壱:骨肉の交わり
骨肉の交わり
◇
「なあ、胸、いいか」
ケンジは、カオリの目を見ながら、たどたどしくそう言った
「いいけど……本当にそこがいいの……?
言っちゃアレだけど、わたし、そんなに……」
カオリは、困惑気味に目を伏せたが、満更でもなさそうだ
「勿論だ。お前が気にしないっていうなら、願ったり叶ったりってくらいに、滅茶苦茶にかぶりつきたい
その過程でどれだけ汚れちまったって構わないとすら思ってる」
ケンジの目は、どこか遠くを見ている
覚悟を決めた男の目だ
ケンジの豪快な物言いに、カオリも生唾を飲む
「でもケンジ、これはちゃんと使ってね
じゃないと、わたしたち困るでしょう」
視線の先には、透明な袋。カオリは、それに手を伸ばそうと……
「いや、使わない。俺は、真剣に向き合うって決めたんだ」
ケンジの手がカオリの手をそっと押し返す
「それって……」
カオリは目を見開く。その不安は隠し得ない
「心配すんな、後で全部水に流すから」
さらりと言うケンジに
「そんなことできるわけないじゃない!
絶対にあなたにまとわりつくから……!」
カオリは、切れ長な目で訴えかけた
しかし、ケンジはあっけらかんと続ける
「そうなったらそうなったさ。むしろ、その時になってから、それを使えばいい」
透明な袋を見やるケンジ
「それじゃ遅いわよ!途中で使わないと、取り返しのつかないことになるの!」
分からず屋!と、カオリは顔をしかめた
「馬鹿、そんなのいちいち使ってたら、存分に楽しめないだろうが
俺は余すことなく味わいたいから……判ってくれよ、カオリ」
神妙に言うケンジは、優しく笑いかける
「もう、いいわよ。勝手にすればいいじゃない
ほら、胸。どうぞ」
不貞腐れるカオリ
「そんな貌をするなよカオリ
確か……お前は脚が好きだったよな
ほれ、お前も好きなだけしゃぶればいい」
胸を鷲掴みにしながら微笑むと、ケンジはカオリの口元に脚を差し出す
一瞬躊躇ってから、その小さな唇で「はむ」と脚を咥えるカオリの目は、依然不満げだったが
「……そうね。お互い、好きな所を好きなように貪り尽くす。それか正しい在り方よね」
そう言うと、ナプキンで脚を包み込み、細い指で優しく持ち上げた
「よし、じゃあアツいうちに……」
「ま、待って」
欲望に抗うことなく、本能がまま胸に食らいつこうとするケンジに、唐突な待ったがかけられた
「何だよ」
ばつが悪そうに手を止める
「まずは言うべきことがあるでしょう」
真剣に見つめてくるカオリに折れて
「わかってるよ。はい、じゃあ、せぇので」
ケンジは面倒くさそうに口を開く
「「いただきます」」
◇
「……でも、やっぱり胸が好きなんてケンジは物好きだと思うの。なんだかパサパサしてない?胸って
まあ、わたしとしては好きな部分が遠慮なく食べられて結構なことなんだけど」
脚を慎ましやかに食みながら、カオリは理解できないという風にぼやいた
「いやいや、そこがいいんだろうが
この、タンパク質を存分に感じられる所が、胸の良さだ。実際、タンパク質豊富だしな」
獣のように胸に食らいつくケンジに
「結局揚げてるんだから栄養なんてあってないようなものじゃない……
……いえ。まあ、好き好きね。やっぱり
ところで、結局手拭きは使わないつもりなの?」
透明なビニールを持ち上げて、カオリは再度、尋ねる
「ああ、男ならワイルドにな!」
「もう……水で手を洗ったくらいじゃ油分って簡単に落ちないんだから
本当、この後の運転どうするのよ」
呆れながらも、ふっ、と笑うカオリの手には
キツネ色を所々残した、骨がつままれている
「……でも、結局素手で触っちゃうのよね」
そう言うと、持ち手の部分のナプキンを外し、恍惚とした笑みを浮かべ
露わになった衣を、器用に前歯で剥ぎ取る
カラン、と、もう食べる部分はいよいよなくなった骨が、皿に落ちる音がした
「……次は、胸も食べてみようかな」
「それがいい」
机上には偶数分の数ピース
口直しにはオニオンリングとビスケット
汚れたって、美味しければ何だっていいさ
ーー快活に笑い合うふたりに幸あれ
骨肉の交わり:完