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(しかしまあ、たった8年でここまで衰えるとはね。流石の僕でもこれは計算外だ)


 エトルリア王国から故郷セーメーへ行くには徒歩しか手段はない。僕が魔法を自由自在に使えたら、空を飛んだり、それこそ指パッチンで瞬間移動をすることも可能だったろうが、しかし僕にはそれは不可能だった。

 無理をすれば出来るとかいう次元ではなく不可能。根本的にそれらの魔法、もっと言えば魔法全般が僕には使えない。


 エトルリア王国内外を問わずして、幼子であれど誰でも使える魔法が僕には使えなかった。こんな一人旅には必須レベルである水魔法や火魔法を使うことすら叶わない。そんな僕がなんで一人旅をしているのかと言うと、それは付き添いに来るようなもの好きは世界中どこを探してもいないからだ。


 大金を積んだとて誰もついては来ないだろう。そもそも長年宮仕えをしていたとは言え、一個人の僕に命を投げ出せるような大金を支払える甲斐性などあるはずもなかった。


 ――命を投げ出せるようなという表現に嘘偽りはない。何よりこの僕が絶賛死にかけているのだから。


 天候を予測するのはそこまで難しいことではないが、しかしその予測を上回るペースで僕の体力の限界が来ては話は別だ。しかもここからの道のりは常に全力疾走に近い速さが僕に求められる。国の敏腕冒険者が束になっても叶わないような魔物が闊歩し、常に目を光らせているそんな危険地帯に僕は足を踏み入れなければならないのだ。


 とまあそんな訳で、最後の試練を前にしてここまでの数週間で疲弊した体をいたわるように最初で最後の小休止を僕はとるのだった。僕の計算が正しければ3時間は最低でも休憩が出来る。であるならばこの危険地帯を走り抜け、この森のど真ん中にあるセーメーへ全力疾走できるだけの体力は戻るはずである。


 そんな目論見もありつつ、僕は摩擦の力で火を起こし、森を目の前にして優雅にくつろぐのだった。




(さて、そろそろ行きますか)


 屈伸をし、コンディションを確認する。今度ばかりは最新の注意を払わなければ即死につながる。

 僕は、自分の体の状態を計算に入れた上で目的地までのルートを構築する。


(ざっと33分といったところかな)


 この森の調子、そして衰えた自分の体を鑑みれば割と速いタイムじゃなかろうか。自己最速の10分13秒に比べればかなり遅い方ではあるが、今回のルートはなにも直線ではないのだからむしろ速いと言っていいだろう。

 あの時のルートはほとんど一直線だったのだから。


 さて出発まで残り十秒。僕はスタートの準備を整える。

 世の中には『終わり良ければ総て良し』なんて言葉もあるみたいだが、僕に言わせれば『終わり良ければ始め良し』だ。結果が良かったということは、すなわちそのスタートがその結果を得る望ましいものだと言えるからだ。


 さて、そんな戯言はさておいて、いよいよスタートだ。


「3,2,1。スタート!」


 森に入るや否や、すぐさま頭上の弦に掴まり、目の前の木を駆けあがり木の上を走り始める。気分は忍者だ。


 森の獣はそのほとんどが地上で生活している。難易度は跳ね上がるが総合的に見て樹上での移動の方が危険度は低い。そのための先程のチェックでもあったのだ。

 まあ、ずっと樹上を駆けるわけにもいかないので、偶に地上に降りたりはしたけれども、目立った戦闘も失敗もなかったので別段省いても問題はないだろう。確かに石ころを投げて獣の気を反らしたりはしたけれども、それは戦闘を避けるためのものだ。


 そんなこんなで、特に目立ったことをする訳でもなく、無事に計算通りに、何の面白みもなく無事についたわけだが、一つ脚色するなら、僕の今回の姿はターザンさながらだったということだ。もっとも叫び声なんてものはあげてはいないのだが、無音で見ればあの荒くれ者たちと大した差はないので、ここは一つ。




「あら、エイジじゃないか。まさかとは思っていたけど」

「ただいま母さん。仕事をクビになってね、出戻りという訳だよ」


 森を文字通り駆け抜けた先に待っていたのは、母親だった。何も連絡は入れていないし、そもそもとる手段は帰宅以外にはないのだけれども、なるほど、流石の時詠みの能力である。


「そうそう。久しぶりに帰ったんだから挨拶でもしていきなさいな。5年ぐらい帰ってなかったんだから」

「分かったよ。気は進まないけどね」


 僕の故郷のセーメーにはよく分からない神社のようなものが存在する。何でもセーメーの村を作った最初の人を祀っているそうで、一年に一度村総出で神社に集まり、どんちゃん騒ぎのお祭り騒ぎをする訳だが、まあ先程の僕の発言からも分かるようにその催し事が僕は嫌いだった。


 森の中に森があるというおかしな風景なのもそうなのだが、しかし根本的な原因は別にあった。


 昔と変わらない森の木で建てられた掘立小屋達を縫うように歩き、王国の煌びやかさとは雲泥の差の、昔懐かしい馴染み深い街並みに半ば呆れつつ、懐かしみながら、僕は社を目指す。


 鳥居をくぐり、石段を上った先にその目的のものはあった。

 そして、


「一体儂を何年待たせるつもりじゃ。そろそろ成仏してしまおうかと思ったほどじゃぞ?」


 間髪入れずそんな古臭い喋り方をする、しかし声の質は若いという歪な声が僕の脳内に響いた。


 そう、これである。僕が年に一度の催し事を嫌い、この神社を嫌い、そして村を嫌い、八年前に村を飛び出した根本的な理由。


 僕はその声を無視したまま、取りあえず二回礼をし、取りあえず手を二度叩き、最後に一礼をし、神社を後にしようとした。


「おいおい、待て待て。わざわざこうやって神様が直々に話しかけているんじゃから、少しは反応を返してくれんとさすがの儂も心に来るもんがあるというか……」


(なんだい神様。この僕に話でも?あの頃から八年たったんだし僕も大人になったからね。話を聞いてあげるほどの甲斐性はあるにしても、今更僕に話しかけるだけの価値があるとも思えないんだけど?)


「そんな甲斐性なぞ、あってないようなものじゃろ……っておい!儂を一人にするな!」


(僕に話を聞いてほしいなら、まずは僕の機嫌を損ねないことをオススメするよ。この場の主導権は一応は僕にあるんだから。それに神様はこの場を出れば僕に話しかけることは出来ないんだろ?)


「分かった。儂の非を全面的に認めよう。そして詫びよう。どうじゃこれで満足か?」


 いや、これで満足するような人間なら、僕だってこうも変な人生を歩んできてなどいない。神様に非礼をそれも上から詫びられたところで僕の腹の虫は収まらない。もっとも腹の虫が憤っている訳でもないんだけれども。


「それならいいじゃろ。問題はないじゃろ。わざわざ儂に頭を下げさせる必要はなかったじゃろ」


(それは神様が自分で、勝手にやったことだ。僕には全く関係ないね。何なら少しばかりイラついたぐらいだ)


「さっき憤ってなどおらんって言ってたじゃろ!せめて一貫性ぐらいは持ってもらわんと困る!」


(一貫性というなら僕にもあるね。嘘を吐き続けるという一貫性がさ)


「……さっきから下手に出ておればいい気になりおって、いいじゃろうお主がそこまで言うなら目にものを見せてやろう!」


「いや別に、僕はそこまで……」


「お主の意思など関係ない!そもそも儂は神なのじゃからな!」


 なんて滅茶苦茶な神様がいたもんだ!と悪態をつきそうにはなったけれども、しかし神様なんていつだって支離滅裂で不条理が服を着て歩いているようなものだし別に騒ぎ立てる必要もないか。

 とまあ、そんな結論を出して僕は心を落ち着かせる。


 先程までうっそうと茂る木に囲まれていたはずなのに、周りに一切の物がない、あるのは地面と自分だけ。空があるのかもわからない。太陽だって存在はしないのだから。それなのに不思議と僕の手や足は認識できる。目で実際に視ることが出来た。そんな不思議な空間に僕はいた。気づけばそこにいたという感じで、僕自身移動したという認識はなかった。


「これだけ異常な空間に飛ばされても全く動じないその胆力は素直に称賛しよう。だてに八年も血で血を洗う戦場で生き抜いていないようじゃな」


 先程の声で、僕の前に現れた神様はしかし僕の目には見えなかった。先程とは違い直接声を耳で聞いているはずなのに、それが果たして前から聞こえているのか、後ろからなのか。はたまた右か左か、上か下か。ともすれば僕の平衡感覚が狂いそうになるぐらいの不思議な感覚だ。


「これでは流石に認めざるを得ませんね。あなたが神様だということを」


「なんじゃい、お主。儂を神様じゃと思っておらんかったのか?」


「先程も言いましたように、私には嘘を吐くという一貫性がありますからね。実際こうやって神様を騙せたようですし、中々の物でしょう?」


「それに口調も変わっておるしの」


「ええ、敬うべき相手には敬いますよ。それは神様も知っているところでしょう?僕が血で血を洗う八年間を送ってきたと知っているんですから。それにあなたが神様というなら僕達と同じ能力を持っていないはずがないですし」


「大した洞察力じゃ。しかしその認識は改めねばならんじゃろうよ」


「どうしてですか?私のこの崇高な頭脳で弾き出された結論に何かご不満でも?」


「自分を下げているのか上げているのかそれは儂にも分からんし、そもそもどうでもいい話じゃがな、しかし例えの話をするが、お主の母親は果たしてお主の八年間を知り得るか?お主がここに帰ってくるという未来は視えても過去は見えんのじゃないか?」


 確かに。そう言われればそうである。自分が過去を視ることが出来るから深くは考えないではいたけれども、母親にはそれは出来ない事である。僕の後釜に座るあのリリアンヌですらそれは不可能だろう。もっと言えば僕以外の人間には、それが時詠みの里出身の人間であれども、誰であろうとできないことなのだ。僕はそのことをすっかり失念していた。


「確かにそれはそうですけれども、しかし神様。それが僕には大した問題には思えません。何なら取るに足らないといって差し支えないように思います。そりゃあ僕には過去が視えますし、何なら未来も他の里の人間より鮮明に視えますけれどもそれは利点ではあれど、決定的だとは思えません。むしろ欠点の方向に決定的だと僕は思いますけどね。そっちの方が語呂もいいですし」


「質問を変えよう」


 神様は僕の啖呵など、皮肉など気にも留めないといった感じで話題を変えた。まあ表情なんてものは読み取れないので声情でしか推測は出来ないけれど。そもそも『声情』という言葉があるのかすら不確かである。


「お主はどうやって未来を或いは過去を視る?」


「それは単純に計・算・ですよ。この世の全ての事象を把握してそれでいて未来を求めるんですよ。もっとも、より先の未来を視ようとすればより僕の脳に負担がかかりますけれどね。それが引き金で僕はこうやって出戻りしているわけですし」


「いい答えじゃ。では他の者がどうやって未来を視ているのか知っておるか?」


「僕と同じじゃないんですか?確かにリリアンヌとかは天から降ってくるように、言うなれば天啓のように未来が視えるとは言ってましたけど。それは僕よりもずっと計算が早いからだと思うんですけどね。要は比喩的な意味で、計算があまりにも早すぎるから『天から降ってくる』という表現になるのかと」


「ほほう。これは思ったより重症なようじゃな」


「重症?僕の頭が悪すぎるということでしょうか?」


「いやいや、そうではない。しかしお主も自分で気づいてよさそうなものじゃがな。リリアンヌとお主の違いは何じゃ?」


「そりゃあ違いはいっぱいありますけど――」


 性別の違い、身長の違い、年齢の違い、思想の違い、立場の違い、生き方の違い。とまあそんな感じで挙げればきりがないけれども、ここで僕が言うべきは――この神様が僕に求めている答えは――。


「時詠みの正確さじゃないですか?そのほかの違いなんて普通の人間同士でもありふれた違いですし。両者が時詠みの人間であることを考慮するなら、それは時詠みの正確さに他ならないでしょう」


「正解じゃ。なんじゃお主気づいておるのではないか」


「ですが、その他に決定的な欠点が僕にはあります」


「ほほう?なんじゃそれは。言うてみぃ」


 確かに、王の『質より量』という発言の通り、僕は多くの未来が視えるわけじゃない。例えば一時間後に起こる程度の事ならリリアンヌより数十倍の未来を視ることは出来るけれども、それは国にとって大きなメリットにはなり得ない。それ故に僕がこうやってお役御免になったわけで、それには何の嘘偽りもないんだけれども、しかし僕には他に決定的な欠点があった。


「それは――僕がその未来に深く関われば関わるほど未来が視えづらく、もっと言えば僕の持ち味であるところの正確さが失われることです。僕の出戻りの根本的な原因は恐らくそれでしょう」


「それで、お主はどう願う?その欠点が消えることはお主は望まんのか?」


 それは、願ってもない提案だ。その欠点が僕に無ければ、恐らくはまだあの愉快な仲間たちと人生を謳歌出来ていたに違いない。それに僕が解雇されるという未来が仮に視えていたならば、それを回避することだって僕にはできたはずだ。


「しかし、それは望みこそすれ手には入らないものでしょう」


「何故、そう思う?」


「それが代償ってやつですから。僕の言わば過去視の能力の代償とするならそれはむしろおつりが来るぐらいのものですから。もっともその過去視がメリットになったことはないんですけどね。強いて言うなら交渉事でしょうか。それも未来視でどうにでもなることではありますけどね」


「卑屈じゃの。では、そのお主の言う不正確さを消せる手段があると、儂が言ったらお主はどうする?お主本人の未来すらも視る――求めることが出来ると儂が言ったら、お主はどうする?」


「そりゃあ、話し相手にでもなんにでもなりますよ。足をなめてもいいぐらいです。なんなら有り金全部捧げてもおつりはくる話ですから」


「それじゃあ、お主の言う全財産を賽銭箱に放り込むことじゃな」


「それをして僕に何のメリットがあると?僕に路頭に迷えと言うつもりですか?」


「いやいや、お主。儂を誰だと思っておるのか?」


「いや、誰って。神様じゃないですか。さっきもそのさっきもそう言ったつもりですけど?」


「そう。儂は神様じゃ」


 そう言い放った神様は、どことなくにやついていた。気がする。

 まるで、自分の思ったように、或いは相手を手のひらで転がしている時に感じるあの愉悦をこの神様が感じていた気がする。


 そして――。


「ならば、信者の、それも我が身をなげうってまで神を信じる敬虔な愛しい信者を見捨てることが果たして出来ようか、いや出来まい」


「つまりは何と?」


「お主の願いを叶えてやると言うておるのじゃ」

こんな感じで週一で投稿していくつもりです。その分、量は書きますのでここは一つ(当者比較)。


ブクマ並びに、☆評価。頂けると有難いです。二つの意味で文字通り。

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