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「エイジよ、お主を本日付けで解雇とする」


 今この場には、玉座に座る王と目の前で跪く僕の二人のみ。本来ならばあり得ない状況であるがゆえに、その突きつけられた現実を僕は驚くほどに客観視することが出来ていた。

 それは、青天の霹靂と言うよりかはむしろ、「ああ、いよいよか」と思う程度には予測していたことだった。


 このエトルナミ王国の王宮で働くこと五年、国の方針が変わるにはまあ十分な時間だろう。齢13より、王宮勤めをしてきては要るものの、しかしこの役職を去ることに、或いはそれを言い渡した国王に怨み辛みといった悪感情を持つことはなかった。


「因みにですが、一応理由を聞いてもよろしいでしょうか」

「うむ。それももっともなことだ」


 一呼吸おいて、王はこう続けた。


「つい先月に、我が国の方針が大きく変わったことはお主の知るところだろう。それに際してお主よりも適任な者がいた。ただそれだけのことだ。質と量を天秤にかけて量が勝ったという訳だな。我が国を起こしてもう8年が過ぎようとしている。これからは内政だけでなく、外政にもより重点を置いておかなければならない。本来ならば、お主とその後任の両方を雇いたいところではあるが、まあ条約に背くわけにはいかんからな」


 ラバナマ条約――もっとも、委細詳細に語るとなれば軽く一日はかかるのだが、僕の身の上に関して重要なのはそのうちのたった一文。

『全て、国は時詠みの人間を、二人以上雇い入れることはできない』というものだ。原文はもっと小難しい文章で書かれていた気もするが、これで十分だろう。内容を理解するにはこれで差し支えない。


『時詠みの人間』とはこの僕であり、そして僕の後釜に据えられる人間のことだ。王の言った通り、僕以外の時詠みの人間を抱えるというならば、僕は出て行かなければならない。もしそれを破り、それが露呈したとなっては――想像もしたくない。


「理由は承知いたしました。ですが私の後任に合わせて頂くことは可能でしょうか。引継ぎなんてこともありますし。よろしければ一週間とは言わずとも三日間ぐらいは頂きたいものなんですが」

「うむ。それももっともな理由だ。なに、お主がそう言うと思って既に待機させておる。リリアンヌ、入ってよいぞ」


 その王の声に呼応して入ってきたのは、まあリリアンヌなのだろうけど、がしかし僕と彼女は有り体に言って顔見知りだった。もっと言えば同郷の人間だった。


「エイジ兄さん!申し訳ございません。私なんかの為に国を追われることになるなんて!もし、兄さんがこの国にいると知っていたら――」

「よせ、所詮僕もお前も雇われの身なんだからそこに遠慮はいらないし、むしろ無駄だろう。そもそもとして下克上が当たり前の世の中なんだ。お前が気に病むことな何もない。ただ僕よりもお前の方がこの国の利益になるというだけのことだ」

「――でも」

「でも、もだってもない。時詠みの人間として生まれた以上それは仕方のないことなんだ。僕達は未来を、或いは運命を視ることは出来るけれど、しかし変えられるという訳じゃないんだ。運命の奔流に不条理に流される、矮小な存在に過ぎないんだから」


『未来が分かる』=『未来を変えられる』にはなり得ないだろう。運命というやつは中々どうして、強力で、とても一人の人間には変えることのできない代物なのだ。

 僕は、他の時詠みの人間と違って、より聡明に未来を視ることが出来るけれど、それはもはや僕の運命が決定的に定まっているということを、他人よりもありありと、まじまじと知るだけのことに過ぎない。


 つまり、この目の前で目に涙を湛えて僕の身を憂い、嘆き、悲しんでくれる、世間知らずな少女よりもこの世の仕組みというやつを少しばかり知っているだけのことなのだ。


 それ以上もそれ以下でもない。僕も下らない、何の力も持たない一人の人間に過ぎないということだ。


「兄さんの言っていることは難しくてよく分かりません」


 そうは言うけれど、しかし僕がこの五年で得たある種の不条理のようなものを、彼女は少しばかりくみ取ってはくれたようだ。


「ですが、言わんとしていることは分かりました。兄さんに気にせず頑張れってことですよね!確かに兄さんを完全に忘れるってことは出来ないですけど、ですが兄さん以上に気合はありますからね!兄さん以上には頑張れるとは思います!」

「ああ、その意気だ」


 そうだけど、そうじゃない。てな感じの言葉を、彼女のやる気を著しく削ぎかねない発言をしそうになったけれど、僕はすんでのところで飲み込んだ。


 そもそもこんな変な話を僕はするべきではなかったのだ。

 ここは一つ年長者として、快く彼女を送り出し――いや、送り出すのは自分か。まあ取りあえずは彼女の背中を押してあげるという、ごく当たり前なことを僕はするべきなのだ。


「話は良いか?」

「ええ、取りあえずはこの辺で。先程は三日と言いましたけれど、これなら二日ぐらいで終わりそうですね」

「よろしい。では正式な書類は明日またこの場所で」


 その言葉で会話を締めくくると、王はこう続けた。普段の厳粛な顔とは違う、ひどく人情味の溢れるあの頃の顔で。


「――しかしまあ何とも濃い8年だったな」

「ええ、とても。今の王の姿は、在りし日のあのお姿からは想像もできない程ですから」


 あの頃に、八年前のあの頃に思いを馳せる。普段過去を顧みるということをしない僕ではあるが、これぐらいは許されるだろう。昔話を語り合うなんてとてもあの頃じゃあ考えられないことなのだから。


「私もそう思う。しかしお主は視えていたんだろう?今のこの姿が、下克上をありありと世に知らしめ、そしてこの玉座に君臨する私の姿が。そうでなければあの頃の私に使えようとする人間などいるまいて」

「さあ、どうでしょうね。そんな昔のこと忘れてしまいましたよ。それに仮にあの頃に視えていたとしてもそれはどうでもいい話でしょう。こうして今ここで、気兼ねなく会話を共にすることが出来るんですから」

「それも、そうだな。どれ私が直々に酒を注いでやろう。あの頃酌み交わしたあの、安酒をな。あの頃は一口で酔っぱらっていたお主は、さてどこまで強くなっているか見ものだな」

「私ももう18ですからね、そう安々と酔いは回りませんよ。何より今ここには安心して飲める水があるんですから」

「さて、その余裕がいつまでもつかな。ほれリリアンヌもどうじゃ?まさか私の酒を飲めないとは言うまいな?」

「それは有難いのですが、しかし私は未だに成人しておりません」

「良いではないか。この国では成人は15だ。それならば何も問題はあるまいて」

「いいえ、そういう訳にはいきません。私の故郷では成人は20と決められておりますので」

「ほう、これは強情だな。しかし気に入った。その気の強さはこれからこの王宮で生き抜くうえで大きな武器となるだろう」

「誉め言葉として受け取っておきます」

「ガッハッハ!これは益々愉快な人間だな!先が楽しみで仕方がないわ!」


 リリアンヌの軽いジャブを、しかし軽快に笑い飛ばす。一国一城の主にしてはやや威厳が足りないような気もするが、しかし王として君臨するにはこれぐらいの度量の広さが必要なのだろう。

 この八年でそれを僕は嫌と言うほど目にし、事実この身で経験している。


 会議は躍らずとも、しかし談笑は進む。この圧倒的個性を目にしてリリアンヌはどうなるか不安ではあったが、それは全くの杞憂だった。

 初対面にして、この王とこれだけ渡り合えるのだから、この先は安心して良いだろう。僕はそう結論付けた。


 先程、引継ぎに二日はかかると言ったけれど、それはこうなることを見越してのことだ。決して短い付き合いではないのだから、これぐらいは簡単に予想がつく。未来を視るまでもないことだ。


 縁もたけなわにして、リリアンヌを自室に戻し、そして僕は王と語り合った。

「実は研究機関からスカウトが来ている」とか、「軍事顧問的な役割として僕の時詠みの能力を使わずに働いてほしいとオファーが来ている」とかそんな話は合ったけれど、しかし王はそのどれもを僕に勧めようとはしなかった。


 僕同様に分かっていたのだろう。いや、僕以上か。この国には僕はもう必要がないし、この国にこれ以上しがみつくこともないということを、王は恐らく僕より深いところで理解していた。


 そして、すっかり日を跨ぎ、朝日を肴に最後の酒を酌み交わし、数多くの書類をリリアンヌに押し付けた上で、僕は恐らく最後となるだろうあの場所に再び姿を現した。


「時詠みの少年、エイジよお主を本日付けで追放処分とする。以後このエトルナミ王国の敷居を跨ぐことは許されん」

「承知いたしました。では」


 王自らに渡された一枚の紙切れを持ち僕は後にする。周りを見れば涙する者もいるようだ。あの頃に共に戦場を駆けた仲間たちだ。ともすれば僕も涙をこぼしそうになるけれど、必死に押しとどめる。男同士の別れ、それも今生の別れになるのだ。涙は不要である。


「この八年間、実に大義であったぞ、我が戦友よ」

「ええ、私もですよ。この八年間どうもありがとうございました」


 その言葉を最後に、僕は深いお辞儀をして玉間を後にした。

 過去との決別、そして戦友たちの決別、王と家臣という関係でありながらも、時として友とし、或いは敵として、共に戦ってきた一番の戦友との決別。


 必死にとどめておいた涙も、最後の門をくぐると、どうにも我慢が出来なかった。

 声には出さずとも、しかし心は悲しんでいるのを僕は深く感じた。


 そして、僕は再び歩き始める。あの頃と同様に、自分自身の力で、自分だけを頼りに僕は進まなければならないのである。

 お先は真っ暗、一寸先は闇の数え役満。時詠みの少年が聞いて笑わせる。


 されども、僕にできるのはただひたすらに歩くことのみ。

 まずは故郷にでも帰ろうか。僕はそんなことを思いながらあてどのない旅を再び始めるのだった。


ゆるーくながーくやっていくつもりです。面白い、続きが読みたいなど思いましたら、ブクマ、評価のほどよろしくお願いします。結論から言って執筆?スピードが上昇します。

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