気に待つつもりだったのだがやはり女とは恐ろしい。突然髪を頭皮を剥がす勢いで鷲掴みにされたのだ。

「ぃだっ」

「コイツらがっ全部コイツらが悪いのよ!あんなたっかいの作ったりして!あんなのなかったらアジトのお金だって使わなかったわよ!ぼったくりよぼったくり!」

「おいこら聞き捨てならないぞ!あの商品の価格設定にどれだけの時間と労力と犠牲が払われたと思ってる!赤字の心配どころか家庭崩壊の方が危ぶまれたんだぞ!屋敷の修理代過去一だったわ!」

髪を引っ張られたまま女の理不尽としか言いようのないセリフにハディも負けじと食ってかかる。しかし所詮は囚われの身、思いっきり腹を殴られた、いやこの感触は蹴られたのだろう。

「うっせえんだよガキがっ、てめえは黙ってろ。俺は今マジでやべえの、超機嫌悪いの、早いとこ金手に入れねえいけねえの、わかる?」

女と言い合っていた男はどうやら人が変わりやすい人格のようだ。さっきまでと明らかに纏う雰囲気が変わりその豹変ぶりに喚いていた女も周囲にいるであろう配下たちも口をつぐみ緊迫した空気が立ち込める。

「なあ、お前のとこによぉ〜、ついさっき脅迫状っつーの?送りつけてやったのよ、お宅んとこのクソガキ返して欲しけりゃ金寄越せってさ。なのによぉ?なーんの返事も返ってこねえの。うんともすんとも、普通攫われた自分のガキが大事ならよ、すぐ金用意するよなぁ?それが親の愛情ってやつだよなあ!?」

女よりも大きく強い力の手で思い切り頭を鷲掴みにされ揺さぶられる。あまりにも乱雑に扱うせいで付けられていた目隠しが首元にずれ落ちた。痛みに歪められた瞳に映る男の顔は予想通りどこにでもいる三下顔で予想外だったのはあまりにもテンプレすぎるモヒカン頭だったということだ。

「ああ、おめえほんとに顔は上等だなぁ。その目玉一個いくらで売れるんだ?なあ?一個くらいならくり抜いてもいいか?いいよな?もう一個ありゃ十分だよなぁ?なあ!?」

こちらの返答なんて端から聞くつもりなんてない矢継ぎ早な問いをする男にハディは唾を吐き飛ばした。

「カスが、あんたの都合なんて僕が知るわけないだろ」

ついには顔に一発拳をお見舞いされた。殴られた衝撃か噛んだのか口内中に鉄の味が満ちる。

(あ、思い出した飲んだのパイナップルジュースだ)

ここまでで15分。



「ああ、こんなにも美しい月夜に貴方という女性と出逢えた私はなんて幸せ者なんでしょう。きっとこれは運命だ、どうか僕に貴方と生涯を共にすることを許していただけませんか?」

ハディの放った言葉に激昂したファンキーなトサカ男がもう一発お見舞いしようという時、場違いにも陶酔しきった聞き馴染みのあるよく通る声が聞こえた。

「は?」

突然の告白に素っ頓狂な声をこぼしたトサカ男が振り返ると女の健康そうな褐色の左手を恭しく手に取り眼前に跪く燕尾服姿の男がいた。パーティーに出席していたためいつもの使用人用より上等な仕立ての様相はさながら王子の気品すら感じさせる。その表情はまさに恋する乙女、もといをとこ(男)、恋のキューピットも在らん限りの呼気でラッパを吹き鳴らすことだろう。そんなイケメンからの愛のプロポーズに靡かない女はいない、というか見たことがない。トサカ男にお似合いのケバい女の頬は月明かりに照らされうっすらと赤みがさしていた。さっきの怒声はどこへやら、少女のような甘やかな声色でしかし動揺は隠せないらしく戸惑いの声を上げた。


見つめ合う男女にそれを取り囲むファンキーな男衆と囚われ理不尽な暴行を受けている少年。齢11にしてもう何度も似たような体験をした。まだ見ぬ女の声を耳にした時から薄々こうなるんじゃないだろうかととても、非常に、それはもう嫌な予感はしていた。肩を戦慄かせ思いのほか多く溢れる口内の血を拭うことも出来ないまま小さな声を漏らす。

「いや…ちょ、おいジーク…」

「ああこれは申し遅れました、私の名はジークフリート・ガゼル、どうぞジークとお呼びください」

「ジ、ジーク」

「ありがとう美しい人、貴方のその可愛らしい唇で名を呼ばれるとはなんと甘美なことだろう。許されることなら貴方の名をお聞きしても?」

戸惑う女の手を尚も握ったままこちらの非道でバイオレンスな光景は眼中に入っていないとでも言うのか悠長にも自己紹介を始めだしたイケメンにぎりぎりで繋がっていた脳内の糸がブチリと千切れる音がした。


「いや…僕をたすけろーーーーーー!!!!!!!!!」

殴られた衝撃でヒビが入っていたらしい歯が渾身の叫びという追い討ちにぽろりと舌上に転がった。

白目で口の端から血を流すハディはその場にいる誰よりも鬼気迫る表情をしている自覚があった。


僕ことハディ・グレース、自他ともに認めるお坊ちゃま。そんな僕には執事がいる。眉目秀麗、容貌魁偉、八面六腑の敏腕執事、彼の名はジークフリート・ガゼル。




僕の執事は恋愛体質。





僕という私が貴方を愛する

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