リリー 0日目(1)
気が付くと、勇者が旅立ってから8年が経っていた。
忘れていたわけではない。毎日毎日無事を祈って過ごしていた。
今でも最後に会った日のことを覚えている。このど田舎の辺境のウソみたいに小さい村で生まれた、きらっきらの勇者サマは、いつものように気の弱そうな顔でリリーに別れの挨拶をしていた。
「ええと、だから、とりあえずお城にいかなくちゃいけないって言われてて」
「お城って領主サマの?」
「王都の王様がいるやつ…で、その…リリーは…どう思うかなって…」
ヘムトはただでさえ下がっている眉毛をさらに下げて、目も伏せてリリーと目を合わせようとしない。
それがどうしようもなくイラついて仕方がない。
「行けばいいじゃない」
パッと顔を上げられて急に目が合った。紫色から青色のグラデーションになっているキレイな目。吸い込まれそうなほど深くて淡い色で、意外なほど強い目線を受けて、思わず体が後ろの方へ傾いでしまう。
「…な…なに…」
「…」
それでもすぐに俯いて右下を見たり左下を見たたりする。何か言いたげに口が開閉するものの何も言わない。
「帰るわよ」
「まっ」
「なに」
「きょ、今日なんだ…えっと…行く日…」
なんだ、と思った。リリーの意見なんて結局のところ必要とされていないのだ。どちらにしたって行く気なんじゃないか。
「 」
何と言ったか、ずっと覚えている。
たぶん、ずっと忘れることはない。