リリー 0日目(6)
何かの毛皮で出来ている柔らかいマット。壁に掛けられた黒い猟銃は兄が行商から買ったものだ。父が作った背の低い飴色の棚の上には、人形や小さな焼き物が所狭しと並んでいる。幼い頃のリリーは猟師になるのだと言って兄の後ろをついて回っていた。そのまた後ろを半泣きのヘムトがぬいぐるみを片手についてくるのだ。兄が村から出て行ってからは人形遊びが主になった。
キッチン横の台には黄色い花が生けられている。母は花が好きで毎日のように色とりどりの花を森で摘んできては部屋を花だらけにしていた。今思えばその花やちょっとした工芸品を作っては町で売ることで生計をたてていたのだろう。荷車を引いて町へ行った両親が帰って来なくなった後はヘムトが、ヘムトが旅立った後はリリーが花を換えている。
リリーは青の方が好きだが兄は緑が好きだからカーテンは緑の布で作った。ヘムトが好みそうな動物の置物を見かけては買っているから窓辺は置物だらけになってしまった。帰ってきたら皆で飲もうと思っていた上等の酒瓶が隅にたまっている。ヘムトは綺麗な石を森で集めていたのでいつか渡そうとリリーが集めた石がテーブルに無造作に積まれている。手にしているカップも昔父に教わりながらヘムトと一緒に彫ったものだ。兄が、ヘムトが、母が、父が、ヘムトが。
「あー………」
どうしようもなく「帰りを待っている」部屋を見ていられなくなり、顔を両手で抑えてそのままテーブルに伏せる。ごっと勢いをつけ過ぎた頭が音を立てた。
「いたい…」
額が赤くなっているさまが想像できるほど痛い。頭も痛い。ついでに鼻もつんと痛む。
ここにはもうだれも帰ってこない、と今まで冗談でも考えないようにしてきた言葉が頭をよぎった。
「いたい」
両手の指がじわじわと濡れていく気持ち悪さを感じながら夜が更けるまで呻り続けた。